ウィッチ・クラフト
……暗示どころか悲鳴をあげる暇もなく退場した田野上太一郎君に、あたし達は数秒ほど真顔で固まってからようやくリアクションをした。
「あ」
「あー……」
「た、太一郎ーー!」
マヤちゃんは太一郎君が消えた穴に誰よりも早く駆け寄って、落ちそうなぐらい身を乗り出して覗き込んでいたけど──すぐに顔を上げ、神妙な面持ちで頭を振った。
「惜しい奴を失くしたわ……」
「死!?」
そ、そんな、まだ酒場で見せ物にされた訴訟問題も解決してないのに……!
「いえ。多分無事でしょう、嫌な音はしなかったし。でも早く助けに行かないとね、不貞腐れたりされても面倒だもの」
言って毅然と前を向くマヤちゃんは、勇ましくも穴をひょいと飛び越えその先の床に着地した。
直後、天井に穴が開きそこから落ちて来た底引き網的なものに捕まって敢え無く回収されて行った。
「ま、マヤちゃーーん!!」
なんて鮮やかな手腕、十中八九敵は熟練の漁師!!
「いや魔女でしょどう考えても」
んー、しかしこうもテンポ良くサクサクと罠が出てくるとは……誰だよ後先考えずに突っ込んでったり何か起きたらどうにかするだけとか言ってた大馬鹿者は!?
目の前で立て続けに2人の友達を見送ったあたしは恐怖に青ざめ、廊下の先で待ち構えているだろう家主に震えていた。
ま、魔女の館、とんでもないところに来てしまったのでは……?
1分もしないうちに仲間が半分まで減ってしまった……このペースだとカップラーメンが出来上がるより早く、あたしたちのパーティーは全滅してしまう……!
「雨宮さん」
「あ、はい……味は味噌、麺は中太ちぢれが大好きです……」
「何の話?」
怪訝そうにしつつも、震えるあたしの横でフッと一瞬笑いかけて。
高遠くんは一歩で軽々と穴を飛び越えてしまうと、振り返って言った。
「そこで待ってて。二人まとめて引っかかったら終わりだから」
「……はっ!? ま、待って高遠くん、あたしも……!」
「砂塵の遺跡じゃ突入から良いとこなしだったしね、たまには格好つけさせてよ」
そう言って苦笑すると、後は振り返らずに進んでしまう。
頼もしい背中を情けなく見つめながら、せめて何かあったら援護しようと震える指に力を込めて銃のグリップを握る。
……玄関から続く廊下は長く薄暗く、スキルを使っても何があるかは見通せなかった。
そして高遠くんがマヤちゃんの攫われた地点から一歩先の所まで進むと──両側の壁からちょうど頭の高さで槍がせり出て来て、刃先をぶつけ合う鋭い音が響いた。たーー!!?
「高遠くんーー!?」
「……な、なんか、罠のレベルいきなり上がってないか!?」
おそらく体より先に足を前に出すようにして罠を警戒していたんだろう、高遠くんは素早く身を引いて、鼻先で槍をかわすと息を飲んだ。
だけどなおも怯まず果敢に、進路を塞ぐ槍をくぐり抜けて一歩踏み出す。……直後に天井から落ちて来たギロチンの刃をギリギリの所で聖剣で受け止め、さすがの高遠くんもお行儀悪く舌打ちしていた。
「いやおかしいだろ難易度の上がり方が!」
「た、高遠くん戻って!? このパターンだと次は鉄球ドーンとか火柱ボーンとかだよ!?」
剣でギロチンを押し留めながら慎重に脱出した高遠くんはちょっと諦め難い表情をしていたけど、二度も九死に一生していたので大人しく頷き、こちらに向き直った。
と思ったら通路の先から突如伸びて来た巨大なマジックハンド的なものに鷲掴みにされて戻る勢いのまま連行された。
………………。
「な、なんでもありだーーーー!!」
なにこれからくり屋敷? 初見殺しとかそういうのずるいと思います!!
おのれ魔女、高遠くんになんかしたら打首に……あ、いや刀は折れてたわ……ていうかそれを直してもらいに来たんだった。
一人取り残され途方に暮れていたけど、こんな異世界ではいちいち絶望してても仕方ない。
残念ながら、何でもあり度ならこっちだって負けてはいないつもりだ。
あたしは胸に手を当てて息を吐き、意を決すると穴を飛び越え、槍をくぐり、ギロチンを乗り越えて一人進んだ。
そこで、天井から何かが落ちてくるのが見えて咄嗟に壁際に避ける。
光るガラス玉のようだ、と視覚情報を処理しかけた時にはもう、その玉は床にぶつかり、弾けると同時に爆発した。
「ギャーーーー!?」
ば、爆弾だーっ!?
威力はそこまで無さそうだけど、あんなのが当たったら確実にどこかの一本や二本無くなる!
しかしこちらの恐怖など知らないように天井からそのガラス玉はまたまた落ちて来た、しかも同時に三つ!
反射的に目を閉じた瞬間、胸にページをめくる音が響く。
あたしはぱっとと目を開くと愛読書を信じ、ガラス玉に手を伸ばした。
一つを右手、もう一つを左手。慎重に手の内にキャッチする。
そして宙に残ったもう一つは─────
「ほいっ」
一つ目を放り投げて、空いた手で三つ目をキャッチ。
「よっと」
すかさず二つ目を投げ空いた手で、浮いた一つ目をキャッチ。
そうやってリズムよく三つの爆弾を放り投げてはキャッチして……あたしは息を吐いた。うん、なんか絵面はシュールだけどひとまず爆死は間逃れた。
──曲芸スキル。
熟練の人類はなんと目を閉じてでも数分間この芸当をやってのけられるそうなので、まあこれぐらい朝飯前だった。そういえばまだお昼ご飯食べてないな。
グーとお腹を鳴らしながら無心で爆弾が床と衝突しないように延々回し続けていると、どこからか声が響いた。
『えーーと……ちなみに、それはあとどれぐらい続きますの?』
どこか気品のある、可愛らしい女の子の声だった。不思議なことに、館内放送のようにも脳内に直接響くようにも聴こえる。
しかし今人類の限界に挑戦中なので話しかけるのとか遠慮してほしい、集中を切らさないようにあたしは適当に返事をする。
「公式記録によれば4個で2時間だそうなので、頑張ればもうちょっといけるかと」
『……一つずつ遠くに放り投げれば良いのでは?』
「それはタイミングが難しくてちょっと……あとなんか楽しくなってきたので止め時が」
『──ああ、分かった、分かりましたわ。もうやめです、待ってられませんもの。良いでしょう、また無粋な輩かと思いましたがなかなかに面白そうですわ、貴女を客人として迎えましょう』
声に合わせて、宙を舞うガラス玉から光が消える。おお。
『封じていた魔力は消しました。落としても割れるだけですわ』
「えー、でもまだ世界記録が……」
『言うとる場合ですか、仲間の命が心配じゃありませんの?』
そこでハッとあたしは手を止め、ガラス玉は次々に落下して足元で砕ける。
「み、みんなは無事なんですか!?」
『無事も無事、むしろ前よりいい感じでしてよ。まあ全員目が死んでますけど』
気になる情報を付け加えつつ、声は通路の先に進むことを促した。
『この先の罠はもう機能しておりません。安心して進みなさいな』
「わーいありがとうございます! …………あ、ところであなた誰です?」
どこか不遜で余裕たっぷりだったその女の子の声は、そこでちょっと調子を引きつらせると、呆れたように答えた。
『よく分からないものとへらへら会話をするのはおやめなさい、なんとも珍妙な小娘ですわ……。わたくしはこの館の主……まあ、村の皆には大魔女などとも呼ばれておりますが』
オーッホッホと悪役っぽく笑う声に、あたしはぽかんと口を開けてしまった。




