エンドロール
「うひゃひゃひゃひゃ、それではしょーりをしゅくひまして、かんぱーい!」
「乾杯ーー!!」
「…………なあ、あれ、水なんだよな?」
「当たり前でしょ、お酒は全部没収されちゃったんだから」
そう言って私と太一郎が傾けたグラスの中身も水。
お酒の無い酒場って、なんて呼べば良いのかな? そんなどうでもいいことを考えているうちにも、彼女──雨宮アリアちゃんはあれよあれよと街の人達に囲まれ、ジョッキに水を注がれては実に愉快そうに笑っている。
現在彼女は一切のモノローグも紡げないほどに脳みそがふわっふわになっている。つまり、めちゃくちゃ酔っ払っているのだ。
その異変に気付いたのは砂塵の遺跡からの帰路。順調に進んでいた矢先に突然、ぱったりとアリアちゃんは倒れた。
そしてすぐさま振り子のように起き上がったと思ったら、もう出来上がっていた。以降あんな感じでいつもの十倍ぐらいのテンションで楽しいことになっちゃっている。
「確かに祭壇の酒を浴びてたけど、それでも舐めた程度だろ? あそこまでなるかぁ?」
「普通の人間はならないと思うけど……でもほら、アリアちゃんだもの」
「そっか、アリアちゃんだもんな」
その一言で全部まるっと納得して、私たちは騒々しい酒場の喧騒を隅の席で見物しながら、だらしなくテーブルに肘をついている。
正直、今日はとっても頑張った一日だったから、夜も更けた今となってはただただゆっくり眠りたいだけなんだけど、催された宴はなかなか終わりそうには見えなかった。
* * *
恨まれること覚悟で戻った私たちを、だけど待ち構えていたのは熱烈なる大歓迎だった。主に街の女性陣からの。
どうも、見るからに子供な私たちを敵地に向かわせた後、数秒のしんみりモードの後さっそく酒盛りを始めた人々に痺れを切らしクーデターが勃発したらしい。
そうして死闘の末にお酒を控えようキャンペーンが開始、町中のお酒が回収され節度を守った量の飲酒が義務付けられたそう。私たちが暴れまわっている間、町も激しい戦いの最中だったみたい。
そんなわけで、大事な遺跡の爆破も魔獣を全滅させたことでなんとかお咎めなし。
私たち4人はこうして酒場に英雄として招かれて、かれこれ数時間盛大にもてなされてるって訳だった。
「まあ、なんだかんだ大団円ってやつなのかしら?」
「かもね。町の損害は酒ぐらいだし、俺はマヤちゃんと仲直りできたし、アリアちゃんはあの通り脳が大分幸せそう。…………まあ、一人だけ可哀想な人はいるけど」
太一郎はグラスに口をつけたまま、視線だけを隣──テーブルに頰を押しつけて静かに眠っている、高遠深也君に向けた。
「あーあ、高遠君なら相手なんかいくらでもいるだろうに、なんで右も左もアクセルペダルかつ無免許運転みたいな子を選んじゃったかな……」
「こういうことに『なんで』なんて愚問でしょ。落とし穴みたいなもんなんだから、落っこちちゃったら全力で頑張るしかないのよ」
眠る高遠君の顔は、悪い夢でも見てるのかどこか苦しげだったけれど、それでもその端正な顔立ちと洗練された王子様的雰囲気は寸分も損なわれていなかった。
これだけでも人生何とかなるぐらいなのに、おまけに頭も運動神経も良くて、ついでに爽やかで優しいというのだから恐れ入る。きっとこの苦行のような恋は、私たちの世界の方の神様が、彼に与えた唯一の試練に違いない。
「太一郎、しばらく高遠君と二人で行動してたでしょ? そういう話はしなかったの?」
「うーん、したけど……それ言ったら、俺の話したこともバラされちゃうから内緒」
「何それ。役に立たないわね」
「ごめんねー」
ふてくされていると、また笑って誤魔化された。こいつのこういうところは好きじゃない。
釈然とせずにグラスの水を揺らして見下ろしていると、
「マ~~ヤちゃんっ!」
「わっ」
突然後ろから抱きつかれて、水が少し跳ねた。慌てて振り返る。アリアちゃん。にこにこと楽しそうに、真っ赤なほっぺを私にすり寄せて甘えている。
「えへへー、マヤちゃんしゅきしゅきー」
「ちょ、ちょっとアリアちゃん、更に酔ってない?」
「よっ本日のMVP! いえーい」
「あっ太一郎君。いえーい」
人前でべたべたされて嬉しいけど困惑していたら、太一郎はお気楽に私ごしにアリアちゃんとハイタッチを決めていた。
「アリアちゃん、俺のことは?」
「普通ーー!!」
「うわー酔ってんのに本音だー、いえーい!」
「いえーい!」
そして酔っ払いと同じテンションで盛り上がると水のグラスで乾杯をして仲良く一気飲みしていた。順応性の高いやつめ……。
「ねえアリアちゃん、高遠くんに告白したばっかなのに随分と平常心だよね?」
そんでもっていきなり核心に突撃をかましやがった。
な、なんてやつ、今までなあなあにしておいたことをこうもあっさりと──!
でも当のアリアちゃんはこてんと首を傾げて、不思議そうに微笑んだ。
大きな瞳をとろんとさせて目尻を赤らめ、そんな仕草をされると、普段の活発で健康的なイメージとのギャップで少しどきどきしてしまう。
だけど呂律の回らない調子で繰り出された言葉は、そんなふわふわした雰囲気を完全に裏切る残酷なものだった。
「告白してないよ?」
「え?」
「いやーでも、気持ちは変わらないとか好きになってもらえるように頑張るとか告白みたいなもんじゃ……」
「うん、それは今本当に思ってることだから話したけど……でも、ちゃんと好きって言わないと、告白じゃないよ?」
「………………」
「………………」
な、なんか三股浮気男みたいなことを言ってらっしゃる──!?
ひ、酷い……世の中にこんなに無邪気に行われる冷酷かつ惨たらしい行為があるなんて……いえアリアちゃんは本当に悪気無く思ったこと言っただけなんでしょうけど……
「それにあたし、告白なんかできないよー。振られちゃったらショックで意識不明の重体になっちゃってー、世界すくえないでしょ?」
うひゃひゃ、と笑いながら、アリアちゃんは言う。
「だからそういうのは、もっと高遠くんにふさわしい女の子になってからにするんだぁ。具体的にはもっと性格が大人っぽくなってー、落ち着きが出てー、知能が急上昇してー、ごはんも腹八分目でがまんできるようになってからっ!」
「来世の話?」
「SFじゃね?」
完全に目が据わっている私たちを気にも留めず、アリアちゃんはぱっと私の背中から離れると、「グラス、空になっちゃった。もらってくるね!」と跳ねるような足取りで酒場の中央へと戻っていってしまった。
「……あれは長くかかりそうだわ……」
「め、めんどくせー……」
「んん……」
深刻な顔で頭を抱えていると、さすがに近くで騒がれて目が覚めたのか高遠君がゆっくりと顔をあげた。
「ん……? ああごめん、寝てたのか」
「いや、いいよ、もう休め、現実は残酷なんだから……」
「田野上君なんで泣いてるの……?」
寝起きで激励されて戸惑う高遠君、だけどすぐにきょろきょろとその視線は周囲をさまよい、そして喧騒の中でけたけたと笑い踊る彼女を見つけるとふっと目を細めた。
「ああ、まだ酔ってるのか。楽しそうだなあ」
その横顔があんまりにも健気で可哀想に思えて、私はつい口を挟んでしまう。
「高遠君は、いいの? 生殺しみたいになってるけど……」
私の言葉に少しだけ不思議そうに眉をひそめた後、すぐに合点がいったのかああ、と彼は爽やかに答えた。
「いや……よく思えば考えすぎだったかなって。雨宮さんはいい子だから、きっと博愛主義的意味でああいうことを言ったんじゃないかな? 人類愛的な。だからあんなに普通でいられるんだ、そうに違いないよ、うん」
──あ、頭が良すぎて未来が見えて、今後長く続くだろうジリ貧状態で生じるストレスを軽減させるために心の防衛機制がフル稼働して認識を歪めちゃってる──!?
「なんてこった、こいつはこいつでめんどくせぇ!」
言いながら確実に楽しんでいる太一郎の脚をテーブルの下で蹴る。
「それに……今の僕が雨宮さんに相応しいとも思えないし」
「なんかさっきも聞いたようなこと言い始めたな」
「もうやだわ私聞きたくない……」
震える私たちをよそに高遠君はぐっと拳をにぎると、キラキラのエフェクトが目に見えそうな素敵な笑顔でこう言った。
「まずはもっとツッコミを鍛えて、雨宮さんのボケに負けないようにしないとね!」
「十年後の話?」
「二十年後の話じゃねぇ?」
だ、だめだこの人たち、誰かが何とかしないと永遠に進展しないわ……
お酒も飲んでないのにくらくらして気持ち悪くなってきていると、太一郎は愉快そうにけらけらと笑う。
「なんでそんなにお気楽なのよ……他人事なの?」
「いや、応援してるけどさ。でもたぶんそろそろあんなお花畑なこと言ってられないような爆弾が落っこちるぜ。そしたら俺たちが何をするでもなく、この二人だって向き合わざるを得なくなるだろ」
爆弾?
恋愛における爆弾……いろいろあるけれど、告白まがいですら跳ね除けたこの二人を動かすほどのものなんてあるのかな。
だけど太一郎のこういう直感は、ムカつくことに昔からかなり精度が高い。
そんなに心配することはないのかも、と杞憂を飲み干すようにグラスの水を傾ける。明日は出発の日だというのに、夜はまだまだ終わりそうになかった。




