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恋する少女の異世界記録 〜スキルが強すぎてヒロインになれません〜  作者: 花苗カナ
第4章 砂と硝煙の荒野

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荒野の四人


 ガラスの酒樽──もとい、聖なる祭壇を天井に抱く、遺跡入り口近くの円形広場。


 その中央、祈りを捧げるために高く積まれた石段の上に立ち、あたしはナイアガラの如く流れ落ちる滝の冷や汗を止められずにいた。


 それも無理もない、だってあたしの眼下、広場の床一面にびっしりと、()()()()()()()()()()()()がうごうごと犇めき合って長い舌を伸ばしているのだから。


「鎮まれ! ──時間だ、これより処刑を開始する」


 高らかに広場に響き渡った声に、トカゲたちはざわめきをぴたりと止める。


 彼らの視線の先、円形広場を見下ろす位置にあるバルコニーに毅然と立つのはトカゲの親分たる田野上太一郎君。そしてその隣に姿勢良く佇んでいるのは、その傘下に入ったことになっている高遠深也くんだった。


 ああ、この角度から見る高遠くんもやっぱりとってもかっこいい。能天気に惚れ惚れしてるあたしに対し、高遠くんは死にそうなぐらい心配そうな顔をしていた。そんな顔をしないで欲しい、あたしはなんにも怖くなんかないのだから。


「では罪状を述べる──えーっと、遺跡への侵入、同胞への辻斬り、遺産の強奪、俺への発砲? 重罪である、よってこの者、雨宮アリアに死刑を言い渡す!」


 太一郎君の宣言に応え、トカゲの歓声が響き渡った。

 ふふんと不敵に悪い笑みを浮かべる太一郎君、実に様になっている。わりと本気で魔獣の親玉にも転職できそうだ。


「大罪人には相応の長い苦しみを与えなければならない……よって火あぶりの刑に処す。皆の者、火を掲げよ!」


 ゲー、とけたたましく返事をしながらトカゲ達は一斉に腕を上げ──その手に握った、メラメラと火の燃え盛る松明を天に掲げた。


 少しだけ足元の温度が上がって、汗が額をすべり落ちていく。不安をなだめたくて、胸に置いていた手をそっと腰まで下ろし()()に触れる。

 だ、大丈夫、作戦通りだから。あれで火を点けさせたいのはあたしじゃなくて……


「いいか、そいつは異常に脚が速い……一斉に火を着けないと仕留め損ねるからな。何があっても俺の合図が終わるまでは火を投げるなよ。──それではカウント開始! 10、9、…………」


 太一郎君のカウントダウンが始まったと同時に、あたしは腰の拳銃を握り締め腕を頭上に伸ばし、その銃口を天井に──そこに掲げられた、ガラスの祭壇へと真っ直ぐに向けた。


『!?』

「まだだ動くな! 8、7、……………」


 うろたえるトカゲ達は太一郎君の恫喝に怯み、長い舌をちろちろと泳がせて困惑したままフリーズした。

 あたしはその隙に撃鉄(ハンマー)を下ろし、引き金を引く。


 1、2、3、4、5、6発。

 シリンダーに込められた全弾、空に向かって撃ち切ると、ガラスが砕ける音と共に雨が降ってきた。お酒の。


 放たれた弾丸は頭上の樽に見事穴を開け、中になみなみと収められていた大量のアルコールがこぼれ落ちて真下の台座を濡らしていく。


 当然そこにいたあたしもお酒をかぶって顔を顰める。つい反射的にちろりと舌を出して舐めてみると、未成年には早すぎる味に小さく悲鳴を上げた。にっっっが!!


 いや地味に元の世界の法律を犯してる場合じゃない、この作戦は過密スケジュール。太一郎君のカウントダウンは止まってくれないのだから。


「……3、2、1、ゼロ!!」


 カウントの終わりを待ち構えていたように、トカゲは一斉にあたしのいる台座目掛けて命令通りに松明を放り投げる。


「…………とおっ!」


 しかしそれよりも半拍早く、あたしはすぐさま台座の上からスキルでもって勢いよく跳躍し、トカゲの海へとダイブした。気絶しなかったことをあとで高遠くんにうんと褒めて欲しい。


「よっ。とっ、と」


 そして器用に一匹の頭上に片足を着地させると、そのままトカゲの頭の上をホップしながら渡り、広場の終わりを目指す。


 その背後で、物凄い熱と悲鳴が上がった。

 台座を濡らした大量のアルコール、そこに大量に投げ込まれた松明の火。

 いい感じに最悪の出会いを果たしたそれらは、轟々と燃え盛る炎となりトカゲたちを飲み込み始めていた。


 あれではさすがに再生も望めない──最後のトカゲを蹴り飛ばし、あたしは広場の床に降り立った。

 そして息を吸い込み、遥か上のバルコニーにあらん限りの大声で叫ぶ。


「準備できました!」

「よし! アリアちゃんなら絶対出来る、自信持って前だけ見て走って!」


 最後にようやくまともな暗示をかけて、太一郎君と高遠くんは、足下に隠していた大量のそれを階下へと勢いよく放った。

 ──その、倉庫からありったけ回収してきた無数の()()()()()()を。


 太一郎君の実験によれば、彼のスキルでは相手の行動範囲を大きく超えた内容──例えば自ら命を絶つような暗示は無効だったそうだから、再生するトカゲを一箇所に集めて上手いこと全滅させるためにこんな回りくどい小芝居まで打つ羽目になってしまった。


 阿鼻叫喚となった広場に、神さまの物騒な遺産が降りそそぐ。

 あれがすべて爆発すれば、この古びた遺跡は完全に崩壊し、中にいるものはみんな生き埋めになるだろう。全く荒唐無稽にも程がある、まさに大博打のとんでもない作戦だ。


 なんで乗っちゃったのかなあとちょっと思いつつ、吹き抜けの空を振り返り、手のひらサイズで身を隠していたマヤちゃんが巨大化して、男の子二人を連れて無事に天井から外へと脱出したのを見届けると。


「……よし」


 あたしは拳を握って気合いを入れ、一人きりで駆け出した。


 ちょうどその頃には、落下したダイナマイトは燃え盛る床に触れその導火線に火を着けていた。

 トカゲたちはぎゅうぎゅうに詰まっていたのに押しのけあったものだから将棋倒しになり、広場は逃げ場を失ったトカゲの山で地獄と化していた。


 導火線の長さから、爆発までのラグは約10秒。広場から出口までは100mちょっと。人類の最速をもってすれば、まあ逃げ切れないレースではなかった。


 あたしは腕を振り、足を上げ、息を切らしひたすら視界の先にある出口の光を目指した。


「……とりゃー!」


 そして最後の一歩を大きく跳躍した直後、背後で起きた大爆発の爆風で、勢いよく地面に吹っ飛んだ。


 ざらついた砂の大地に倒れこみ、激しく咳込む。

 振り返ると、遺跡は大崩壊の真っ最中で、ガラガラと崩れ落ちてただの石の山へと変貌を遂げていた。これではあのトカゲたちもあえなくぺちゃんこだろう。


 ほっと息を吐き、立ち上がろうとしたら上手く足に力が入らなかった。あれ。

 どうやら情けないことに腰が抜けたらしい。……そっかあたし、怖かったのか。


 気も抜けたしちょっとだけ寝ちゃおっかな、とふらふらよろけた直後、地面に衝突しかけた肩を誰かに受け止められる。


 壊れものに触れるように優しいその手とは正反対に、その人の表情はあまりにも真剣で切羽詰まっていたので、おかしくて吹き出してしまった。


「…………ね、大丈夫だったでしょ?」

「うるさい。毎回見守るしかないこっちの身にもなって」


 安心させようと笑ったのに、高遠くんはやっぱり心配そうな顔のまま怒ったように眉根を寄せていた。ありゃ。

 まあ今回の作戦、完全にダイナマイト投げ係だけだったから不服っぽかったもんね。おかしくてくすくす笑うと、余計に眉間の皺を深くさせてしまった。


「どこも怪我してない? 痛いとことか……」

「んー……あ、そういえばちょっと背中がじんじんするような?」

「爆風で火傷したのか!? ちょっと見せて、放っておくと痕に……」

「いや落ち着きなさいよ、数少ない常識人枠が私だけになっちゃうじゃない」


 素晴らしい速度でカットインしてすぱこーんと思い切り高遠くんの頭を叩いたマヤちゃんは、ブレザーを脱ぎかけていたあたしの腕を引いてちょっと離れた岩陰に連れていくと、こっそりシャツをまくって背中の具合を見てくれた。


「火傷まではいかないけど、ちょっとだけ赤くなってるわね。すぐ街に戻って冷やしましょう」

「ありがとー。へへ、マヤちゃんも冷やさなくちゃね」

「え?」


 目を丸くするマヤちゃんの右頬には、太一郎くんとおそろいの小さな赤い手の跡がくっきりと残っていた。内緒にしておこう、鏡を見たらびっくりするだろうなあ。


「……さ、無事に終わったし帰りましょう。結局お酒も祭壇も爆散しちゃって、感謝はされないかもしれないけど……私たち今回、とっても勇者っぽかったわよね?」


 にこっと笑うマヤちゃんに、あたしたちは全面同意だった。そしてみんな何だかんだ言って高校生という生き物だった、いっぱい頑張った後だからパーッと打ち上げがしたくてしょうがない。


「高遠くん、行こっか!」

「……え? あ、うん、そうだね……」


 だけどなぜだか高遠くんはあたしから目を逸らし、太一郎君の方に逃げるようにしてさっさと歩いて行ってしまった。……あれ、なにそのよそよそしい感じ……?

 打ちひしがれるあたしをよそに、太一郎君はぽんと高遠くんの肩を叩いてうんうん頷きながら何事かを説いて励ましているようだった。


「あたしまた何かやっちゃったっけ……?」

「今回ばかりはアリアちゃんが10割悪いのだわ」


 マヤちゃんはさもありなん、といった感じで神妙な面持ちで目を伏せていた。


「ま、積もる話は後にして、まずは美味しいごはんを食べましょう。アリアちゃん、スキルいっぱい使って頑張ったものね?」


 そこであたしは「あ」と思い出し、今世紀最大のグーーーーというお腹の音を荒野に響かせ、太一郎くんの大爆笑とハーモニーを奏でるのだった。

 ああ……やっぱり、マヤちゃんと代償を交換したかった!


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