死に損ないの恋③
扉の向こうは灯りも無い薄暗い倉庫のような部屋で、急に真っ暗闇に落とされたみたいで少しだけ怖くなる。
だけどだんだんと目が慣れてくるにつれて、天井まで高く積まれた木箱と、その前に佇んでいる背の高い人影──
高遠深也くんのお星さまみたいな金色の髪が浮かんでくると、あたしは喧嘩してるのも忘れて場違いにほっとしてしまった。
高遠くんはそんなあたしを見ると驚いたように目を丸くして、それから、ばつが悪そうに床に視線を落とす。
「……田野上君は?」
「今とってもうらやましい状態に……じゃなくて、マヤちゃんが寝ちゃったから見守り中だよ」
「じゃあ勝ったのか!? どうやって……」
言って、高遠くんはその視線をあたしの手元に固定して。
そこにいまだに握られたままだった拳銃を視認すると動きを止めた。
「……………」
片思いの相手に怯えきった目でホールド・アップされてしまった。
「いやいやいや大丈夫だよ弾切れだから! ……じゃなくて、あたしが高遠くんを撃つわけないでしょー!」
「でも田野上君のことは撃ったんじゃ……」
「撃ったけど当ててないもんちゃんと全弾外したもん! ……ていうか違う、そんな話がしたいんじゃなくて、えっと、えーっと……」
手慰みにトリガーに指を引っかけてぐるぐるとスピンさせながら、あたしは狼狽えた。
し、しまった、気合いだけは入れてきたけど何を話すかさっぱり考えてなかった……。それにいざ本人を前にすると、嫌い発言のショックを思い出してまた泣いちゃいそうだし。
そんなあたしを見て高遠くんは多分薄く笑い、困ったように言った。
「……できれば君と花木さんは巻き込まずに、二人で全部終わらせたかったんだけど。ここまで来られちゃったんじゃ仕方ないね。本当に雨宮さんにはいつも驚かされるな」
暗くて表情はよくは見えないけど、その声には呆れとか諦めとか、でもちょっと嬉しいのとか、色んな気持ちが含まれてる気がした。
ああそうだった、何も見えなくたってこの人の優しさが分かる。初めて会った時、こんな風に真っ暗なバス停でそばにいてくれていたこととか、異世界に来てからも、いつだってあたしのことを一番に考えてくれてたことを思い出す。
あたしは胸にいっぱい込み上げる気持ちの名前を必死に探し回っていた。そしてようやく単純な答えに気づく。
「……それにいくら安全な所に突き放すためとは言え……港町でのことを思い出して苛立っていたからって、感情にまかせてあんな酷いことを言うのは良くなかった。ごめん雨宮さん、分かってると思うけど嫌いなんてのは嘘で」
「関係なかった!」
何かを言いかけていた高遠くんは、突然叫んだあたしに驚いて言葉を飲み込んだ。
面食らう彼にはお構いなしでてくてくと歩み寄って距離を詰める。そうして目の前まで迫ってぴたっと足を止めると、ようやくよく顔が見えるようになった。
らしくもなく緊張しているようなその瞳を真っ直ぐ見上げながら、あたしは息を吸い込んだ。
「高遠くんがあたしのことどう思ってても何を言われても、結局あんまり関係なかった! 嫌いって言われても全然嫌いになれないし、むしろ前よりもっと考えちゃうし!」
「……………。ん?」
「忘れようって思っても全然無理だし、こういう時って本当に相手のためを思うなら潔く身を引くべきってよく言うけど全然そんなのできっこないし!」
「…………いや、えっと、……え?」
かつて授業中、どんな難しい問題を当てられてもすぐに理解して回答していた頭の回転の早い高遠くんだったけど、今はなんでかこちらの一言一言にいちいちつまずき必死で意味を噛み砕いているようだった。
可哀想だけどそんなことには構っていられずに、あたしはきゅっと目を閉じて力を込め勝手に続ける。
「高遠くんがあたしのこと嫌いなのは本当に死んじゃいそうなぐらい悲しいけど、でもぶっちゃけ死んじゃう程繊細でもなかったし、どんなに迷惑でもこの気持ちは変えられないっていうか、がんばって成長していつか好きになってもらえるように一生懸命努力するしかないかなっていうか。だからね、だから要するに──」
「ちょ、ちょっと待って、ストップ!」
マシンガンの如く言いたい放題言いまくっていたら、高遠くんに手を伸ばされ制止された。あたしは忠犬のごとく言われるがままにぴたりと沈黙する。
太一郎君のスキルも顔負けの威力だな、と思いながら久しぶりに目を開けると、高遠くんは右胸のあたりを掴んで何だか苦しそうにしていた。
顔を見ればいつの間にか真っ赤になって、全部の感情をごちゃまぜのスープにしたみたいな複雑な表情をしていた。初めて見る顔だ。
大人しく黙りながら首を傾げていると、高遠くんは弱りきったように小さく口を開けて言った。
「い、一回ストップ……。これ以上はちょっと心臓持たないから……」
あたしはその言葉の意味を理解すると目を見開き、
「高遠くん、スキル使ったんだっけ?」
青ざめながら心から心配すると、高遠くんは盛大にずっこけた。
なんてこった、まじめに仲直りしてただけなのに……聖剣を抜いてもないのに代償である心拍数上昇に襲われるなんて大変だ! 確か救急救命のセオリー的にこういう時は……
「すみません、あなたは救急車を、あなたはAEDをお願いします!」
「どっちもねーんだわこの世界」
振り返り助けを求めると、いつの間にか開けられていた扉の前で、あなたとあなたことマヤちゃんと太一郎君は真っ青になり怯えたように口元を押さえていた。
「……天然モノってこえー……」
「あんな雲の上まで持ち上げて無邪気に手を離すようなことを悪意無く軽々と……やっぱり魔王の適性があるんだわ……」
「あれ、何の話?」
あたしも混ぜて、と揺れていたら、高遠くんは力無く床に座り込み大きな手で顔を覆って項垂れていた。
あ、よかった生きてる。あたしは嬉しくて笑ったけど、なんでだか他の誰も笑ってくれなかった。




