死に損ないの恋①
失恋の傷は時間が癒してくれる……とは言うけれど、それなら『失恋立ち直りタイムトライアル世界選手権』でも開催して、ちゃんとあたしの愛読書にスキルとして記録しといて欲しかった。人類は肝心な時に気が利かない。
そんなこんなで高遠くんの一言によって重症を負ったあたしは、冷たい石の床の上で打ち上げられたアザラシみたいに力無く横たわっていたのでした。かれこれ数十分。その姿はもはや剥製──
「……ねえアリアちゃん、絶望してるとこ悪いんだけど、もう涙も枯れ果てたみたいだしそろそろ出発しない? あの二人野放しにしておくとなんか怖いわ、お腹が真っ黒そうなコンビだもの」
ほっぺを床に押しつけるあたしの横にしゃがみこみ、マヤちゃんは興味深そうな目をしてぽつりと呟いた。
「アリアちゃん、高遠君のこと本当に大好きだったものね。お悔やみ申し上げるわ」
「勝手に弔わないでくれるかな人の片思い!? うう……高遠くんに嫌われちゃったらもうおしまいだよ、もはや闇堕ちして新たな魔王としてこの世界に君臨することもやぶさかではないよ……」
「す、すっごく食糧を要求してきそうな魔王だわ……!」
本気で恐怖にガタガタと震え肩を抱くマヤちゃんだった。
「大体なんでマヤちゃんは平気なの? 太一郎君が敵になっちゃったのに……」
「別にこんなの慣れっこだもの。この程度のケンカ、保育園の頃から何百回と繰り返してきたし」
さすがは幼なじみ、つかまり立ちしながら小競り合いする赤ちゃんの二人を想像し、ああー……となんだか納得してしまう。
ていうかやっぱり精神力が強靭、失恋程度で戦闘不能に陥ってるあたしとは勇者としての格が違うね。
「……大体あんなの嘘に決まってるじゃない? 高遠くんにだって何か考えがあるんでしょう」
「高遠くんは嘘とかつかないもん!!」
「あ、うん……ベタ惚れも行き過ぎると大変なのね……」
解釈違いを指摘したら思いきりドン引きされた。
「で、どうするの? 嫌われたからもう好きじゃなくなったの?」
「それは……」
そうだったら楽だったけど。恋心というものは致命傷を与えられてもなおしぶとく生き続ける、それこそゾンビか悪霊のようなものだった。
「全然大好き……」と呟くと、マヤちゃんは呆れたように言う。
「じゃあ頑張るしかないんじゃない? 嫌われたら好きでいちゃいけないってわけじゃないんだし。その理屈で言ったら、アリアちゃんに好かれてる高遠くんは、アリアちゃんのこと嫌いになっちゃいけないってことになるし」
「……困らせちゃったら?」
「その点は太一郎を見習うべきね。私がいくら勢いに任せて『もう嫌い』とか『一生遊ばない』とか言っても、『俺は嫌いじゃない』とか『俺は遊びたい』とかガン無視で踏み込んできたせいで私の意地っ張りもちょっとは丸くなったとこもあるし……。意外とありがたいものだったりするわよ。私達みたいな人間からすると、そういう素直な遠慮の無さって」
大体、とマヤちゃんはあたしをぴっと指さし、呆れたように言った。
「アリアちゃんから元気を取ったらほとんど何も残らないじゃない」
「エ゛ッ?」
「元気のないアリアちゃんなんて、嘘じゃなくても本当に嫌われちゃうから今すぐやめた方がいいわ」
「どさくさに紛れて酷い悪口を言われている??」
だけどまあ、そうかも知れなかった……どうせ殺されても死んでくれない恋なら、開き直って頑張るしかない。
あたしはむくりと起き上がると、大きく伸びをして言った。
「マヤちゃん、好きと嫌いは地続きだもんね?」
「え? まあ、好意の量の増減と思えばそうかな……」
「ブラックコーヒーだってミルクを注ぎ続ければカフェオレになるもんね!」
「その例えはよく分かんないわ」
にしし、とあたしは笑い、高遠くんと太一郎君が去って行った通路の先を見た。どうせゾンビならそれらしく、派手に暴れまくってやろう!
「ふっかーつ! わっはっは」
「そうそう、アリアちゃんはそうでなくちゃ」
ぱちぱち、と嬉しそうに手を叩いて微笑むマヤちゃんに、いやそれほどでもと照れながら「とは言え」と眉根を寄せる。
「何の策もなしに突っ込んでも負けちゃうよね。高遠くんは攻撃力最強だし、太一郎君にスキル使われたら少なくともあたしは成すすべないし?」
「……あいつにも弱点はあるわ。要は暗示をかけるために必要なワードを言わせなければいいんだから。方法は単純。喉を潰すか、物理的に口を塞ぐか、言葉を発するより先に気絶させるか」
指を三本立てて元相棒の弱点を恐ろしくあっさり解説するマヤちゃんに、あたしはうーんと首を捻った。
気づかれないように近づいて──は、こんな狭い一方通行の場所じゃ難易度高いな。俊足スキルだってワープじゃないんだから「止まれ」の一言より速くは走れない。
となると、距離を詰める必要なく、かつ一瞬で相手の言葉を封じられる方法かぁ……。
「弓も番えてから放つまで数秒はかかっちゃうし、投石も速度的に物足りないよね。刀は論外だし……他に使えるものって言っても……ん?」
そこまで言ってようやく思い出す。マヤちゃんの可愛らしい不思議の国なワンピースの腰に下げられた、余りにも場違いな武器のことを。
「マヤちゃん、それちょっと借りてもいい?」
「ええ、もちろん。……でもアリアちゃん、撃ったことあるの?」
「ないけど。でもそれってあたし達にはあんまり重要なことじゃないよね」
「……ああ、そうだったわね。なるほど」
胸に手を当ててへへっと笑うと、同じく彼女の胸の中に収まる本のことを思ってか、マヤちゃんは納得したように頷いた。
ホルスターから拳銃を引き抜き、グリップを握る。ずしりとした重みを感じながら目を閉じ、人類がこの分野においても当然の如く記録していてくれたその技術を確認する──
ふむ、男の子チームには悪いけどこの勝負、きっとこっちの完全大勝利だ。
「……あの、アリアちゃん、あいつが悪いのは分かってるけど、できればあんまり痛い思いはさせないであげてもらえると……」
「え!? わ、分かってるよマヤちゃん、いくら酒場で辱めを受けた恨みがあるからって同じ世界から来た元仲間を撃つわけないよ!」
「そ、そうよね。疑ったりしてごめ」
「さすがに法律の縛りが無くても実弾はまずいよ。弾全部抜いてロシアンルーレットごっこして泣かせちゃお~ぐらいは思うけど」
「やっぱり魔王っぽいわ……」
青ざめるマヤちゃんを連れて、あたしはくるくると拳銃を回し、さっきまで絶望に泣いていたことは忘れて鼻歌混じりに歩き出すのだった。




