砂塵の遺跡②
残念だけど、さすがに今回ばかりは死んじゃったな。
おお、ぶっちゃけ呼ばれてもないのに勝手について来たから正式には勇者でもないのに死んでしまうとは情けない……。
わざわざ異世界に来てまで死因が銃殺っていうのも夢がないな……ていうか神さまの使者なのに神さまの遺産でトドメ刺されてるのが間抜けすぎる、天国に行けたら文句の一つくらい言ってもいいかなぁ?
……と、そこまでブツブツ考えてからさすがに気づいた。死に際にしてはモノローグの尺が長すぎる。
この感じはかつて水の遺跡で溺死しかけて全然平気だった時と似ていた。元気に生きてる、どういうわけか。
「…………」
薄くまぶたを開けると、さっきと変わり映えのない石造りの床と、吹き飛んだテンガロンハットが目に入る。
倒れたままそっと、投げ出された指に力を入れてみると問題なく動いてくれた。うん、まだ出来ることはありそうだ。
と言うわけで死んだフリも飽きたので、ヒリヒリするおでこを押さえつつゆっくり体を起こすと、しかしどうにも現場は混沌を極めていた。
通路には剣で真っ二つに裂かれたトカゲが二匹。
その真ん中で、高遠深也くんと花木マヤちゃんが、何やら激しく言い争っていた。
「だ、だからね高遠君? こんな狭い通路で二回も巨大化しちゃったら、ここら一体崩落する危険が……」
「でも剣じゃ倒せないんだったら他にとどめ刺す方法無いだろ?」
「だーかーらー、そうなると結局こっちが全滅……」
「雨宮さんが死んだっていうのに何でそんなに冷静でいられるんだよ!!」
「だからその聖剣の柄握りながら怒鳴るの怖いからやめてって言ってるでしょ!? ……だ、大体、そんなことしても……うっ……天国のアリアちゃんは喜ばな……!」
「いや、死んでないんですけど……」
なんか白熱してるとこに入って行きづらくて控えめに挙手して訴えると、ぴたりと動きを止めた高遠くんとマヤちゃんが、ギギギと錆びたブリキ人形みたいな動きで首を動かし、あたしを見て目を見開いた。
そして、ホラー漫画も真っ青な顔をして絶叫する。
「うわあああ!!」
「キャーーー!!」
「え、あれ? ここは喜んでくれる場面では?」
「雨宮さんがゾンビに!」
「待って高遠君、見た目腐ってないし悪霊の可能性も高いわ!」
「いやおかしいでしょ即決でその二択」
「ゾンビならたしか日の光を浴びせると蒸発するはず……」
「やっぱり巨大化して天井壊す?」
「誰が蒸発するかーー! ゾンビになったらスーパーマーケットを制圧するまで意地でも退場しないもん!」
ムキーと泣きながらゾンビ映画あるあるを叫んで地団駄を踏んでいると、それを見て二人はハッとしてあたしを指差した。
「雨宮さん!?」
「アリアちゃん!?」
「気づくきっかけがムカつく!!」
地団駄踏みながらさらに器用に一回転していると、ふいに高遠くんに肩を掴まれて、前髪を手の平ですくわれる。
「!?」
「何も無い?」
言いながらすり、と指でおでこを撫でられて、あたしは一気に怒りが鎮火して湯気を上げて蒸発するのを感じた。
360度を消防車に取り囲まれて一斉放水されたようだった、もはや水圧の暴力、炭も残さず消え去りました。そう、何もない……
って、何もない?
「あれ、あたし拳銃で撃たれなかったっけ?」
おでこに残るのは、銃口を当てられた時の微かな熱だけで、穴が空いてる感じもしない。
でも確かに引き金は引かれて当たったはずだ、目の前で見たし衝撃だってあった。
……おでこを強化するスキル……?
いつの間にそんな地味かつ人類離れした……あ、そういえば。
潮風に吹かれた橋の上で、別れ際に目の前でふっと細められた綺麗な碧色の瞳を思い出し、あたしは懐かしい気持ちをなぞるように額を撫でる。
随分前過ぎてすっかり忘れてたけど、そういえば言っていた。港町で出会った「悪い悪い」が口癖な高位魔術師の彼は、きっと北大陸に入ってすぐあたしを守ってくれると。
閃いて高遠くんを見ると、同じタイミングで思い出したのかあたしのおでこを見下ろしてものすごーく嫌そうな顔をしていた。
高遠くん、苦手そうだったもんなあ……サリさんのこと。
「アリアちゃん、脳みそはシフォンケーキで出来てると思ってたけど頭蓋骨は超合金で出来てたのね」
「誰が頭スカスカふわふわスポンジ生地!? ……じゃなくて、前に高位魔術師の人に魔法かけてもらったの。多分それじゃないかなあ?」
いやぁラッキーだった。それがなければ確実に死んでいた、今度会ったらお礼を言わないと。
まああの時は目を瞑ってたから、未だに魔法がどんな風にかけられたのかは謎なんだけど……。
マヤちゃんはあたしの上機嫌な説明に、露骨に不審そうな顔をして首を捻っていた。
「……その人、本当にただの魔術師? この世界の魔法って火とか水とかの属性を操るもので、そんなに便利じゃないって聞いたけど」
なんか怪しい、と言いつつ、まあ無事だったんだから良かったねとマヤちゃんは笑ってくれた。うんうん、喜ぶのがだいぶ遅いです。
「ハッ、じゃあこれからは攻撃は全部おでこで受け止めれば勇者パーティ最強の盾に??」
「いえ、そういう反則魔法って大抵永続じゃなくて効果一回きりだと思うから、そんな無茶するとすぐぱっくり割れちゃうと思うけど」
でもまあアリアちゃんだし、と何だか聞き捨てならない一言をつぶやいた後、マヤちゃんはコホンと咳払いをして仕切り直す。
「とりあえずこれは貰っていきましょう、いざという時の役には立ちそうだし」
マヤちゃんは床に転がっていた拳銃を手に取ると、トカゲの下半身からホルスターとベルトも外して手際よく拝借した。真っ二つにされた体は小刻みに震えていて、放っておいたらにょきにょき新しく生え変わりそうだ。ああ無理……。
と言うことで生還もそこそこに先を急ぐことにしたけれど、高遠くんは何だか難しい顔をして、ずっと押し黙っていた。
さっきの不機嫌そうな感じとはまた違うようだ、何か答えの出てる問題を無理やり解き直そうと考え込んでいるような。
「高遠くん、どうしたの?」
「……いや、想定していたより敵の再生力が高かったから。どうやったらここにいるトカゲを効率良く全滅させられるかを考えてた」
「全滅? ……うーん、マヤちゃんが踏み潰すにしても一気には無理だから、何割かには逃げられちゃうもんね。切るのも一時しのぎだし……何かどっかーんと派手に一網打尽にできればいいのにね?」
どっかーん、と両手を上げて笑うと、高遠くんはきょとんとした顔であたしを見つめていた。
……また馬鹿なことを言ってると思われた……落ち込んでいると、前を歩いていたマヤちゃんに思い切りぶつかって鼻を打つ。
「ぎゃっ。……どしたのマヤちゃん、急に立ち止まって?」
「……………」
マヤちゃんは無言でこちらを振り返り、眉を下げてとても困ったように口を引きむすんでいた。
そしてあたしは前方、マヤちゃんの正面数メートル先の通路に立つ人影を認め──つい昨日酒場で辱めを受けた記憶が鮮明に蘇って、サッと両手で両耳を抑えた。
そんなあたしにはお構いなしに、一連の騒ぎを聞いて出向いてきたらしいその人──太一郎君は、マヤちゃんだけをまっすぐに見ていた。
その表情は険しく、目には激しい憤りが滾っている。
「……警告しても駄目、脅しても駄目、挙げ句の果てには痛い目見ても駄目ってさ、ほんっっといい加減にしてくんないかなぁ」
太一郎君はマヤちゃんの額、血が滲む傷跡を睨み付けながら、吐き捨てるように言った。
マヤちゃんは一瞬気圧されたように押し黙ったものの、ぐっと堪えて拳を握り、噛みつくように言い返す。
「……関係ないって言ったのはそっちじゃない、私がどうするかは私の自由でしょ! それとも何? また気に食わないからスキルで言うこと聞かせるつもり? いいわよ、それで気が済むならそうすればいいじゃない!」
言い切った後でマヤちゃんははたと動きを止めると、くるっとあたしの方に首を回して「!?」みたいな顔をして困惑していた。
……そう、洗練されたツンの人は、挑発に対し穏やかに返答することなんて不可能なのだ……。
思ってもないことを高らかに宣言してしまい激しく後悔するマヤちゃんは大分可哀想だった、あたしの思ったことしか言えない愚直さと交換してあげたいぐらい。
「…………いや。アリアちゃんならともかく、マヤちゃんや高遠くんにはそれほど暗示も効かないだろうしそれはやめておく。アリアちゃんならともかく」
「その最初と最後の余計な一言は本当に必要だったんですかね?」
「それに代償を払うリスクを取ってまで俺がスキルを使う必要もないんだよね。俺が呼べばこの遺跡中のトカゲが、元気に大集合して侵入者を退治してくれるわけだから。俺を説得できる見込みでいたのかもしれないけどさ、こっちはそんなつもりないし、あいつらを倒す手段が無いのにここに乗り込んだ時点で詰んでるだろ」
太一郎君は陽気に笑い、「だからさぁ」と目を細めた。
「もう諦めて放っといてよ。今なら安全に出口まで帰してやるから。それとも俺の手を取って一緒に悪の道に染まり、トカゲに囲まれて楽しく過ごしたいのかな?」
恐ろしいワードにこの世の地獄のような未来を想像し、あたしはサーっと青ざめて気絶しかけた。
恐怖に涙目でふるふる震えていると、そんなあたしを見下ろして、ずっと黙っていた高遠くんがぽつりと呟いた。
「…………そうだね、それも悪くない。分かったよ、君に協力しよう」
「え?」
ツカツカと前に歩み出た高遠くんは、唖然とするあたしを一度も振り返ることなく、太一郎君の正面で姿勢よく立ち止まった。
誘った側の太一郎君も、その迷いの無さにさすがに面食らい眉根を寄せている。
「ん……んん? それはどうも、願ってもない申し出だけどさ……どーした高遠君……?」
「別に。いい加減真面目に世界を救うのにも飽き飽きしてたところだからね。どうせ無償の慈善活動なんだ、どこで抜けたってあの神様には文句を言われる筋合いもないだろ」
信じがたいことを言う高遠くんの声は、だけど冗談を言っているようには聞こえなかった。
太一郎君はそんな高遠くんに一瞬目を丸くして動揺していたようだけど、次第に何かを察したようににやっと笑って、大袈裟に指を鳴らしながら言う。
「そうそう! やっぱり高遠君は賢いね、分からず屋の誰かさんとは大違いだ! せっかく異世界に来たんだ、過酷な世界救済なんてとっとと見切りをつけて、楽しく愉快に世界征服でもした方がずっと建設的だよなぁ?」
ワハハと笑う太一郎君は仲良さげに高遠くんと肩を組むと、にこやかにあたしを見て言った。
「というわけだからアリアちゃん、高遠君はたった今から君の敵だ。ごめんね」
「え、ええ??」
ガーン、と鉄球に殴られたレベルでショックを受けるあたしに、彼はうんうんと頷きながら更に追い打ちをかける。
「まあ気持ちは分かるよ。いくら可愛くても人の話は全然聞かない無鉄砲、おまけにすぐに無茶して死にかける女の子と二人旅ってのは実際心労がとんでもないからね。ほんとはそろそろ嫌気もさしてたんだろ?」
そんなこと…………ある!! すごく身に覚えがある、何も言い返せない!
迷惑だと思ったことなんて無いって言ってくれたけど、そもそも高遠くんほど群を抜いて優秀な人が、あたしみたいなポンコツと一緒にいて少しもイライラしないのは無理がある。
クラスメイトで友達だから我慢してくれてただけで、本音は高遠くんだって……
瀕死のあたしをちらりと見て、高遠くんはちょっとだけ考えるそぶりを見せると──少し申し訳なさそうに苦笑して、こう言った。
「そうだね──僕はそんな雨宮さんのことが、本当は嫌いなのかもしれないな」
何よりも効果的な死刑宣告に、高遠くんの背中が遠ざかってやがて見えなくなるのを、音も色も失われたような世界で茫然と見送るしかできなかった。




