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恋する少女の異世界記録 〜スキルが強すぎてヒロインになれません〜  作者: 花苗カナ
第1章 剣と記録とはじまりの町

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スキル、愛読書、代償


「およそ300m先、右でふ」

「どうも。そのまま続けて」

「カーナビ?」


 さて無事に邂逅を果たして二人きり……ということはなかった。胸を押さえてしくしくと泣いているゴロツキさんを放置していくわけにもいかなかったので。


 彼曰くここは比較的小さな町でいわゆる交番みたいなものは無く、治安の維持に関することは町役場が管轄しているらしい。そんなわけでちょうど情報収集もしたかったところだし、高遠くんがゴロツキさんを背負い、案内してもらいつつ移動中なのだった。いいなあおんぶ、知らないおじさんの方があたしより進展してる。


「肋骨にヒビが入ってそうだな……。バケモノがどうとか言ってたけど一体どんな恐ろしい相手に」

「ど、どんなだろうねっ、さすが異世界!」


 まずい!初手ゴリラはさすがにまずい!そういうセンシティブな個人情報はもっと親睦を深めてからにしないと!!


「それより高遠くん重いでしょ、やっぱり半分持たせて?」

「おじさんは半分こするものじゃないと思うけど……さすがに女の子の力だと半分でも重いよ。そこそこ鍛えてるし、平気だから気にしないで」


 いや、おじさんを70kgとした場合3人はいける……と思ったけど、実際今はエネルギー切れでスキルは使えないので、役に立てそうにはなかった。悔しい。ていうかどんどんこっちの能力について言い出しづらくなってるな?


「うー……じゃあその剣だけでも持つよ、重そうだし」

「これ? これも軽くはないけど……まあおじさんよりはいいかな」


 むくれるあたしのわがままに高遠くんは面白そうに眉を下げて笑って、帯剣ベルトから器用に片手で長剣を外すと差し出してくれた。優しい。あやされてる気もするけど……。(同い年)


 両手で受け取ったそれは確かにずしりと重く、よく見ると鞘だけじゃなく柄にも細かな装飾が施されていて、かなり古くから使い込まれていそうな重厚感があった。何だか触れるだけで心臓がきゅっとなって緊張するような、異質な雰囲気がある。それに、


「あれ? この剣……」

「持ち主以外には抜けないんだ。正統な王だけが石から引き抜くことの出来る聖剣……愛読書(ギフト)にそう書いてあるからね」


 力いっぱい抜こうとしても鞘から刃を一ミリも覗かせないそれにぽかんとしている内に、高遠くんはあたしの手から手際よくやんわりと聖剣とやらを回収して、


「強そうだと思って選んだけどまあ不足はなさそうかな、『アーサー王物語』。子どもの頃読んでた児童文学だからちょっと恥ずかしいんだけど。まさか見た目に反映されるとは思わなかったし……」


 と、金色に輝く髪をつまんで、「似合わないよね」と照れくさそうに笑った。

 いや似合う、黒髪も似合ってたけど別ベクトルでめちゃくちゃ似合う、高遠くんの整った正統派王子様な容姿に抜群にマッチしてる。あたしが金髪にしてもギャルになるだけだけど高遠くんがそうすれば満場一致で王族になる、これが大宇宙の(ことわり)というものである。ていうかまじめだから一生髪とか染めなかったかもしれないなと思うと正に奇跡、よく見ると瞳も青みがかって宝石のような輝きを放っていてとっても綺麗、ああ感謝の行き場がなくて長文脳内☆5レビューが止まらない、かくなる上は……


「アーサー王さんの口座番号って知ってる?」

「未開設なんじゃないかな……」


 それは残念、とあたしは謝礼の振り込みを断念して肩を落としつつ、とりあえずまた神さまに会えたらお礼を言っておこうと思うのだった。


「ところで雨宮さんは見た目に変わりは無いみたいだけど何の本を選んだの? 制服のままってことは……」

「え? それはギ……」


 言いかけて口が止まる。脳裏に怯えながら「バケモノ」と叫ぶおじさんの声がこだまして青い顔でフリーズしていると、高遠くんは何かを察したように小さく首を横に振った。


「いいよ、僕じゃ聞いても分からないかもしれないし。不安だと思うけど幸い僕のスキルは戦闘向きだし、そんなに心配しないで」

「…………」


 多分、うっかり女子高生が主役の流行りの青春小説か少女漫画を選んでしまって後悔してるんだとでも都合よく勘違いしてくれてるな……。


 底知れぬ罪悪感に苛まれつつ、照れたように少しはにかむ高遠くんがかわいすぎてあたしは問答無用でうなずいていた。一年以上遠くから見守っていてよかった、見慣れて無かったらまぶしくて目を焼かれていたかもしれない。



* * *



「肋骨が折れてますね。これもあなた方が?」

「いえ、バケモノに襲われたらしくて」

「なんと……まさか魔獣がついに町の中まで? 物盗り、そのバケモノの特徴は?」

「うう、栗色の髪に妙な服、緊張感のないアホっぽい喋り方の……」

「おじさん歯並びが綺麗ですね。ずっとそのままでいられたらいいですよね。ね。ね?」

「ピェン……」

「声が震えすぎて聞き取れませんね……まあいいでしょう」


 高遠くんに見えないように小さく拳を固めて脅……おねがいすると、物盗りのおじさんは頭を抱えて静かになった。ご理解ご協力ありがとうございます。


「………どうせ聞き取れたとしても、すぐには対処できませんしね。悪漢の捕縛、ご協力ありがとうございました。後の処理はこちらで」


 応対してくれた役所のお姉さんは、ざわざわと慌ただしくあちこちで口論が起きている狭い町役場の中を見回して、ため息をついた。

 あたし達と同じようにトラブルの対処をお願いしている人もいれば、泣きわめく町民を必死になだめているらしい職員の姿も目立つ。なんだか大変そうだ。断片的に聞こえる会話の中に、頻出するワードがあってあたしは眉をひそめる。魔獣、騎士団、もう限界?


「あの。この町、最近治安が悪くなったって聞きましたけど何かあったんですか?」

「実は外部へ行くために必ず通らなければならない西の森が、魔獣の巣にされてしまいまして……通行できなくなってるんです。有事には王都の騎士団から応援が派遣されるはずなのですが、何分辺境の小さな町ですからあまり期待もできず……物流も人の出入りも途絶えて久しく、生活も心理的にも皆限界が来ておりまして。もはや神にでも祈るしかない状況なのです。まあ、神には救済など期待できませんが」

「神さま? 神さまならさっき」


 とん、と肩に手を置かれて、あたしは息を止めた。ついでに心臓も止まった。


 そんな生命の危機には気づかず高遠くんはにこりと人良く微笑んで、「ご苦労様です。失礼します」と礼儀正しく頭を下げて、すたすたと立ち去った。あたしも慌てて息を吹き返して、後に続いて外へ出る。

 び、びっくりした、ブレザー越しでもこの威力、夏服だったら肩が蒸発してたかも……じゃなくて。


「高遠くん、もしかしてナイショなの? あたし達がこの世界を救いに来た勇者だってこと」

「僕たちが召喚されたことは、この世界の人達には公表されてない。突然そんなことを言っても困らせるか怪しまれるだけだよ」

「え、そうなの!? なんでそんな本日のシークレットゲスト扱い?」

「……雨宮さん、説明されてないの?」


 どうやらおまけで召喚したあたしに、神さまは説明を端折ったらしい。


 あたし達が飛ばされたこの異世界は、最北の地・王都で、魔王とかいういかにも悪そうなやつが魔族やら魔獣やらを操って大暴れしていてとってもピンチ。


 だけどこの世界の創造主たる神さまは、「一度創った世界には干渉不可能」というルールのせいで、世界を助けたくても手出しできない。聖女さんみたいな一部の人を除けば意思の疎通すらままならない。


 でも別の世界には干渉可能、ということで、あたし達の世界でスカウトをかけて、戦う力・スキルを与えてこの世界を救う勇者として召喚することにした──ってことらしかった。

 

 そして今いるところは、南北に二つある大陸のうち最南端、魔王軍から遠く比較的安全なエリア。


 召喚されたばかりで戦闘経験もなくスキルの強さも未知数、扱いも不慣れな異世界の子どもの存在が敵側に知れれば、すぐさま初心者狩りされる危険性大。


 よってできるだけリスクを分散するために召喚地点もバラバラにして、旅をしながらまずはスキルの練度を十分に上げるのが先決……ってお話らしい。

 なのでとりあえず力をつけながら旅をして北を目指そう、というのが当面の目標みたい。


 ちなみにこの世界の言語や文字を理解する能力はサービスで付けてくれたそうだ。こちらの話す言葉も勝手に翻訳されて現地の人の耳に届くらしい。ひとまず会話や読み書きに苦労する心配はなさそう。日本語で詰んでる身としてはありがたいね。


「ふんふん。それで、世界を救ったら何でも一つ願いを叶えてくれるんだっけ?」

「そういうキャンペーンは今やってないらしいよ」

「ええー……」


 改めて思うけど、随分と想像を絶するブラック召喚だった。無賃、無休、無期限、生命の保証なしなんて……快く承諾した高遠くんこそがむしろ神さま。世界を救ったあかつきには崇めてもらわないと!


 何だかすぐに魔王とやらに会いに行ってみんなでボコるのかと思ってたけど、まあそれもそうか。あたしだってあたしに何が出来るのか全部は分かってないもんね。

 帰れるのはまだまだ先になりそうだ。ミユちゃんとチカちゃんにまた明日ねって言っちゃったのになぁ。


「だから無闇に一般市民の前でスキルを使うのも控えた方がいい。無駄に注目だけ浴びて敵に勘付かれるのは避けたいからね」

「ワーソウナンダー……」


 もうちょっと早く聞きたかったなそれ。おのれ神さま……。


「……あれ、でも旅ってことはお金が必要なんじゃ?」

「そう、そこが最大の問題だ。この町の状況じゃよそ者に雇用の当てなんてなさそうだし、旅の資金以前にまず日が暮れる前に今夜泊まる場所だけでも確保しないと……」

「わあ、いきなり異世界らしからぬ現実的な危機だぁ……」


 冬服でちょうどいいってことはこの世界も暦の上では春みたいだけど、さすがに夜は冷えるだろう。野宿はつらそう。空を見上げればほんのりオレンジに染まりつつある。なんだか急に心細くなって眉根を寄せてしまう。


「二人まとめては無理でも、せめて一人だけでもどこかの民家に頼み込んで上げてもらうしかないな……」

「そうだね、一人だけお願いできれば今日はどうにか……でも大丈夫、高遠くんの礼儀正しさならきっと怪しまれずに快く泊めてもらえるよ! また明日会おうねっ」

「え?」

「え?」


 そこでどうやら意見の相違があったらしいことを理解すると、あたしはくわっと目を見開いて噛み付くように叫んだ。


「ちょっと待って、野宿するつもりなの!? 何考えてるのこんな治安の悪い町で、もっと自分を大事にしよう!!!」

「それはこっちの台詞だよ。女の子を路上で一晩過ごさせるなんて出来るわけないだろ、さっきだって危ないところだったのに」

「それはちょっと油断しただけで………じゃなくて、女の子とか男の子とかじゃないよ! 高遠くんか高遠くん以外かが問題だよ! 平気だもん、襲われたってボコボコにできるもん!」

「いやできるわけないでしょそんな腕で」


 できたもん!!!(肋骨粉砕)

 お、愚か者めが……! 紳士で穏やかな高遠くんからの初めての拒絶に動揺しつつ、しかし学年1位の人相手にディベートは不利と覚悟を決める。

 こうなったらゴリラと思われても仕方ない、この石畳を拳で砕いて見せれば高遠くんだって認めざるを得な…………!


 ところがスキルは発動せず、代わりにぐわんと視界が回って、全身に重力がのしかかったみたいに倒れ込む。

 こ、この感覚……さっきは曖昧だったけどはっきり分かる。これはおのれがこの世で最も苦手とする苦痛……


「雨宮さん!?」

「……いた……」

「痛い? やっぱりさっきどこか怪我してたのか!? 待ってて、今すぐ……」

「……おなかすいたぁ……」

「……」


 ぽかんとする高遠くんに肩を抱いて起こされながらぽろぽろと涙をこぼす。

 今まで感じたことの無いとんでもない空腹感に全くスキルを使うどころじゃない。え、つらい、この代償つらい、世界を救うって、こんなにつらいことなの……!?


「あのー……泊まるところと、ごはんが必要なんですか?」


 絶望してたところにふと、なんだか聞き覚えのあるかわいらしい声がしてパッと目を開ける。


 あたし達のすぐ後ろで醜い争いを見守っていたらしいその子──柔らかい胡桃色のお下げ髪に、かわいらしい若葉色のワンピース。そして赤いポシェットが印象的な、さっき路地裏で助けた女の子は、ぺこりと頭を下げた。

 ……ポシェットの厚みが無くなっているのを見るに、銀行には無事に辿り着けたみたいだ。よかった。


「お姉さん、さっきは逃がしてくれてありがとうございました。お兄さんも盗人を捕まえてくれてありがとうございます」

「逃がした?」

「はい。そのお姉さんは盗まれた私のお金を取り返して、その手で悪漢を軽々と」

「わー!? えっと、当然のことをしたまででお気になさらずっ、ていうか今まさに死にゆく真っ最中だから子どもにショッキングな場面を見せるわけには……」


 震えながら声を絞ると、女の子はくすくすと小さな花が揺れるように笑って、こう言った。


「お礼がしたくて探していました。私の家、宿屋なんです。あたたかいベッドも出来たてのごはんも、喧嘩しなくっても2人分ご用意できますよ」


 異世界って天使もいるんだ、と感心していたらおなかの音がぐーと元気に鳴って、高遠くんは一度堪えてから、真面目な顔をゆるめて吹き出した。


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