マカロニ・ウエスタン・ショー②
緊迫した空気の中、ヒュゥと風が店外を吹き抜けて、丸まった枯れ草がコロコロと街道を転がって行くのをぼんやりと目で追う。
「あの草、西部劇でしょっちゅうコロコロしてるけどなんなのかな……」
「あれはヒユ科オカヒジキ属の低木タンブルウィードといって……」
「ひ、ひじき!? どうしよう高遠くんこの街にはお醤油がないよっ」
「落ち着くんだ雨宮さん、ひじきは海藻であってそもそも別物だからあれはサラダにでもすれば……」
「いやどっちも落ち着けよ多分食えねーよアレ。……ん、ていうかそのツッコミ不在漫才、アリアちゃんに高遠くん? うわー久しぶり。元気だった?」
混乱に陥るあたしたちに気づくと、太一郎君は腕組みを解き、よっ!と片手を上げて懐かしい笑顔を浮かべた。
……あ、操られてるとかではなさそう……?
だけどその背後では、ちょろちょろと舌を出しながら大量のトカゲ魔獣がなんだなんだと訝しげにあたしのことを見ていたきもちわるい。
『親分、知り合いですかい?』
「んー? まあな。殺しちゃだめだぞ、少し話がある」
『了解です!』
ぴしっと姿勢を正して太一郎君に敬礼をする魔獣たちだった。
ていうか親分て太一郎君、まさかこんなきもちわるい軍団を従えてるの?趣味悪……いやいや、そもそもなんで。太一郎君だってあたし達と同じ勇者、魔獣は例えトカゲじゃなくてももちろん即倒すべき敵のはずじゃ?
そういえば魔獣側に寝返って指揮をとってる人間がいるってマヤちゃんが……
「ま、マヤちゃん知ってたの? なんだかとんでもないことに……」
くるりと横を見ると、そこに花木マヤちゃんはいなかった。
「あれ?」
「雨宮さん、そこ」
呆れたような高遠くんが指差す先、テーブル上のペッパーミルの影を見ると──いつの間にやらアリスのスキルで小さくなった手のひらサイズのマヤちゃんが、人差し指を口元に立ててぶんぶんと首を振っていた。
「……ちゃんと話し合うチャンスだと思うけど……」
「ごめんお願い黙ってて、まだ心の準備が……」
「えーでもそっちの痴話喧嘩でしょー?」
「ちわじゃないわ! ……と、とにかく、話進めといて」
言うなりマヤちゃんは体操座りをして口を閉ざしてしまった。ツンの人も大変なんだなあ……。
仕方なくあたしは太一郎君に向き直ると、おぞましいバックを見ないようにしつつ問い掛ける。
「えーと……太一郎君、どうして魔獣なんかと一緒にいるの? マヤちゃんに絶交されておかしくなっちゃったの?」
「いーや、マヤちゃんなんて関係ないね。元々ずっとこうしたかったんだ俺は。念願叶ったって感じ」
な、なんだってーー!?
まさかの闇落ち、魔王側に寝返る勇者がいたなんて! 神さまめっちゃ人選ミスってますやん、まああの神さまだしな……さもありなん。
「……それが本音だとは思いたくないけど、まあひとまずは置いておこう。それで、君の目的は? この町の征服?」
「まあそんなとこかな。再三諦めて降伏しろ言ってるのに誰かさんがまあしつこいしつこい、いい加減力の差ってもんをはっきり教えてあげないとと思ってね。雑魚トカゲを送っても分からないなら仕方ない、統率者である俺が直々に出向いてきてやったってわけだ」
ガタリ、とペッパーミルが鳴る。マヤちゃんは唇を噛んで悔しそうな顔をしていた。ああ太一郎君、そんな火柱にテキーラを注ぐようなことをして……
「……太一郎君、変だよ。どうしてあたしたち争わなくちゃいけないの? あたしは嫌だよ、太一郎君と戦うなんて」
「……アリアちゃん」
「ていうかなんでトカゲなの? どうせ統率するならどうしてもふもふわんちゃん軍団とかふわふわハムスター軍団とかもっと可愛い魔獣にしてくれなかったの? それならあたしだって喜んで軍門に下ったかもしれないのに……」
「雨宮さんちょっと黙って脱線するから!」
「おいおい高遠君、もう北大陸だってのにまだその暴走蒸気機関車を制御出来てないのか? まあ人のことは言えないけど」
呆れたように顎を掻いて、やれやれと太一郎君は首を振る。
そして息を吐くと──冷たい目であたしを見て、吐き捨てるように言った。
「俺だってできればアリアちゃん達とは戦いたくないさ。でも退いてくれないって言うなら話は別だ。……と言うわけで、悪いけど勇者らしくスキル対決と行こう。力づくでその首縦に振らせてやるよ。どっちがやる? どっちもでも良いぜ? やる気があるならもちろん3人がかりだって相手になるけど」
ビク--と影に隠れたマヤちゃんが真っ赤な顔で肩を震わせた。バレてらー……。
しかし晴春君の時と同じ、生身の人間相手に聖剣を振るっては生かしておける保証はない。
あたしは険しい顔をした高遠くんを左手で制すと、右手を挙げて宣言した。
「いいよ、勝負しよ。ただしあたしが勝ったらそのきもちわるい奴らとは縁を切って、ちゃんとマヤちゃんと仲直りすること! 約束だよ」
「ああいいよ。君が勝ったらね」
不敵に笑う太一郎君。見た所丸腰、隙だらけだ。幸い向こうの愛読書は基本的には戦闘と無縁のジャンル……暗示スキルを使われる前に圧倒して戦意喪失させれば良いだけのこと。
晴春君の時は先手を取られまくったけど、今回は最初からフルスピードで頑張らせてもらおう!
「それじゃあいざ尋常に──勝負!」
太一郎君が言い切った直後、あたしは俊足スキルを使って一瞬で太一郎君の背後にまわると、同時に鞘ごと構えていた妖刀をその背中目掛けて振り下ろした。
よし! いける──
「止まれ」
だけどあたしは目標まで残り数ミリ、と言うところでぴたりと刀を止めて停止した。
「…………あ、あれ…………?」
「武器を捨てろ」
太一郎君が言うが早いか、あたしは妖刀・残雪を床に置いて背後、客席の方に蹴って滑らせながら、背にした弓と矢筒もぽいぽいと投げ捨ててしまった。一気に丸腰になる。
「雨宮さん!?」
「ち、違うの、体が勝手に……」
自分の意思と無関係に動く体に顔を赤くして困惑していると、太一郎君にフッと勝ち誇った笑みで見下されてさすがに吠える。
「あ、あたしが武器が無かったら戦えないとでも思ってるの!? 舐めないでよね、傷は付けたくなかったけどそっちがその気ならしょうがない! こうなったら殴り合いで分からせてあげるしか……」
「三回まわってワンと鳴け」
「わんわん! ……ハッ!?」
陽気にくるくると回ってから正気に戻り、目を丸くした高遠くんの視線を感じて赤面しながら羞恥に震える。
「どう? 降参する気になった?」
「ふ、ふざけやがってー! もう怒っちゃったっ、歯とあばら骨どっち折って欲しいか選ばせてあげ」
「伏せ」
「ワフ……」
完全敗北にがっくりと項垂れているあたしの肩を叩き、勝負あったねーと太一郎君は微笑んだ。
つ、強い、なんか前に会った時よりレベルアップしてるような……!? 発動までに必要な語数も減ってるし、逆らえない強制力も増してる気がする。い、いつの間にここまでの精度を……?
「うそ……私といた頃はあそこまで強くは……」
驚愕するマヤちゃんの声。太一郎君はふっと笑い、目を伏せて頷く。
「まあこれが俺の本来の実力ってことさ。マヤちゃんなんかいなくても一人で十分やってけるからご心配なく」
「……………」
「まあまだまだ改良の余地があるけど。俺はこのスキルについて一つ気付いた重要なことがある」
「重要なこと……?」
「そう。それは……」
全員が固唾を飲んで注目する中、満を辞して太一郎君は口を開き、カッと開眼すると大声で叫んだ。
「このスキルは──頭が単純な相手ほどよく効く!!」
「な、なるほど……!」
「やめてくれるかな人で大成功した後にそういう情報出すの!? あと二人も納得しないでよーー!!」
神妙な面持ちで頷く酒場の皆さんに、あたしは伏せたまま暴れるのだった。
「……まあそういうわけだから、痛い目見たくなかったら俺たちに刃向かうのはもうやめた方がいいよ。砂塵の遺跡のことも諦めた方がいい。──さて目的は達したし、戻るとするかあ。行くぞ」
『イーーーッ!』
「ちょっと! ちょっと待ってください伏せの解除を!!」
「ああ、ごめん忘れてた似合ってて。……悪いねアリアちゃん、例の同盟は解散ってことで。君はさ、俺の分も頑張ってね」
太一郎君はパンと手を打ってスキルを解除すると、トカゲ軍団を引き連れ、いつの間にか薄暗くなった街の外へと消えてしまった。
酒場にはしばらく静寂が漂っていたけど、やがて誰かのため息を合図に、散らかった食器や倒れた椅子が粛々と片付けられ、また元の喧騒を取り戻していった。
「…………な、なんだったの……?」
「……本当に警告のためだけに来たのか。事情はわからないけど、どうもまた彼とは戦わなくちゃいけないみたいだね。花木さん、大丈夫?」
マヤちゃんはいつの間にか元のサイズに戻って、椅子にちょこんと腰掛けて悔しそうに床を見つめていた。
「……うん。よく分からないけど、私が間違った時にあいつは止めてくれたんだから、きっと今度は私の番なんだよね。それは平気。……ただ、」
マヤちゃんはとてもつらそうな顔で言う。
「あいつ、スキルを使った後に代償でいつも熱出すの……あんなに無駄に乱発して絶対今頃つらいはずだわ。あのトカゲ、ちゃんと看病とかしてくれるかなあ……?」
「してくれないと思うけど……」
あたしは甲斐甲斐しく太一郎君におかゆを食べさせたり、おでこに乗せた濡れタオルをこまめに交換してくれる献身的なトカゲを想像し、すぐにやめた。
ああきもちわるい……アレの巣窟に乗り込むなんてそれだけでダメージ受けちゃいそう。
「…………あったかくして寝てるといいけど……遺跡にお布団なんてあるのかしら……持ってった方がいいかな……」
「いや荷物になるからやめた方が……って、あれ、マヤちゃん?」
マヤちゃんはテーブルにこてんと頭をのせて、すやすやと可愛らしい寝息を立てながら眠ってしまった。
ああ、そう言えば森でもこんな風に耐えがたそうな眠気に襲われてたっけ。どうやらこれがマヤちゃんの代償らしい。さすが夢オチの愛読書。いいなあ守りたくなる系だなあ、あたしの代償とチェンジしてもらいたい。
「……とりあえず今日はひと休みして、明日遺跡に行くとしよう」
「うん、そうだね……ハッ!?」
突然あたしが叫んだので高遠くんは驚いて身構えた。構わずあたしは高遠くんに詰め寄り、懸命に力説する。
「ま、マヤちゃんはあたしが運ぶからねっ! なかよしなので! おんぶとかお姫様抱っことかしなくていいからね!!」
「え? うん、でも雨宮さんだって疲れて……」
「問答無用! さあ行こう行こうー!」
マヤちゃんの身体は華奢で軽く、スキルを使わなくてもひょいと背負えてしまった。なんとも可愛らしい。柔らかい上になんかいい匂いがした。……あ、危ない危ない……余計なフラグはバキバキに折るに限るね!
背中でむにゃむにゃと、か細い声で「ごめんね……」と呟く声が聞こえる。それを明日本人の前で言えると良いんだけどなあと、あたしは宿への道を急ぎながら思うのだった。




