新大陸と再会
どこまでも続く荒野を行く。
視界は砂煙が酷くて、スキルを使ってもほとんど何も見えないけれど、方向は合っているはずだ。北大陸最初の街は近い。
だけどあたしのわずかな不安を敏感に感じ取ったのか、お利口に背中に乗せてくれていた馬は低く嘶いた。
これくらい平気だよ、と伝えたくて、目の前で揺れる艶々の毛並みをそっと撫でる。
馬にまたがり一歩荒野を進むたびに、腰に下げた刀がカチャカチャと音を立て、背中に下げた弓が揺れた。さっき港の出店で買ったばかりのテンガロンハットが、吹き荒ぶ風に飛ばされそうになるのを手で押さえ、さすがに世界から浮いてる制服を見下ろしながら思う。……なんか最近、イロモノ感が増してる気がする?
巻き上がる砂に顔をしかめながらあたしは、ここに至るまでの記憶をぼんやりと思い返していた──
* * *
アカツキの島を出発して海を渡り、船長に別れを告げて上陸した新大陸は、なんとも見事に荒れ果てた大地だった。
砂と岩に覆われた地形は歩いての移動は難しいとのことで、馬を借りることになり。
高遠くんは乗馬の経験は無いと言っていたけど、馬に乗り戦地を駆け巡った王様を投影しているだけあって、スキルを使い一発で颯爽と乗りこなしていた。
となればこれは二人乗りフラグでは!? ……なんて一人もじもじしていたのは一瞬で。
パラパラとページをめくるような音が胸に響いたかと思うと、いつもの如く愛読書はスキルを提示し、あたしは華麗に馬を駆る人類の華々しい馬術スキルを遺憾なく発揮して、軽々と走り出していたのだった。ありがとう人類、さようなら乗馬デート。
しかし随分と馬を走らせてきたけど、町どころか人の姿すら見当たらない。あるのはやけに大きい緑色のサボテン的な植物ばかり。これではサボテンの調理法について思いを巡らせお腹を鳴らしてしまうのもイタシカタナイというものだ。
「雨宮さん大丈夫? 少し休もうか」
「ううん、もうちょっとがんばれる……ところで高遠くんは塩とお醤油どっちが合うと思う?」
「駄目だ、やっぱり休ませないと……」
青い顔をする高遠くんを横目にサボテンを凝視する。棘かな? 棘を抜けばいけるのかな?
「それにしてもいくら荒野とは言え人の気配がなさすぎるな……この辺りに魔獣の巣があるっていう話は本当なのかも」
「ああ、港の人が警告してくれた、『魔獣がこの先の町で人間と縄張り争いしてる』って噂? さすがは物騒と評判だった北の大陸だよね、またアカツキの島みたいに統率してる魔族とかもいるのかなあ……」
「いや、幸いその心配は無さそうだったけど。これまで遭遇した魔獣はほぼ攻撃してくるだけの獣だったけど、今度の相手はそこそこに知性が高い魔獣なのかもしれないな」
高い知性を持つ魔獣? あたしはかつて出会ったブタやらスライムやら鬼やらが気さくに話しかけてくるのを想像して眉根を寄せた。困るな、あたしより賢い可能性を示唆されるのはちょっと。
「……ってことはいつまでもうろうろしてたら、あたし達も魔獣に襲われちゃうかもね? あはは」
「いや、正にその通りかも……。雨宮さん、落馬するぐらいなら降りたほうがいい!」
「え? ……うわっ!?」
突然ヒヒーンと高く鳴いて首を振り乱した馬に、たまらずあたしは手綱を離して、高遠くんにならって砂の上に飛び降りる。2頭の馬は振り返りもせずに後方、元来た道を駆け抜けて見えなくなってしまった。
「な、何事……?」
「まずは弓で後方から援護、それでも駄目だったら悪いけど刀に切り替えて応戦して」
そんな作戦指示を流暢に出しながら、高遠くんは聖剣を構え──
勇敢にも、眼前に現れた巨大な敵を真っ向から睨んだ。
「でっかいサソリ?」
「でっかい蠍だ!」
なんとあの高遠くんですらも語彙を失う、それは家屋ほど大きなサソリだった。
禍々しい紫色をしていて、巨大なハサミと、尾の先で尖る毒針が見るからに危ない。これがこの先の街を脅かしてる知的な魔獣……じゃないか、さすがに。なんかキシャーとか言ってるし。
「とりあえず尖ってるとこ全部斬るから、矢で隙を作ってくれると助かる」
「う、うん!」
しかしこの程度の巨大魔獣、もうあたしと高遠くんは何回も撃退してきているのだ!
今更怯む事もない、あたしは砂埃の中はりきって矢を番え、敵に狙いを定めると────
突然サソリが尾の先をあたしに向け、毒針がミサイルの如く飛んできたのを見て矢を取り落とした。
「えーー!?」
そういうの有り!?
あたしはすかさずスキルで飛び避け事なきを得たけど、なんとまあサソリは毒針をにょきっと再生させて、何発も乱射してきたのだった。さながらロケットランチャーだ。
「な、なにこれズルすぎない??」
「逃げようにも馬がないしね……」
ひそひそ話し合いつつ、お互いに剣と刀を駆使して飛んで来る毒針を斬り落とす。
そうこうしているうちにサソリはこちらに距離を詰め、その大きなハサミ状の手をガチガチと打ち鳴らし始める。
ああまず間違いなくあれでチョキンとされるんだろうなぁ、うん。絶体絶命!
「…………僕が囮になるからその間に雨宮さんが居合で斬り込めば……」
「あ! またすぐそうやって無茶しようとする、囮になるなら足の速いあたしがやるべき!」
「無茶はそっちだろ? いいから大人しく後ろに……」
「わがまま言うなー! もういい先手必勝、あたしが行きます!」
「あ、こら強行突破するな!」
「ぐえっ」
武器を握りつつぎゃあぎゃあ言い争い、どうせ口では勝てないので無視して駆け出そうとしたらテンガロンハットを引っ張られて顎紐で首が絞まった。
た、高遠くん、やるようになったね……!
嬉しいような腹立たしいような思いで帽子を被り直していると、すぐそばでガチン、とハサミを撃ち鳴らす音が響いた。
「あ」
「しまった……」
口論の隙にすっかり目の前に迫ったサソリが、その手をそれぞれあたしと高遠くんに向けて振り上げ──
あわや真っ二つ、というところで、突然その姿が荒野に沈んだ。
「!?」
「な、なに!?」
砂にめり込んだサソリの巨体──
それは、その背後から飛び蹴りを喰らわせてきたさらに巨大な何かに踏み潰された結果だった。
砂埃で対象の影はよく見えない。しかしでっかい、これは新たなる巨大魔獣の出現、怪獣大戦争の幕開けか!!
などと戦慄していたあたしは、やがて巻き上がる砂が落ち着き、おぼろげな新たなる巨大生物の姿が明るみになるにつれて──
細めていた目を見開き、ひき結んでいた口をあんぐり開けさせられたのだった。
「…………ま、まさかの……」
「……驚いた。しかし改めて強力なスキルだね、羨ましい」
あたしと高遠くんが見上げる先。
頭部が弱点だったらしく動かなくなったサソリの上で、ぱんぱん女の子らしく、その可愛らしいスカートの砂をはたき落としながら。
「──あら、どこの命知らずかと思えばアリアちゃんに高遠くん?」
高いところから失礼します、とご丁寧に一礼して。
巨大生物──もとい、スキルで家屋並の大きさになった彼女。愛読書『不思議の国のアリス』を有する勇者。
久しぶりに再会した花木マヤちゃんは、嬉しそうににっこりと微笑んだ。




