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恋する少女の異世界記録 〜スキルが強すぎてヒロインになれません〜  作者: 花苗カナ
第3章 鬼と刀の島

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エピローグ


 さて晴れて島の英雄となり、「何かお礼をさせてほしい」との島民たちの申し出にうっきうきでごちそうを所望しようとしたあたしは、爽やかに「破損した海賊船の修復」を依頼した高遠くんの隣で無言でこくこくと頷いた。またうっかり当初の目的を忘却してしまった……。


 数日を要するという修理を待つ間、あたし達は荒れ放題の山や畑や浜の復興を手伝いつつ、平和が訪れた島で束の間の休暇を楽しんだ。


 イズル君とトーリ君と十字架鬼とかバナナ鬼とかだるまさんがころんだとか知りうる限りの遊びを同レベルで遊び尽くしたり、夜明けに二人で海を見に行こうと誘ってくれた高遠くんを本気の潮干狩りに付き合わせて困惑させたり(でも真剣に掘ってくれてさらに好きになっちゃった)……そしてなにより、


「お姉ちゃん、今日の晩ご飯は漁師のみんながはりきって用意してくれたお寿司食べ放題だよ! いっぱいご飯炊いて酢飯(シャリ)も用意しておいたからね、今日こそは好きなだけ食べてね!」

「きゃ~~異世界すしざんまいっ! いただきまーす!」

「ああ、漁業の方もようやく再開できたんだね」

「魔族がいなくなって浜の魔獣も一掃したし、遠洋の大型魔獣は先輩達が駆除してくれてましたからね。……しかしイズル、アリア先輩相手に『好きなだけ食べて』なんてよく言えたもんだな……」


 えっへん、と胸を張ってしゃもじを握るかわいいイズル君と、隣でやれやれと首を振っているトーリ君に見守られながら、あたしは生まれて初めての回らないお寿司に舌鼓を打って悶えていた。脂の乗りも鮮度も最高、海はみんなの冷蔵庫♪


 とまあこんな具合に連日連夜サクサクの天ぷらやら焼き鳥やら流しそうめんやら和なごちそうを振る舞われまくって、あたしは人生のピークを迎えつつあった。勇者って役得、英雄ってサイコー、この調子でどんどん世界を救っていきたいね!


 なんて調子に乗って食べまくっていたらあっという間に供給の手が止まり、あたしは目を瞬いて厨房、敗北者の顔で刺身包丁をまな板に置き絶望するおじさん達に向けて挙手する。


「あれ? まぐろ一丁?」

「もうネタが尽きたので今後はかっぱ巻きしか出せないそうっスよ」

「え!? ……あ、そうだよね妖怪だもんね、晴春君かっぱにも変化できるもんね……?」

「いやショックでとち狂い過ぎでしょ巻かれても俺様は食えないっスからね! ていうか見つめられるのは嬉しいっスけど、そんな美味しそうなものを見る目はお断りっス!」


 後輩から本気のダメ出しをされてしゅんと落ち込み、またやっちゃったぁと満たされたお腹をさする。反省はしてる、後悔はしてないけど。


 潔く食べ放題は切り上げ、湯呑みに口を付けて食後の緑茶をすすりながら目を伏せる。隣に座る高遠くんは一部始終を眺めてくすくすと笑い、少し残念そうに呟いた。


「船の修復が終わったのは良かったけど、明日で出発となるとさすがに名残惜しいね。食事もそうだけど、島の人には本当によくしてもらったし……」

「そうだね……でもこの島を拠点にして毎日北大陸に遠征して、日帰りで勇者業をするっていうのも大いにアリなのかも……♪」

「いやナシだよナシ、毎日往復で航海なんて」


 珍しく食い気味で強めに否定してきた高遠くんの青い顔に、あたしは船酔いのことを思い出して「ああ~」とけらけら笑う。

 あたしはもったいない精神が体調不良をねじ伏せるのか吐いたことって一度も無いから分かんないんだけど、一日二吐きは確かにしんどいよね。


「じゃあ元の世界に帰ったらさ、異世界救済の打ち上げは回る方のお寿司にする? マヤちゃん達にも再会できたら聞いてみよ~」


 へへ、と肩を揺らすあたしに、高遠くんはきょとんとした顔で目を丸くする。


「? なにその顔」

「いや……あっさり折れるんだなと思って。さすがに毎日じゃなくてもたまに来て顔を出すぐらいなら、今後も雨宮さんはやろうと思えばできると思うけど」

「うん。でも高遠くんが一緒じゃないならあたし、お寿司なんていらないもん。そんなの悩む必要ないでしょ?」

「…………」

「どしたの感無量みたいな顔して」

「公式戦の決勝でPK決めて勝った時よりうれしい……」

「ええー? お寿司に勝ったのが? それは冗談にしても言いすぎでしょ、部活の人に怒られちゃうよ?」


 口元を手で押さえて目を閉じ、じ~~んと何かを噛みしめてるっぽい高遠くんに、あたしは呆れて眉根を寄せる。

 そりゃあたしも「君は僕にとって一貫数千円の本マグロ大トロより価値があるよ」って言われたら自己肯定感が爆上がりしちゃうかもしれないけど?


 勝利の余韻(?)に浸っている高遠くんをそっとしておくことにして、あたしはそろっと宴の席から離れ、隅の方でお猪口をつまみながら粛々と刀を研いでいるスオウ先生のとこに駆け寄ると声を弾ませた。


「せーんせ、出発前の餞別に語ってくれますよね、先生の恋バナ!」

「嫌だ」

「居合より鋭い即答だっ!」


 聞きたかったぁ、と涙目になるあたしに、しかし「浮ついた話は戦いが終わってから」という自らの発言に思うところがあったのか、先生はそっと刀を置くと顎を撫でながら緩慢に口を開いた。


「……お前が好みそうな明るい話じゃない。俺達はまだ、お前と剣士の少年ぐらいの年頃に出会い、夫婦になり、それから一年後には死別した。そういう夢の無い話だ」

「……病気、とかですか? それともまさか魔族に……」

「いや、寿命だ」


 さすがに首を傾げる。あたしと高遠くんと同じぐらいで一年後ってことは、先生とその人はまだ17、18歳だったはずじゃ?


「そう言う意味では不幸なだけの別れというわけでも無かったのかもしれんな。一日も無駄にしないよう限りある時間を共に過ごし、穏やかに看取ることができたのだから」


 懐かしむように呟いた先生は、浮かない顔をしているあたしにフッと笑って見せる。


「そいつのことが気になるのなら、北大陸の『教会』に立ち寄ると良い。まあ、あそこは常人が自由に立ち入れる場所ではないがな」


 教会、というワードに、あの怪しい神様と可愛らしい聖女さんの顔を思い出す。あたし達も出自的にはそこに属していそうな立場だし、いずれ足を運ぶことにはなるのかもしれない。覚えておこう。


「お前も……あの少年と共にある今を当たり前と思わず、悔いの残らないように行動しろ。どうしようもない別れというものは、予兆も無く誰しも唐突に突きつけられるものなのだから」


 堅苦しい教訓めいた言葉に、「それはつまり『告っちゃえ!』ってことですか?」と真剣に問い返すと、スオウ先生は「こく……?」と大いに困惑して、誤魔化すようにお猪口に口を付けた。酒で流すな人の命が懸かった選択を!



* * *



 忙しい中で手を煩わせるのも申し訳ないし離れがたくなるのもあんまり良くないので、出航は朝早く、ひっそり行われることになった。

 数少ない4人の見送り、その一人一人に名残惜しく別れを告げる。


「スオウ先生、お世話になりました」

「お元気で! 残雪、大事に使っていっぱい悪い奴をメタメタにしますからねっ」

「うむ。……少年、これを。有事の際は封を切るように」


 先生は墨汁で綴られた達筆な文字の書かれた長形の封筒を懐から取り出すと、しかと高遠くんに握らせた。


「……『妖刀極秘取扱説明書』……? なぜ刀の所有者である雨宮さんではなく僕に?」

「その娘の心根に疑いはないが、読解力に些か不安がある故……」

「分かりました」

「分かんないでよー!」


 砂をダシダシと踏みつけて怒るあたしを尻目に、固く握手を交わす先生と高遠くんだった。


「お兄ちゃんお姉ちゃん、父さんと母さんを助けてくれてありがとう。北大陸でも元気でね!」

「うん、イズル君もね」

「さっかー、練習するから! また教えて!」

「……うん。楽しみにしてるよ」


 高遠くんがしゃがみこみ、くしゃくしゃ頭を撫でると、イズル君はえへへとうれしそうに笑った。


「…………おねーちゃん……」


 そのイズル君の後ろに、隠れるようにしがみついていたトーリ君。

 お母さんがいなくなる前は、とってもおしゃべりだと言っていた……きっとこれから、前のようにたくさんお話できるようになるだろう。それが聞けないままなのは残念だけど……。


 トーリ君はもじもじとあたしの前に歩み出ると、まあるいほっぺを桃みたいに赤くして、む~と口先を突き出してたどたどしく呟いた。


「おねーちゃん……」

「うんうん、なあに?」

「あのね、トーリね、今はちっちゃいけどおねーちゃんみたいにたくさんごはん食べて絶対おっきくなるから……」

「うんうん」

「そしたら結婚してくれる?」

「え」

「は!?」

「ちょっとちょっと!?」


 舌足らずの可愛い声でとんでもない爆弾を落とされてあたしは面食らい、高遠くんと晴春くんも驚いたのか大いに焦って慌てていた。


 初めて単語以上のおしゃべりをしたと思ったらまさかプロポーズされちゃうとは……あたしは赤面しつつ、でも真剣に答えを待ってくれているちいさな男の子に、へへっと笑って頷いていた。


「うん、いいよ。その時あたしに好きな人がいなかったらだけど……。素敵なお兄さんになるの、楽しみにしてるね」

「わぁい、やったぁ!」

「どうすんスかシンヤ先輩、余裕ぶってる隙に3歳児に先手打たれましたよ」

「うるさいな、こっちは余裕なんかずっとないんだよ……」


 ぴとっと足に抱きついてくれたほっぺの柔らかさに、寂しくて泣きそうになっていると、高遠くんは何だか痛そうに頭を抱え、晴春君はそれを見てくくっと可笑しそうに笑う。


「さすがセンパイ達。しんみりとはお別れできないんスね」


 離れ難そうなトーリ君をよいしょとあたしから引き剥がして肩車してあげる晴春君に、やっぱり諦めきれなくて未練がましく問いかける。


「……晴春君、やっぱり一緒に船に乗る気はないの……?」

「そう言ってもらえるのはうれしいっスけど、やっぱりもうちょっと島の立て直しを手伝ってからにしたいんで。その気になれば船より速く移動できますしね」


 困ったように笑いながらそう言う晴春君に、あたしはそっか、と肩を落とす。


「……あー、そんな寂しそうな顔しないでほしいっス、決心が鈍る……。大丈夫、俺様だって目的(ゴール)はアリア先輩達と同じな勇者っスから! すぐに追いつくんで、その時はまた一緒に冒険しましょう! ……そういうわけなんでシンヤ先輩、あんまり抜け駆けしないでくださいよ」


 ジトリと半目で睨みながらそんなことを言う晴春君に、高遠くんは涼しい顔で「全速力で海を渡った方が良いよ」とだけ返す。するとムキーとぽんぽこ怒る晴春君だった。なんだろう……また男の子同士の話だろうか?


「……さ、あんまり長居すると余計に別れ難くなる。そろそろ出発しよう、雨宮さん」

「うん……」


 高遠くんの言うことはもっともだ。あたしは後ろ髪を引かれる思いに駆られつつ、海を振り返り海賊船を見上げて──突如耳に届いた()()()に目を見開いた。

 じゅ、銃!? こんな刀が主流の戦国時代になんでいきなりそんなものが、文明が飛んでる、これはまさしく、


「黒船だー!?」

「落ち着いて雨宮さん、鉄砲の伝来は種子島に渡来した船が持ち込んだ火縄銃が発端と言われていて、同じ歴史上の印象的な船でも黒船は開国を要求するために来港した全く別の時代の……いや、日本史の話をしてる場合じゃない、今の銃声は船の甲板からか!?」


 怯える兄弟をスオウ先生と晴春君に任せ、急いで海賊船へと駆け寄ったあたし達の目に飛び込んだのは……


「……ん、浜までうじゃうじゃ魔獣で溢れてるって聞いたから威嚇射撃したら思いがけないもんが釣れたな。元気そうじゃねぇか青少年」

「き、キース船長!?」


 硝煙が昇る銃口を振り、手にした小型銃をくるりと器用に回して、キース船長はニヤリと人の悪そうな笑顔を浮かべた。

 あの嵐の中で無事に生き残ってここまで辿り着くなんてさすがは神さまの航海安全の加護! 水没して持ち帰った甲斐もあったというものだ。


「ごめんなさい、荒れた海に放り投げた上に海賊船に傷を付けちゃって……」

「いや、俺が頼まれたのはあんたらを北大陸まで送り届けることだからな。半端で丸投げなんて若に顔向けできねぇよ。それに随分とイカしたカスタマイズをしてくれたんじゃねぇか? 耐久性も推進力も上がってやがる、さすがは職人の島と名高いアカツキの手仕事だな。むしろ儲けもんだね」


 軽快に笑う船長さんに、あたしと高遠くんもほっとして笑い返す。よかった、保険未加入の身で他人の船の損壊事故なんか起こして訴訟にヒヤヒヤしてたからよかったぁ!


 そうしてあたし達は再び海賊船に乗り込むと、砂浜で手を振るみんなに手を振り返しながら、アカツキの島に別れを告げて出航したのだった。



* * *



 海にひとつとして同じ青なんてない。

 船が前に進み浜から遠く離れるほどに、そのことを一層強く感じる。行きはキラキラとまぶしく心が跳ねるような明るい色だったのに、今はなんだか物悲しく、切ないような青色だ。


 それはあの島で過ごしたほんの数日の日々の大きさを物語るようで、潮風で流れる髪を押さえながら、あたしは甲板から身を乗り出し遠くなる景色に目を細めた。


「わー……すごい、もうあんなに遠くなっちゃった」


 スキルで超人的な視力を駆使しても、ミニチュアのようになった島に何があるのかはもう見通せない。

 あの砂浜で、今もあの兄弟はあたし達に手を振ってくれているのだろうか?

 そんなことを思うと何だか鼻の奥がツンとしてきて、あたしは気を紛らわせようと振り返り、大好きなその人の名前を呼んだ。


「ねえ高遠くん……」


 誰もいなかった。


「…………」


 視線を下方に修正する。揺れる船の上、うずくまってバケツに顔をほぼ突っ込んだ高遠深也くんがそこにいた。首からバケツが生えているようだ。妖怪バケツ男、あるいはバケツと人間の合成獣(キメラ)と称してもいい。腰の聖剣がなければ高遠くんなのかどうか判別も難しかった。


「なんかすごく失礼なこと考えてるでしょ……」

「そ、そんなことないよ! えっと、やっぱり背中さすろっか?」


 あたしの提案に、バケツからにょきっと高遠くんの顔が生えてきて、とっても険しい表情のまま首を横に振られた。


「いい。見られたら本気で身投げして死ぬから」

「そんな大げさな……島の薬屋さんに酔い止めもらったんでしょ? 行きより随分顔色良いし」

「甘い。悲劇というものはそんなこと言って油断してる奴に限って見舞われるものなんだ」

「はあ……」


 なんかよく分かんないけど何事にも手を抜かない真面目さは高遠くんの良いところ、と思ってたら船が一瞬激しく揺れ、呻きとともに高遠くんのお顔は再びバケツと合体してしまった。ああ。


 それにしても船長さんのあの武器、いいなあ……。

 弓で遠距離、刀で近距離、銃で中距離をカバーできればオールレンジ勇者の出来上がりなんだけど。どうも北大陸の遺跡で手に入れたお宝らしいけど、また余裕があったら遺跡攻略にも挑戦したいな。やっぱりまだまだ高遠くんを守るには実力不足だし。


 長い静けさにふて腐れて甲板の縁に頬杖をついて、船の後方に視線を泳がせる。

 思えば本当に遠くまで来た。それは元の世界との距離が広がる悲しさだけじゃなくて、それだけの時間を高遠くんと一緒に過ごして乗り越えてきた証明でもあるから、あたしはちょっとだけうれしかったりした。


 風と波の音に紛れて、どうせそれどころじゃなくて聞こえていないからと、あたしは感傷に浸りながら海に一人言を落とす。


「……死にそうになったり、死なせそうになったり散々だったけど、あたしあの島に行って良かったなあ。またちょっとだけ高遠くんとも仲良くなれた気がするし」

「うん、そうだね」

「ハッ!?」


 思いがけず返事が返ってきてしまって大慌てで跳ね起きる。

 バ、バケツとの融合を解いているだと……!? 狼狽するあたしに、高遠くんは涼しげな表情で立ち上がると、あたしのすぐ隣に来て船に背中を預けた。


「だ、大丈夫なの? 異世界マーライオンの危機は……」

「うん、秘伝の薬が効いたみたい。……なんだか不思議だね、行きとは海の青も違って見える」


 変なこと言ってるかな、と高遠くんは少し照れくさそうにしたけれど、あたしはぶんぶん首を振った。おんなじ気持ちになれたのがうれしくてついはにかんでしまったけど、ふと高遠くんの横顔を見てそれもすぐに曇る。

 頰に薄く走る、赤い切り傷を見つめる。痕、残らないといいなあ。


「……気にしないでよ。僕が弱かったのが悪い」

「ううん、あたしが強かったのが悪いよ……」

「…………もっとがんばらなくては……」


 聖剣の柄を撫でて何やら神妙な面持ちで目を伏せる高遠くんだった。


「あ、そういえば高遠くんてあの魔族にどんな幻覚を見せられてたの? あんまり動揺してないように見えたけど……」

「ああ……いや、かなり動揺はしてたよ。でも所詮自分の問題だからね、改めて見せつけられた所でどうにかなることでもないし」


 淡々と返し、床板に視線を落とす高遠くんに、それ以上詮索する気にはなれずにあたしは小さく頷く。誰にだって探られたら痛いお腹があるものだ。でも高遠くんが何かに悩んでるのなら、いつか力になれるといいなぁ……。


「雨宮さんは? かなり深刻な顔してたけど……」

「ああ、あたし? あたしが見た幻覚は……」


 そこでふと、ずっと気になっていたことを確かめるチャンスだと思い至る。あたしはくりんと高遠くんに向き直ると提案した。


「高遠くん、ちょっと腕を広げてもらってもいいですか?」

「え? うん、いいけど……こう?」

「そうそう、そのままちょっとじっとしててね」


 不思議そうな顔をして両手を広げる高遠くんに、あたしは一歩歩み寄り──それからぽすん、と、その胸に身を寄せて頬をくっつけた。


「……………………………………………………………………………。はあ!?」

「ちょっと待ってね、今検証中だから……」


 んー……やっぱり本物の方が別格かも、この頼もしさとあふれ出る優しさ? それになんだかほっとするし、頭がふわふわしちゃうようないい匂いがする。

 そういえば幻覚の高遠くんは心臓の音がしなかった。今は少し早足な気がするリズムが耳に直接響いて、元気に生きてるんだなーって思うとうれしくなってしまう。


 でもまあ偽物とはいえもうちょっと幸せな夢を見ておいてもよかったのかも? なんて頬を押し当てて考え込んでいると、


「……え、えっと……?」


 珍しく冷静な思慮深さを欠いたような声が上から聞こえ、高遠くんは広げていた腕をゆっくりと下ろして。

 「正解に全く自信がないけど状況的にこれしか思いつかない」といった様子で丁寧にそっと、その手をあたしの背中に回した。

 …………。


「…………………………わ、わああああ!?」


 そこでようやく自分のしたことの重大さに気づき、あたしはぱっと顔を上げると、恥ずかしさに身を焦がしながら即座にその場でバク転退避。そこで何かのスイッチが入りすかさず後方抱え込み二宙返りから着地まで完璧に決めて甲板の床の上に降り立った。


 気づいた時には高遠くんと騒ぎに駆け付けた船長さんからの拍手喝采を浴びており、あたしはまたやってしまった感と色々うやむやになったからいっか……という安心感をないまぜにして深くお辞儀を返すのだった。ありがとう愛読書(ギフト)……。


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