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恋する少女の異世界記録 〜スキルが強すぎてヒロインになれません〜  作者: 花苗カナ
第3章 鬼と刀の島

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VS.雨宮アリア


 ……双子の悪魔が消えた後ぱたりと倒れてしまった雨宮さんは、眠っているように静かだった。


 何の術をかけられたのかはわからないけど、いつものように寝言をこぼすこともない人形のような体を支えながら、もしかしたらこのまま目を覚さないんじゃないかなんて不安が頭を過ぎる。たぬきの真白君もきゅーきゅーと心配そうに耳としっぽを垂れ下げていた。


 ──おにぎりを近付けたら起きるかもしれない、本能で。

 なんて非科学的なことを本気で実行しようか迷っている内に、ぱちりと彼女は目を開けた。


「アリア先輩!」

「雨宮さん! よかった……」

「………………」


 だけどいつもは好奇心に満ちてきらきらと輝いているはずのその大きな瞳が、今は半分ほど閉じた瞼に遮られ、こちらではなく虚ろに空を見つめている。そこに光はなく、何の感情も見出せない。


 さらにあれだけ喜怒哀楽を豊かに目まぐるしく表し続ける表情筋が全く機能せず、恐らくこの世界で出会ってから初めて見る完全な無表情をキープし続けていた。怖いくらいに静かで、まるで別人のようだ。


「アリア先輩! よかったっスー!」

「あ、真白君ちょっと待って、何か様子が……」


 制止も虚しく無邪気にしっぽを振りながら飛びついたたぬきは、哀れにもむんずとその尾を掴まれ、思い切りぶん投げられた。あー……。


「ぎゃあ───!?」


 叫びをフェードアウトさせながら遥か彼方へと吹っ飛んでいく真白君。いや、あれには身に覚えがある。かつて水の遺跡で、自分もああやって豪快に宙を飛んだものだ。

 しかし小動物を愛する優しい雨宮さんが取る行動として不可解だ。寝ぼけてるのか、空腹が行き過ぎて朦朧としてるのか──?


 そういえばさっき、意識を失う前に魔族に額を思いきり掴まれていた。痛そうだったな、痕になっていなければいいけど……

 そっと指をかざすと、初めて彼女はこちらを見て──

 そして伸ばした手首を、驚くべき速さで掴んだ。


「!」


 慌てて腕を引き、下がって距離を置く。

 ほんの一瞬触れられていた手首を見る、そこに赤く残る細い指の痕を。


 ──おかしなことを言ってる自覚はあるけど、今、ものすごい力で握り潰されそうだった。女の子の、いや、鍛え上げた男ですら並みでは出せないような、とんでもない()()()な握力で。

 ぞっとして手首をさする。──折られるところだった?


 いや、でもどうして。困惑しながら雨宮さんを見ると、彼女はゆらりと立ち上がり、その意思のない眼差しをこちらに向けたかと思うと──妖刀の柄に手をかけ、一気に引き抜いた。


「なっ……!?」


 キィン、と刃と刃がぶつかり合う音が耳に痛い。

 慌てて聖剣で受け止めた彼女の一振りは予想以上に重く、押し返すつもりが拮抗していることに唖然とする。妖刀の切れ味はさっき嫌というほど見せつけられている、避けきれなければどこかしら簡単に切り落とされるだろう。


「雨宮さん、どうしてこんな!? 寝ぼけて……」


 至近距離で競り合っているから顔が近い、でも彼女はこちらを見ているようで何も見てはいなかった。声が聞こえている様子もない。

 これはやっぱりアレかな、意識を奪って操られて……


「……っあ!?」


 脚に走った激痛に息が詰まる。迂闊だった、至近距離と言うことは足だってすぐ近くに──ていうか何だ今の蹴り!? 死ぬほど痛い、キックボクシング経験者でもなきゃここまで鋭いローキックは撃てないだろ!


 あっさりと足払いされた形で体勢を崩し、その隙に雨宮さんは腕を交差させて妖刀を持ち直し、突きの構えを取った──確実に目を狙ってる角度だな!?


「ちょ……!」


 ヒュン、と矢の如く飛んできた突きをギリギリの所で避けると、切先が頰をかすめ鋭い痛みが走る。構う暇も無くすかさず避けた勢いのまま聖剣を振り上げ、刃が強靱なら柄の方を潰そうと手元に狙いを定めて切り掛かる。


 が、彼女は表情一つ変えないまま即座にバク宙してこちらの腕を蹴り上げながら後方に退避した。


「はあ!?」


 な、なんだその身体能力……! サーカス、いや体操選手か!?

 驚いている一瞬で、着地とともに彼女は大地を蹴り、一瞬で間合いを詰めて斬りかかってきた。

 とんでもない速さで繰り出される攻撃をどうにか受け止める。は、速すぎる、こんな1分に80回は斬り込んでそうなペースでどうやって……


 あまりの猛攻に一瞬、冷えた脳裏を結論がかすめる。

 ──このままでは埒が明かない、腕か脚の一本でも奪わなければ。


「…………っ!」


 思い切り刀に剣を振り当てて、余計な思考を振り払う。

 ──その発想が愛読書(ギフト)に記された冷徹な王がもたらすものなのか、それとも純粋に自分自身の内から出た判断なのかは考えたくもない。

 だけどそんな策は却下だ。雨宮さんに傷はつけたくない。


 為す術なくしばらく攻撃をいなし続けて、やがてスキルの代償でドクン、と脈が早まるのを感じながら、汗が首筋を伝う。

 限界が近い、だけどそれは雨宮さんにも同じことだ。


 ──彼女の人間離れした身体能力が全てスキルがもたらすものなのだとしたら、この戦いが終わった後、雨宮さんは膨大な代償に襲われるだろう。許容を超えた空腹、つまり餓死だ。

 急いでケリをつけなければと、過去最高に危機的に上がる心拍数を棚に上げながら剣を構える。


 しかし彼女の攻撃は隙がなく、攻めていたはずが徐々に防戦に転じていくのを感じていた。いや、アーサー王と互角に渡り合えるとか一体どんな壮大なファンタジーなんだ。

 駄目だ、これ以上は本当にもう打つ手が──


「……目を覚ましてくれ、雨宮さん!」


 高遠くん、と無邪気に笑う声が妙に恋しくて、祈るように呼びかける。

 お願いだ、届いてくれ……!


「──雨宮アリアさん!」


 カン、と、軽い音を立てて妖刀と聖剣がかち合い。

 なぜだかその瞬間、彼女は動きを止めた。


 ……なんだ? 洗脳が解けてきて声が届いたとか?


「……雨宮さん」


 ぐ、と再び刀に力が込められる。


「……雨宮アリアさん?」


 ぴた、と力が弱まる。ああ、法則性が見えてきたな。


「アリアさん」


 す、と彼女は刀を引いた。意思のない瞳が少し揺れる。その隙に近づいて手を取り、振り上げられた刀をくいっと下ろさせる。抵抗は見られず、代わりに青白かった頬にほんの少し人間らしい赤みが差していた。


 ……ああ、『下の名前を呼ぶと洗脳が弱まる』って仕組みか!

 うんうんよくある、正体を見破られると力が弱まるみたいな展開はファンタジーではままある設定だ。納得納得。

 というわけで遠慮無く、無抵抗な雨宮さんの耳元に口を寄せて囁いた。


「……アリア」


 カチャーン、と妖刀が地に落ちる音がして、雨宮さんは顔を耳まで赤くして目を白黒させた。

 そして。


「………そ、その実績を解除するには事前申請がないと死んじゃうからあああぁぁぁ!!」


 不可解な第一声と共に、雨宮アリアさんはその意識を取り戻し、真っ赤な頰を両手で押さえながら天に向かって「生命保険入っとけばよかったああー!」と絶叫した。


 ああ、この感じ、雨宮さんが帰ってきた!

 心臓が苦しいのも忘れて笑い、やや遅れて、頰に走る痛みに顔をしかめる。

 あ、結構出血すごいな。さすが妖刀、掠めただけでもよく斬れる。


 赤く濡れた頬を手の甲で雑に拭っていると、状況が飲み込めないのかおろおろ周囲を見回していた雨宮さんがこちらを見て、それから頬の傷を穴が開くほど凝視し、数秒時を止めた。


 いや、そんなにまっすぐ見つめられると余計に脈が上がる……。

 と思っていたら雨宮さんはスッと視線を外し、伸びてるたぬき、もとい真白君を抱き上げた。


「はるはるくん」

「きゅー……ん? アリア先輩? 正気に戻ったんスか」

「お願いがあるのですが」

「うっス。何でも聞くっスよー」

「介錯を……」

「………んん? お安い御用っス?」

「こらこらこら意味も分かんないのに請け負うな!」


 慌てて駆け寄り、雨宮さんの手からたぬきと妖刀を叩き落とす。なんでそんなすぐに切腹しようとするんだこの子は!?

 しかしお願いを阻止された雨宮さんはうるうると可哀想なぐらい瞳に涙をためて、流れるような自然な動作で足元に土下座した。


「……?」

「踏んでください」

「お願いだから落ち着いて!?」


 なんだこの状況? 普通助かってよかったねって喜び合う場面じゃないのか??

 地面に額を擦り付けて泣く雨宮さんの肩を掴んで、無理矢理顔を上げさせる。


「雨宮さん、多分気が動転して……」

「あ、あたしよく覚えてないけどやっちゃったんだよね? きず、傷痛そう……うっ……うう……」


 まるで自分の痛みのように、雨宮さんは傷口のそばを撫でてわんわんと泣いた。

 見ているこっちが悲しくなるような泣き方に、苦笑しながら首を横に振る。


「いいんだよこれぐらい……雨宮さんが無事なら全然」

「あ、あたしがよくないよ……ごめんね、ごめんね高遠くん、気が済むまで殴ってください……それか暴力に抵抗があるなら口汚く罵って……」

「何か話がややこしくなるからちょっと黙って!?」

「でも……むぐっ」


 何を言っても黙りそうになかったので、強制的に口を塞ぐことにした。

 無宣言で口に突っ込まれたおにぎりに、彼女は一瞬面食らい、しかし次の瞬間にはもぐもぐと頬張っていた。


「…………おいひい……」

「……ごめんは聞き飽きたから。その次に今一番言いたいことあるでしょ」


 ごくん、と一口を飲み込むと、彼女は手を合わせ、それからきゅっと目を瞑り言った。


「…………い、いただきま~~す!!!」

「よろしい」


 好きなだけ食べなさい、と笹に包まれたおにぎりを渡すと、雨宮さんはほろほろ泣きながらおいしいおいしいと味わっていた。あれだけスキルを使ったのだから想像を絶する空腹だったろうに切腹を優先するなんて、本当に勇者の鑑のような女の子だ。殺されかけたことも忘れてうんうんと感心してしまう。


 自分の分は残らなさそうだなあと思いながら、米粒を頰につけて幸せそうに笑っている雨宮さんを見て、まあ別にいっかと笑った。

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