双子の悪魔
「……さて、山のだいぶ上の方まで登ったけど、そろそろ魔族の本拠地に着くんだろう? 真白君」
「ハイっス。あともう少し進めば奴らの城は見えてくるはずっスよ、無駄にデカいから」
魔族の城……あたしは刀の柄を撫で、勝手に山にそびえ立つ巨大な天守閣を想像し目を細めた。
「双子の悪魔……だっけ。今回の敵は二人組なんだもんね?」
「っス。つっても、魔族の中でも地位はそんなに高くなくて、二人で一人分らしいんっスけど。……まあ単体でも十分脅威だったし、二人合わさったらすげぇ厄介でしたね。次はあの幻術を使われる前にどうにか仕留めないと……」
苦々しげな晴春君の声に耳を傾けながら、あたしは残雪の鍔を指でなぞる。
居合スキルと妖刀の組み合わせは申し分ない。後方支援に限られる弓よりずっと戦いやすいし、魔力を帯びていると言うだけあって切れ味が異常に鋭く、おまけにいくら斬っても刃こぼれせず切れ味が落ちないのは非常にありがたい。魔族との戦いでも、きっと水の遺跡みたいにお荷物になるってことはないだろう。
……でもどうしても嫌な予感が拭えなくて、あたしはうーと頭を振る。
あの『獣飼い』とは実際戦ったわけでもないのに、対峙しただけで寿命が削られるような心地だった。
ギュスタさんが言っていた『精神を蝕む魔族』というのも多分、幻術を使うらしいその双子の悪魔のことだろう。
正直殴り合いならともかく精神攻撃って全然自信ないな。すぐ泣くし、あたしには高遠くんや晴春君みたいに、神さまから認められた強靱な精神力なんてさらさらないわけだし……。
なんて悶々としながら、迫るボス戦を思い目を伏せていると。
「わあうれしいな、新鮮なお客様が三人ものこのこ遊びに来てくれたなんて! ねえお姉様」
「でもお兄様、殺してしまったらお客様とは言えないんじゃない? 人間って死体になると拍手もできなくなるんだもの。やっぱり半分生きてて半分死んでるぐらいにしておきましょう、そうしましょう!」
突如前方から聞こえた、風船の弾むような明るくかわいらしい声に、あたし達は前進を止めた。そしてぽかんとその声の持ち主を見つめる。
彼らはこちらの驚愕などお構いなしに、仲睦まじくキャッキャと無邪気に、物騒な会話を続けた。
「でも僕達そういう中途半端は苦手でしょ? やるからには完膚なきまでにやりなさいってマリアお姉様にも言われているし」
「それもそうね。じゃあお客様は失業にして玩具にしましょう。なんだかおかしな本をしまい込んでててとっても丈夫そうだもの、遊んで遊んで壊れるまで楽しく遊んで、それからお城の屋根に飾り付ければいいわよね、リボンでもかけて!」
イェーイ、と手を取り合ってくるくると回る、晴春君より更に幼く見える子供達。
全く同じ人形のように愛らしい顔をして、どこかの森で見たような黒い軍服を身に纏っている。
少女か少年か判別が着かない容姿だ。パステルカラーの水色と桃色が入り交じったファンシーな髪を三つ編みにして、真っ赤な瞳をキラキラ輝かせて物騒な話に花を咲かせている。
いや、ていうか今、いつどこからどうやって出てきたの……?
足音も気配も何もなかった。突然目の前に現れたその二人に、あたし達三人は完全に虚を衝かれ沈黙する。──いや、晴春君だけは、見開いたその目の奥に明らかな恐怖と怒りを濁らせていた。
この服装、支離滅裂で倫理の破綻した発言、そして『マリアお姉様』……。
「…………あ、あなた達が噂の魔族……?」
「そうだよ、遠くから来たオモチャさん」
「マリアお姉様から聞いた通りだね、無駄に威勢が良くて頭が悪くて僕達を怖がらない。……でもおかしいな、海を渡る前にお兄様が始末する手筈だったような?」
「不思議なことはなんにもないわ、あの人は僕達の中でも一番気まぐれだもの。それにどうせここで死ぬんだから同じことでしょう」
アハハと二人──チェスとオセロ、どっちがどっちかは全く見分けがつかないけど──は笑う。
お兄様? 近くに他にも仲間がいたってことかな、ていうかこの二人も姉だか兄だか分かんないしきょうだいが多すぎてややこしいな?
いつでも攻撃できるように神経を尖らせている高遠くんと晴春君に挟まれ、ひとり情報処理に手間取って眉根を寄せていると、双子のどちらかがあたしをじっと見つめて哀れむように赤い目を細める。
「でももったいないね。たしかに骨がありそうだけど、そんなにたくさん武器を持ってるのにぜーんぜん上手に使えないんだもの。宝の持ち腐れだわ」
あたしの愛読書のことを言ってるって気づいて、胸を押さえながら冷や汗を滲ませる。
刀の柄に震える手をかけ歯を食いしばっていると、ふいに地面が揺れて驚いて力が抜けた。
振り返ると、巨大な骸骨──がしゃどくろが、近隣の木々を倒しながら現れ、ガチャガチャと骨を鳴らしているところだった。晴春君……。
「ごちゃごちゃうるせぇ……この前はボロクソに負けたが、今度こそそのムカつく口を二度と開けなくしてやる! 俺様を怒らせたことを地獄で永遠に懺悔し続けるんだな!」
地の底を這うような怒号に、思わず身震いする。
しかし双子はそんな晴春君の怒りを歯牙にもかけない能天気さで、わあと手を叩いてきゃっきゃと笑っていた。
「ああ、あなた、この前仲間を見捨てて一人で逃げて行った残党だよね? すごいなあ、あれだけ微塵も歯が立たなかったのにまた来たんだあ」
「人間って無謀だね。でもうれしいな、だって復讐は蜜の味がするってお姉さまが言ってたもの。きっと食べたら美味しいよね、僕達は甘いものが大好きなんだ」
ぺろりと赤い舌でかわいらしく唇を舐め──しかし、双子は息ぴったりに振り子のように首を振った。
「でも相手はしてあーげない。僕達は午後のティーパーティの準備で忙しいんだもの。早くお城に帰らなくっちゃ」
そして二人できゅっと仲良くおててをつないだまま、晴春君の巨大な骨を軽く指で弾くと、
「なっ……!」
不思議なことに変化のスキルが強制的に解かれ、彼はあのかわいらしいたぬきの姿になってしまった。
呆然とする晴春君に、「その代わり」とどちらかが手を打って微笑む。
「仲良し同士で殺しあう──っていうのも、煮詰めたジャムみたいにドロドロで最高に美味しそうだよね。うんうん、それがいい」
そしてどちらかがその愛らしい顔を、いつの間にかあたしと触れ合うほど近くに寄せていた。
一瞬で間合いを詰められたことに動揺し、抜刀しかけた指が震えて滑る。あ……。
そんな怯えすら楽しむように愛らしく微笑んで、魔族の片割れはあたしのおでこをぐっと掴んで爪を立てた。
「…………あ!?」
「雨宮さん!」
かつて獣飼いに高遠くんの情報を抜き取られた時のことがフラッシュバックして青ざめつつ、歯を食いしばって刀を抜き、勇敢な助けが来てしまう前に細い手首を切り落とさんと腕を振る。
だけどそれより早く、パッと手を離してアハハと楽しそうに笑い、双子の悪魔はからかうようにひらひらと手を振って肩を揺らした。
「これでよし! マリアお姉さまに教えてもらったんだぁ、人間の楽しい遊び方。あなたの本の使い方がお粗末すぎるから、僕達が代わりに使いこなしてあげる。仲間同士楽しく遊んで、生き残った奴が僕達のお城に遊びに来ると良い。特別にティーパーティーのお客様に迎えてあげる」
瞬きの間に手を取り合った双子は、それじゃあ待ってるね、と言い残しどこかへと消えてしまった。
シン、と、一気に静寂が訪れ、耳鳴りがうるさい。
……代わりに使ってあげるって……なんかそれじゃあまるで、あたしがこれから操られるみたいじゃ
…………。




