聖剣と妖刀
お兄ちゃん曰く、あたしはイズル君ぐらいちっちゃかった頃、相当過激派の鬼アンチだったらしい。なぜならあれをやっつけるために、毎年2月初旬に大量のピーナッツを投げつけなければいけないから。
アリアには政治が分からぬ、けれども食べ物を粗末にすることに対しては人一倍敏感であった。まあ普通に拾って殻剥いて年の数の倍以上食べてたけどね。
だけどここは異世界で、目の前にいるそれはもちろん、豆をぶつけて逃げていくほど生易しい見た目をしてはいない。
数歩先、対峙するのは見紛うことなき『鬼』だった。
赤黒い岩のような肌、頭上には二本の歪な角。背丈こそあたしとさほど変わらないけど、それは弱小を意味するものではなく、俊敏さや小回りの良さに特化しているがためのものだ。
ぎょろりとした目玉の中心で、点のような黒目がくるくると回り、やがてあたしに焦点を定める。
視線の先の鬼が地を蹴り、唸りを上げ襲い掛かる──その前動作。
僅かに地と空気が揺れ動いたその時には、あたしはもう勝っていた。『居合』勝負というものは、鞘から刀を抜く前には決まっているものだ。
右手で振り抜いた妖刀・残雪の刃は、振り上げた軌跡そのまま、目の前に迫っていた鬼の脇腹から肩まで撫でるように、だけど深く走った。その切れ味は鋭く、骨をかすめるような感覚に息を飲む。
くるりと戻した切先を鞘に収める頃には、鬼の無骨な身体は地に音を立てて崩れ、ぴくりとも動くことはなかった。
キン、と、鍔と鞘が合わさる冷たい音が響いた瞬間、あたしは勢いよく振り返って叫ぶ。
「晴春君! 今ので?」
「……10体目っスかね」
「あっちは……!?」
緊張を走らせながら周囲を見回す。山道の中腹、針葉樹に囲まれた荒れた更地に、深い切り傷を抱えた鬼の亡骸がいくつも倒れ伏している。
問題はそれがどちらの刃に切られたか──
「こっちは13体目だよ、雨宮さん」
声がした方に首を回すと、涼しい顔をした高遠くんがぱっくり裂かれた鬼の背に片足を乗せ、輝く聖剣に付着した赤い血を振り払うところだった。パタパタ、と雨のように、鮮血が地面に点を描く。
あたしはその神々しいまでの佇まいに感服するとともに、ぐっと奥歯を噛んで拳を振るわせた──が、がんばったのに3体も差を付けられた!
「見事な太刀捌きだったね。これほど腕の立つ剣豪と良い勝負ができて光栄だな」
「く、くやしいっ、やめてくれないかな部活の試合終了後みたいな爽やかな笑顔で勝ち誇るの!? まだ終わってないし! ここから巻き返すもん、あつまれ!!山の悪鬼たち!!」
「お二人がバサバサ斬りまくるからこの辺の個体数はゼロになったっぽいっスよ、なんか前科がありそうな皆殺しっぷりだな……」
新たな敵を求めて木々の向こうを睨むあたしと高遠くんに、引き気味にストップをかけてくれる晴春君だった。この場で最年少とは思えないね。
まあ実際、お互い強がってはいても連続戦闘十数回目。スキルの大盤振る舞いも限界に近い。高遠くんは代償である心拍数上昇のため上気した顔で汗を拭い、あたしは代償である空腹のため青ざめた顔でよだれを拭っていた。
「……っ……雨宮さん、お腹すいたでしょ……戦うのは僕に任せておにぎりでも食べてたら……?」
「フッ……何のこれしき……貴重な回復アイテムをこんな序盤で使うのは愚策だよ……高遠くんこそ休まないと心臓に悪いよ?」
「……ぜぇ、はぁ……」
「……(ぐ──きゅるるるる)」
終いには息切れと腹の音で会話(?)し睨み合うあたし達だった。
あれ、なんだろこれ……なぜあたしは片思いの相手と恋の駆け引きではなく真剣鬼退治勝負を……?
「あのー……先輩達……敵の勢いも沈静化したようだし、つまんない争いで体力使うのやめて真面目に休んだ方がいいっスよ?」
「つまんないって何!?」
「つまんないって何だよ!?」
「うわー!怖い!二人ともせめて柄から手を離せ!」
両手を挙げ降参の意を示す晴春君、残念ながらその姿はたぬきではない。
それもそのはず、山に入って数十分、彼は一度たりともそのスキルを披露する機会には恵まれなかったからだ。あたしと高遠くん、二人の剣士が遺憾なくその実力を発揮し続けたから。不本意ながら。
──出発の朝を迎え、イズル君とトーリ君から激励と回復アイテム(おにぎり)をもらって山に登り始めたあたし達三人は、すぐさま魔獣の洗礼を受けた。
突然数十体の恐ろしい鬼に囲まれて、さすがに高遠くんの背に隠れかけたあたしだったけど。先生から託された妖刀・残雪の柄に手をかけた瞬間そういった女子高生的な感情は消え失せて、武士の心に目覚め気づけば最初の一体を斬り伏せていた。
唖然とする高遠くんに、休んで欲しい一心で「下がってていいよ」とか笑ったのがあんまり良くなかったのかもしれない。
露骨にムスッとした高遠くんが即座に無言で聖剣を血に濡らし、なんかあたしも引けなくなって負けじと刀を振るい、気づけば二人で仲良く死屍累々の山を築き上げていたのでした、めでたしめでたし。初めての共同作業が鬼退治ってこと??
「確かに役に立ちたいとは言ったけど……!」
木陰の切り株に座り込み、ギリリと歯噛みして己の浅はかさを嘆く。
贅沢は言えないけどこの武器、弓と比べて血生臭すぎる! 好きな男の子の前で見せていいグロの規定量を超えちゃった気がする、運命の赤い糸の前に真っ赤な大腸をたぐり寄せるのはさすがによろしくなかったのでは??
大根もろくに切れないのに鬼を斬りまくるクラスメイトなんて嫌すぎる……。戦線は前途洋々だったけど恋路は前途多難だった、ていうかもう詰んでるかも。と、あたしは血濡れた刀を地面に突き立てずーんとうつむくのだった。
ちょこちょこと駆け寄ってきた晴春君がしゃがみこみ、心配そうに顔を覗き込んでくれる。
「アリア先輩、落ち武者みたいになってるっスよ。元気出してくださいっス」
「情けは無用……拙者は女子の風上にも置けぬ大猩々ゆえ……」
「どっから出してんスかその渋い声……。俺様は良いと思いますよ日本刀女子。アツいっス、妖刀とかめちゃくちゃ痺れるっス。やっぱり胸中で謎の声に呼びかけられてたり力の誘惑に焦がてれたりするんですか?」
「やめてくれないかなキラキラした目で参考にならないフォロー入れるの!?」
右目とかが疼いてそうな設定を付与されかけて慌てて立ち上がる。
そう、ここは決戦の地! この先には魔族の根城があるのだ、死にかけてる片思い氏の安否は非常に気になるけど集中集中!
ぺちぺちと両頬を叩いて顔を上げると、地面に座り呼吸を整えていた高遠くんと目が合った。
彼はなんだか気まずそうに頬を赤くして、コホンと咳払いをして立ち上がる。
「その……ムキになってごめん。負けたくなくて……」
「ううんあたしこそ……後半は完全にノリノリで楽しんでしまってお恥ずかしい限りで……」
何とも言えない沈黙の中しばし見つめ合い。
そしてどちらともなく手を差し伸べアツい握手を交わしていた。
……これライバルポジションの人がよくやるやつだな……。
あたしはヒロインルート滑落の危機にも関わらず、「でも合法的に手と手が触れ合ったからハッピー?」とわりと前向きに生きていたのだった。




