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恋する少女の異世界記録 〜スキルが強すぎてヒロインになれません〜  作者: 花苗カナ
第3章 鬼と刀の島

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戦う理由②


「…………お姉ちゃん達大丈夫かなぁ」

「なー」

「あの変身お兄ちゃんも強いからなぁ」

「はるはるー」

「……でもよかったなトーリ、今日はあのお姉ちゃんがいないからおひつが空にならないぞ! おなかいっぱいごはん食べよーなっ!」

「おかわりー」


 ガチャン、と手にした刀が地に落ちる音が響き、振り返った幼い兄弟はあたしと目が合うと口元を押さえハッと息を飲んだ。

 そんな異世界サスペンスが始まりそうな迫真の顔をしなくても……。



 スオウ先生の工房に戻り、軒先で遊んでいたイズル君とトーリ君と何とも言えない気まずい再会を果たした後、あたしは囲炉裏を囲み食事にありついた。

 諸般の事情でご飯のおかわりを泣く泣く三杯に留めたのは言うまでもない……。


 食後はそれぞれ体を休め、明日の決戦に備え自由時間、ということになり各々散って行ったけど、あたしはその場に残り正座して向かい合っていた。先生と二人。


「話、というのは?」


 パチリ、と囲炉裏の火の粉の音だけが響く薄暗い室内で、先生の放つ静かな圧、および正座して数秒で発生した足の痺れがビリビリと体を襲う。

 あたしは背筋を伸ばし息を吸い込むと、勢いよく額を床につけて土下座の姿勢を取った。


「あたしに先生の刀をください」

「駄目だ」


 即答!


「そ、そこをどうにかなんとか! 何でも、何でもするから〜〜」

「軽々しく何でもなどと口にするんじゃない」


 泣きながらすがり付くあたしを軽く押しのけながら、先生は首を横に振った。


「お前ははさみや包丁で己の指を切り落としかけてきたような手合いだろう。刀を握るなど百年早い」

「それはその通りなんですけど色々覚醒しまして! 飛んでくるボールを切り落としたり連続千本斬りとか出来るようになったんです! あたし、魔族をやっつけるためにもっと強い武器が必要なんです。お願いします、ちゃんと上手く使うからぁ〜〜」


 おかわりも二杯までで我慢するからぁ~~と公約(守るとは言ってない)を掲げながら懇願していると、先生は気怠げにため息を吐いて言った。


「……確かにお前からは、何か底知れぬ可能性が感じられる。門番の坊主を負かしたと言うならば、実力も申し分ないものなのだろう」


 じゃあいいじゃん、とむくれるあたしに、「だが」と先生は目を閉じて続ける。


「力だけではあの山の魔族には勝てない……あれらは人の心の綻びを的確に抉り、内側から破壊する悪魔だ。門番の坊主と剣士の少年が、使命感から己を奮い立たせ、強靭な精神力で恐れを跳ね除けているのは理解できる。だがお前はあの二人とは違うだろう。お前が命を賭けて戦う理由は何だ? 俺が納得できるだけの答えを今ここで示せ。そうでなければ刀は託せない」


 真剣に覚悟を問われて、だけどそんな恥ずかしい話をさせられるとは予想してなかったので、あたしは頬を赤らめてふにゃっと笑ってしまう。

 そして怪訝そうな先生に、「ナイショですよ」と唇に指を当て、大事な秘密をそっと打ち明ける。


「好きな人がいるんです。その人が死んじゃったらあたしも生きてる意味がないなってぐらい、大好きな人が」


 柄にもなくはあ?みたいな顔になったスオウ先生にくすくす笑いつつ、続ける。


「だからこの世界には平和になってもらわないと困るんです、その人がもう剣なんか握らなくてもよくなるように。それがあたしが命を賭けて戦う理由です。先生にも分かりますか? そういう気持ち」


 人生の大先輩だし、と場違いに恋バナを振ってみるあたしに、先生はちょっと面食らいながら「……まあ……? もうこの世にはいないが……」とぼんやり呟いた。

 そこのところ詳しく、と前のめりになるより先に手で制され、根負けしたように先生は首を振る。


「分かった。そもそも刀を預けるに足る人間かどうかぐらい一目見れば分かる……試すような真似をして悪かったな。取ってくるから少し待っていろ」

「え?恋バナは?逃げるんですか?」

「なぜそんな蔑むような目を向けられねばならんのだ……そういう浮ついた話は戦いを終えてからにしろ」


 ブーイングしながら大人しく足を崩して待っていると、戻ってきた先生の手には一振りの刀が握られていた。

 その刀身のあまりの美しさに、あたしは思わず息を飲んでつぶやく。


「すごい。雪みたいでキレイですね」

「……ふむ?」


 それはほんのりと淡く光る、銀ではなく真っ白な刃を持つ刀だった。


「銘は『残雪』。これは俺がまだ盛年で、世を渡り歩き刀を振るっていた頃……北大陸にそびえる雪峰の頂、その雪解け水を焼き入れの冷却に用いて鍛えた刀だ。かの山に降る雪には純度の高い魔力が溶け込むと言われている。この刀はそれを深くまで浸透させた、言うなれば魔の力を帯びた妖刀だ」

「妖刀……」


 先生は残雪と銘打たれた白い刃を指でなぞると、抜き身のそれをあたしに差し出す。

 美しい鏡のような刃は、だけど何も映すことはなく、ただただまばゆく白い。刃紋は降り積もる深雪のように静かな波を描いていた。放たれる威圧感に、思わず冷え込むように身震いする。


「構えてみよ」

「いいんですか?」


 じゃあ遠慮無く、と柄に手を伸ばし、両手で構えてみる。とても軽い。

 だけどこれは良い刀だ。愛読書の記憶によるものなのかは分からないけどそう確信できた。そしてきっとこの残雪は、誰かに振るわれることをずっと待っていた。不思議とそんな気がする。


「何か感じるか」

「えっ……な、なぜ分かったんです、何か試し斬りしたいけどここには先生しかいないしなーという邪念が!?」

「人斬りには使うなよ……」


 半目で睨みながら、先生は静かに語る。


「妖刀は人の悪しき感情に巣食いその者の魂を喰らう……だからその残雪は、『真に心清らかで己を律する鋼の精神を持つ者』か、あるいは『何も感じぬ馬鹿』にしか授けぬと決めてきた。今ここで出会うことになるとはな……」

「あの、一応聞きますけど前者ですよね??」

「しかし不思議なものだ、お前達は……」


 すっごい華麗に無視された。


「……お前達は個人でありながらその身には別の何者かの意志を宿しているように見受けられる。あの剣士の少年は、多勢の騎士を率い国を治めた歴戦の王のような勇敢さと、非情なまでの冷徹さを。あの小僧は魑魅魍魎(ちみもうりょう)一纏(ひとまと)めにしたような変幻自在の珍妙さを。そしてお前は、失敗や死すらも恐れず研鑽を重ね、限界を極めた者達のような飽くなき探究心を。一人の人間、その(よわい)では決して持ち得ぬ性質を有している。まるで神の息でもかかったような……どうやってかは知らんがな」


 ぜ、ぜんぶ見透かされている……!?

 この人何者なんだろう、晴春君から昔の話を聞くに相当な剣豪だったっぽいし……なんて人のプライベートにうつつを抜かすあたしに、先生は軽く頭を下げて粛々と告げた。


「……だから俺は、お前に託そう。どうか俺の代わりにその残雪を振るい、この島の暗雲を断ち斬ってもらいたい」


 あたしはわたわた慌てて顔を上げるよう促しつつ、ぐっと拳を握って声を上げた。


「あの、お願いなんてされなくてもあたしは普通にがんばります! 勇者なので!」


 えっへんと胸を張るあたしに、先生は初めてくっくと声を殺して控えめに笑い、


「生きて帰れ。さすれば好きなだけ飯をよそってやろう」


 と、これ以上ない激励をくれた。やっほい!



* * *



 残雪を磨きたいと言う先生を工房に一人にするため、あたしは外に出てちょっと散歩でもすることにした。他のみんなの姿は近くには見当たらない。何してるのかな……。


「ん?」


 カラン、と下駄の鳴る音がして目を凝らすと、深い緑の竹林の奥に、珊瑚色の髪を見た。晴春君。

 なんとなくその後ろ姿にさっきまでの陽気さが見当たらなくて、迷惑かなと思いつつ、あたしはついついその後を追いかけてしまう。


 そうして行き着いた先にあったのは、ひっそりとした小さなお社だった。ちょっと寂れたそれの前に膝をついて、晴春君はかき集めてきたような不揃いの野花を、土の残る指で優しく供える。


 カサ、とあたしの肘が笹に触れたかすかな音に、彼はハッとしてこちらを振り向き、


「アリア先輩?」


 少し驚いて、それからちょっと情けなさそうな顔をしてうつむいた。


「俺様はあのうさんくさい神様には祈らないっスよ。これはこの島の緩やかな土着信仰で、息災を祈る時にこうして花を供えるそうなんですけど」

「息災かぁ……ちょっと意外かも。だって晴春君すごく強いし、あたしと違って自信もありそうなのに」

「いえ。自分のことは何も心配してないですけど、あの山に連れ去られた人達のことが気がかりで」


 そう呟いた晴春君の声と手が少し震えているのが分かって、あたしは思わず目を丸くする。


「……魔族に立ち向かった時、一緒に戦ったみんなは一番子供だった俺様を身を挺して逃がしてくれた……みんな帰りを待ってる人がいたのに。その中にはイズルとトーリの父親もいたんです。でもあいつら、のうのうと一人で逃げ帰った俺様を一言も責めなかった。赤い目をして笑って言われるんです、お兄ちゃんだけでも無事で良かったって……」


 お社に手を合わせて暗い空を見上げると、晴春君は張り詰めた声で言った。


「今度は絶対に倒します。例え相打ちになっても。それが弱かった俺様に出来る、たった一つの償いだから」


 思いつめた顔をして、歯を食いしばる。あたしはそんな彼をじっと見下ろして、すとんと隣にしゃがみ込むと、同じように手を合わせて祈った。晴春君の息災を。


「……先輩?」

「晴春君は悪くないよ。あたしがその人達でもそうするもん。高遠くんだってきっとそうするよ。晴春君は良い子だからね」


 晴春君は頭が良いから、きっと分かってしまったはずだ。

 魔族と戦い、勝機を完全に失った時、ここで仲間を見捨てず勇敢に立ち向かって全滅するよりも、たった一人でも生きて逃げ帰った方がこの島のためになるって。


 だけどどんな理由があっても、一人だけ無事でいるということは、当人にとってはつらいことなんだろう。優しい人なら尚更だ。

 あたしは晴春君が助かって良かったなって思うから、ありがとうの気持ちを込めて、もう一度手を合わせて深々と頭を下げた。


 それから、腑に落ちない難しい顔をしてうつむく晴春君の頭を、よしよしと撫でる。

 晴春君はびっくりした目をぱちくりさせてあたしを見た。


「……俺様いま、たぬきじゃないですよ」

「え? うん、そうだけど、でもこうしたいなって思って……ダメだった?」

「…………ダメでは、ねーです」


 つぶやいて、やがて晴春君は、膝を抱えて静かに鼻をすすった。

 わんわん泣いてもいいんだよ、と言うと、「男なんで」と突っぱねられる。男の子って大変だなあと思いながら、あたしはふわふわじゃないその髪を、ただ気が済むまで撫でていたのだった。





 赤くなった目を恥ずかしそうに隠す晴春君を連れて工房に戻ると、 軒先から楽しげな声が聞こえて立ち止まる。


 なんとなく竹に隠れて覗いてみると、そこでは高遠くんとイズル君とトーリ君、三人が何やらわいわいと盛り上がっていた。

 高遠くんは二人の兄弟に見上げられながら、皮でできたような小さなボールを蹴って、器用に片足を使い見事なリフティングを披露している。


「すっごいお兄ちゃん、これで百回目! かっけー! なあなあトーリ、すっごいな!」

「すごい、すごーい!」

「はは。異世界(こっち)に来て随分練習できてなかったから、もうダメかと思ったけど、意外と覚えてるもんだね……よっと」


 高遠くんは一瞬表情を鋭くしてぽんと一際高くボールを蹴り上げると、頭上に舞ったそれを見事頭に乗せて今度はヘディングして見せた。

 わぁー! と兄弟の大歓声が湧き、あの無表情で大人しいトーリ君ですら、ぴょんぴょんと飛び跳ねて無邪気に興奮を訴えていた。年相応の子供らしく。

 それを見て、高遠くんはほっとしたように目を細める。


「……ずるいよなあ、良いのが顔だけならまだ勝ち目があったものを……」


 晴春君は不機嫌そうに口を尖らせながら、ぽつりと呟いた。


「……トーリは3歳にしては(つたな)くしゃべるでしょう。あいつ、元々は兄貴に似ておしゃべりだったんス。色々あって、あんな風に無口になっちまったけど……この島が元に戻れば、きっと前みたいに何も気にせず笑えるようになる」


 よっしゃー、色々負けないぞー! と突然大声を出した晴春君にびっくりして、あたしは跳びのき、高遠くんはボールを落とした。

 そしてふと目が合ってあたしに気づくと、照れ臭そうに眉尻を下げて微笑まれる。

 ああ、やっぱり好きだなあ。


 胸にこみ上げる気持ちにはまだ行き先を指定してあげられないので、抱えたそれを発散するように、よしがんばるぞー!と、あたしも負けず劣らず大きな声で叫ぶのだった。

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