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恋する少女の異世界記録 〜スキルが強すぎてヒロインになれません〜  作者: 花苗カナ
第3章 鬼と刀の島

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VS.真白晴春


 ──中二病とは。


 主に14歳前後に見られ、思春期特有の夢見がちな全能感に由来する「実は自分は秘められた能力を有しており、他者とは異なる特別な存在である」などといったような空想を信じて言動、一人称、表情、ファッション等に多様で独特な影響を及ぼす病である。


 医学的には何ら根拠のない現象なので治療の必要もないが、つまるところ現代医学では手の施しようもない、自分で正気に戻って瘡蓋(かさぶた)をつくって生きていかなければならない上に思い出すと息も出来なくなる非致死性の猛毒みたいなものなので、まあ人によってはまったく治らないまま大人になることもたまにあったりする。


 つまり我々はいま、その貴重な症例(ケース)をこの異世界の地で目の当たりにしているわけですな。多分。




「……んと……ええと……はるはる君?は、えらいねぇ。中学2年生なのに異世界を一人で旅なんてして……」

「いやなんで学年指定?? 俺様は中坊じゃないぞ、この四月に晴れて高校に入学したピッカピカの一年生なのだ!」


 えっへん、と晴春君は鼻高々に胸を張った。

 こ、高校生だった……。こいつは重症だ、大抵の患者は中学卒業と同時に痛覚が覚醒して痛みに耐えながら過去に封をし前に進むものなのに、どうしてこんなになるまで放っておいたんだ……! あたしは彼の将来を憂い胸を痛めていた。


「まずはその尖りまくった一人称を改めるところから治療を進めよう? 大丈夫、入学してまだ日が浅いからゴールデンウィーク明けの急な路線変更ぐらいクラスのみんなも気のせいだったと思って忘れてくれるよ。完治までは長い道のりだと思うけどがんばろう?」

「いや、何泣いてんスかアンタ……」


 ぽんと肩を叩きながら嗚咽を堪えていたら思いっきり引いて距離を置かれた。

 そう、彼らはわざと他人を遠ざけてしまう生き物なのだ、呪われたその能力(チカラ)が、己に触れるものを傷付けてしまわないように──


「……ま、まあ色々気になる点はあるけれど。早速だけど真白君、君に頼みがある。僕達をこの山に通し、そしてできれば一緒に魔族と戦ってほしい。君のスキルは少し見ただけでもかなり強力だ、3人で力を合わせればきっと──」

「嫌だね」


 即答すると、晴春君はハァー、とため息を落として吐き捨てるように言った。


「なんだよ、あんたらもかよ……同じこと言うんだな、あのアリスの姉ちゃんと、妙に飄々としてる兄ちゃんと」

「!」


 マヤちゃんと太一郎君──二人もこの島に立ち寄ってたんだ! しかもあたし達より先に晴春君と出会ってたなんて。


「あの二人に会ったの? じゃあ今ごろ山に登って……」

「いーや。もうこの島にはいないぜ。俺様が追い払ったのさ」


 クックック、と笑う晴春君。だけどあんまり面白くなさそうに、白けた感じで舌打ちをする。


「確かにトリッキーで使いようによっちゃあ面白いスキルを持ってたけど、あれじゃこの山の魔族どころか魔獣相手でも歯が立たねぇよ。だからちょーっと脅かして帰ってもらおうと思ったのに……あのでっかくなったり小っちゃくなったりする姉ちゃん、しつこかったな。なかなか諦めないで何度も向かって来た。さすがにこれ以上やったら怪我する、ってとこまで来て、あの兄ちゃんが何かのスキルを使って強制的に止めたんだ。懸命な兄ちゃんだったな、滅茶苦茶怒られて泣かれて気の毒だったけど」


 ああ、なんか想像できる……。太一郎君可哀想に。今度会ったら片思い同盟として慰めよう。


「……なるほど。君の意図は分からなくもない。けど僕と雨宮さんのスキルは彼らと違って戦闘特化だ。魔獣もそれなりに倒して来たし、心配しなくてもきっと──」

「駄目だね。あんたらもどうせ負ける。それが分かってんのにここを通すなんて俺様にはできないのさ。あれを見な」


 晴春君はクイ、と顎で後方を示す。そこには先ほど見た、地面に突き刺さる刀。

 彼は目を伏せ、天を仰ぐと、噛み潰す様に言葉を紡ぐ。


「あれは俺様と一緒に山に登ろうとした勇敢な島民達の置き土産だ──みんな良い人達だったが、一人残らず滅多打ちにされて連れて行かれた。人間に敵意を表した魔族の力ってのは、多分あんたの想像を絶してるぜ」


 目を開き、まっすぐにあたし達を見据え──晴春君は言った。


「俺様が強いと言ったな。だけど俺様は逃げるだけで精一杯だった。誰も助けられなかった……もうあんなのは御免だ。あんたらが無駄死にすると分かってて、ここを通すわけにはいかねぇんだよ」


 だから、と彼は天高くその両腕を振り上げ、ビシッとあたしと高遠くんを指差して。


「ここを通りたくば、俺様を倒してからにしろ! 俺様を凌ぐほどの実力があると証明できれば通してやらんでもない、まあ無理だろうけどなッ!」


 ……まあ、そうなるよね……。

 ちらりと高遠くんを見ると何だか深刻な顔をしていた。そして真顔でこんなことを言う。


「降伏してくれないか。君と戦いたくない。──殺さない自信が無いから」


 高遠くんまで発症してしまった!? と焦るぐらい強者にしか許されない台詞だったけど、まあ確かにその通りだった。

 高遠くんの聖剣は超強力な武器だ。それ故に()()()()()()()()。制御は上達したとはいえ、生身の人間である晴春君に怪我をさせず戦うのは至難の業だろう。


 まあそれなら、どうすれば良いかは決まってる。

 あたしは一歩前に出て、すうっと息を吸い込むと声高に宣言した。


「晴春君、あたしと勝負しよう!」

「……雨宮さん、」

「だいじょーぶ、上手くやるからさ。応援よろしくねっ」


 へへっと笑ってピースする。

 そう、あたしの人知を超えないスキルなら少なくとも命を奪っちゃうリスクは低いし、いくらでもやり方はある。無傷で降参させることだってきっとできるはず!


「へーえ、余裕じゃん。舐められたもんだな……。お姉ちゃん、見たところ弓使いか。いいぜ、やってみな。お望み通り遊んでやるよ」


 べ、と舌を出して挑発する晴春君の姿は、今の時点では人型のまま。

 でもたぶん、勝負開始の合図と同時にスキルを使って、何らかの妖怪に姿を変えるだろう。


 ──スキル・妖怪変化、だっけ。

 多分愛読書に名を連ねる妖怪達に自在に変身できるってとこかな? 最初にあたし達の前に現れた石の壁、あれは多分『ぬりかべ』とかの変化だろう。


 あんまり詳しくないけど、妖怪の中には攻撃力が高いものとか、人に危害を加えるものだっているはず。何が飛び出てくるかは予測できない、気を引き締めていかないと。


 この勝負のあたしにとっての勝利条件は、相手を降参に持ち込むか、もしくは気絶させて強制的に戦闘不能状態にすること。

 あるいは、晴春君にだってあるだろうスキルの『代償』が出るまで、ひたすらねばること。その場合リスクはあたしにもあって、つまりとんでもない空腹に襲われるかもしれないけど、朝ごはんちゃんと食べたしそこはがんばる!早めにケリをつければいける!


 晴春君は軽く伸びをすると、ニヤリと笑って言った。


「それじゃあ始めるか……俺様は女子供相手でも容赦しない無慈悲な勇者だからな、めそめそ泣いちゃう前に早めに降参した方が身のためだぜ!」


 まだお腹も空いてないのに泣かないし、とムッとしてる隙に、目の前に濃い煙が湧き上がって何も見えなくなる。


「あ!?」


 しまった、先手を取られた!

 慌てて弓を構えると、背後を冷たい風が駆け抜けたような錯覚に鳥肌が立つ。

 そして、


「……もらった!」

「は!?」


 ヒュン、と(くう)を切るような音と共に、何かが手元を通り過ぎて──

 あたしの弓の弦は、プツンと切れてしまった。


 ──や、やられた! 開始2秒で!

 まさか初手でメイン武器を奪われるとは思わなかった、不覚すぎる。一瞬で使い物にならなくなった弓を握りしめるあたしの前に、風の音と共に舞い降りるように晴春君が再び人の姿を現した。

 そして勝ち誇った笑みと、哀れむような視線をセットにして、フフフと高らかに解説する。


「大気に紛れ姿を隠す煙の妖怪、『煙々羅(えんえんら)』。そして風に乗り鋭い刃となる『鎌鼬(かまいたち)』。この俺様に二瞬も隙を見せた時点で詰んでるんだぜ、お姉ちゃん」


 だーっはっはっはっは俺様最強ー! と大爆笑の晴春君だった。

 く、悔しい……! おそらくあたしが弓使いだと判断した時点で最初の一手を決め、一気に仕掛けたんだろう。なんてことだ、この子、あたしと違って馬鹿じゃない!


「さぁ~てさて武器はなくなっちまったな~。丸腰で俺様と戦うのは怖いだろう? 降参するなら今のうちだぜぇ~」


 どうする?どうする? とめっちゃ腹たつ感じで顔を覗き込まれた。

 ぐぬぬ……思った以上に何でもアリだぞあの愛読書! あんまり人のこと言えないけど!


 ぶっちゃけ素手で勝てるわけない……けど、ここで降参しても。

 あたしは目を閉じた。瞼の裏に、あたし達を待っているはずの兄弟の姿が浮かぶ。そして何より後ろには、きっと信じて見守ってくれているはずの大好きな人がいるのだ。

 先手を打たれたからって後ろ向きになるなんてあたしらしくもない! そう!


「……冗談! まだ負けてないし!」


 精一杯強がって大声で答えると、晴春君はヒュゥと口笛を鳴らしてけらけら笑った。


「へーえ、可愛い顔して根性据わってんじゃん! オーケイオーケイ、それならこっちも……全力で行くぜぇ!」


 直後、晴春君の体が霧に包まれ──その中から巨大な燃え盛る車輪のようなものが現れた。熱っ。

 顔をしかめていると、後ろから高遠くんの焦った声が聞こえる。


「雨宮さん、火車(かしゃ)だ! そいつ多分結構なスピードで走れるぞ!」

「え、そうなの? 高遠くんてやっぱり物知り……ギャーー!?」


 その場で一回転した火車は、なんとそのままあたし目がけて突進してきた!

 慌ててスキルを発動して全速力で逃げる。轟々と音と熱をまといながらすぐ後ろを追い掛け回されて悲鳴も上がらない。

 や、やり過ぎでは!? こんなのちょっとでもつまずいたらヒトの丸焼きに!!


「む、無理~~~~!」

「……ん、おい、ちょっと待て、あんたすげー足速いな女子陸上日本代表とかか!?」

「スピード上げないでよばかぁーー!」


 い、今のところスキルを使いつつ蛇行して何とか逃げられてるけど、あたしだっていつまでもは走っていられない!

 涙目になりながら辺りを見回した。竹林と山に囲まれた更地に勝機は見当たらない。

 ──ん、あ、いや、ちょっと待って!?


「……ごめんなさい、ちょっと借ります!」


 あたしは進行方向を少し曲げ、竹林のそば、地面に突き刺さった刀を掴み走りながら抜き取る。

 握ったこともない柄の感触が妙に手に馴染んで──希望に応えるように胸にページをめくる音が響くと、あたしの足は真っ直ぐに生い茂る竹林へと向かった。

 眼前の竹を睨み、呼吸を止め、スキルを発動する。


 ──偉大なる愛読書曰く、人類のスキルは一振り約0.7秒の速度での正確な()()()()を可能にする。

 振り上げた刀は、視界を埋める無数の長い竹を即座に斬り倒していく。

 そうして倒れた数十本の竹は、あたしのすぐ後方──駆け抜ける火車の進路を、見事に勢いよく塞いでくれた。


「…………っうぉ!?」


 火車の炎が竹に触れる寸前、晴春君は進行を止めた。この竹林も山も大火事にするつもりなんてもちろんないのだろう。熱そうな見た目のわりに至極冷静だ、さすがは選ばれし勇者。

 そして彼が次の手を打つために、一度その変化を解く瞬間──そんな大チャンスを、あたしだって逃すわけがなかった。


「──そい!」

「あっ!?」


 あたしは勢いよく人間形態の晴春君の体に肩からぶつかると、そのままバランスを崩した彼を地面に押し倒した。

 起き上がろうとするのをすかさず馬乗りになり押さえ、構えた刀を振り上げて、切っ先を浮き出た喉仏すれすれに垂直に突き立てる。


 ────勝負あった。

 一気に静寂が訪れる。笹の揺れる音と、お互いの息を切らす呼吸音とがやけに耳にうるさい。

 ごくり、と刃先の喉が震えたのを合図に、あたしは言葉を落とした。


「…………降参して」

「……い、いやだ……」

「ぶっちゃけなんかノってきちゃって何でもいいから斬りたくなっちゃったから降参して!!」

「それが勇者の言うことかぁ!?」


 ──い、居合って気持ちいい! 

 未知の快感にちょっとクセになりそうだった。高遠くんが聖剣でなんか切る度にちょっと楽しそうにしてた気持ちが分かる。次はもっと硬いものが斬りたいでござる……愛読書の投影の影響か分かんないけどあたしは血が騒いでいた。


 しかしそんなあたしの下で半泣きで震えていた晴春君は、突如ぽん! とかわいらしい音ともに急にいなくなってしまった。

 あ、あれ? また何かに変化を?


 しまった、油断した──そう思った時だった、刃先でまるまる、()()()()()を見つけたのは。

 大きなしっぽ、ぽってりしたフォルム、絶妙なもふもふ感。

 これはまさしく──


「……子だぬき?」

「あーくっそぉー! 降参! はいはい! 負けましたぁ!」


 た、たぬきがしゃべった!?

 しかしその声には聞き覚えがある。ついさっきまであたしと話してた人。

 そう、このたぬきは──


「晴春くん?」

「……スキル使いすぎると一時的にこーなっちまうんだよぉ……ああ、だせぇ……いずれ漆黒の暗黒鬼と恐れられる予定の俺様がこんなゆるゆるぽてぽて生物に……くそぉ……」


 小さなおててを黒い目元に当ててめそめそと泣くたぬき……もとい、晴春君を。

 あたしは気づけば、ひょいと持ち上げて高い高いしていた。


「は!?」

「…………か、かっわいい~~~!」


 そしてぬいぐるみのように思い切りぎゅーっと胸に抱きしめて、すりすりと頬ずりする。ふわふわだーー!

 腕の中で頭を撫でくり回されてされるがままになっていた晴春君は「う、え、あの、えっと、」と、持ち前の快活さを完全に失ってまあるい目を白黒させていた。


 すると背後で高遠くんが「あァ!?」という聞いたこともない声を発した気がした。

 でもあの穏やかで大人びた高遠くんがそんな声を出すとは到底思えないので、野鳥かなんかだろーなーと一人納得して、あたしは目の前の素晴らしいもふもふを心ゆくまで愛でて堪能するのだった。

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