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恋する少女の異世界記録 〜スキルが強すぎてヒロインになれません〜  作者: 花苗カナ
第3章 鬼と刀の島

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5人目


 夜明けを待たずにスオウ先生の家を出発して、ふあ~とこぼれるあくびを手の中で閉じ込める。

 にじむ涙を鬱陶しく思いながらぐにぐに頬を揉んでいると、隣を歩く高遠くんはひどく心配そうに眉尻を下げた。


「ごめん、無理やり起こしたから……」

「いや……引き留められると大変だからこっそり出発しようねって言ったのに寝坊したのあたしだし……」


 布団でぐっすり眠るあたしを最初は静かに呼びかけたり肩を揺すって起こそうと頑張ってくれてたらしい高遠くん曰く、最終的に万策尽きて耳元で「今すぐ起きれば焼き肉食べ放題」という虚偽のキャンペーンを囁いたら秒で起きたとのことでした。

 好きな人のモーニングコールで起きるのに憧れてたんだけどなんかちょっと文言がおかしいな。寝汚い上に食い意地まで張っているという最悪のコンボを朝から見せつけてしまったね。


 夕食の席で、あの後も結局スオウ先生は頑としてあたし達が魔族の山に登ることを良しとせず、イズル君にも門番の人はとっても強いから行かない方がいいと説得され、トーリ君は不安そうにあたしから離れず、お風呂に入れてる時も寝かしつけてる時も無言でイヤイヤと首を横に振っていた。


「そんなに強いのかなぁ、5人目の勇者さん……」


 高遠深也、雨宮アリア、花木マヤ、田野上太一郎、そしてもう一人か。

 まああたしは勝手に付いて来たからちょっと違うんだけど、他のメンバーを見るに例外なく賢くて冷静なので、とりあえず神さまの審査を通過した優秀な人であることはまず間違いないだろう。


「自ら門番役を買って出るあたり、もちろん良い人なんだろうけど……山を通してもらえないとなると困るな。交渉の結果次第では、もしかしたら力づくでも退いてもらうことになるかも」


 そう言って、高遠くんはつらそうに目を伏せた。

 勇者として魔獣をたくさんやっつけてきたあたし達だけど、相手が同じ人間、しかも同じ世界で平和に暮らしてた人だと思うと、さすがに戦うなんて抵抗がある。


 土を睨んで黙り込んだ高遠くんに、あたしは「でもさー」と浮かぶ月を眺めながら気楽に笑う。


「話せばきっと分かってもらえるよ。だってあたし達、あんなとんでもない勧誘に迷わず頷いちゃったような、世にも珍しい似たもの同士なんだもん。どんな人か分からないけど、せっかく会えたんだから仲良くなれたらうれしいよねっ」


 竹林から届く山鳩の鳴き声と鼻歌でハミングしながら、ああでもこれから会う勇者さんがすっごく可愛い女の子で、高遠くんと急速に仲良くなっちゃったらそれはちょっと世界を救うどころではないかも……と最低な悩みに落ち込む。

 え、つら……失恋相手が横でいちゃいちゃしてるの見ながら一緒に旅して魔王まで倒さなきゃいけないの辛すぎアンハッピーセットおまけ無し……。


 なんてフラれるシミュレーションをして勝手にドン底に沈んでるあたしを見下ろして、高遠くんは「……雨宮さんはすごいね」と笑った。何わろとんねん人の絶望を!


「まあとにかく、早めに平和的に話を付けて先生のとこに良い結果を持って帰らないとね。イズル君とトーリ君にも心配かけたくないし」


 さっきまでお布団の中でくっついていた柔らかいほっぺを思い出して、あたしは目を細める。

 いっぱい甘えてくれてうれしかったなぁトーリ君、たまごっちを育てるのにも必死なあたしをお母さん代わりにするのは絶対やめた方がいいと思うけど、抱っこしてると何だか自然と守ってあげたいような気持ちで胸がいっぱいになるから不思議なものだった。

 ふふっと肩を揺らして笑うと、高遠くんは怪訝そうに尋ねる。


「どうしたの?」

「いや、子どもって本当に可愛いなあと思って。はやく自分の赤ちゃんにも会ってみたくなっちゃった」

「…………」


 まあまだまだずーっと先の遥か遠い未来の話だけど、と、気の早い夢は早々にタイムカプセルに入れて胸の奥深くに埋め込んでおく。まず生きてこの世界から帰って無事に大人になれるかも分かんないしね、目の前のことを一生懸命がんばらないと!


 決意を新たにしてたら、隣で高遠くんが盛大に咽せ始めてそれどころではなくなった。い、一世一代の大勝負の前に突然の体調不良に!?



* * *



 竹林の終わりが見え、前方に開けた曇り空と、それを覆わんばかりの大きな山が現れた。漂ってくる不穏な空気に、ざわつく胸を押さえて息を吐く。

 あの山の上には魔族が……。獣飼いと対峙した時のヒリつくような緊張感を思い出して、あたしは怖じ気づきそうな自分をきゅっと手を握って叱咤した。


「……あれが山の入り口?」


 視線の先、山肌を覆う木々の隙間に空いた山道の手前に門番さんとやらは不在で、代わりに分厚い巨大な()()()が、完全に道を塞ぐ形でどーんと鎮座していた。

 きょろきょろと辺りを見回すけど、人どころか獣の気配すらしない。少し離れた地面に、刃こぼれした刀がいくつも突き刺さっているのだけが目についた。勇者さん、まさかの休憩中だろうか?


「よく分かんないけど……いないなら今のうちに入っちゃってもいいのかな? この石がちょっと邪魔だけど砕いて壊しちゃえばどうにかなるし」

「うん……いや砕いて壊すって何?」


 んー、でも結構硬そうだなあ……瓦なら1000枚以上余裕で割れるけどちょっと厳しいかも。持ち上げようにも重さ200キロ以上ありそうだし、ちょっと真っ平らすぎて人類の偉大なクライミングスキルを生かすには取っかかりが……

 なんて愛読書をパラパラ勢い良くめくりながら、壁にぺたぺた触っていると。


「……ってぇ」

「え?」


 隣にいた高遠くんを見る。高遠くんもあたしを見た。見つめ合いながら、同時に首を横に振る。

 今の声、どこから──


「──くすぐってぇ、って言ってんだろーがさっきからー! ()()()をベタベタ触るな! (あったま)きた、穏便に行こうと思ったけど作戦変更!」


 こ、この声、壁の方から聞こえる!?

 そう思った瞬間には、視界いっぱいに濃い煙が立ちこめて、あたしは反射的に目を閉じていた。真っ暗な視界の中、地面が揺れるような大きな音を聞く。


 恐る恐る目を開け──そして、口をあんぐりと開けた。

 前方に既に石の壁は無く、その代わりに白い柱のようなものが立っている。


 だけどそれはソイツのほんの一部でしかなくて、あたしは見上げることによってようやく立ち塞がるものの全貌を知る。

 それはどこかで見覚えのある、あまりにも大きな、ええと──


「人を握り潰せる程の巨大な骸骨……がしゃ髑髏(どくろ)か?」

「がしゃどくろ……って、日本の妖怪じゃ?」

「ああ。埋葬されなかった不遇の白骨の成れの果てで、生きた人間を食べると言われてるけど……異世界にどうしてそんな魔獣が?」

「うわー、中学の理科室にこういうのいたけど、ここまででっかいとさすがに怖いね……」


 セクシーポーズとか取らせて遊んでたら先生に反省文書かされちゃったなあ……。

 なんて若気の至りを回顧してたら、妖怪はその巨大な骨だけの腕を持ち上げ──とても人間くさいことに、ぽりぽりと頭蓋骨を掻いた。

 そしてまた遥か頭上から声が響く。それはさっき石の壁から聞こえた声と同じで、


「ちょっと待て。その明らかに女子高生な制服、日本に異世界、中学に理科室? あんた達って、もしかしなくても()()なのか?」


 ハッとした直後、一瞬でまた煙が立ちこめたかと思うと目の前の巨大な骨が消え失せて──その跡地に、人影が現れた。


 少し燻んだ珊瑚色の癖っ毛に、大きな三白眼がどこか可愛らしく猫っぽい印象を受ける。背はあたしよりちょっと高いぐらい、だから男の子にしては小柄な方だ。甚平風の動きやすそうな着物に足元は下駄という、戦闘には不向きそうな随分な軽装をしている。

 たった一人で島を守ってるという話から年上かと思ってたけど、どう見ても年下だった。中学生だろうか? 驚いてつい唖然としてしまう。


 言葉も出ないあたし達を見て、その子はふふんと不敵に笑い──そして、高らかに宣言した。


「刮目せよ、そしてその身に刻むと良い──俺様は愛読書(ギフト)『妖怪大図鑑』をこの身に宿し、スキル『妖怪変化』を自在に操る最凶の勇者! その名も! 真白(ましろ)晴春(はるはる)さまだーーーーッ!」


 わーはっはっはっはっ、と彼──晴春君はふんぞり返って大笑いし、そして笑いすぎてゲホゲホ咳き込んで苦しんでいた。


 なんか癖の強い変な子と出会ってしまったな。

 あたしは自分のことを棚に上げ、ごくりと唾を飲み戦慄するのだった。

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