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恋する少女の異世界記録 〜スキルが強すぎてヒロインになれません〜  作者: 花苗カナ
第3章 鬼と刀の島

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見捨てられた島②


 女の子の体の50%は水でできてるってどこかで聞いたことあるけど、たぶん残りの25%は甘いものでできていて、さらに残りの25%はきっと、()()でできているのだ。少なくとも雨宮アリアにおいては。


「立派なごちそうじゃなくてごめんなさい。今はこんなものしか出せないけど、助けてもらったせめてものお礼に──」

「キャーお米だ~!  いただきます!」

「うるさぁ」


 日も落ちて、少し冷える夜の空気をうち消す、あったかい囲炉裏(いろり)の火を囲みながら。


 あたしは助けた兄弟からお礼としてふるまわれた、シンプルな俵型の塩むすびを頬張ってほろりと涙をこぼした。ああ、噛むほどに消化酵素がでんぷんを麦芽糖に変化させ、口いっぱいに懐かしいほのかな甘みが広がる……。


 南の大陸はヨーロッパ風の文化圏だったので、パンパンパスタパンって感じの小麦中心な食生活だったから、ひさびさに摂取されたお米に体中でDNAが熱狂している。口の中で凱旋パレードが始まり、フロートに乗ったお米粒達が手を振りながら食道を行進していくようだ。


「このおねえちゃん泣いてる……そんなに飢えに苦しんでたんだ……」

「いや、このお姉ちゃんは大体いつもこうかな」


 気にしないで、と楽しそうに笑って、高遠くんはほのかに湯気の立つお味噌汁のお椀を見下ろした。


「それに僕たちにとってこれ以上ないもてなしだよ。この島の風土は僕たちの故郷に似てる部分が多いからね。何だかほっとするな」

「ええ? ここみたいな独特の文化は南北どっちの大陸にも似たものがないって教わったけど……おにいちゃんたち、一体どこから来たの?」

「あはは。それはとっても遠くからだね、もう帰り方も分からないぐらい」


 ──北と南の大陸の中間に浮かぶこの島・アカツキは、時代劇にでも出てくるようなちょっと、いや大分レトロな日本によく似た文化を有していた。


 あたし達が今いるのは、島の集落からはやや外れた薄暗い竹林の中に佇む、歴史を感じる茅葺屋根の古民家。


 浜辺で助けた子ども達──6歳のお兄ちゃんはイズル君、3歳の弟はトーリ君。彼らに案内されて来たものの少々事情は複雑で、ここはこの兄弟の家というわけではないらしい。


「そうなんだぁ……でも先生、先生は若いころに世界中を旅してたから知ってますよね?」

「知らん。食事中に喋るな、子供は黙って満腹まで食え」

「はーい……」


 『先生』と呼び慕われるこの古民家の老齢の家主──スオウさんは、表情を一切動かさないまま切り捨てるように端的に答えた。


 そして淡々と研いでいた、刃渡り20㎝以上はある鋭利な刺身包丁を。

 ……『どなたもどうかお入りください』?


 震える手で空になった汁椀を置くと、先生は音も無く立ち上がって囲炉裏に吊るされた鉄鍋からざぱざぱと手際よくおかわりをよそり、あたしに手渡してまた流れるように作業に戻った。

 太らせて食べる気……はなさそうだ。野菜マシマシにしてくれたし。大根に味が染みていて大変おいしい。

 

 先生の職業は刃物を造る職人さんで、王都でも重宝されているぐらい腕の立つすごーい名匠らしい。信じられないぐらい無口で無表情だけど、多分ものすごく優しい人なのは間違いない。

 なにせ両親が不在の幼い兄弟をこの家に引き取って世話をし、おまけに素性の知れないあたし達を家に上げて、一晩泊めてくれると言うのだから。


 叱られてむくれたイズル君の隣で、弟のトーリ君は小さめに握られたおむすびをどうにか食べ終えてうとうとしていた。ありゃ。

 ぱちっと目が合って、おずおず手を広げてみると、寝ぼけながら一生懸命あたしの膝に登って抱っこされ、そのままぴとっと頬をくっつけてすやすや眠ってしまった。

 ……慣れたしぐさに、誰と勘違いしているのかすぐに分かって、せめて夢の中で会えたらいいなぁと思いながら、体温の高い背中を撫でる。


 しゅんとうなだれるあたしを見て、高遠くんは箸を置くと、姿勢の良い正座のまま意を決したように口を開いた。


「……スオウ先生、もう一度お願いします。この島にいる魔族について情報を貰えませんか?」

「断る。お前はこの兄弟に、両親が魔族に囚われている恐怖だけでは飽き足らず、親しくなった恩人が一夜で骨になった傷まで負わせたいのか?」


 作業の手を止めて低く鋭い声で一蹴した先生に、さすがに高遠くんも反論はせずに黙り込む。

 ──そう、このアカツキの島は現在、とある魔族によって半ば支配されている状況らしい。


 島の中央に位置する大きな岩山、その頂上付近に居を構えようとしたその魔族は、集落の大人たちを『労働力』と称して誘拐し豪華なお城を建設させたんだとか。

 そしてそのまま島民の大半を召使い兼人質として城内に幽閉しこき使い、山道や浜辺に魔獣を放って助けに行くことも助けを呼ぶことも妨害してふんぞり返っている……というのが、イズル君が涙目で教えてくれたこの島の現状だ。


 この兄弟の両親もその魔族の城に囚われて久しく、先生の家に引き取られてからというもの、ああして危険を顧みず浜辺に赴き復讐に燃える日々を過ごしているのだそうだ。

 気丈に振る舞うイズル君と、甘えるようにあたしにくっつくトーリ君の寝顔を見ながら眉根を寄せる。まだまだお母さんに甘えたい年頃なのに。なんて極悪非道、さすがは心の無い化け物!


「あいつらはこき使いたいだけだから、お父さんとお母さんは無事だと思う……でもぼく達心配で。なのに集落の大人達は『人間が魔族に勝てるわけがない』って戦おうともしないんだ。抵抗しなければ未来の労働力候補に手は出してこないだろうからって……。でもそんなのおかしいよ」


 しゅんと肩を落とすイズル君、6歳なんて平和だったなら何も気にせずただ無邪気に遊んで過ごせていただろうに……。


「……そうだね。君の言う通りだ、迷う必要なんて無かったな」

「わあ」


 高遠くんはイズル君の頭をくしゃくしゃっと撫でてお兄さんぽく笑うと、未だ凄まじい圧を放っている先生に臆することなくこう言った。


「情報が頂けなくても構いません。夜が明けたら山に登ろうと思います。魔族は冷酷な生き物だ、今は歪んだ安息を受け入れさせていたとしても、いつ気が変わって牙を剥くか分からない。捕らえられた人達が心配です」

「山には入れない」


 遮るような一言に、高遠くんは目を瞬いた。先生は囲炉裏の火を見つめながら、表情も変えず静かに告げる。


「あの山の入り口には門番がいる。そいつが認めない限り何人たりともあの魔窟に足を踏み入れることは許されないだろう」

「門番? 魔獣ですか?」

「いいや。間違いなく味方だ、だがあれを人間だとも断言し難いがな」


 なぞなぞみたいな物言いに、さすがの高遠くんも理解に苦しむように口を閉ざす。


「あやつは山の入り口に立ち、その両面に対し強固な壁となっている──里から山に立ち入る無謀な人間を制止し、山から里に下りようとする魔獣どもを塞き止めるために、な」

「魔獣を一人で食い止めている? そんなことが……。何者なんですか、その人は」

「さあな、俺たちにもよくは分からん。ある日突然この島に現れた、異国の知識と能力、異国の価値観を持った風変わりな奴だ。だがそうだな、確か」


 スオウ先生は珍しくほんの少し口の端を上げて、懐かしむようにこう言った。


「──あいつは自分のことをこう名乗っていた。『この世界を救う勇者』だと」


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