見捨てられた島①
「さあ行くぞ野郎ども、おもかじいっぱーい! よーそろー!」
「……あいあいさー」
野郎ども(単体)な高遠くんは幾分マシになったとはいえ浮かない顔をしつつ、言われた通り操舵輪を右にめいっぱい回してくれた。うんうん良い腕をしてる、あと数年もすれば立派な操舵手になれるだろう。ともに新世界を目指そうではないか。
あたしは船首楼の際に立ち、スキルで視力を跳ね上げて航路の安全を見通すと、わっはっはと腰に手を当てて大笑いした。
「…………『宝島』、いや『海底二万マイル』?」
「ちがいまーす」
愛読書当てゲームに早速負けた高遠くんは、不満気に操舵輪に顎を乗せてふてくされた。
ていうか、あれ? 海賊的な何かだと思われてる?
まあ確かに、船で記録的な世界一周を成し遂げてきた人々の偉大なる『航海』スキルを発動してから、妙にテンションが上がって勇ましい側面を強化してしまったかも……。
なんだかどんどんかよわい女の子からは遠ざかってる気がするね。役に立てるなら喜ばしいことかもしれないけど、さすがにちょっと切なかったり?
* * *
一刻も早く北の大陸に辿り着きたい気持ちはやまやまだったけど、先の巨大海洋魔獣との戦闘を経て、この船は少々穴が開きすぎた。
海峡を渡りきるまではさすがに持たなそう、と言うことで、あたし達はひとまず中継地点の島に一度碇を下ろして修繕作業の小休止を取ることにした。
元の世界では某グルマップすら読めずに駅徒歩5分のカフェを30分かけて探し出したあたしだけど、愛読書に刻まれた航海技術を拝借できる今は難解な異世界の海図ですら難なく読み解くことができていた。広げた大きなそれが風に飛ばないように押さえつつ、コンパス片手にじーっと見下ろしてふむふむと頷く。もうちょっと進めば、小さな集落がある島に着くはずだ。
『アカツキ』、と記された島の名を見つめながら、海賊船で浜辺に乗り込んでも大丈夫なのかなぁとわりと重要な問題に眉をひそめる。帆のどくろマークにリボンとか描き足してデコったら怒られる??
「ねえ高遠くん、もうちょっとぽいけど疲れたでしょ。変わるよ?」
「いい……船に乗ってから全然役に立ててないし」
てくてくと近付いて操舵輪に手を伸ばすと、ふいっと顔を背けてそっけなく断られる。うーん、さっきから何回も交替を打診してるのに全然首を縦に振ってくれないな。まあゲームのコントローラーを譲ってくれない男の子みたいな感じでそれもまたかわいいけど。
「それよりさっきスキル使わせ過ぎちゃったし、休んでてよ。距離的には北大陸が近いし、その分危険度だって跳ね上がってるはずだ。いきなり戦闘……ってことも十分考えられる。気を引き締めていこう」
「はい……」
うなずきつつあたしはやだ......この角度から見る高遠くんも格別だあ......と脳内の高遠くん360度写真展に新たな一枚を展示するのに必死だった。うーん、潮風にゆれる金髪とマント絶景かな!高遠くん百景に記録しておこーっと。
そうこうしているうちにあっという間に広い浜辺に辿り着き、あたし達はよいしょと錨を沈めて海賊船を停泊させ砂の上に上陸した。修繕がお願いできる人を見つけるまではここに置いていくことになるけど、さすがに借りパクしていく強者もいないだろう。そう言う意味では海賊船でよかったかもね。
さく、と砂浜を鳴らして、足下に触れそうで触れない白い波の満ち引きを見下ろしてへへっと笑う。
浜辺って大好き! あたしに見せようとキレイな貝殻を探してくれてるお兄ちゃんの隣で、目を血走らせて一心不乱でハマグリやカニを追い求めていた幼少期の記憶が蘇る。夢中になりすぎてすぐ波にさらわれるので翌年から夏のお出かけはプールに変更されて、そういえば久しく来てなかったかも。ノスタルジックな美しい思い出だね。
ふんふん、と鼻歌まじりにさくさく歩いているあたしの隣で、高遠くんもフッと柔らかく笑う。あれ、もしかして。
「高遠くんも好きなの? 海」
「え? いや、海は別に……」
「??」
珍しく言葉を濁して返答に窮してるっぽい横顔に、またレアなものが拝めたなあとあたしは能天気に微笑む。教室では授業でどんな難しい問題を当てられても秒で解答してたからね、よく分かんないけどこういう表情も見られるなんて異世界召喚さまさまだね!
んー、それにしてもこの浜、全然人の気配がないなあ。
島民が生活してるってことは、海の家とか海水浴とまではいかなくても、漁を生業としてる人の姿ぐらいちらほら見えても良いはずなんだけど。なんだか妙に空気が静かというか、淀んでるというか?
「──逃げるな卑怯者! 出てこい、ボコボコにしてやる!」
耳に届いた大声と、その内容に不釣り合いな舌足らずのあどけなさに目を瞬く。
慌てて目を凝らしてみると、視界の先、砂の上でちいさな男の子が二人、何かを囲むように立っていた。6歳ぐらいと3歳ぐらいかな、よく似ているので兄弟なのかもしれない。
そしてその二人の足元にある、平べったく丸いフォルムの何か──
「おいこら首! 首出せ! 出てこいやー! 今日という今日は許さないぞ、全員皆殺しにするからな!」
「……からなー」
物騒なことを言う大きい方と、やる気の感じられない小さい方。
しかしそのどちらの手にも硬そうな大きな木槌が握られていて──その足に踏みつけられた小さなカメが、怯えるように甲羅に身を隠し震えていた。
「なにしてんのそこーー!!」
「ちょ、雨宮さん!? はっ、やっぱり『浦島太郎』!」
あたしを引きとめようとして愛読書当てゲームを始めてしまった高遠くんを置き去りに、砂浜を駆け出して二人の子どもの元へスキルで全力ダッシュする。
あたしはカメには一過言あるのだ!
幼稚園の頃飼っていたカメ三郎(雌)……妹のように大事に育てていたけど、ある日あたしのおやつの魚肉ソーセージをお兄ちゃんが勝手に食べさせてしまって、血で血を洗うような大喧嘩をしたまま、仲直りもできずに逝ってしまったのだ──
「高遠くん忘れないで……カメに人間のごはんをあげるのはあんまり良くないから、ペットショップで買ったエサを与えましょう!」
「あ、うん。飼う予定ないけど……」
あたしは子ども達の手前で急ブレーキをかけ、素早くその首根っこを掴んで持ち上げた。
「こら、だめでしょ! 動物をいじめたりしちゃ! そんな危ないもの持つのもやめなさい!」
「わ!?」
「……きゃっきゃ」
ぶんぶん揺らすとわーきゃー言いながら男の子達は降参するように木槌を浜に落とした。それを見てそっと二人を下ろし、あたしはぷるぷる震えるカメに歩み寄る。
「よーしよしよし、もう大丈夫だよー」
しゃがみこんでぽんぽんと甲羅を叩く。
もしかしたらこの子は、異世界転生したカメ三郎なのかも……これで仲直りできたかな、なんて思ってたら突然にゅっと長い首を出したカメに思い切り手を噛まれて絶叫した。
「アギャーー!?」
「お姉ちゃん危ないよ! そいつは魔獣の幼生なんだ、食べられちゃうよ!」
「……うちゃよー」
「『よーしよしよし』の辺りで出せなかったのかなその重要情報??」
子ども相手に大人げないダメ出しをしながら情けなく痛みに泣く。凶悪な顔をしたカメの歯はすり鉢状だけど力が強く、引き剥がそうとしてもちっとも離れてくれなかった。
カ、カメ三郎、そこまであたしのことを恨んで……?(錯乱)
なんて懺悔タイムに入ろうとしていたら、目の前で一瞬にしてカメの体が一刀両断されあたしは突然のスプラッタに目を瞑った。実はあのかわいらしい甲羅の中にはびっっしり内臓が詰まっているという嫌な現実が突き付けられていた、ぼとぼとと砂浜に落ちる音でもって。
「あああ……」
「雨宮さん、手! 見せて! 大丈夫!?」
駆け付けた高遠くんは魔獣を切り捨てた聖剣を流れるように鞘に収めると、焦った顔であたしの手を強引に取った。
深刻そうな高遠くんには悪いけど男の子と手をつなぐのは初めてだったりしたので場違いにときめいてしまう。お、男の子の手ってこんなおっきいんだ……? シチュエーションが予想していた初デートの帰り道とかじゃなく『助けたカメに手を噛みちぎられかけた時』なのがどうにも残念だったけど。予想できるかそんなの。
「すごい、あの魔獣の甲羅は普通の武器じゃ切れないって言われてたのにあんな簡単に……おにいちゃん達、何者だ?」
「……にものだー?」
くりくりまんまるの目できょとんとする二人の男の子を改めて観察し、はてと首を捻る。二人ともこの世界では久しく見ていなかった黒髪で、服装もよく見れば日本昔話的な、いわゆる甚平に草履という出立ちだった。
へー、異世界にも和風文化あるんだ……ていうか、まだこんなに小さいのに魔獣退治をしようとしてたってこと?
面食らうあたしの手をそっと離し、高遠くんはしゃがみこんで男の子としっかり目線を合わせると、穏やかな声で言った。
「怪我はない? 僕達は南の大陸から来た旅人だ。魔王を倒すために旅をしていて……魔獣だって何度もやっつけてきたからね。あれぐらいの敵ならいくらでも倒してあげられるよ」
「魔王を?」
男の子達はぽかんと顔を見合わせると、堪えていたものが切れたように顔をくしゃくしゃにして、わっと泣き出して高遠くんに抱きついた。
あ!うらやましい! いやいけるかこの勢いならあたしもどさくさに紛れて!?
「大人はみんな、もう誰も助けになんか来ないよって、この島は見捨てられたんだよって言ったけど……ぼく達、きっと誰かが海の向こうから来てくれるって思って毎日……」
わんわんと泣きじゃくる二人の頭を、高遠くんは目を細めて優しく撫でる。
「それで危ないと分かっていても海を見に来てたんだね。怖かっただろうに。……この島は渡航禁止令のせいで外界から隔絶されていたはずだ。その間にさっきみたいな魔獣に襲われてたってことかな?」
「……魔獣なんかこわくないよ、先生の武器があれば。でもあいつらは……」
言いかけて、ひどく怯えたようにきゅっと口を引き結んだ男の子に、高遠くんとあたしは目を見合わせる。
予想通り避けられなかったっぽい魔族との対峙の予感に、高遠くんは聖剣の柄を撫でて目を伏せ、あたしは鳴りそうなお腹をおさえて歯を食いしばった。さすがにここで響き渡らせるには、ちょっとシリアスが過ぎるね。




