オクトパスパーティー②
青く輝いていた海はいつの間にか底の見えない暗黒に染まっていた。
空は雲に覆われ陽の光も届かない。黒い靄の中で雷鳴が唸るように響き、鼓膜と体を震わせる。
荒れ狂う波に揺られる船の上で、あたしは高い波の向こうに目を凝らし、敵の姿を捉えた──
そしてそのフォルムに、あふれ出る親近感と共に叫ぶ。
「たこ焼きの中の人だ!!!」
「……ッスー……」
あたしの嬌声にツッコミチャンスを感じたのかハッとして口を開きかけた高遠くんだけど、すぐにログアウトして激しい揺れがもよおす衝動に耐えていた。
最近はウインナーとかコーンとかも幅を利かせているので、食べてみるまでタコの存在が証明できないことも多いですね。これがかの有名なシュレディンガーのタコです。
うーんそれにしても、頭だけでも大型船以上はあるという超BIGサイズのタコ!
ドギツイ赤色の体に、胴体は薄ら赤黒く、相当な量の墨が詰まってることが窺える。
イカだったら搾り取ってパスタにできたのにな、と差別的な感想を抱いてあたしは胃袋から湧き上がる某欲望を必死でなだめていた。いけない、戦闘モード戦闘モード……。
「気をつけろよ、かろうじて回収された船の亡骸は溶かされた形跡があった……おそらく奴らの墨は強い酸性だ。それとあの巨大な吸盤には気をつけろ、一度捕まったら最後、そのまま海に引きずり込まれて藻屑になるぜ、若の恩人」
巨大タコを睨みながら解説するキース船長の指で、あたし達が遺跡から持ち帰った神さまの指輪が淡い光を放っている。航海安全の加護、これだけ海が大荒れでも転覆しないで済んでいるのはそのおかげだろう。
神さまってすごい、ほんとに神さまだったんだ......。召喚された身でありながら初めてぐらいに実感した。
あとでお礼言っとこう、と思いながら矢を一本手に取り、そこで逡巡する。
……あのぷにぷにボディ、矢尻刺さるのかな?
そもそも嵐の中で風が強すぎる。いくら百発百中のスキルを使ったとしても、風にあおられて進路が曲げられてしまう気がする。運良く命中しても威力は大分落ちるはずだ。
せめて柔らかそうな目玉を狙おうにも、タコって目細いし……。いや、身体的特徴をディスるのは有害生物であってもマナー違反??
なんて考えていたら、タコがその口をすぼめ始めた。まるで何か吹き出す前運動のように。
「……高遠くん、船長さん!」
「…………」
「おわっ!?」
重量挙げスキルで両脇に二人を抱えると、重ねて俊足スキルで素早く甲板を移動する。
直後、さっきまでいた場所にタコの墨鉄砲が直撃した。
木の板が一瞬で溶けて、しゅわしゅわと煙を上げながら大きな穴を覗かせる。ほ、ほんとに酸性だー!
「あんなの当たったら人間ミックスジュースに……」
ガクガク震えていると、脇の船長さんが声を張る。
「脱出用の小舟を用意してある! お前らはそれに乗って逃げろ!」
「え……船長さんは!?」
あたしに小脇に抱えられたまま、船長さんはフッと笑うと親指を立てた。
「気にすんな、俺は海の男だ。陸の素人を残して船を降りるわけにゃいかねえのさ……」
「……キース船長……」
あたしは涙をこらえながら、意識が死にかけてる高遠くんを優しく下ろし──そして船長さんの首根っこを掴み持ち上げる。
「なんかカッコいいこと言ってるとこ悪いけど普通に死ぬので逃げましょう」
「あ!?」
あたしは船の脇につけてあった小舟に船長さんを放り投げる。甲板に括られていたロープを素早く矢尻で切ると、舟はあっという間に波に乗って流されて行った。
あの指輪があればひとまずひっくり返るようなことはないだろう。手短に無事を祈りながら急いで高遠くんの元に戻る。
「高遠くんは中に入ってて! その様子じゃ戦えそうにないし」
「……いやだ……」
「あーもう言い方変える、ぶっちゃけ庇いながら戦うのも大変だから隠れてて!」
「…………ほんとにごめん……」
高遠くんは吐き気のせいなのか何なのか本当に死んでしまいそうな顔をして、バケツ片手に操舵室に消えて行った。ほっ。
「…………さて」
勇ましく残ったはいいものの。どうやって倒そう?
弓が有効でない上に敵は墨鉄砲と長い足、強力な飛び道具を使ってくるのだ。
向こうが海の中にいる以上、殴る・蹴るなどの近接攻撃は不可。ということはこちらも攻撃範囲の広い手段を使わなければ……って言ってもさすがに大砲までは扱えないし……。
指輪の加護を失って、船の揺れもいよいよ命の危機を感じる程やばい。かくなる上は──
「わっ!?」
あれこれ考えていたら前方からタコの足が鞭のようにしなりながら振り下ろされ、慌てて飛び退いて避ける。あ、あぶなー……!
どうにか直撃を免れたけど、甲板にはまた穴が開いてしまった。
しかし驚くなかれ、なんとタコの足は八本あるのだ! 非常にまずい!
「あ、うわっ、ひゃ、よっと、はッ、しぬ、ギャー!」
次々に、あるいは同時で繰り出される8連続の触手攻撃。これじゃまるでモグラ叩きだ。
埒が明かなくなり、あたしは甲板に開いた穴の中に飛び込むように逃げ込んだ。
まずい、多分これ死ぬ、ほんとに死ぬ、死因がタコになる。
大体いつまでも逃げ回っていても船が損壊してそのうち沈んじゃうだろう。なんとかしないと……!
落ちた穴は丁度船の物置スペースだったようで、予備のロープや浮き輪、備蓄食糧なんかがびっしりと敷き詰められていた。
うーん、とりあえずビジュアル的に間抜けだけど浮き輪でも装備しとこうかな? ……と思ったところで、壁に数本まとめて立てかけられていたとあるモノが目に付いた。
「…………槍?」
いや、これはモリってやつなのかな。長い持ち手の先端に、返しの付いた鋭い刃が付いている。
高遠くんならスキルで使いこなせるかもしれないけど、さすがにあたしの愛読書にその手のものは……。
だけど試しにそれを手に取った瞬間、胸に例のごとくページをめくる音が胸に響いた。
人類の守備範囲の広さに感謝!
あたしはモリを抱えて急いで甲板に戻ると、空を覆うようにそびえるタコ魔獣に対峙した。船が激しく傾き、海水の飛沫が頬を打つ。
そしてタコがこちらに向かいその足の一本を振り上げた瞬間……あたしはスキルを発動させた。
──スキル『槍投げ』!
腕を振り上げて思い切り放り投げたモリは、その飛距離90メートル以上を誇る『記録』通りにまっすぐに空へと向かい──遠く空に伸びるタコの足の先端を、鋭く捉え貫通した。
「キュッピイイイイ!」
意外にかわいい叫びを上げてタコが悶え、もう一本の足を振り上げる。そこにもすかさずモリを突き刺す。その次も、その次も。
そして八本の足全てを串刺しにすると、タコの動きは明らかに鈍った。
よ、よし、なんか結構余ったから全部投げちゃえ!
あたしは残ったモリ数本全てを、全力投擲でタコの胴体に突き刺した。すると中に詰まっていた酸性の墨がドクドクと溢れてきて、その全身を勢いよく溶かしていく。
「キュピー……キュキュキュ…………」
ちょっと可哀想なくらいかわいい断末魔と共に、巨大なタコの体がゆっくりと海に沈んでいく。茹で蛸のように身を縮めながら……たこはお刺身にわさび醤油が一番すき…………じゃなくて。
高遠くん大丈夫かな? 派手に戦ったから大分激しく船を揺らしてしまった。船酔いが悪化してないといいけど……。
そうして様子を見に行こうと海に背を向けた直後、
「…………うひゃ!?」
腰のあたりににゅるん、とゾワゾワするような感触があって、気づいたらあたしの体は宙に浮いていた。甲板が遠く空が近い。
タコは最後の力であたしの腰に触手をしっかりと巻き付けて、高く高く振り上げていた。
き、気持ち悪いっ、吸盤が吸い付いて全然取れない、ていうか苦しい、あ、振り下ろされる。
このままじゃ甲板に叩きつけられ──
最悪な未来にきつく目を瞑った瞬間、空を裂くような鋭い音が耳に響いた。
「──わっ!?」
目を開けると落下していた。腰に巻き付いてた触手は力が抜けたようにするりとほどけていく。
あ、ぶつかる。
そう思った直後、何かに優しく受け止められる。
半拍間を置いて、すぐ背後では切断されたタコの足が甲板に落ちて鈍い轟音を立てていた。
「………………」
「ごめん、遅くなった。どこも怪我してない?」
凛々しい顔をした高遠くんが。
あたしの肩と膝裏に腕を回して抱えながら、とても心配そうにすぐ真上から顔を覗き込んでいた。
これはもしや………………。
OHIME SAMA DAKKO ──!?
あまりの出来事にくらっと目眩を覚える。
すると具合が悪いと思われたのか慌てて甲板に横たえられた。ああ、短い栄光だった。
どうやら復活した高遠くんが聖剣でタコの足を切り落としてくれたらしい。さすがの切れ味、やはり伝説の包丁。タコ本体はキュウキュウ言いながら海の中へ完全に沈んで行った。
時化が止み、空に光が戻る。波も既に穏やかだった。
「高遠くん、ありがと……。船酔い治ったの?」
「いや、あの………」
「……………。ああ!」
出すもの出してスッキリしたんだね、と言うと、高遠くんは顔をタコのように真っ赤にして「何でわざわざ言うんだよ」と怒った。
あたしはスキルを使ったのでまたまた腹ペコだった。甲板に横たわる大きなタコ足をつつき、今日はタコパにしよっかーと冗談交じりに笑うと、大真面目な顔で「たこ焼き器がないよ」と言われた。あったら食べるんかい。




