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恋する少女の異世界記録 〜スキルが強すぎてヒロインになれません〜  作者: 花苗カナ
第2章 潮騒と喧騒の港

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泡にはならない


 ……ただでさえうるさい人の死に際の悲鳴なんて絶対うるさいから、こうして声も出せずに沈んでいくことで高遠くんの鼓膜を守れるならそれは不幸中の幸いなのかも。

 ぷくぷくと水面に上っていく小さな気泡を見つめながら、ぼんやりとそんなことを思う。


 冷たい水の中に体が沈んでいく。底が果てしなく深い、さすがは神さまが創った特殊空間。

 高校生の冬服は布を重ねた重装備なので、そのすべてが水を含んだ今、再び浮上できる希望はすこしも見えなかった。


 高遠くんに伝えたかったこといっぱいあるのに、あたしここで死んじゃうんだな。せっかく高遠くんが守って延ばしてくれた命だったのに。

 「覚えてない」って言われるのが怖くて、結局お礼も言えなかった。そのうえ死因がしょぼくて誠に申し訳ない。


 お母さん、お父さん、お兄ちゃん、ミユちゃん、チカちゃん……さよならも言えなくてごめんね。お供え物はお肉多めだと浮かばれると思います……。


 ……あ、でも海鮮料理が食べれなかった無念があるからお魚でもいいかも? 日替わり定食みたいな感じで。


 …………。 



 …………どうしよう、今際の際の尺が余っちゃった……。

 


 詠んだ辞世の句で一冊出せそうなぐらい長い。

 ていうか水没してから3分以上経ったような???


 あんまり苦しくない。むしろここからが本番だぜ的な、まだまだ挑戦できそうな自信に満ちあふれてる。

 ──この感覚はもしや──


 あたしはそっと胸に手を当て、開かれたページに刻まれた文字をなぞる。

 偉大なる愛読書(ギフト)曰く、人類は水中で20分以上息を止められるということらしい。どういうこと??


 ともあれ寿命がカップラーメンのできあがりより数倍延長されたので、一気にしおらしい気分も消失する。

 死なないんだったらむしろ落下して大正解、もともとこの中を探索したいぐらいだったし。


 あたしは再び水中に目を凝らし、ほどなく、水深数十メートルほど下方にキラリと光る宝石を捉えた。

 いやでも素人があの深さまで潜るのはさすがに……

 

 そんなことを思っているとまた愛読書はページをめくり、人類は水深200メートル以上は潜れますよというありがたい教えを説いてくれた。

 だんだん人間離れしていくなぁ、ぜんぶ人間の記録だけど……。


 お言葉に甘えて、文字通り水を得た魚といった感じですいすいと湖の深く深く下へと泳いでいく。

 そして難なく水中をたゆたっていた指輪を掴み取ると、そのままくるりと半回転して頭を上に向け浮上していった。水族館で見たアシカの水槽みたい、とちょっと楽しくなる。


 だけどぷは、と水面から顔を出すと、久しぶりの地上はなんだか大変なことになっていた。情報量が。


「──うるさい、触んな、放せって言ってるだろ!」

「落ち着けよ少年、腐敗すればいずれ浮いてくるだろうし……」


 さっきまであたしがいた辺りに、剣で砕かれたであろうスライムの核の欠片が粉々に散らばっていて、湖面に今にも飛び込もうとしている高遠くんをサリさんが羽交い締めにして止めていた。


 何かとんでもない悪口を言われている気がする、肺に酸素を取り込むのが忙しくて上手く状況が飲み込めないけど。


「おそらくこの地底湖は魔法の使用を想定した鍵付きの宝箱みたいなものなんだ。火魔法で水を干上がらせれば、湖底に指輪が落ちる仕組みになっているんだろう。少し待つといい、今すぐ水を全部蒸発させてやるから……まあとんでもない水蒸気と熱でお嬢ちゃんの体はだいぶグロテスクなことになるかもしれないが、笑って許してくれるだろう。良い子だったからな……」

「死人に口なし過ぎません!?」


 ざぱーん、と大慌てで湖面から這い出て、二人の足下にアザラシのように上陸する。

 水ちょっと飲んだかも、びしょ濡れだしきもちわるい……。


 咳き込みながら顔を上げると、今まさに聖剣を鞘から引き抜こうとしていたらしい高遠くんと目が合った。比喩じゃなく幽霊に会ったみたいに目を見開いて呆然とされる。

 そりゃそっか、と思いながら、ちょっと気まずくて照れ隠しに手を挙げながら言う。


「えーと……ただいま?」


 サリさんはおかえり~と軽く片手を上げてくれたけど、高遠くんは瞬きもせずにじっとあたしを見下ろしたままだった。安心させたくて、指輪を取り出して笑って見せる。


「ごめんねうっかり落っこちたりして……でもほら、お宝の指輪ちゃんと見つけたよ! 無事に終わってよかったね、これで船に……」


 スン、と鼻をすする音がしてあたしは顔を上げた。そして目を見開く。


 高遠くんは、泣いていた。目を少し赤くして、たぶん初めて、ちょっとだけ睨まれる。


「……ごめんなさい……?」


 泣いた顔も怒った顔も向けられるのは初めてで、頭がぐるぐるして何も言えなくなる。

 高遠くんは乱暴に目元を拭うと、ふいっとあたしから顔を背けて無言で俯いた。


 そこでようやく思う、逆だったらどんな気持ちになったかなって。高遠くんがあたしを庇って冷たい湖に沈んで、そのまま何分も浮かび上がってこなかったら。


 かける言葉も見つからずに捨て犬のような気持ちになりながら、命懸けで持って帰った指輪に視線を落とす。

 ──でもこれだって結局、あたしが無茶をしなくてもサリさんの魔法で難なく手に入れられたものだったんだな。高遠くんにあんな顔をさせてまで手を伸ばすものじゃなかった。


 高遠くんはあたしが何も言わないのを訝しがってか、赤みの引いた目をゆっくりとこちらに向けて、それからぎょっと見開いた。


「雨宮さん、」

「……ごめんね、いっぱい迷惑かけて。いつも全然役に立てなくてごめんね」


 雨みたいにこぼれる涙を止められないまま、どうにか喉を震わせる。


「あたしは高遠くんと違って本当にダメダメでポンコツで、こういうことがもう二度とないって約束もしてあげられないから……。一緒に行くのはここでおしまいにする。危険な北の大陸で足を引っ張って、今度こそ巻き添えにしたりするのは絶対駄目だから、だから……」


 一言ごとに胸がズタズタに切り裂かれるような痛みに耐えながら、どうにか言い終える。鍾乳洞には水滴の落ちる音と、あたしの蚊の鳴くような嗚咽だけがしばらく途切れ途切れに響いていた。


 高遠くんはじっとあたしを見下ろして、少し考えてから、「……もう決めたことなの?」とだけ短く尋ねる。


 悲しいのにあまりの解釈一致にちょっと安心して笑いそうになった。

 そう、あたしが好きになった高遠くんならきっとそう。誰かが悩んで決めたことは、止めたり否定したりしないで背中を押してくれる。


 寂しいけど、これからは元の世界にいた時と同じように遠くからそっと手助けして、いつか強くなれたらまた一緒に旅ができたらいいな。


 ……そう思って頷いたあたしに、だけど高遠くんは頷き返してはくれなかった。

 代わりにす、と手が伸びて、濡れて頬に張り付いていた栗色の髪を、指で優しく掬われる。


 高遠くんはしゃがんで目線を合わせると、まだ涙の止まらないあたしを少し困った顔で見つめながら、囁くような声で言った。


「……行かないでって言っても、だめ?」


 そんな顔もするんだ、と思ってきょとんと目を瞬いていると、高遠くんは弱り切ったように息を吐いて、指に絡めたあたしの髪をそっと耳にかけてくれながら、困惑した様子で目を細めた。


「……その、雨宮さんの意思は尊重してあげたいんだけど。何て言うんだこれ、論理的な根拠は示せないのに絶対賛成できないって言うか、快くうんって言いたくないみたいな……」

「ああー……『嫌』とか?」

「そう。嫌だ」


 生まれて初めて口にしたように感慨深げに頷いて、高遠くんは煮え切らない様子で呟く。


「雨宮さんのことは頼りにしてるし、迷惑とか役に立たないとか考えたこともないからよく分からないけど……。ただ単純に離れたくないとか、そばにいたいって思うだけじゃ、一緒にいる理由にはならないのかな」


 そう言って珍しく自信なさげに見つめられて、あたしは鼻をすすりながら思う。

 離れるのは嫌、一緒にいたい、それってつまり……


「高遠くんは、あたしのこと……」

「……うん」

「仲の良い友達だと思ってくれてるってこと?」

「うん?」


 うんうん、あたしも3月に全くおんなじこと言ってたから分かる! チカちゃんミユちゃんとクラス替えで離れるのやだずっと一緒にいたいって泣きついて本気でうざがられたものだ。


 がくっ、とよろけて危うく地底湖に落ちそうになりながら、高遠くんはどうにか貼り付けたような笑顔で問い質した。


「いや、それに関しては結構最初から思ってたけど……雨宮さんは違うの?」

「全然!!」

「力強い即答だ……」

「だってあたし達ってクラスメイトの前に勇者だったし、あくまでも同じ派遣会社(かみさま)から派遣された同期の同僚的な? 仲良くなれてとってもハッピーだけど遊びに来たんじゃないし、ちゃんと使命を果たすまでは節度を持って、お友達とかぬるい認識してちゃ命取りなのかな〜って思って」

「割とシビアな価値観をお持ちだ……」


 でも他ならぬ高遠くんが言うならもちろんその限りではない。神さまだって許してくれるよね、ちゃんとその分がんばるし!

 仲間としては失格の落第点でも、友達と一緒にいるのに迷惑とか役に立つとか関係ないもんね。それなら問題無い無い!


 なんだか敗北者のような面持ちをしてる高遠くんを見上げて、飛び上がっちゃいたいぐらいの気持ちを押さえて心から笑って言う。


「うれしいなぁ。あたし、男の子の友達って高遠くんが初めて!」


 高遠くんはそんなあたしを見下ろして、うーんと少し何か言いたげにした後──降参したように目を閉じて、屈託なく笑った。


「それはそれは。名誉に預かり光栄です」

 

 つられて笑った直後、手の中でくしゃみを爆発させてあたしは全身を襲う寒さに震えた。


 す、好きな人との会話というものは人間の体温をやや上げる効果があり、今の今まで麻痺していた体内空調システムが唐突に悲鳴を上げ以下略……


「雨宮さん!? しまった、一般的に鍾乳洞の内部は10℃程度の温度に保たれており低水温下での着衣泳を行うことによって急激に体温が奪われ」

「待って高遠くん死ぬ瞬間に聞く最後の台詞がそれはちょっと嫌かも……」

「ああ、なんだ終わったのか? 悪い悪い、大事な長話の邪魔しちゃ悪いかと思ってさ」


 完全に気配を消していたサリさんの思い出したような声が聞こえ、直後、びしょ濡れの制服がじゅわっと音を立てて熱くなる。

 火傷する、と思う前に今度は冷たい風が服と肌の間を吹き抜けて、あとにはお風呂上がりのような爽やかなさっぱり感だけが残っていた。


「わーお……ありがとうございます冷風サーキュレーター、いいえ歩く家電量販店、じゃなくて高位魔術師ことサリさん!」

「8割意味が分からないがどういたしまして。……それから、これも口を挟むのは控えた結果だが。お嬢ちゃんは一つ勘違いをしているようだから訂正しよう。俺の火魔法があれば確かにその指輪を水中から取り出すことはできるんだが……今やった通り、これだけ大量の水を一気に蒸発させれば高温の蒸気が大量に空洞一帯に充満する。つまり、ここにいる全員が蒸し上がって死ぬというわけだ」


 牡蠣のカンカン焼き?と絶句しているあたしに、サリさんはフッと不敵に微笑んで賞賛するように言った。


「だからその指輪は、お嬢ちゃんの類い稀な超人的潜水能力なしに得ることは決して出来なかった財宝と言える。……『北の大陸で生き延びるのは至難の業』と言ったことは謝ろう。お前は自分で卑下するより無能な人間じゃないさ。現に今、この場で誰にも成し得なかっただろうことをやってのけたんだからな」


 褒められ慣れてないのでなんだか不思議な気持ちになりながら、そわそわと手の内を見下ろす。

 あたしはそこでキラキラと光る指輪をきゅっと握ると、失くさないように制服の内ポケットに大事にしまい込んだ。



* * *



「……ね、ねえ高遠くん、やっぱり下ろして? ぐったりしてる時って余計に重たく感じちゃうし……」

「そうかな。全然重くないよ、雨宮さんはゴロツキのおじさんと比べるとずっと軽い」

「比較対象は本当にその人しかいなかったんでしょうか?」


 抗議しつつ、残念ながら抵抗する元気もないので、大人しく広い背中に体を預けて目を閉じる。


 遺跡からの帰り道、代償に襲われ一歩も歩けなくなったあたしは、高遠くんに背負われて港町までの帰り道を辿ることになった。

 つまり、おんぶである。おんぶである!


「それにしてもあの鮮やかな投げ、金太郎……? いやそれよりも水中を長時間自在に泳ぎ回れるあのスキル……ハッ、『浦島太郎』!?」

「人魚姫とかより先にそっちが出るんだね……」


 悲しいほどあたしの解像度が高かった。これが友情パワー?


 テイムスキル(亀限定)とかタイムリープスキルとかあって結構強そうかも……なんてぼんやり思いつつ、高遠くんの意外にさっぱり当たらない愛読書クイズにくすくすと笑う。


 「くすぐったい」と怒られて、そんな風に気安く文句を言われるのも初めてだなと、うれしくてあたしはもっと笑ってしまった。


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