厳選なる審査漏れの結果
目を開けると真っ白な空間にいた。
椅子も机も見当たらず、て言うかそもそも天井も無ければ壁も無い。
ただ、何も存在しない、というわけではなかった。
あたしは視線を下ろし……目の前で涅槃像のようなポーズでくつろいでいるその不思議な二人を、ぼんやりと見つめていた。
「あーやっと終わった終わった……」
「数人スカウトするぐらい余裕だとか言ってたの誰ですかぁ。ああ肩が凝った……」
「いやまさか異世界の人間がここまで疑り深いとは思わないだろう、名刺見せろとか事務所の電話番号教えろとか保険には入れるのかとか……」
「こっちの世界、わりと殺伐としてるんですかね? でも用心深いのは悪いことじゃないですよ、おかげで正義感にあふれた非常に優秀そうな方々がたくさん手を挙げてくれました。みなさん無事でがんばってくれるといいですねぇ」
はぁ──とため息をつくのは、真っ白な服を着た、真っ白な髪の少年。この声は多分、さっき教室から聞こえてきたものと同じだ。その横で、シスターみたいな真っ黒な服を着た金髪の女の子が、天使のように愛らしい顔でポクポクと肩を叩いている。なんかバイト面接後の終わってるバックヤードみたいな空間に迷い込んでしまったな。帰りたい。
いやいや高遠くんが無事かも分からないのに帰るわけには……!
「あのー……」
意を決して声をかけると、ようやく気付いたのかその二人はぐりんとものすごい勢いで首を回してあたしを振り返り。
ぎょっと目を見開くと、素早くスクラムを組んでひそひそ内緒話を始めた。
「……『巻き込み』には気をつけてくださいってあれほど言ったじゃないですかぁ……!」
「いや……まさか説明なしでのこのこ乗り込んでくるバカもいなかろうと思って……」
「ああ……この上司いつも詰めが甘い……こんなんだから世界崩壊の危機にも陥るわけです、もう聖女なんて辞めて隠居したい……!」
「仕方ない、あの異世界人どうもぽやぽやしてあんまり賢くなさそうだし、上手いこと言いくるめてお引き取り願おう」
聞こえちゃいけないところが全部聞こえてる気がするけど、話し合いは終わったらしく二人はすっと姿勢を正す。
そして白い少年は胸に手を当てると、あたしに向けて慈愛に満ちた笑みを浮かべて言うのだった。
「哀れな迷い子よ、落ち着きなさい……今見聞きしたことはそなたの心の動揺が見せた儚い幻」
「今さら取りつくろっても遅いですよもう」
胸に当てた手を小さく震わせるその人の後ろで、聖女さんとやらは分厚いマニュアルらしきものを一生懸命にめくって「ええと送還の儀は……」などと呟いていた。手遅れの玉突き事故である。
「あの。あなた達誰なんですか? 学校で一体何を?」
「ふっ……どうせ記憶は消去するのだから教えたとて支障ないか。私はお前のいた世界とは別の世界から来た者────神と呼ばれている」
「かみさま」
からーん、と頭の中で鈴の音が鳴る。
あたしは反射的に、初詣でそうしたように「明日こそ高遠くんと一言話せますように……」と二礼二拍手で願っていた。
「なにとぞなにとぞ……」
「いや、私はそっちの世界の神とは管轄が違うから祈られても」
自称神さまは呆れつつ、「それよりも」と話を戻す。
「適性のない者の巻き込みには細心の注意を払っていたのだが、迂闊だった。これはこちらの不手際。心配せずともお前はすぐに元の世界に帰してやろう」
そう言って神さまは白い手を伸ばしてあたしの頭に触れようとした。慌てて避ける。まだ目的を達してないのに帰るつもりはない。
「神さま、そんなことより高遠くんはどこですか?」
「たかとおくん?」
「神よ、最後に召喚した少年のことです」
聖女さんが耳打ちすると、神さまは「ああ」と頷き粛々と答える。
「あの理知的な少年か。彼は既に力の『投影』を終え我々の世界へと転移した」
あたしがあまりにもアホっぽい顔でぽかーんとしてたからか、聖女さんがかわいらしく片目を閉じて補足してくれた。
「彼は異世界に召喚されたんですよ。魔王を討ち滅ぼし我々の世界を救う英雄、勇者様の一人として!」
──異世界! 召喚! 勇者!
なるほどさっぱりよく分からない!!
でも人助けに召集されたってとこだろうか。厳選なる審査の結果選ばれし者ってこと? さすが高遠くん! えらい! その需要は世界をも超えるっ!
「そうなんですね、すごーい! いつ頃帰ってくるんですか? 日帰り? 明日? あさって?」
「しばらくは帰らんよ」
「え」
「魔王を倒し我々の世界を救うまで、彼は元の世界には戻れない。ましてそこで死ねば、永遠に帰ることはできないだろう。そういう合意の上だ」
神さまは淡々と告げる。
それならさっき高遠くんはどんな気持ちであの魔法陣の上に立っていたんだろう。たった一人で、誰にも「行ってきます」も言えずに。
……そしてあたしは、気づいたら口を開いていた。
「だったらあたしも連れてってください! 異世界!」
「まあ」
「なんと?」
面食らう神さまに詰め寄って、天高くガッツポーズを決める。何も迷うことはなかった。
「高遠くんがそこにいるならあたし、魔王だって世界だって滅ぼしてみせます!」
「いや、世界を滅ぼしてはいかん」
「とにかく、もう決めましたから。さあ召喚でも転移でも何でもやっちゃってください! ほらぐいっと!」
なんだかスケールのでっかいことになってる気がするけど、そもそも元から住む世界の違う遠い存在だったんだし、リアルに別の世界に行っちゃったところであんまり変わりないよね! うんうん!
しかし神さまはええー……と嫌そうな顔をして後ずさる。
「普通迷ったり苦悩したりするものなんだがなあ……そこまで献身的になるとはお前、あの少年の恋人か何かなのか?」
「そ、そんなおそれ多い……! あたしはただのクラスメイトです。ちゃんとしゃべったこともまだないし、そもそも存在を認知されているのかどうか?」
「それなのに命を懸けて異世界まで付いて行くのか? なんとまあ……」
神さまはすっかり呆れたようだったけど、たぶん面倒くささが勝ったんだろう。やれやれとため息をつきながらうなずいてくれた。
「ふむ、素質は全くなさそうだがその気概たるや十分。分かった。特別にお前も異世界へ送り出そう」
「やったぁ! ありがとうございます!」
ひゃっほぅと喜ぶあたしに、しかし、と神さまは指を立てる。
「我々の世界は魔王という巨悪に脅かされ、崩壊に瀕した危険と隣り合わせの地……ただの人の身で送り込むには余りに忍びない。よって異世界召喚に応じてくれた者には皆、『愛読書』を基にした『スキル』を授けさせてもらっている」
ギフト? スキル?
またぽかんとしていると、見かねた聖女さんが親切に解説してくれる。
「えーとですね、我々の世界には一応魔法のような戦うための力も色々あったりするんですけど。こちらの世界の人類にそうした異能力を与えることは不可能です、異なる世界の理には体が順応できませんからね。ですが、あなた方の世界に由来する能力を授け、それを向こうに持ち込むことは可能です。具体的には、あなた方の世界で紡がれた情報の結晶体──『本』を媒体とし、人の持つ想像力を介して、書物に記された内容を己がスキルとして与えることができます」
え、えーと??? つまり、ものすごく簡単に言うと……。
「選んだ本に出てくる能力をコピーして使える、ってこと?」
「そう! よく分かりましたね! えらい!」
足し算が解けた小学生、あるいはお手を覚えた犬並みにわしゃわしゃと頭を撫でられた。なんか不服だけど人生で珍しく褒められてるから喜んでおくべき?
「そしてそのためには、個々人に縁ある書物──すなわち愛読書を媒体にする必要がある。既に召喚を終えた他の勇者には各々が所有していた本の山から一冊を選んでもらったのだが、なんとお前の本棚には選ぶほどの書物が無かったのでコレが自動で選択された」
「何さりげなく人の部屋に不法侵入して本棚スッカスカ事情を暴露してるんですか!?」
あたしは赤面しつつ、渋々神さまに手渡された、見覚えのある本の表紙を見た。
「……これかあ……」
──それは魔法だとか魔王を倒すだとか、そんなファンタジーな話とは究極にかけ離れた本。
あらゆる身体能力の限界。あらゆる技術の頂点。あらゆる大自然への挑戦。地球人類の無数の「世界一」を収集し、一冊にまとめた本──いわゆるギネスブック、人類の限界値の記録集ってやつだった。
……つまり完全なるノンフィクション。どうあがいても人知を超えられない本なのである!
し、失敗した……! あたしは本なんてさっぱり読まないし、これだってお兄ちゃんの本棚がいっぱいになったからあたしの部屋に勝手に間借りさせられてただけのものだ。ああ、こんなことならもうちょっと真面目に読書しとくべきだった……!
「へえー、トンデモ記録集ですか。面白いですが神よ、もっと強そうな軍記物とかファンタジーとかの方が良いのでは? 敵は強大です、この少女すぐ死んでしまいますよ」
「いやしかし、本人の所有物ではない本からはスキルを取得できないからな……」
真面目に心配してくれる神さまに聖女さん。突然の駆け込み侵入者に対して親切だなぁ。
まあ、異世界とか勇者とかスキルとか結局何?? とは思うけど、あたしは高遠くんに会えればそれだけでいいので、細かいことは気にしなかった。
「あの、この本でいいです。あたし、がんばってみます」
「しかし他の勇者は皆、剣や魔法の異能を得た中……本当にいいのか? 死んだら終わりだぞ」
「いいんです。あたしが知らないところで高遠くんが死んじゃうより、全然いいです!」
あたしは迷わず胸を張った。神さまと聖女さんは顔を見合わせて目を瞬かせる。
「なんともまあ、数奇なる愚直な少女よ……。しかしこの凄まじい順応性、適応力、前向きさ、ある意味での信念。これこそが勇者の資質、かもしれなくなくもないな」
神さまはフッと笑い、諦めたようにうなずいた。
「ただしあくまで無理矢理引き出された付け焼き刃の能力だ、スキルの使用には代償が伴う。使い過ぎには気をつけろ。なお、他の勇者は記されたスキルを初期段階で全て選択できるが、お前の愛読者は未読の状態であるため何のスキルが発動するかは完全に未知だ。必要な状況でページは捲られるだろうが、特に召喚直後は十分に注意するように」
真面目な顔の忠告の後、神さまは目を閉じて厳かに告げた。
「では、選ばれし……いや別に選んではいないが。勇敢なる少女よ、授けしスキルを駆使し、我らが世界を救う大いなる希望とならんことを」
神さまが指を鳴らすと、真っ白な床に穴が開いて、あたしは真っ逆さまに落ちて行った。




