取り引き
──海賊とは海の盗賊。船に乗り海原を自由に行き来し、他の船舶や島々を襲撃して財宝を略奪する悪党のことである。
もちろん正義の使者たる勇者とは対照的な存在であり、接触には細心の注意を払わなければならない…… んだろうけど、それも時と場合による。たとえば、浜辺で愉快に浜焼きパーティーを開いていた場合とか。
高遠くんと二人、慎重に海賊船に接近して大きな岩陰から飛び出すタイミングを伺っていたあたしは、海賊団と思しき集団がお酒片手にかじりつく、ロブスター的な甲殻類のあまりのプリプリ加減に吸い寄せられるように100m9秒台のスピードで駆け出し気づけば声をかけていた。
「力仕事要員って募集してませんか?」
「雨宮さん、使命使命」
高遠くんにたしなめられた時にはもう遅く、勇者から賊への転職を高々と宣言したあたしを海賊さん達は訝しげに見つめていた。
わお、さすがは海の男、皆日焼けした肌に傷や刺青、漏れなく鍛え上げられたたくましい体をしている。
人数はそんなに多くないけど集団戦ってあんまり自信ないな、記録というものは基本人数差なしの正々堂々が鉄則なのだ。
なんてフン、と拳を握っていると、引導を渡すようにやんわり肩を叩きながら高遠くんがあたしの前に出て、礼儀正しく「この船の船長はキースという方ですか?」と尋ねた。
それを聞いて記憶を取り戻すと慌てて姿勢を正し、便乗して真面目な顔で頷く。けしてロブスターを略奪しに来たとかそういうわけではないです。
「──へぇ、のこのこ乗り込んで来る客人とは珍しい。それともガキが二人でお砂遊びか?」
いやどうせ砂浜なら潮干狩りがいいな、と声がした方を見上げると、いつの間にそこにいたんだろう、海賊船の船縁に不遜に腰かける男の人と目が合った。
浜辺の団員達が口々に「船長!」と陽気に杯を掲げるのを見るに、どうもあの人が探していたキースさんとやららしい。
さすがに右手が鉤爪な船長ということはなかったけど、耳に派手なピアスがボコボコ貫通していて、傷の走る右目を眼帯で覆っているのもあってめちゃくちゃ怖かった。
どう見ても悪側の人である、仲介業者にクレームを入れたいんですけど……
船長さんは塞がれていない片目を細めて値踏みするようにあたし達を見下ろし、高遠くんの方を見て感心したように言った。
「しかもご丁寧にお宝の手土産までご持参ときた。そいつは相当名のある宝剣だろう? 少年。オレには分かるぜ、見逃してやるからそいつを置いてとっととお家に帰りな」
船長さんの言葉に合わせ、いつの間にかあたし達を囲むように輪になっていた団員達が、一斉に手にしたサーベルを構える。
ひ、と息を飲むあたしの隣で、だけど高遠くんは少しも表情を変えず、聖剣の鞘を撫でながら爽やかに微笑んで首を横に振った。
「残念ながら帰る家は遥か遠くにあるもので。この剣を渡す訳にはいきませんが、お友達のギュスターヴさんからこの手紙を貴方にと」
ギュスタさんの名前を耳にすると、船長さんはぴくりと眉を上げて海賊船から飛び降り、ずかずかと大股で高遠くんに歩み寄ると乱暴に封筒を取り上げた。
手紙を引きちぎる勢いで雑に封を開け、眉間に皺を寄せながら文字に目を走らせる。
読み終えると、船長さんは気怠げに団員達に片手を振って武器を下ろさせ、ため息を吐きながら言った。
「……分かった。若にここまで頼まれちゃ断るのは不義理が過ぎる、船に乗りな。しかしこんなガキが、魔族の放った大型魔獣をたった二人でねぇ……」
「若??」
なんともなあだ名に、やっぱりギュスタさんて相当家柄がすごい人??と首を傾げていると、船長さんは納得いかないような表情であたしをじろじろと見下ろして一層眉根を寄せた。
「若、随分と女の趣味が変わったな? 知的冷静年上有能系が好みなんだと思ってたが」
「完全なる反転属性だ……」
#アホの子#うるさい#年下にも舐められる#無知無能、と悲しいハッシュタグを並べて遠い目になる。
て言うかどこかで聞いたような女騎士すぎる、あの二人ってあたしが気づいてないだけで本当は付き合ってたりしたのかなぁ? 大学生の恋愛ってわかんない……。
「では交渉成立ということで。お世話になります。なるべく早く出港できるとありがたいのですが……」
「おっと、船に乗せるのは若の頼みだから引き受けてやるが、船を出してやるとまでは言ってないぜ」
む、と高遠くんは目を細め、あたしは目を丸くする。船長さんはケラケラ笑い、舐めるような視線を向けて言った。
「タダ乗りはいただけねぇなぁ青少年。運賃を払いな、今他人を付き合わせてこの海峡を渡らせるに相応の、な」
……いや、まあ、それはそう。
いくら討伐はこっちでやりますと言っても、魔獣のいる危険な海に船を出して貰う以上、命の危機も船体の破損も全くないなんて保障はできない。
ちらりと高遠くんを見上げると、苦笑しながら静かに首を横に振られる。旅の資金に余裕なんてない、まして海賊を満足させられるほどの額となれば到底。
そんな沈黙は端から想定通り、と言いたげに、船長さんは浜辺の向こうの森に視線をやりながら続けた。
「この浜のそばに、古代遺跡の内の一つがあるのは知ってるか?」
「遺跡?」
「救いをくださらぬ偉大なる我らが神がこの世界に遺した、超技術の遺産が眠ると伝えられてる神聖な廃墟達のことさ」
ああ、そういえば神さま、創造主は創った後の世界には干渉できないとか言ってたっけ。滅びを迎える時に備えて、事前にお助けアイテムをこの世界に用意しといたってとこなのかな。
つまりあたしたち勇者と同じような存在と言えるかも? あんまり自分のことをお助け便利アイテムとか思いたくないけどね。
「噂によるとこの近くの遺跡には、航海安全の加護を授けられた宝珠が隠されているらしい……海に出る者には願っても無い財宝さ。そいつを持ち帰れたら船を出すと約束しよう」
おお、意外と易しめなサブクエストかも!? と目を輝かせたのも一瞬、「ただし」と船長さんは愉しげにこう付け加えた。
「近ごろ遺跡の内部はとある魔獣に占拠されてるらしくてな、溢れ返るほどのそれが港町の近辺にまで散歩に出かけるんでほとほと困ってるって話だ。そして厄介なことに、その魔獣は魔法を使わない限り倒せない特殊な性質をしてるらしい」
まほう、と最も自らの愛読書から縁遠いワードを指定されて、胸に手を当てる。もちろん無反応、隣の高遠くんを見やると同様に渋い顔をしていた。ああ……。
「ま、若の見込んだ子供だ、多少の困難は軽く乗り越えて見せてくれるんだろうなぁ。……じゃなきゃ俺も大事な恩人の恩人を、死の待つ北の大陸になんざ無責任に送ってやれやしないね」
船長さんは冷たく吐き捨てて、まあ頑張れよと白い歯を見せて豪快に笑った。