行き止まりの港
「……困っちゃったねぇ」
「ああ……足止めは不本意だな。敵に見つかるリスクを考えても、あまり一所に留まっている状況は好望ましくない」
埠頭の端にしゃがみ込んで、たぷたぷと小さく寄せ返す水面を見下ろすと、独特な潮の香りが鼻をくすぐる。
空は晴れて海は青くキラキラ輝いているのに、大きな港は沈黙するようにシンと静かだった。海鳥の鳴き声と波の音だけが寂しく響く。
高校2年生は海に来たらはしゃぐ生態の生き物だと思ってたんだけど、今のあたし達はそんな生物学すら覆すほどに、ひたすらしょんぼりと気落ちしていた。
* * *
マヤちゃんと太一郎君と別れて、いよいよ辿り着いた港町で。
おいしい海鮮料理を堪能したい気持ちをぐっと堪えて、ひとまず渡航の目処をつけよう! と早足で向かった港には、帆を完全に巻かれた無人の船がぷかぷかと並び、その周りで死んだ魚のような目をした船乗りのおじさん達が真っ昼間からお酒の瓶を煽ったり煙草を吹かしたりしていた。わお、世も末感。
けほ、と煙たさに思わず咳き込むと、ハッとした顔で高遠くんが翻したマントの中に即座に匿われて前が見えなくなる。原始的分煙だ!
「ってダメだよ高遠くん、サッカーは持久力が命なんだから。自分の肺を守ろ?」
「黙って」
ぴしゃりとたしなめられて大人しく口を塞ぐ。そんな「許可無く息しないで」的な。
うーん、でも仲間の受動喫煙を許さない組織的健康意識の高さ、勇者の鑑だね! そんなところも大好きっ!
シーツのおばけみたいで歩きづらい中、ちょこちょこと桟橋を軋ませながら着いていくと、高遠くんはどうやら船乗りさんの一人に声をかけ情報収集を始めたようだった。
「渡航禁止令?」
「ああ。北の大陸までの航路に大型海洋魔獣の出現が報告されてる。安全が確保されるまで客船も輸送船も埠頭に足止めだ。あんたら旅人か? 行き先を海底に変更したいなら別だが、海に骨を沈めたくないなら大人しくこの街の観光でも楽しんでおくんだな。と言っても、漁業も上がったりなんで自慢の海の幸は味わえないけどね」
「ええ!?」
「弱ったな……」
な、な、なにそれ、海から海産物が奪われたら死活問題……じゃない、行き止まりなんて勇者の旅にはあるまじき一大事!
マントの中でもごもご抗議しているあたし(無言。『黙って』が解除されていないので)にちょっと揺られながら、高遠くんは冷静に続けた。
「剣の扱いには心得が。大型魔獣の討伐も経験があります。禁止とは言っても、事態の解決に出港は不可欠でしょう。討伐目的であれば特例の渡航は認められないものでしょうか?」
聖剣を軽く持ち上げて見せる高遠くんに、船乗りのおじさんは少し驚いたように間を空けて、
「……いや、駄目だ。既にそう言って送り出した船が何隻も沈んでる。悪いことは言わない、どうせ北は激戦地なんだ。あんたらまだ子供だろう、運が悪くて良かったと思って諦めな」
「そうですか。ところでキースという船舶所有者に心当たりは? この港にいるはずなんですが」
おじさんの優しい説得をさくっと無視して、高遠くんはさらりと作戦を切り替えてにこやかに尋ねた。
心配する気持ちはありがたいけど、死に場所を選べる立場じゃないもんね、あたしたち。
しかし怪訝そうに「いや。入港登録を受けた船の情報は把握してるが、聞かない名だな」との答えが返り、残念ながら展望はふりだしに戻ったのだった。ああ、海老カニほたて。
* * *
──そんなこんなで出鼻を挫かればんじきゅうす、途方に暮れて海を眺めていたというわけである。心が空っぽだ、この悲しみを埋められるのはシーフードだけ。
「港をしらみ潰しに探しても見つからないってことは、ギュスタさんの情報と入れ違いで移動した後なのかも知れないな。いっそ船を買うでもしないと駄目か?」
もちろん、無給の勇者であるあたし達にそんな大金がポンと用意できるわけもない。一応あたしの愛読書には『超高額ジャックポットを当てる』なんてスキルはあるけれど、この異世界でそれを使うにはまずカジノを興すところから始めなくちゃいけないね。
それにしても海、ほんとに一隻の船も出てないんだな。超視力スキルを使って目を凝らして見ても、波のきらめきや浮かぶ泡が鮮明に映るだけで求める影は見当たらない。
「……あれ?」
ぐるりと視線で水平線をなぞっていくと、ふと広がる浜辺、そこに揺れるもの──開かれた帆が目にとまり、思わず叫ぶ。
「高遠くん、船! ギュスタさんのお友達の船ってあれじゃない?」
「え? ごめん、何も見えないな……雨宮さんて本当に目が良いんだね」
「あれだよあれ、ほら、帆にでっかいドクロマークが描いてある船!」
言って、はたと違和感に気づき、顔を見合わせて仲良く目を瞬く。
「ドクロマーク?」
「さすがは異世界、か……。『ピーター・パン』も悪くない選択だったかな。飛行スキルと船舶操縦スキルはなかなか手堅い」
よーほー、と力無く呟き、あたしは顔をしかめた。
高校生相手に笑顔で海賊を紹介してくる騎士なんて、ルードさんが呆れかえるのも頷けるね。