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恋心とジビエ①


 これはまだおとぎ話みたいな空想だけど、あたしだっていつか好きな男の子と両想いになれたらどんなデートをしたいかぐらいはちょっと考えたことはある。

 「全宇宙に筒抜けのプラン」とチカちゃんに酷評されたそれは、まあ要するに、2人でお出かけしておいしいものを一緒に食べたいなっていうごくごくシンプルなものだ。


 誰かは未定の未来のその人が、あたしが夢中で味わっていても怒らないで「おいしいね」って笑ってくれたら、それだけでもうもっともっと好きになっちゃうと思う。


 ──でもその時夢見ていたメニューはもうちょっとおしゃれでかわいくて、少なくとも今目の前に差し出されている、()()とはかけ離れていたはずだった。



「うん、もう火も通ったかな。おまたせ雨宮さん、食べよっか」

「……ありがと」


 おしゃれなカフェ、ではなく薄暗い夜の森の中、小粋なBGMではなく謎の虫の声、かわいい間接照明ではなくパチパチと火の粉を飛ばす焚き火に照らされて。

 あたしは一応、大好きな人と2人でお出かけ※してごはんを食べていた。

 ※異世界転移。次の町に向けて野営中。


 本日のメニュー、シカの串焼き(塩)。原産地は現在地(ここ)、狩猟者は雨宮アリア、解体および調理は高遠深也くんでお届けしております。


「それにしても痺れたねさっきの狩りは。鹿が駆け出す一瞬の隙を逃さず的確に矢を放ち射止める天性の感覚。惚れ惚れするよ、雨宮さんは良いマタギになれる」

「勇者になりたいかなぁ……」


 惚れ惚れなんて言われて熱っぽい視線を向けられると照れちゃうけど、それが魅力的な女の子ではなく屈強な狩人に向けられた羨望の眼差しなのは分かるので、あたしはむくれて鹿肉にかじりついた。うーんおいしい、野生の風味が良い感じのスパイスになってますね。


 背後に無言で横たわる鹿の亡骸(解体済)の無視できない存在感を忘れれば、まあ星空の下の悪くないシチュエーションかも……と高遠くんを見やると、何やら愉快そうにあたしをにこにこ眺めて「おいしいね」と笑っていた。もう、最近そうやって人の食べっぷりをハムスターみたいに面白がって!


「雨宮さんがいると心強いよ。飛んでる鳥を射落とせる女の子なんて初めて出会ったかも」

「この世で一番いらない初めてだぁ……でも高遠くんの解体ショーもお見事だったよ。さすが伝説の聖なる包丁!」

「最近の用途的に堂々と否定もできないな……」


 焚き火から串のおかわりを抜き取って高々と空に掲げて笑うあたしに、高遠くんはちょっと悲しげに脇に置いた聖剣の鞘を撫でた。心なしか哀愁漂う。

 まあこの森には魔獣もいないし、高遠くんが『心拍数上昇』なんて苦しい代償を払わなくても済むなら、そのままずーっと高級包丁でいてくれてもいいんだけどね、あたし的には。


 あたしが狩り、高遠くんが(さば)く。この役割分担はなかなかに画期的だった。

 兎、鹿、鳥……愛読書(ギフト)の弓術スキルを使って、狙って墜とせなかった獲物はない。


 調理担当の高遠くんは小さい頃から共働きのご両親に代わって調理経験が豊富らしく、なるほどその手つきは手馴れたものだった。さすが高遠くん、神は万物を与える!


 最初は家庭部(味見担当)としてのプライドであたしが料理してたけど、鳥一匹を炭にしてからは「命を粗末にしてはいけない」という真っ当すぎる正論でもってその役目が回ってくることは永遠になかった。

 こんなことならエリュシカに料理を教わっておくんだった……。火柱を見つめながら唇を噛む。


 勇者としては及第点でも恋する乙女としてはふがいない状況にぐぬぬと泣いていると、「鹿のために涙を流すなんて雨宮さんは優しいね」と高遠くんはもらい泣きしていた。泣きながら余った肉のブロックと内臓を仕分けていた。もう何が何やら。


 まあ初めての野宿はわりと快適だった。この世界で使われてるテントや寝袋なんかの野営グッズは町の人のご厚意で潤沢に用意できていたし。

 野生のお肉も食べ慣れないうちは「焼肉のたれ」と5分に1回うわごとをつぶやき高遠くんを困惑させたものだけど、今となってはすっかり舌に馴染みおいしく召し上がれている。けど……


「お肉あれば憂い無しとは言え、そろそろお魚も恋しいねぇ」

「あはは。この森の川、食べられそうな魚は見当たらなかったからね。まあいたとしても、残念ながら釣りの心得は無いんだけど」

「そっかぁ。あたしも22ポンドのブラックバスを釣り上げる技術はあるんだけど、異世界の魚の挙動はちょっと読めないから……」

「うん……うん? 1ポンド453.6gとして約10kgか……?」


 胸の愛読書をパラパラとめくってため息交じりに呟くと、高遠くんは一瞬虚空を見つめて困惑した後、冗談として処理したようで爽やかに笑って流していた。

 頭の回転と気持ちの切り替えが早い、さすがは選ばれし勇者。


「まあ次の目的地は港町だからね、海鮮料理を味わうには不自由しないんじゃないかな? 特に解決すべき状況もなければ、すぐに船に乗って出発することになるだろうけど……」


 言いながら高遠くんは荷物から一通の封蝋が押された封筒を取り出して、裏書きに記された名前を懐かしむように目でなぞる。

 ちょっと神経質そうな達筆な字で書かれた差出人名、ギュスターヴ・アルノー。あの声の大きい騎士さんは、旅立つあたし達に餞別としてこの手紙を託してこう言っていた。


『──もし乗る船に困るような事態になったなら、この手紙をキースと言う名の男に渡せ。腕の良い船乗りだ、俺の名を出せば断ることはしないだろう。良い航海を、世界を救う勇者とやら』


 なんだかんだ厳しいようで面倒見の良い人だったよね、と二人で肩を揺らして笑う。ギュスタさんの知り合いってことはきっと品の良い船乗りさんなんだろうな、突然大きな声を出さない人だととっても助かるけど。


 なんて歓談もそこそこに、火を囲み丸めた毛布の上に腰かけながら、しばらく火花の音をBGMに食事に集中していると──ふいに()()()()()()()()の声が耳に届きあたしは肉から口を離した。


「楽しそうね、森でバーベキューなんて。もしよかったら少し私たちにも分けてくれない?」


 バーベキュー、またの名をBBQ。異世界に不釣り合いなその懐かしい響きに、思わず高遠くんと目を見合わせて後ろを振り返る。


 そこに、あたしたちと同じくらいの年頃の誰かが一人で立っていた。

 ()の。


「…………」

「…………」

「あ!? 違う違う、やめてくんないかな気まずそうに肉に齧り付いて見なかったことにすんの! 俺があんなカワイー声出せるわけないでしょ、だから言ったじゃん人見知りだからって無駄に()()()で隠れるなって!」


 今度は見た目に即した低い声で抗議を始めた男の子に、あたしと高遠くんは警戒をちょっぴり和らげて目を瞬く。

 いや、別にそういうのは人の自由だと思うけど、あまりの声の可愛さにライバルになるのではと動揺してしまって……。


 年も背丈も高遠くんと同じくらいに見えるけど、明るい茶髪と、デニムジャケットの下にゆるっとしたパーカー、足元は見覚えのあるロゴの入ったスニーカーというラフなスタイル、何よりどこか軽いノリの飄々とした雰囲気は、きれいに真逆な印象だった。

 ん? ていうかこの見た目に『スキル』ってことは、やっぱりこの人。


 彼が呆れたようなからかうような文句を言いながらトントンと左肩を軽く叩くと、ひょこっと出てきた。

 パーカーのフードに隠れていたらしい、さっきの声の持ち主が。


 その姿に、さすがに驚いてお肉が喉に詰まりかける。

 あたしは目をこすって、疑惑の少年の肩──そこにちょこんと立っている、ワンピースを着た()()()()()()の女の子を見た。


「こ、小人!?」

「いいえ。そういう愛読書(ギフト)なの」


 言って彼女は、ぴょんと少年の肩から飛び降りて、着地する瞬間に一瞬の光に包まれたかと思うと。気づけばあたしと目線を合わせていた。

 ──つまり、標準の人間サイズになった。


「わ、わー……??」

「驚いたな。スキルに愛読書ってことは、君たちも……」


 頭に結んだリボンを揺らし、ワンピースの裾のフリルを摘んで、かわいらしくおじぎしながら彼女は言った。


「私は花木(はなき)マヤ。こっちは田野上(たのがみ)太一郎」


 太一郎君、と紹介された少年はども、と軽く手を挙げる。


「あなたたちと同じ──異世界召喚された勇者よ。……そういうことでお願いだからお肉くれませんか? 私たちどっちも狩猟スキルとか持ってなくて……」

「普通に死にそうなんだよね、世界とか救う前に」


 涙目のマヤちゃんとあははと軽快に笑う太一郎君の切実なお願いに、高遠くんは息を飲み、あたしは肉の最後の一口を飲んだ。


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