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恋する少女の異世界記録 〜スキルが強すぎてヒロインになれません〜  作者: 花苗カナ
後日談

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巡る季節を何度でも


 日曜の朝の駅構内は人、人、人で溢れかえっていた。


 加えて今は春休みだ。

 通り過ぎる同じ年頃の女の子たちを目で追えば、みんな少しの肌寒さを蹴飛ばすように柔らかな春服に身を包み、跳ねるような足取りでそれぞれの目指す場所へと向かっていく。

 これから楽しい休日が始まるのだ、わくわくせずにはいられない。それはあたしも同じだった。


 薄手のトレンチコートのポケットからスマホを取り出す。待ち受け画面に踊る数字は9:45。楽しみすぎて約束より15分も早く着いてしまった。

 でも待ち合わせ相手はいつも5分以上前には着いてる律儀な人だから、そんなに待つことはないだろう。


 暦の上では春とはいえさすがにまだ朝の空気は冷たく、外気に晒された膝をすり合わせながら、肩を縮こめてちまちまとメッセージを打つ。


「か、い、さつ、でた、と、こー……いそが、なくて、いい、よ……め、のまえ、に、どーなつ、や、さん」


 めーっちゃ美味しそう、と続けて入力していた矢先、ふと画面の後ろ、自分の真正面に人が立っていることに気づく。

 大きな靴が目に入ると、反射的にぱっと顔を上げて自然と笑ってしまった。


「しん…………」

「あの、すみません。××病院ってどうやって行けば良いですか?」


 名前を呼びかけて、どうにかすぐに止める。全然知らない男の人だった。

 ああ勘違い……気恥ずかしさに頬を染めながら、おずおずと答える。


「えーっと、確か……あそこの奥のホームから下り方面で二駅先で降りて、少し歩いたところ……です。大きい看板があるからきっとすぐ、」

「ごめん、俺こっちの人じゃないんだ。実は親戚が急に手術になって、今から急いで行かなきゃ行けないんだけど……」

「えっ、大丈夫ですか!?」


 それは大変だ。あたしが眉を下げて慌てると、その人も弱ったように苦笑する。


「本当に急いでて……その、迷ったら困るから、もし良ければ途中まででも案内してくれないかな?」

「えっ……ああ、でも、一大事ですもんね……! 分かりました、ちょっと待ってくださいね、あたし待ち合わせ中なのでちょっと待っててもらえるか聞いてみます!」

「ありがとう」


 ほっとしたように笑う男の人の隣、大急ぎで通話ボタンを押してコール音に耳を傾ける。すぐに、ざわざわとした向こう側の音が届きあたしは飛びつくように口を開いた。


「あのねっ! 急な手術でとっても急がなきゃであたしは地元民なので! ちょっと送ってくるから申し訳ないんだけどどっかあったかいとこで時間を……」

「主語を入れろっていつも言ってるだろ。あとなんで待つ方向なんだよ、俺も一緒に行く」


 その声はスマホを押し当てた耳からも聞こえたし、反対の耳からも聞こえた。ていうか真横から。


「わっ!?」

「全く、珍しく早く来てると思えばこれだ……。あの、病院ですか? 本当に急いでるならタクシー乗り場まで案内しますよ」

「あっ……な、なんだよ男いんのかよ! クソ、さっさと言えよな時間潰した!」


 そう言って知らない男の人は舌打ちをして悪態を吐くと、逃げるように人混みの中に消えて行ってしまった。あれ……?


「手術はー……?」

「嘘に決まってるだろあんなの。親切心につけ込む悪質なナンパだ、今時引っかかる子もそうそういないだろうに」


 視線で示された先、さっきの男の人が今度は別の女の子のグループにニコニコと話しかけているのがちらりと見え、あたしは絶句した。


「うわー……。でもすごーい、よく分かったね? 深也しんやくんてば名探偵!」

「アリアくらいだよ、あんなのに騙されるのは……」


 はあ、と心底疲れ切った溜息をついて、その人は──待ち合わせ場所に現れた高遠深也くんは、あたしを見下ろして困ったように笑った。


「まあいいけど。次からは家まで迎えに行くから」

「えーいいよー、逆方向じゃん」


 けらけら笑い飛ばすと、深也くんは拗ねたように眉間にしわを寄せて、「俺が嫌なんだよ」とふいっと顔を背けてしまう。あれ。

 最近この人はよくこうなってしまう。教室の中ではいつも通り大人びてみんなのリーダーって感じなのに、二人きりになると急に子供っぽくなるのだ。面白いからいーけど、と思いながら、「さて」と靴の踵を鳴らす。


「それじゃー行きますか! いざ! 勇者ご一行さま同窓会へレッツゴー!」

「……おー?」


 拳を突き上げると、勢いに負けたのか、仏頂面の恋人は小さくしぐさを真似て首を傾げた。




 * * * * * *



「それにしても、随分時間かかっちゃったねえ。4月にこっちの世界に帰って来たんだから一年ぶりかな? みんな元気だといいね」

「ああ。そうだね」


 特急列車の窓際の席に腰掛け、流れて行く景色を眺めながら呟く。


 高校2年生、は無事終わり、3月。春休み。

 あたしと深也くんは、懐かしい仲間との再会を果たすべく、集合場所である東京を目指していた。


「みーんな住んでるとこバラバラなんだもんねー。あたし達はまだ近い方だけど、わざわざ遠くから来てもらっちゃって悪いなあ……」


 かつて、一年前の4月。共に魔法陣を踏んで異世界召喚されて、大冒険を繰り広げた元・勇者の7人。


 無事にこっちに帰ってから、連絡が取れたのは元々知り合いだったあたしとお兄ちゃん、深也くんと渋谷先輩だけだったけど、他の3人の所在もひょんなことから知ることができた。


「まさか晴春君が実名アカウントで中二ポストしまくってるなんて驚きだったよね!」

「ある意味勇者だよね」


 一か八かで検索してみたらヒットした『漆黒の真白晴春』さんに、深也くんが捨てアカを作ってDMを送ってみたらばっちりご本人だったのだ。

 そこで連絡先ゲット、ついでに同時期に同様の手口で太一郎君もメッセージを送信しており無事合流、こうして7人全員と連絡が取れるようになったのだ! ありがとうはるはるくん 〜中二が結んだ私たちの絆〜……。


 ちなみに聞くところによると晴春君、なんとあれから何回か別の異世界召喚に巻き込まれたらしい! でも毎回律儀に行っちゃうところもバッチリ生還してるところもさすがである、やっぱり晴春君はすごい子だ。


「九州から一人で来るって言うから心配したけど、晴春君ならしっかりしてるからきっと大丈夫だね! マヤちゃんと太一郎君も京都から新幹線で来るって言ってたし。渋谷先輩とお兄ちゃんたちは現地組だしね」


 渋谷真姫菜先輩はこのたび見事ピアノ専科で音大に合格し、4月からは華の女子大生である!

 きっと更にお美しくなられてるに違いない、としみじみしてると隣の深也くんに嘆息された。


 そして雨宮カノンお兄ちゃんは聖女の加護のおかげが無事に不運の連鎖を断ち切って第一志望の大学に入学が決まり、既に都内で一人……いや、二人暮らしを始めている。ノエルちゃんも一緒だ。同棲ってやつである! ひゅーひゅー。


「いいなあ〜同棲生活……」

「……そ、そうだね……?」

「ノエルちゃんが毎日ごはん作ってくれるなんてサイコー!」

「あ、そっち?」


 小姑として言わせてもらいますと、ノエルちゃんの料理の腕前は一級品! 味噌汁の味付けもばっちり!

 おまけに家事全般完璧にこなし、その浄化されるような笑顔からバイト先のスーパーではノエルちゃんのレジだけ長蛇の列が出来るので整理券が配られたほどである、さっすが元聖女様!


 お兄ちゃんとの仲は良好も良好、あまりのラブラブっぷりに雨宮家各位はついつい背景の壁に徹してしまうため家庭内の会話が減少した程である。

 それでもやっぱり、二人が引っ越してしまった夜は本当に寂しかった……ついやけ食いするほどに……。


「それにしても季節が巡るのは早いね。東京は桜、もう咲いたって言ってたもん」


 窓から差し込むお日様があったかくて、あたしは眩しさに笑いながら手をかざした。

 すると右手の薬指に嵌めた指輪が光を反射して、思わず目を細める。


 頭上にかざすようにしてその金色の輪っかをまじまじと見つめにやにやしていると、少し気恥ずかしそうな声で頬杖をついて、「何回やるの、それ」と窘められる。その指にもおんなじ色が光っているのを見て、あたしはもっとにやにやを深めてしまった。


「んーと、誕生日から毎日だから、もうすぐ100回?」

「安物だって言ったのに……」

「そういう問題じゃないのー。だって初めてのプレゼントだもん。一生大事にするね」


 へへ、と笑うとムスッとそっぽを向かれる。教室なら爽やかな王子様スマイルで「ありがとう」なんて言ってくれるだろうに、本当に面白い人だ。

 あたしは深也くんがくれたものなら例えシロツメクサの指輪だってずっと眺めていられるんだけどなあ。


 そう思いながら細い金属のラインをなぞっていると、ふとこれを指に嵌めて貰った時のことを思い出して一気に頬に熱が集中した。

 誕生日、クリスマスイブの夜、あの日のことを思い出すとあたしは瞬時に38℃くらい発熱できるようになったのだ。これは我が懐かしの愛読書に記載されてるのに勝るとも劣らない記録(スキル)ですな……何の役に立つのか知らないけど。ズル休み?


「いやそれもはやズルでもないな……」

「まーた何か変なこと考えてるだろ」

「か、考えてないよ!? イブの夜の深也くんのことなんて全然!」

「はあ!? ひ、昼間からなんてことを……!」


 二人で蛸のように顔を真っ赤にしながらわーわーと慌てふためいた後、車内アナウンスが機械的に告げた駅名にようやく鎮静化する。目的地まではあとちょっとだ。


「はー、動揺したら汗が……髪の毛変じゃない? 渋谷先輩に幻滅されないかな?」

「彼氏を差し置いて誰を気にしてんの……? 変じゃないよ。むしろ……」


 言いかけて、深也くんは怪訝そうにまじまじとあたしを見つめる。


「……なんか、俺と二人で会う時より気合入ってない?」

「え゛っ!? そ、そそそそんなことないよ! 久しぶりに先輩に会うからめいっぱい可愛くしてたくさん褒めてもらおうだなんてそんな浅はかなことは何も!!」

「あの魔女やはり一度決着を付けなければ……」


 人を殺しそうな目をしながら指を伸ばし、あたしの髪を絡めて遊びながら深也くんは低い声でぶつくさと文句を言う。


「髪、こんなくるくるさせてるの初めて見たし……そんなひらひらして動きにくそうなスカートも、すぐ転びそうな靴も履いて来たことないでしょ」

「そ、それは、もう毎日平日に学校でありのままをお見せしてるので今更取り繕っても仕方ないというか! あともうすぐ3年生だしちょっと大人っぽくしてみよーかなとか思ったり…………あの、やっぱり変だった?」


 慣れないヒールをふらつかせて俯くと、深也くんはくすりと笑って目を細めた。


「うん」

「え゛っ……」

「だから、俺以外の男にあんまり見せないでね」


 またナンパされたら困るでしょ、と言って、深也くんはあははと笑った。な、なんて意地悪な……。


 だいたい自分は何を着たって様になってしまうくせに本当にずるい。今日だって改札からホームまでの間に一体何回の「背高〜い」「あの人やば〜い」「あれ妹かな〜」を聞いたことやら……。


「……そりゃ背伸びだってしたくなる……」

「え? 何?」

「なんでもないです~。ほら、そろそろ降りる準備準備! あたしは渋谷先輩にもうすぐ着きますって愛のメッセージを送るからしばらく話しかけないでね!」

「……もういっそ中止になりましたって電話してやろうかな……」


 真顔で恐ろしい冗談(?)を言う深也くんをほっといて、あたしはきゅっとスマホを握りしめて窓に寄りかかるのだった。




 * * * * * *




「わあ深也くん、あのポップコーン屋さんすごい行列! 行列=大人気=おいしい=並ぶしかないのでは!?」

「いや、この後のことを考えると持ち運びに不便な買い食いは避けた方が得策じゃないかな。蓋もないし」

「あそっかぁ、じゃあ一回家に帰ってポップコーンバケット持ってきてもいい?」

「うん。付き合うよ」

「ハッ、その微妙に噛み合ってないアホな会話……アリアちゃんに高遠くん!?」


 とんでもなく失礼なきっかけで、待ち合わせ場所の改札の前で花木マヤちゃんはあたし達に気づくと声を上げた。


「わーマヤちゃーん!! 会いたかったよー!」

「うん、私もっ! 電話もしたけどやっぱり生のアリアちゃんは格別に元気一杯ね、髪伸びた? 巻いたのも可愛い!」

「ありがと〜〜マヤちゃんも髪伸ばしてるんだねっ! とっても可愛い〜〜」


 きゃっきゃと抱きついて再会を喜び会うあたしとマヤちゃんの横、


「いやーんいつの間にシンヤくんとか呼ばせてぺアリングとか付けさせちゃってんの独占欲コワイ〜〜」

「君は相変わらずだね田野上君……」

「あはは。そう焦るなよ色男、目の前でナンパでもされたのかい?」

「うるせー」

「ハハ、図星マジウケるー」


 深也くんと太一郎君は気だるげにバシッとハイタッチを決めて何やら軽口を叩き合っていた。

 そこに、


「全くだよ。さすが先天性ダメ男はやることが小さい小さい……本当にアリアちゃんにはもったいない奴だ、この幸運をどこぞの神にでも一生感謝するといいよ」


 ふいに聞こえた、懐かしい凛とした声に振り返る。

 するとあたしとは作画の違う超絶美女、麗しいお姉様、JDって最高、つまりいわゆる渋谷真姫菜先輩がそこにおられた!!


「し、渋谷先輩〜〜!」

「ハイよしよし、クソつまんない顔だけ男と電車に揺られてよく来たねぇ。更に可愛くなってるからびっくりしちゃったよ……ねえ、もっとよく見せて?」

「はい……あなたのためにがんばりました……」

「こらこらこら人の彼女を堂々とたぶらかすな近い近い近い!!」


 渋谷先輩の胸に抱かれて恍惚としていたら警備の人もとい深也くんにべりっと剥がされて隔離された。あぁいい匂いだった……。


「チッ、相変わらずみみっちい男だな」

「あんたは相変わらず俺の嫌がること大好きだな……!」

「あはは、まーたムダに顔面偏差値の高い姉弟喧嘩やってる」

「あれってどう見ても同属嫌悪よね……」


 ハッ、なんか一瞬で死闘が始まった上に外野のひとに止める気が全くないぞ……!?

 しかしこんな時にガツンと一喝してくれるお兄ちゃんは、これから行く予定のお店に後から現地集合とのこと。

 そんなこんなで残るは一人……


「晴春くん……やっぱりたぬきに大都会は広すぎたんじゃ……今頃道路で」

「あの、やっぱりその勘違い永遠に続く感じです?」


 ふいに横から聞こえた悲しそうな声に顔を上げると、気まずそうに顎をかく待ち人──真白晴春君と目が合った。


「は、はるはるくん!? いつの間に!」

「すみません、なんか盛り上がってたんでタイミング逃して……」

「ご、ごめんね年長者チームが相変わらず大人気ない、それにしてもよく来たね、なんだかちょっと大きく……あれ?」


 そういえば、見下ろされている。異世界で出会った時は確かあたしとさほど変わらなかったのに……


「……背、伸びた?」

「少しだけ。まあ色々あったんで……体感時間的には年、アリア先輩に追いついたんスよ」


 へへっと笑う晴春君の顔は、なんだか久しぶりということを差し引いても大人っぽくなったようで、思わずぱちくりと見つめてしまった。

 だけどかつて竹林で儚げに俯いていた姿がふいに浮かんできて、あたしはついついあの時みたいに頭を撫でてしまう。


「そっか、晴春くん、いっぱい頑張ったんだねぇ」

「わ、ちょっと、うれしいけどやめてっス! 俺様もう高二なんで!」

「うんうん、高二病だねえ」

「いや意味分からん……て、ていうか、アリア先輩はその、綺麗になりましたね……?」

「あはは、おだて上手なたぬきだねえ」

「うー……」


「ハッ、深くん大変だ、不毛な争いをしてる間にたぬきとフラグが立ってるよ!」

「はあ!? クソ、次から次へと……!」


「あ、そうだ! あたし晴春君にプレゼント持って来たんだ〜」

「あ、死んだ」

「高遠君が死んだ」

「こら駅の構内で寝るんじゃないよ邪魔でしょうが」


 なんでだか死んでしまった恋人をみんなに任せて、あたしはごそごそとバッグの中を弄る。


「はい、これ! 遠くからはるばる来てくれたからおつかれさま!」

「わー! うれしいっス! へえ、このラッピング的にもしや手作りお菓子っスか?」


 手作りお菓子、それは石化呪文。

 そう疑う程にピッタリと同時に、あたしと晴春君以外の4人は全機能を停止した。


「てづくりおか死……?」

「うんっ! クッキーだよっ。みんな忘れてるけどあたしってば一応家庭部だからね」


 まあなんでだか永世味見係に任命されてるので、調理活動したことはありませんが……。


「アリアちゃん……お家が全焼したはずなのにどこで寝てるの?」

「いや何の話?」


「ああそっか、真白君はあの恐怖の魔女のキッチンに参加してないから……!」

「なんで先輩たち顔色チアノーゼみたいになってんスか……? あれ、この箱、クッキーにしてはやけに鉛のように重いような……」


「おい高遠君どうにかしろよお前の彼女だろ!」

「手作りお菓子…………バレンタイン? うっ……頭と胃が……」

「くそっ、重めのトラウマが増えてやがる……!!」


「ああもう仕方ない、とにかく外に出よう! 手が滑ったフリをして鳩にでも撒いて捧げるしかない!」

「ダメですよ先輩、一斉に鳥が倒れたらテロを疑われます!!」

「劇物扱い!?」



 ぎゃあぎゃあと収拾のつかない大騒ぎをしながら、なんだか懐かしいなあとあたしは自分がボロクソに言われてるのも忘れて笑ってしまった。世界が変わろうが勇者じゃなかろうがなーんにも変わらない、それがすごく嬉しかったのだ。




 * * * * * *




「はー、楽しかった〜……そして美味しかった……。次回は夏休みか! 晴春くんち福岡だもんね、なんだろね? もつ鍋? とんこつラーメン?」

「あれだけ食べたのによくまた食べ物の話ができるよね……」


 口元を押さえてたじろぎ、深也くんは半目であたしを睨んだ。なぜ……食べ放題のお店でリミッターを外さないのは冒涜じゃん……?


 あの後、お兄ちゃんとノエルちゃんと合流して、あたしに配慮したであろうたくさん食べれるお店でわいわいギャーギャー思い出話や近況に花を咲かせまくってたら、時間は一瞬で過ぎてしまった。

 また次に集まる約束ができたことは嬉しいけど、なんだかやっぱり寂しくて、あたしは暮れかける不思議な色の空を見上げて目を瞬く。


「……それで? 帰る前に話したいことって?」

「ああ、うん。話っていうか渡したいものなんだけど……」

「クッキー……?」

「違うから! ていうか失礼でしょ何距離置いてんのもう。はいコレ、今朝お兄ちゃんからうち宛に届いたやつ」

「え? …………ああ、どうりで今日直接渡されなかったわけだ」


 カバンから取り出した大きな封筒をあたしから叩きつけられると、深也くんは目を細めて無表情にそれを受け取る。

 資料と思われる何かの冊子と書類が詰められた封筒、その下部にはお兄ちゃんの大学の名前が大きく印字されている。


「実家に直接送るとはね」

「頼むだけ頼んでちゃんと話してなかったんでしょー、あたしには何も言ってないこと。第一志望?」

「いや、候補の1つ。そこが一番近いとこ」


 ぱさり、と深也くんは封筒を脇に置くと、足元を見て黙り込んだ。

 駅からちょっと離れた、公園の噴水。確か異世界でもこんなとこで二人で話したな、と、ぼんやりとそんな懐かしいことを思い出しながらあたしは続けた。


「そっかあ、じゃああと一年で遠距離かー……」

「……やっぱりアリアは家、出ないんだね」

「うん。あたしが勉強したいこと、わざわざ遠くに行かなくてもちゃんと身につけられることだから」


 大学生になったら一人暮らし、ってのも憧れるけど、それを支えるの自分のお金じゃないし。近いところで十分だ。


「一番遠くてどこ?」

「関西……」

「わあ、食い倒れだ!」


 たこ焼きやお好み焼きを思い描いてけらけら笑うと、反対に深也くんは傷ついたような顔をして俯く。


「……平気なんだ。大人だね」

「ばっかだなー」

「は!?」


 よっ、と立ち上がって、座っていた噴水の縁にひょいと乗り上げる。ヒールがぐらついて深也くんは息を飲んだ。あたしは構わず、両腕を広げてバランスを取りながら、円形の狭い幅をてくてくと歩いて進む。


「絶対嫌に決まってるでしょー、そんなの」

「だったら……」


 深也くんは遅れて地面に立ち上がると、ふらつくあたしの横を心配そうについて歩く。こうやってると珍しくあたしの方が背が高くなるので実に面白い。めったに拝めない、綺麗な黒髪のつむじを見下ろしながらぽつりと呟いた。


「でも引き止めるのはもっと嫌だ。やりたいこと、とことん頑張った方がいいよ。異世界じゃあるまいし、いつでも会いに行けるんだもん」

「…………不安なんだ」

「何が?」

「……君はすごい人だから。雨宮アリアは俺とじゃなくても、きっと幸せになれる女の子だから」


 きょとんとする。それから、おかしくてクックと笑った。調子に乗ってくるりとつま先で一回転して見せると、あっけなくバランスを崩したあたしの手を、慌てて深也くんは掴んでくれる。傾いた頭に噴水のしぶきがかかって冷たい。でも、


「あったかいね。もう春なんだね」

「…………だから?」

「あたしね、冬が好きなんだ。雪が降るし、自分が生まれた季節だから」

「…………知ってる」

「でもね、最近、春のことも負けないくらいうんと好きになったんだよ。あの不思議な世界に行った季節だから。あたしの……」


 ふいに視界をにじませた雫はぬるくて、ああこれは噴水の水じゃないなと苦笑しながら、目を閉じる。


「大好きな人が、生まれてきてくれた季節だから」


 春が終われば夏が来る。大好きな人と過ごす夏をきっとあたしは大好きになる。その次に来る秋のことも。そしてまた冬が来て、春が来る。


 そうやって巡る季節の中でこの人と行った所、したこと、見たもの、食べたもの、感じたこと……きっと全部全部好きになれる。


 そしたら世界は好きなものだらけになっちゃって、怖いものなんて何もない。それはさながらゆるやかな世界征服のようだ、と、あたしは魔王らしくそんなことを思うのだ。


「もしも50年一緒にいられたら、200回も季節が巡るんだもん。そのうちの何回かほんの少し離れちゃうぐらい、あたしは我慢できるよ。そりゃ寂しくないって言ったら嘘になるけど……」


 それにね、と、あたしは笑う。


「きっといろんな世界にいろんな人がいて、もしかしたらその中には、深也くんよりあたしにお似合いな、もっと同じくらいおバカで、いっぱい巧みにツッコんでくれるような人が山ほどいるのかもしれないけどさ。だけどどこの世界にもいないんだよ、あたしと一緒に、あんな無茶で楽しい冒険をしてくれた人は。たった一人だけなんだよ、あの中学三年の冬の日に、バス停であたしの隣にいてくれた男の子は」

「……………………君は、あの時の」


 覚えててくれたことが存外嬉しすぎて、へへっと鼻をすする。

 あたしはトン、と噴水から飛び降りると、深也くんと同じ地面に立った。一転して随分と見上げる羽目になった姿勢に、ほんのちょっと顔をしかめながら手を伸ばし、未だ不安そうにしわを寄せる眉間に指を当てて言う。


「好きだよ。こんな短い言葉じゃ100分の1ぐらいしか伝わらないぐらい。だから100回言ったげるね、好き好き、だーい好き!」


 あは、と笑って遠慮なくぐりぐりしていたら、深也くんはとても悔しそうにあたしを少し睨んで、それから何かを諦めるように目を伏せた。


「……こんなの無理だ。完敗だ」


 一体何と戦っていたのかはさっぱり分からないけど、死ぬほど負けず嫌いなこの人を降伏させたのだから、まあ誇ってもいいだろう。あたしは謎の勝利に鼻持ち高く胸を張った。


「……そうだね、50年どころか、俺はこれからあと100年生きなきゃいけないんだから。うじうじ悩んで寿命を縮ませるなんて馬鹿馬鹿しいな」


 深也くんの苦笑交じりの一言に、あたしはぴたりと手を止めて目を瞬く。


「ひゃ、100年!? 深也くんそんなに長生きするの!? ど、どうしようあたし、こんなに自堕落に食べまくって早死にまっしぐらなのに……!?」

「いや、100年生きるのはアリアの方。君のせいで俺まで人類の限界なんてものに挑まなきゃいけなくなった……全く、自分が誰かのためにここまで必死になるだなんて、ちょっと前なら想像もしなかったのにな」

「えー何それ意味分かんな……ハッ、さては十中八九魔王さんが絡んでるな!? ちょっと魔王さーん! いつまでもグースカ寝てないでそろそろ起きてくださいよっ、もう春ですよー!!」

「クマじゃないんだから……」


 呆れる深也くんと慌てふためくあたしの間を、春のぬるい風が吹き抜けていく。

 どこからか飛んできた薄いピンク色の花びらを目で追いながら、ああそうだ、と手を叩く。


「それじゃあ来週は記念すべき100分の1回目のハッピーバースデーなんだね。欲しいものとかある? あたしの時はすごいのもらっちゃったし、遠慮せずに何でも言っていいからねっ」

「気楽に何でもとか言うな」

「いたっ」


 ぴし、と眉間のあたりを指で弾かれる。地味に痛かった、これは確実にさっきの報復……やはりこの人相当な負けず嫌いだな……。


「…………………」


 悲しいけど深也くんはたぶん、自分のことがあんまり好きじゃない人だ。

 だけどあたしのことを好きだと言うのなら、そのあたしが一番大大大好きな高遠深也くんのことも、いつかは好きにならざるを得ないだろう。これは確定事項だ。


 その日が1日でも早く来ればいい。これからあたし達に訪れる何百回かの季節のどこかで。


 風に乱れた前髪を押さえる深也くんの顔は、あいかわらず不貞腐れたようだけど、さっきまでの悲しそうな色はもうないことに、胸があったかくなる。


「空、赤くなってきたね。帰ろっか」

「うん。…………アリア」

「なに?」

「ありがとう」


 そう言って眉を下げて笑う深也くんに、あたしも笑う。いっぱい笑う人は長生きするってどこかで聞いたことがあるけど、それならなるほど、あたし達なら100年ぐらい余裕なのかもしれないな。


 そんなことを根拠もなく確信しながら、ぎこちなく差し出された大きな手を握り返して。

 あたしはひょっとしたら果てしないのかもしれない未来への一歩を、めいっぱい元気よく踏み出していた。


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