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恋する少女の異世界記録 〜スキルが強すぎてヒロインになれません〜  作者: 花苗カナ
第7章 恋と終わりの異世界

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結末② たった一つの冴えたやり方


 目を開けると真っ白な空間にいた。


「……………」


 がっかり、がっかり、がっかりだ。

 神さまの対存在だからってこの低予算空間まで似せなくたって良い。

 人が一世一代の決心をして踏み出した一歩のその先なのだから、もう少し華やかに送り出してくれたっていいのに。


「……その顔、やはり納得してないのでは? 引き返すなら今だけれど」

「あーいえ、ただの内装に対する贅沢です……。それより魔王さん、愛読書ギフトを抜かないとあなたの入るスペースが無いですよ?」


 申し訳なさそうに眉をひそめる魔王さんに、あたしは「ほれ、ちゃっちゃと」と両手を広げて目を閉じた。


 そうして諦めたような嘆息が聞こえた後、体の内側から何か大きな物が引き剥がされるような違和感が熱と痛みを伴って襲い、息を止めて耐える。


「……っはあ、二回目とはいえ慣れませんね」

「当然だよ、()()()勇者がこんな無茶をしたら、癒着が剥がれる衝撃で死に至る所だ」


 消えた違和感に目を開けた先、呆れた様子の魔王さんの手の内には一冊の本。その表紙を見て思わず笑みが零れた。

 地球人類の限界値の記録書、努力と意地と根性の集合知・ギネスブック。あたしの偉大なる愛読書ギフト。これまでの冒険で、どれだけ助けられてきたか分からない。戦友のようなものだ、ありがとうをいくら重ねたって足りない。


「さてこれであたしの中の収納スペースは空っぽなわけですけど……でもほんとにあたしの中に、仮にも神さまの対存在なんて大層なものが収まりきるんですかね??」

「神がこの世界で無力なことの対照として、私は異世界では無力になる……故にその存在価値は()()される。これから帰ることになる君の世界では、私はちりにも等しい低用量な存在になるだろう。それこそ、一冊の本にも満たないほどにね」


 ああ、そういえばあの神さまは言っていた。自分の作った世界には干渉できないけど、別の世界には干渉できると。だからあたし達にスキルを与えて召喚できたのだ。

 つまりその対である魔王さんは、逆にあたし達の世界に干渉できない無力な存在になるということか。


「でも本当にいいんですか? そしたら魔王さん、あたしの中に閉じ込められてなーんにもできなくなっちゃうんでしょ? 悲しくないです?」

「だからこそ良いんだ。創造の神の対、破壊の神として生まれた私は、存在する限りその存在意義にかけて干渉し得る全てを破壊しなければならない。だけどそれは私の本意じゃないんだ……できれば何も、壊したくなんてない」


 そう言って魔王さんは、情けなさそうに苦笑した。





 ハイネさんに連れ去られた魔王城で、魔王さんがあたしにした提案は当初耳を疑うものだった。


「君には私をこの世界から跡形もなく消し去る手伝いをしてほしい。どうかその内側に私を封じ込め、そのまま元の世界に帰ってくれないか」


 まあようするに、あたしはただの入れ物役だ。中身がとんでもないけど。


 魔王さんを倒せばその対存在でありこの世界を根底で支えている神さまもろとも消滅してしまう……つまり世界の終わり。

 だけど魔王さんを倒さなければ彼はその存在意義のままいつまでも破壊の限りを尽くし、そのうち人間側の力が尽きて、どのみち世界の終わり。


 だからこの世界を救うには『魔王を生かしたまま、その破壊行動のみを消失させる』しか方法はなかった──でもそんな方法も見つからず、結局諦めた神さまは力つきる前に戦いを終わらせることを選んで異世界の勇者に魔王討伐を託した。大失敗したけど。


 そして当の魔王さんにしてもこの世界の破滅は避けたい事案だった。

 ……可哀想なことに、あの無慈悲で人の気持ちってものがイマイチ分かってない、THE・人外って感じの神さまの対として生まれた魔王さんは、その真逆、慈悲深く人の情を思いやる性質を持ってしまったのだそうだ。

 そんな中破壊の限りを尽くしてきた苦しさは想像を絶する。……だから、希望の光のようだったそうだ、あたしのイレギュラーな召喚は。


「魔力を持たない異世界人の空洞の中に潜み、その人間の送還ごとこの世界から転移する。これは愛読書を引き抜ける欠陥を持った君にしかできないことだった」

「クール宅急便仕様のトラックが支給されたからアイスの配送が可能になったみたいなもんです?」

「多分違うかな……」


 困惑気味に律儀にツッコむ魔王さん、うん、なかなかあたしの今後の運命共同体として素養がありそうだ。


「……しかし、この世界を救うためとはいえ、本当に良かったのかい? 君の世界では無力とはいえ、破壊の神である私が、宿主となる君にどんな影響を与えるのかは保証できないと言ったのに……」


 悩ましげに言う魔王さんに、あたしは思いっきり嫌そうな顔を作って見せるとはあぁぁぁ〜……と地を這うような溜め息をついた。


「あのですね……あの神にしてこの神あり、ほんっっとに上位存在ってのはデリカシーが無い! そんなもん、良くないに決まってるじゃないですか! 誰だって嫌ですよ、こーんな得体の知れないモノを一生体の中に隠しておくのなんて!」


 実際、かなり悩んだ。悩んで悩んでノエルちゃんやルードさんや高遠くんにまで遠回しに意見を聞いて、決戦最後のギリギリまで揺れてはいた。

 けど、


「嫌ですけど……この世界が無くなっちゃう方が、嫌だなって思ったから。だから決めたんです。死ぬわけじゃないし、それであたしの好きになったこの世界がこれからもずっと続いていくなら、きっとこれで良いんです。あたしはきっと悔やんだりしないです」


 心から笑ってそう言うと、魔王さんは辛そうに目を細めて頭を振った。


「でも、その代わりと言ってはなんですが! ひとつ条件があります」


 びしっと指を立てて宣言すると、魔王さんは目を見開き、緊張を孕んだ声で

「何でも聞こう。君にはその資格がある」

 と頷いた。


「そのー、破壊が嫌いだって言った人にとっても申し訳ないんですけど……破壊神最後のお仕事として、魔王さんにぶっ壊してもらいたいものがふたつ」


 くるくると手慰みに指を振りながら、怖気付きそうな自分を蹴飛ばすように一息で告げる。


「元の世界に帰るみんなの記憶から、魔王城で見聞きした全てと、それから……この世界にあたしがいたってことを、綺麗さっぱり消し去ってほしいんです」


 あたしの申し出に、魔王さんは神らしくもなくぱちくりと目を瞬いた。


「……理由を聞いても?」

「んーっと、ほら、勇者のみんなってすごーく正義感強いじゃないですか。それに優しいし。だからみんなきっと許せないと思うんです、こうやってあたしが一人で全部背負うみたいなの……きっとすごーく怒るし、それに多分、自分のこと責めてずっと悩んじゃうから。あたしが納得してるのに、そんなの申し訳ないじゃないですか。だから細かいことは全部忘れて、ただ異世界を救って帰ってきたって記憶だけを残して、元気に日常に戻って欲しいんです」


 できますか? と首を傾げるあたしに、魔王さんは腕を組み口元に手を当てる。


「……人の脳は都合をつける生き物だ。おそらく消えた記憶の整合性を取るために、彼らの中には無事に魔王を倒して世界を救ったのだと言う朧げな意識が残り、個々のエピソード記憶の中に開くであろう君が抜けた穴の矛盾は、他の誰かの行為として書き換えられていくだろう。……元々異世界召喚自体が信じ難い現象だ、多少の記憶の齟齬を気にかける者はいないと思う」


 しかし、と魔王さんは我が事のように痛切に言う。


「それでいいのか? 本当にそれで……いや、君は栄誉や賞賛に関心の無い人間だとは思うが、それにしても……」

「いいんです。あたしはオマケでついて来た、ほんとはいなかったはずの人ですから。みんな同じ世界に帰るんだもん、どこかで偶然また会えるかも知れないし」

「…………しかし、その」


 言い澱み、魔王さんはあたしを見つめた。


「……私は神だ、人と人との関わりや関係性についてとやかく言える立場では無いかも知れない……それでも、それでもおそらく。君があの少年とこの世界で築いた絆は、二度と取り返せないものなんじゃないか?」


 それを言われてしまうと。

 さすがにきゅっと喉の奥が絞まるようで、あたしは慌ててあははと笑って見せた。


「……君の異世界召喚は、はじまりから終わりまで、徹頭徹尾あの少年ただ一人のためにあった。今回の決断だって、彼に異世界消滅の重荷を背負わせたく無いということが最終的な決め手だったんだろう?

 元の世界に戻ってからも絆は築ける、だけど、この世界で築いた関係は君たちにとって掛け替えのない……」

「大丈夫です。もう絆なんて築きませんから」


 それ以上言われると本当に泣きそうで危なかったので、被せるように声を張ってどうにか続きを遮る。笑おうとすると不恰好に口の端がへにゃっと曲がって、その情けなさにようやく苦笑した。


「あたし、元の世界に戻ったら高遠くんのこと避けるつもりなので。同じクラスだからちょっと難しいかもだけど、もう目で追ったり、話しかけようとしたり、近くに行ったりしない……赤の他人として過ごして、さよならも言わずに卒業します」

「な……!? なぜそんな」


 馬鹿げたことを、と言われて、さすがに耐えきれずあたしは「あーもう!」と地団駄を踏む。


「言っときますけどあなたのせいですからね! ……あのですね、あたしは高遠くんのことが好きなんです。何不自由なく幸せになって欲しいんです。あなたみたいな魔王だか破壊の神だかよく分からん、どう考えても危ない怪しい得体の知れない存在を内包したような危険極まりない女の子には、心配だからそばにいて欲しく無いなって思うぐらいには、高遠くんが好きなんです」


 高遠くんはきっと怒るだろう。でも、こればかりは譲れない。

 このよく分かんない荷物を背負うのはあたし一人で十分だ。優しい高遠くんに、罪悪感も余計な責任感も感じて欲しく無いし。


 せっかく両思いになれたのになとか、元の世界に帰ったら今までの分もたくさんいちゃいちゃしたかったなーとか、思うところはあるけど。

 あたしの好きは、そんなささやかな幸せに終止符を打てるぐらい強情なのだった。


 好きが強すぎてそばにいられないなんてバカみたい、って思うけど、あたしがバカなのなんて、最初から分かってることだったじゃないか。


「それにね、魔王さん。ハッピーエンドかバッドエンドかは登場人物によって違うんですよ。物語は結末が全てじゃない、そこに至るまでの全部が大切なんです」

「……誰の言葉だい?」

「あたしを好きだって言ってくれた人の」


 高遠くんがそう言うのだから、これは紛れもなくハッピーエンドだ。あたしは自分を不幸だなんてちっとも思わない。

 幸せだった、この世界に来てたくさん。この世界で高遠くんにもらった全部を、きっとずっと忘れない、それだけであたしは一生幸せ者なのだ。


「そういうわけですから、遠慮なくやっちゃってください。早くしないと決心が鈍りそうです。世界が滅んでもいいんですか?」

「……本当にすまない、君には」

「お願いだからもう何も言わないでください……代わりにと言っては何ですが、あたしがこんなに高遠くんのこと大好きだったってこと、あなたぐらいは覚えててくださいね」


 そして時々慰めてください、と笑うと、魔王さんは口を閉じて、言葉の代わりに頭を下げた。


 やがて胸の内、かつて愛読書が収められていた場所から(ひず)むように痛みが込み上げて、あたしは目を閉じる。

 そうすると自然に思い浮かぶのはやっぱりお決まりの顔で、我ながらやれやれと呆れてしまう。

 さっき最後に言えなかった言葉が今さら喉の奥を締め付けてきて、息ができないくらい苦しい。


 いつの間にか辺りに立ち込めた眩い光が、閉じた視界すらも白く染めていく。

 やっと帰れるんだなあと感慨深く思いながら、だけどやっぱり寂しくて、頰を流れていくものを止められなかった。そういえばあたし、いつも泣いてばっかりだったな。


 バイバイ異世界、元気でね。

 遠くなっていく意識の端っこで手を振るようにそう思いながら、あたしは光に飲み込まれて行った。






 * * * * * *






 終業のチャイムが鳴り響く。


「……………」


 教室、放課後、自分の机。

 視界の先に書かれた日付は4月、あの魔法陣を踏んだ日から1日たりとも進んではいなかった。


 ちらり、と、長い冒険を経ても忘れるはずのない、いつも見つめていた座席を見る。既に持ち主の姿はない。きっと部活に向かったのだ。真面目な人だ、あんなことがあった後でも、難なく日常に帰って行ける。

 だったらあたしも、ちゃんと前を向いて歩き出さないと。


「ねえアリアちゃん、いつものカフェに行かない? ……あれ、アリアちゃん?」


 随分と久しぶりな声にぱっと隣を見れば、あたしの無表情にぎょっとした様子の、ミユちゃんの驚き顔がそこにあった。


「ど、どしたの? お腹いっぱいだった?」

「アリアに限ってそれはないね。どうせまた高遠のことでしょ? いいよいいよ、うちらは気にせずさっさとグラウンドに……」

「……ううん、グラウンドには行かない。あたしも一緒に連れてって?」


 チカちゃんの声を遮ってそう言うと、彼女もまたぎょっとした様子で目を見開きあたしを覗き込んだ。


「はあ!? どーしたアリア、マジで具合悪いの?」

「そうだよアリアちゃん、アリアちゃんが食べ物より優先するのは高遠君だけだったのに! 一体何が……」

「ミユちゃんチカちゃん。あたしね、失恋したんだ」


 へへっと笑ったつもりが上手くできなくて、ぐしっと乱暴に目元を拭って息を吐く。


「だから、やけ食い付き合って?」


 そうしてついに我慢できずわんわん泣き出してしまったら、ミユちゃんとチカちゃんもうるうると泣きながらがばっと抱きついてきてくれて、余計に涙が止まらなくなってしまった。

 いい友達を持った。きっと大丈夫だ、恋がひとつ終わってしまったくらい。


 こうしてあたしの、恋と異世界を巡る長いようで短い物語は、ひっそりと幕を閉じるのだった。


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