5.青空
後半に軽いボーイズラブ表現がございます。
苦手な方はご注意ください。
(謎が解ける所なので読まないのは難しいとは思いますが……。本当に申し訳ございません)
エルダナの執務室にて。
ランジェランジュは困惑を隠せないでいた。
執務机の引き出しの中には──
立体パズルが山ほど、しかも解く前の状態で入っていたからだ。
「ちょっと、兄貴ィ〜! どれなのか教えてくれてもいいじゃない!」
ブツブツ文句を垂れながらランジェランジュは引き出しごと引きずり出して、執務机にぶちまけた。
「さぁて、アタシも久々に頭脳戦をやろうじゃないの」
ペロリと舌舐めずりして、彼女はどっかりとエルダナが普段座る椅子に脚を組んで腰掛けた。
「と、解けない……。後は全部解けたのに、これだけ解けないの、なんなの~?」
解いた99個のパズルの残骸を執務室の床に散らばらせ、ランジェランジュは最後の1つ、木製の球体のパズルに苦戦していた。
何処をいじっても開くことは無い。
蓮のように広がったかと思えば、三角錐になったりと、魔法の産物なのは明らかだ。
「なんか鍵が要るとか? いや、鍵が入ってんだっけ?? もー、間に合わなくてディエゴが死んじゃったらどうしてくれるのよ? 兄貴~」
ランジェランジュは涙目になりながら、ポツリとひとつの言の葉を唇に乗せる。
「貴方が”死んでも愛してる”わ、 ディエゴ……死なせないけど」
するとランジェランジュの手の中でパズルがポゥと緑色に光った。
「えっ!? いくらなんでも急展開すぎない!?」
しかし球体のパズルは光るだけで開かない。
「なんなの!期待させないでよ!こんちくしょー!」
ランジェランジュは拳に渾身の力を乗せパズルをぶっ叩いた。
パッカーン、と音を立ててパズルが半分に割れ、中から翠の石がはまった黄金の鍵が飛び出しランジェランジュの目の前に浮いた。
「え?……これ、風魔法? なにこれ……何処の鍵なの?」
『腹が立つね、ランジェランジュ。そのパズルは私が唯一解けなかったパズルだ。そんな言葉が鍵だなんてな』
気が付けば音も無くメレニアがランジェランジュの傍に立っていた。
メレニアの胸元の青い首飾りに双子の兄エルダナがそれはそれは悔しそうな顔で映っているではないか。
兄王は丁寧に揃えられた顎の髭を毟らんばかりに扱いている。
「兄貴、これ何処の鍵?」
『さぁな? 風のフィローリが死ぬ前に来て置いていった物だから解らない。シャロアンス・シアリーならわかるんじゃないか?』
「兄貴、本当はなんか知ってるでしょ?」
ランジェランジュがメレニアの首飾りに顔を近付ける。じとーっと睨み付けてくる妹にエルダナは苦笑して諸手を挙げた。
『あの2人は本当に仲が良かったんだ。それだけだ』
そこでメレニアが口を開いた。
「お父様、今日のワインはどうしましょう」
ガタガタとメレニアがエルダナのワイン棚を漁る。そのワイン棚が時編む姫によって適正な温度にとどめられているのはランジェランジュも知っている。
『おお、そうだ。メレニア、1806年の……ってそれ1807年のロフェの奇跡と言われた極上アイスワイン!高かったんだから、それはやめっ……!」
エルダナの必死の制止も虚しく、名作ワインがバスケットと共に青い飾り玉の首飾りに吸い込まれた。
酒好きの時編む姫にぶんどられて泣く兄の姿が目に浮かぶようだ。
『ランジェランジュ、此方へ』
ワイン棚からランジェランジュの方へ向き直ったメレニアの胸元から延時の声がして、ランジェランジュは、はい、と返事をして近寄る。
ぽん、とたった今吸い込まれたバスケットが出てきた。
『はい、これ。今日のケーキ。口に合うといいのだけど』
不思議な事に、延時の作るケーキは何処で冷やしているのか謎だが、ひんやりと冷たくて、妊婦のランジェランジュの口にはとても有難かった。しかもいつまでも冷たくて腐らないのだ。
ランジェランジュはバスケットの中を覗き、シフォンケーキの詰め合わせを見てニッコリ笑った。
「毎日ありがとうございます。悪阻があるので延時様のケーキしか口に出来なくて助かってます。アタシもこの子も」
ランジェランジュは少しはにかんでまだ平たい腹部を撫でた。
「兄貴、伯父様になる気分はどう?」
『レディ、1口くらい残して下さい!!』
「……聞いてないわね」
『そうみたいだね』
ランジェランジュと延時は同時に笑った。
◆◆◆
話はハルモニア側へ移る。
翠の書を見つけた一行は、それぞれの『道の魔法』でルクラァンへ帰って来ていた。
なお、アレクサンドライトは果物屋に直帰である。
「クリスチユ、ヨルデン、体調は大丈夫かしら?」
窓から風と共に侵入したラゼリードに目を見張るクリスチユ。ヨルデンはいつも通り「おかえりなさいませ」と寝台に横たわったまま言った。
その部屋の暖炉からは青い火が灯ったかと思うと、ハルモニアがニョキッと滑り出て来るし、シャロアンスに至っては洗面桶から水の渦を纏って現れた。
「なんというか……精霊の移動方法って個性的だね」
クリスチユは一度に3パターンの『道の魔法』を目撃したものだから、目を白黒させている。
「ラゼリード様、『翠の書』は見つかりましたか?」
ヨルデンの問いかけに、ラゼリードは手に持っていた『翠の書』を掲げてみせる。
それをクリスチユがサッと取り上げてペラペラとページを捲り始めた。
「ちょっと、いきなり取り上げなくてもいいじゃない」
不満気なラゼリードを宥めるようにクリスチユが開いたページを見せた。
「これだ。『増幅薬の作り方』」
「増幅薬……?」
ラゼリード達が鸚鵡返しに呟く。クリスチユは『翠の書』を自分の方へ向けて読み上げる。
「”最初から毒のないカティの生花から出来るもの。四属性の魔力を同じだけ練り上げて作る。あらゆる薬の底力を上げる万能薬である……私の知らない事まで書いてあるね。あの後書き足されたんだな。これは最初から読まなければ」
目を爛々と光らせたクリスチユは読書モードに入ってしまった。1ページ目から読み始める。
「あーあ、クリスチユがああなると手が付けられないわよ」
ラゼリードがぼやく。
「最初から毒の無いカティの生花ってあるのか?」
「それ、俺も気になってた」
ハルモニアとシャロアンスが口々にラゼリードに問いかける。
「ごくたまに毒の無い白いカティを見掛けるけど、今の時期はカティは咲いていないの。乾燥した花ならまだあるんだけど、全部毒花粉があったはずの紫色の物よ」
ラゼリードはしゅんとうなだれる。
ここに来て事態はまたもや暗礁に乗り上げてしまった。
無力感を噛み締める一同。
だが、皆がそう思った時、ランジェランジュが医務室の扉を開けて入って来た。
「シアリー。この鍵、何処の鍵か知らない? 兄貴が隠し持ってたパズルに入ってたんだけど。兄貴の態度が意味深でさ~」
目の前に翳された金の鍵。
フィローリの瞳の色の宝石がはめ込まれている。
「フィローリ?」
シャロアンスが呆然としながら咄嗟に口にした言葉は。
「フィローリが持っていた鍵だ」
「あら、そうなの? まぁいいわ。何処の鍵か解る?」
ランジェランジュがシャロアンスに鍵を渡した瞬間、彼の脳裏に『フィローリの声』が聞こえた。
(君のためにこれを遺すよ……。シャロ、上手く使ってね)
シャロアンスの青いグラデーションがかった瞳に涙の膜が張り、それは間もなく頬に溢れ出した。
「ちょっ!? シアリー、どうしたの!?」
「シャロ!? 泣いてるわよ、貴方!」
女性陣が慌ててハンカチを出す。
シャロアンスはそれを断って白衣の袖で乱暴に涙を拭った。
「フィローリの……声が残ってた。俺の為にこれを遺すって。上手く使えって声がしてさ……」
またぐずぐずと泣き出したシャロアンスは女顔な上に髪も長いものだから、並の男性より高身長でも、背の高い女性が泣いているようにしか見えない。
ラゼリードが物欲しそうな顔で黄金の鍵を見ながら言った。
「貴方のものなのね? でもわたくしにも少し触らせてくれないかしら。もしかしたら別の言葉が残ってるかも知れないでしょう?」
「あ、うん。はい、姫様」
シャロアンスは鍵を握ったままラゼリードの手に触れさせる。渡さない辺りにシャロアンスの執着が垣間見える。
ラゼリードの顔が曇った。
「…………何も聞こえないわね。わたくしには関係無いものなのかしら」
ハルモニアがラゼリードの言葉の後に続けて言った。
「俺の父上だから何も仕込んでない方がおかしい。薬を本領発揮させられるのは医師であるシャロアンスだ。フィローリの鍵なら薬草を遺して……まさか!!……無毒化したカティが?」
ハルモニアの言葉に、そこに居たランジェランジュ以外の全員がハッとした。
もしもそんなものが実在したら、この疫病を終息させる事が出来るかもしれない!!
ヨルデンが飛び起きてラゼリードの袖を引く。
「ラゼリード様、薬が出来たら僕に使ってください。例え毒薬になったとしても飲み干してみせます!」
「私も飲もう。増幅薬がどんなものか試す人間は多い程いい」
クリスチユが『翠の書』を閉じながら言った。
「はい、『翠の書』」
「もう読んだの?」
ラゼリードはクリスチユから渡された翠の書に戸惑う。
「もしかして特効薬が作れるの!? シアリー!! アタシの恋人のディエゴを助けて! アンスールの第五王子なの! その、なに?無毒化したカティがあれば助かるの?!」
ランジェランジュがシャロアンスの肩を下から掴んで揺さぶった。
やっと泣き止んだシャロアンスが鍵を構える。
「分かりました。行きましょう」
「それで、何処の鍵なんだ?」
ハルモニアが腕を組んでシャロアンスに問いかける。
「元はアド市南区街の廃教会の鍵だったんですが、魔法を掛けたんでね。『どこでも鍵』なんですよ。中は何処か分からない異世界」
泣き腫らした目でシャロアンスが微笑むと、医務室の扉の鍵穴に黄金の鍵を差し込むと”左に2回”回した。
全員が息を飲む。
開いた扉の中は廊下ではなく、青空の広がる広大な花畑だった。白い花畑である。
奥には建物があった。
「待って! これ、カティかも! 毒が無いか確かめるわ!」
風の精霊であるラゼリードが我先にと扉の中へ入った。
「なんてことなの!? 本当に……総て無毒化されたカティだわ!」
ラゼリードが驚いた様子で声を上げる。
「なら、安全だな」
ハルモニアが続いて花畑の中に入った。
「どうぞ、ランジェランジュ王妹殿下」
シャロアンスが腕を貸してランジェランジュをエスコートして扉の中に入った。
ぱたり、と扉が閉まる。
残されたヨルデンとクリスチユは黙って顔を見合わせた。
「流石、魔法の国。人間の及びの付かないものだらけですね」
ヨルデンは約30年前に主が放った言葉を呟いた。
◆◆◆
「室内じゃないわね。風が心地いいわ。でも暑くないからルクラァンじゃない。カテュリアかしら? それとももっと夢のある……おとぎの国? そんなものがあるんじゃないかと錯覚してしまうわね」
ラゼリードが風で揺れる髪を手で押さえながら嬉しそうに呟いた。
「甘い香りがするな。蜜でもあるのか?」
ハルモニアが一輪のカティを手折ろうとした時、シャロアンスが止めに入って先に毒見をした。
プチッと音を立てて引き抜かれた花のがくを取り、チュッと吸ってみる。
「確かに毒は無く、蜜がありますね。しかもかなり甘い」
「飲んでいいか?」
ハルモニアの言葉に頷くシャロアンス。彼の近くに座り、倣う様に3人が花を一輪ずつ手折った。
それがどれほど高価なものなのかも、今の彼らの頭には無かった。
「甘くておいしい。カティの煙が甘い理由はこれだったのね」
ラゼリードはうっとりと呟いた。
「その煙で悪夢を見てたんじゃないのか?」
ハルモニアが愛おしむように薄く微笑んでラゼリードに囁く。
ラゼリードは片目を瞑って「甘いものは別腹よ」と呟く。頬が少し赤いのは気のせいだろうか。
青空に、たなびく雲。鳥の鳴き声に、虫の羽音。花畑を覆うように生えた木の輪に、奥に立つレンガ造りの円形の建物。
完全な『自然』がそこにはあった。
「あ。蜜蜂がいるよー」
ランジェランジュが目敏く蜜蜂を見つけると、指をさした。
フカフカした毛に包まれた蜜蜂にカティの花粉が付いている。
「蜜蜂が居るなら蜂の巣も何処かにあるな」
「探してみましょうか」
ハルモニアとラゼリードは立ち上がり、木が生えている方へと歩いて行く。
シャロアンスの傍に座っていたランジェランジュは、コソッと彼に耳打ちする。
「ねえ、この鍵が入っていたパズルの解呪ワードを知りたい?」
「なんです? 藪から棒に」
シャロアンスはそう言いながらも耳を傾ける姿勢を取った。
「あのね。”死んでも愛してる”だったのよ……」
「死んでも、愛してる……?」
シャロアンスが呆然とした顔で繰り返す。
最初はラゼリードの事かと疑念を抱いたシャロアンスだったが、鍵に残されていた声を思い出して涙がまた溢れてきて止まらなくなった。
フィローリが死ぬ前にシャロアンスの住処を訪れたあの日。
シャロアンスはフィローリの形見に髪をもらい、そして別れ際に口付けられた。
たった一度きりの愛情表現。
それがすれ違いの果てに一度しか実現しなかったのなら、なんて滑稽な悲劇だろうか。
シャロアンスは口を押さえて声を立てずに号泣した。
「愛されていたのね……」
ランジェランジュはそんな彼を宥めるように頭を撫でた。
遠くで蜜蜂に追い掛けられたハルモニアがラゼリードをお姫様抱っこしたまま逃げていた。
平和やん?(シャロ以外は)




