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1.暗雲

お待たせしました!第三章開幕です!


『私はもう玉座に飽いた!!! 既に内政の半分を担う我が息子ハルモニア、そしてこの度「鉄道」を作り、物流に多大な貢献をした我が妹ランジェランジュの二人に王位を争ってもらう! 次の王が決まった時は、私が自ら「白の王冠」をその気高き頭上に授けよう! それでは健闘を祈る!』


 そのエルダナの念話は国中の者の脳裏に響いた。

 ハルモニアは隣に立つ、エルダナによく似た顔でありながら長い三つ編みを垂らした叔母・ランジェランジュ・ラ・ルクラァンと顔を見合わせ、溜息を吐いた。

「父上は待っては下さらなかったか……」


 ◆◆◆


 ルクラァンでは昨今、牧畜や農業が盛んな東部に鉄道が出来た。

 それは長年『科学の国』アンスールに留学していたエルダナの双子の妹、ランジェランジュが持ち帰った技術で作られており、広大なルクラァン東部への行き来を容易にし、ルクラァン東部に多大な富を(もたら)した。

 ランジェランジュは王宮の祝賀会で勲章を授与された。そしてその報告と御礼にアンスールの王城へ行って、ついでにアンスールの第五王子をつまみ食いして帰って来たばっかりだった。



 鼻歌交じりに王宮を歩いていたら、ふと見かけたのはハルモニアの背中だった。もうすっかりランジェランジュの身長を越している。

 長年あんなに小さかったのに生意気ね。

 ふと悪戯心が湧き、彼に音もなく忍び寄り、すぐ後に迫ってからピンヒールをコツコツ鳴らして近寄り、ピクッと反応した甥っ子の背中をぶっ叩いた。


「ひゃっはー! ハルモニア! 元気にしてた!?」

「ぶっ! 叔母上!? 何するんですか。ああ、書類が……」

 振り向いたハルモニアの手から、書類が数枚落ちる。数枚で済んだのはハルモニアの体幹の鍛え方が凄まじいお陰だ。

「あっ、運んでたの!? アンタが? それはごめんね。でもこんな雑務は文官にやらせりゃいーじゃん!」


 ランジェランジュは落ちた書類を拾い上げながら謝った。流石に500年近く生きた精霊、尚且つ王妹として、今の行動は恥ずかしく思ったからだ。

 ただ、後悔はしても、反省はしていない。


「今日の文官は人間なんですが、なにやら高熱を出したらしいので暇を取らせました。叔母上、ありがとうございます」

「あら、その文官に大事無いといいわね」


 と、言いながらランジェランジュは橙色の瞳で甥っ子を上から下まで眺める。

 跳ねた髪は相変わらずだが、父親譲りの美貌に磨きがかかった。それに何やら愁いと情熱を秘めた赤い瞳は愛する人が居ると、物語っていた。


「ハルモニアー? もしかしてアンタ、好きな人出来た?」

 ランジェランジュはハルモニアに問うた。

「え? はい、21歳の時から」

 ハルモニアは思わずかあっと赤くなる。


「えーーー! そんなチビっちゃい時からー!? ね、ね、お相手とはもうイイ事した?」

「イイ事とは?」

 ハルモニアが訝しげに問い返す。

 ランジェランジュは、にぃ、と笑うとそのまま語りに入った。


「身体の相性は大事よ? アンタ、ちゃんと閨房学やってるんでしょうね? あー、昨晩寝た男が良かったわ。アンスールの第五王子でディエゴって名前なんだけど、彼ったら天使みたいな顔付きなのにベッドでは烈しくてテクニシャンで、アタシ何度も……」

「叔母上、王宮の廊下で猥談は止めてください。あと、俺は閨の勉強は座学以外やってません。初めては好きな女性に捧げたいので」


 赤い瞳のふちを赤く染めて目を逸らす甥っ子を、信じられないものがいるような目で見るランジェランジュ。


「嘘……。アンタ兄貴の子供よね? 取り替えっ子なの? 性欲無いの? ってかアンタ今幾つ?」

 下からまじまじと顔を覗き込んで来る叔母に、ハルモニアは嫌そうに答えた。

「54歳ですが?」

断っておくが、ハルモニアの現在の年格好は人間でいうところの18歳前後だ。いくら精霊だからとはいえ、大器晩成にも程がある。

ランジェランジュは大袈裟に顔を歪ませた。

「信っじらんない。アタシ、その歳には何人か美味しく食ってたわよ。兄貴もね。兄貴に似なかったのね。可哀想に」

「何が可哀想なんですか。取り敢えず猥談は止めましょう。そんなんだから「歩く猥談」……じゃなかった「ルクラァンの牙」なんて二つ名が付くんですよ」

「今なんて言ったか聞き取れなかった叔母様にもう一度教えてくれる?」

 ニコリと笑うハルモニア。ランジェランジュも笑みを返すが、2人の間に火花がバチバチ散る。


 そんな空気をかき消したのが少女の可憐な声だった。

 橙色の髪が印象的な王女・メレニアである。

「お兄様~! 大変ですの!」

「メレニア? どうした?」

「メル!? おっきくなったわね~」


 王女だというのに、廊下を駆けて来たメレニアは、息を切らしている。胸には何処かで見たような蒼い玉の首飾りを掛けている。

「落ち着け。何があった?」

 書類を片手に持ち直し、メレニアの背中を摩るハルモニアの姿を見て、ランジェランジュは。

(本当に大きくなったものね)

 と感慨深い思いを抱いた。


「お父様とお母様の執務室から反応がありませんの! 扉を叩いてもお返事が無くて……」

「なに?」

 ハルモニアはメレニアの言葉を最後まで聞かずに、国王夫妻の執務室へと歩き出した。

 後をメレニアとランジェランジュが追う。


 ハルモニアが扉を叩き、反応が無いのを確かめてから「失礼します」と断って入室する。


 執務室はエルダナはおろか、レカすら居なかった。

 代わりにエルダナの執務机の上に。

『ハルモニアとランジェランジュへ。2人揃ったら開けなさい』

 と書かれた封筒が一枚。


「叔母上、いいですか?」

「うん、いいわよ」

「メルも見てていいですか?」

「構わない」


 封筒を開くと。


『私はもう玉座に飽いた!!!』


 冒頭の念話が国民と、ルクラァンに来ている全ての人々の脳裏に炸裂したのであった。


 ◆◆◆


「あの……悪気は無かったのだけど、居合わせてしまったのよ。わたくしまで先程のエルダナ陛下の念話を聞いてしまったのだけど」

「私もです」

「俺も」

 ハルモニアが頭痛薬欲しさにシャロアンスの居る医務室を訪れると、そこには何故かラゼリードと、更に珍しい客が居た。

 齢50を超え、初老に差し掛かったクリスチユだ。

 昔、カテュリアの過去で見たふんわりした金髪に少し白いものが混じり始めたが、今でもその紫色の眼差しは優しく……手にした書物の文字を眺めている。

「リーヴル・エタジェール卿……いや、シルオンナート公爵クリスチユ・エリスディア・カテュリア殿下、久しいな。何故ここに?」

 リーヴル・エタジェールとはクリスチユのお忍びの偽名である。

 名前の意味はアンスールの古代語で「本・本棚」だ。いかにも彼らしい名付けと言えよう。

 そのクリスチユが、本から目を上げてハルモニアを見た。

「話せば長くなるのですが、アンスールで片眼鏡(モノクル)の度数を調整をした後、ラゼリード陛下の命でルクラァンに立ち寄りました所でして。友人としてエルダナ陛下にご挨拶とご忠告をと思っていたらこんな事になりまして」

「忠告?」

「アンスールで謎の奇病が発生したとか。私も、もし罹患していたならルクラァンに来るべきではなかったかも知れません」

 クリスチユの目には後悔の色が浮かんでいた。そんな色を浮かべただけで彼は10歳程老け込んだように見える。

 ハルモニアは肩をすくめた。

「それならもう遅い。俺の叔母が昨日アンスールに行ってやらかしていた」

「やらかした……って何をかしら? 聞いてもよくって?」

 老いかけのクリスチユとは真逆に、若々しい18歳の姿のままのラゼリードが無邪気に聞いてくる。ハルモニアは余計に頭痛を覚えた。

「あまり女性の耳には入れたくないが……そうだな。アンスールの男性といい仲になったとしか言えん。それはそうとシャロアンス、頭痛薬をくれないか。一番効くものを。父上の念話を聞いたら頭が痛くなって敵わない」

「はい、殿下」

 シャロアンスは奥の薬棚を漁ると、すぐさま水の入ったグラスと紙に包まれた粉薬を持って来て、ハルモニアに渡した。

 ハルモニアは苦い粉薬を水で流し込む。

 ラゼリードは何か思案していたようだが、やがて合点が行ったらしい。

「ああ…エルダナ様の妹姫なら有り得るわね。それにしても奇病ねえ……。わたくしがクリスチユに此処に来る予定を入れた事も時期が悪かったわね。クリスチユ、貴方は身体に異常は無い?」

「今の所は異常はないよ、ラゼリード」

 クリスチユはニコリと笑った。眦に少し皺が寄るのが、美しく老いた男の色気を感じさせる。


「それでクリスチユ殿下、ラゼリードからの勅命だろう? 何を伝えに来た? 父は生憎……不在だ」

 ハルモニアの言葉にクリスチユが応える。

「ラゼリード陛下の即位30周年記念パーティーのお話がありまして。開催半年前の今こそお伝えしようとしていましたが、アンスールの奇病がどう関わるか……えっ、なんですって? エルダナ国王陛下が不在?」

「エルダナ様が不在って何が起きたの?」

 まさか、とラゼリードも顔を引き締める。

「命に別状は無いと思うが……消えたんだ。母上も、俺の家庭教師も共に。煙の様にな」

 ハルモニアはまた肩をすくめた。このままでは肩幅が狭くなりそうだ。肩身じゃなくて。

「消えたって……何処に?」

 ラゼリードがこてん、と首を傾げる。相変わらずの仕草だ。癖なのだろう。

「分からない。だが安全な場所から高みの見物をしているんじゃないかと思う」

 ハルモニアの思い付く安全な場所とは、延時の棲む空間だ。


 ラゼリードの戴冠式が終わった後、帰国したエルダナに時編む姫は延時を、自分の婚約者だと紹介し、エルダナは教師への敬愛を拗らせたと同時に延時に(こうべ)を垂れた。

 自分の息子を見守ってくれた延時に敬意と感謝を表したのだ。

 時編む姫とエルダナの関係は恋愛感情ではないものの、慕情はあるらしい。互いに親しくなければ子孫であるエルダナに始祖の紋様など刻めないだろう。

 だが、ポッと出の男が3万年前からの婚約者で尚且つ自分達の祖先の一人だと言われたら、確かにたまったものではないだろうなとハルモニアは思う。

 確かに一時期エルダナは荒れに荒れた。

 と、いっても遊ぶ時間が増え、シャロアンスが酔い潰されただけで済んだのだが。


 そうハルモニアが思案している間に話は進んでいた。

 シャロアンスがクリスチユにアンスールの奇病について聞きたがったのだ。

 ラゼリードも国を護り預かる身として、同じく聞きたがったのでハルモニアも参加する。

 クリスチユは、噂ですけど、と断った上で話し始めた。


「詳しい事は解っていません。ある日突然高熱が出て、身体は弱り、くしゃみと咳をして喉も傷めるとか。悪性の感冒とでも呼ぶべきかと思いますが、どこでどう発生したのか、感染経路はどうとか、そんな話が無いのです。まるで導火線の見えない爆弾ですよ」


 クリスチユはそう言うと口元を押さえてくしゅん、とひとつくしゃみをした。失敬、と彼は謝罪したが、口を押さえた手も顔も青かった。


「おい、大丈夫か。暫くはラゼリード共々滞在していけ。ヨルデンはどうした? 国に居るなら良いが……。 カテュリアに病を運ぶ訳にいかないからな」

「ヨルデンは今、休暇で家族とアド市を観光中よ。だけど、迷惑は掛けられないわ。もうお掛けした後かも知れないけれど。それに、ルクラァンだけを犠牲に出来ないわ」

 ラゼリードが言い募るが、ハルモニアは苦い顔をして手で制した。

「俺の側近の文官が高熱を出している。偶然ならば良いが、もしかしたらもう病の種は撒かれたかも知れない」

 ハルモニアは神妙な顔付きで言った。




 その言葉通りに。

 翌日からランジェランジュの侍女やお付きの者から高熱を訴える声が上がり、そして数日後、考えたくなかった事にクリスチユもまた熱に倒れた。

R15タグは死人が出るのと、ランジェランジュの猥談対策です。


エルダナの念話封筒のモデルは某ハ○ポタの吠えメールを参考にしています。


疫病には一応モデルはありますが、フワッと感覚で読んで下さい。ちなみに新型コロナではありません。

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