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茶色の小袋

「カイト……」


 そう呼びかけた自分の声が僅かに掠れているようだとマナリナは思う。


「久しぶりじゃねえか」


 カイトが笑みを浮かべる。質がいいとは思えないような笑みだった。


「何で、あんたがここに?」

「何だ、つれないな。久しぶりに会ったんじゃねえか。昔の男によ」

「昔の男……勝手なことばかり言わないで」


 マナリナは俯き加減となって、か細い声で反論する。


「何だよ。昔の男には違いねえだろうが」

「何であんたがここにいるのよ?」

「偶然だよ、偶然。今、宿屋で働いているんだってな。何でそんなちんけなことをしてるんだ?」

「宿屋って、何でそんなことを知っているのよ。それに余計なお世話よ。私はもうあんたたちと関わらないって決めたんだから」


 先程と変わらない決して大きくはない声だったが、マナリナは拒絶の言葉を辛うじて口にする。


「何だよ、本当につれねえな。それよりもマナリナ、いい物をもってるんだぜ」


 カイトがかつては見慣れた濃い茶色の小袋を懐から出した。それを見た瞬間、マナリナの意思に反して喉が勝手にごくりと鳴る。


「ほれ、また前と同じように俺たちと楽しくやろうぜ。あんなちんけな宿屋で働いていたってしょうがねえだろう?」


 カイトは掴み上げた茶色の小袋を晒すようにマナリナの眼前に持ってくる。


「止めて、もう嫌なの」


 マナリナは眼前の小袋から目を背けるようにして首を捻る。


「まあ、そう言うなって。こいつは上物なんだぜ。そうそう手に入るものじゃない。お前だから特別になんだぜ」


 カイトは逃れようとするマナリナの両手首を掴んだ。


「痛い、止めて」

「だから、そう言うなって。前みたいに皆で楽しくやろうぜ。金も稼いで楽しく生きようぜ」

「止めて、離して」


 両手首を掴まれたままで首を捻った視線の先に、マナリナが見知った二つの顔があった。宿屋のあの親子連れだ。親子は足を止めて、揉み合うマナリナとカイトを見ていた。


 カイトがマナリナの視線の先に気がついたのか、その親子に剣呑な視線を向けた。


「何、見てるんだ。見せ物じゃねえぞ。さっさと他に行きな」


 カイトはマナリナから手を離すと、危険な雰囲気を発しながら親子に近づいて行く。父親は近づいてくるカイトを無表情で見つめているだけだった。


 怯む様子を見せない父親の表情と人並み外れた大きな体やその背にある長剣。近づいて行ったカイトの方が逆に少しだけ気圧されているようにも見えた。


「てめえ、傭兵崩れか? てめえには関係ない話だろう。怪我しないうちにどっかに行け」

「そうだな。俺たちには関係がない。俺も興味はない。たまたま通りかかっただけだ」


 父親はカイトにそう言うと、マナリナに視線を向けた。


「俺たちは行くぞ。宿屋に帰る」


 興味もない。その言葉通りで素っ気ない父親の口調だった。


「ま、待って。私も一緒に行くわ。私も戻るところだから」


 本当は食事に出たところなのだったが、マナリナは咄嗟に嘘をついた。


「ならば俺たちと同じだな」


 父親はそれだけを言うと娘の手を引いて歩き出した。父親に手を引かれながら、娘のミアは背後のマナリナに視線を向けている。その表情はいつもと同じく無表情だった。この一連の出来事に怯えた様子も、興味を示すような様子もみせていなかった。


「待って。ねえ、待って。私も行くわ」


 マナリナは置いて行かれたらたまらないとばかりに慌てて声をかける。


 そんなマナリナたちの前にカイトが立ち塞がった。


「おい、てめえ、何を勝手に決めている」


 頭一つ以上は大きい父親を下から見上げるようにして、カイトがあからさまに剣呑な表情を浮かべていた。


 不味いなとマナリナは思う。基本的にカイトは粗暴な男だ。その顔は優男風で一見するとそうは見えないが、怒りに任せて刃物を抜くのもためらわない。だから、血を見ることも珍しくなかった。


「何を言ってる? この女がついてくると言ってるだけだ。俺たちは関係ない。文句があるなら、あの女に言え」


 父親は僅かに上半身を傾けて、視線の下にあるカイトを見下ろす。それにしても本当に背が高い大きな男だ。その姿を見てマナリナは改めて思う。

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― 新着の感想 ―
[一言] マナリナさんみたいな、過去があるちょっといい女の方は大好物です。
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