お花畑
屋敷の一階の制圧は容易だった。床には三つ、四つの血に塗れた死体が転がっている。
一階にいた者たちの大半は予想外の襲撃に抵抗もみせずに、襲撃側の勢いに押されるままで恐慌をきたして逃げ出していった。
豪華な装飾が施されている階段の上から争う音が聞こえてくる。一人の若い男が階段を半ば転がるようにして降りて来た。
グレイが自分に茶色の瞳を向けていることにシモンは気がついた。それに対してシモンは軽く頷くと、転がり降りてきた男に音もなく近づいた。
そうなのかとそこでシモンは気がついた。傭兵だから躊躇いもなく人を殺せるのではない。グレイも自分と同じなのだ。
躊躇いなく人が殺せるようにできているだけなのだ。
シモンは男の背後に回って自身の懐に片手を入れた。そして、短剣を取り出すと男の喉を一気に切り裂く。
男は声を上げる間もなく絶命した。奇妙な音を立てて吹き出す鮮血がシモンの右頬を僅かに汚した。その不快感にシモンは顔を少しだけ歪める。
シモンはグレイに顔を向けた。やはりグレイも先ほどと同じく自分に視線を向けている。視線と視線とが絡み合った後、シモンは僅かに口元を綻ばせた。それを見たグレイの眉が僅かに動いた気がした。
上階から女の悲鳴が聞こえてきた。それに合わせて聞き覚えがある怒声も上がる。その怒声が僅かに震えている。
シモンはグレイに向かって口を開いた。
「ついて来い。ガイル兄さんたちを捕まえたようだ」
その言葉に視界の中でグレイが黙って頷いたのだった。
シモンが二階に登ると、ガイルとイベルダは素っ裸で廊下に引きずり出されていた。どうやらお楽しみの真っ最中だったらしい。
呑気なことだと思う。他人の命を狙っていながら、逆に自分が狙われることなんて少しも考えていないのだ。
いや、違うのかとシモンは思う。ガイルが例えシモンの命を狙ったとしても、弟であるシモンが兄の自分に反抗するはずがないと思っているのだ。
どこまで考えが甘いのだろうか。だからイベルダのような女に騙されてしまうのだ。
「シモン、てめえ、どういうつもりだ」
血の気が引いた青白い顔をしながらも、ガイルは気丈にもシモンの前でそんな言葉を吐き出した。
どういうつもりもないだろうとシモンは思う。自分の望みはたった一つで、そんなことは兄さんだって分かっているだろうと言いたくなる。シモンはそれらの言葉を飲み込んで、別の言葉を口にした。
「強がっても無駄だよ、兄さん。兄さんが生き延びるための選択肢は一つしない。前のように仲の良い兄弟に戻ること」
シモンの言葉にガイルは呆けたような表情をした。シモンが何を言っているのか分からないといった感じだ。素っ裸の外見もあって、その様子はある種の滑稽さを醸し出していた。
そんなガイルの反応を見てシモンの中で苛立ちが募る。そんなことも瞬時に分からないぐらいに、この売女に骨抜きにされたてしまったのか。
シモンはガイルの隣にいるイベルダに視線を向けた。イベルダは深緑色の瞳をシモンに向けていた。その瞳には、あきらかに憎しみの色が浮かんでいる。
ガイル同様に素っ裸で床に転がされているというのに、自分に向けてそんな視線を送れるのだ。その気の強さだけは大したものだとシモンは思う。
シモンが口を開く前に、大きな胸を揺らしながら憎しみのこもった言葉をイベルダは口にする。
「ふん、大した弟だね。口では兄として慕っているとか言いながら、この始末なんだからね。あんたの根性が分かるってもんだろうさ。だから、さっさとこいつを殺せばよかったんだよ。私はいずれこうなるって、分かっていたんだからね」
「黙れ、売女」
シモンが唸り声のような口調で言葉を返す。瞬時に頭の血が沸騰しそうだった。
「お前がガイル兄さんを変えた。お前がいなけりゃ、俺たち兄弟は仲がいいままだったんだ」
「兄さん? 笑わせてくれるね。おつむが、とんだお花畑なんだよ。兄さんだの、仲がいいだのって、くだらないことを思っているのは、あんただけさ!」
お花畑……。
「売女……黙れと言っている」
「大体、いい歳して仲がいいとかって言ってること自体、頭がいかれているんだよ。この変態野郎が!」




