プロローグ:憂国のダール
政治のお話です。頑張って書きました/ます。よろしければご覧ください。
「投票率が下がり続けている……」
王侯貴族による統治が蔓延る世界で唯一無二の民主主義国家であるアデモラの首相、ダールは頭を抱えていた。
自分は転生者だと名乗る奇妙な見た目をした男が革命を起こし、王侯貴族を打倒して民衆の手に国家を取り戻して以来三百年が過ぎた。最初の百年でインフラ整備や義務教育制度をなんとか導入し、その後の百年では民主主義が民の間に敷衍し、それぞれが公共善とそれに基づく自己利益の最大化のために努力する円熟期を迎えた。様々な不平等が投票により是正され、いざ侵略が起こったとなれば国民投票で軍事費の増大が脅威の投票率98.7%で可決されるような、これぞ民主主義といった風情だった。
しかし、今はどうだ。インフラの整備により衛生状況が改善したのか人口は増えに増え、上がった国力を元に他国が侵略できなくなり、既存のシステムだけでもそれなりに満足いく生活が送れるようになった国民は徐々に投票への興味を失っていった。
それもそうだ。人口が増えれば一票当たりの力は弱くなり政治に参加する意義を薄れさせ、それなりの生活が保障されている状態は「別に現状維持でいい」と国民に思わせる。
故に各個人は既存の基盤の上でいかに自己利益を最大化させるかという興味のみに従って動き、学者以外はその基盤を作り上げた国民の政治参加の重要性について見向きもしない。政治家は自身の職を続けるために醜く自分の支持層のみに媚び、自信の持つ政治的権益をどう金持ちに配分すれば甘い蜜が吸えるのかについてしか考えない。
民主主義は死んだ。今では投票率は30%前後をうろつき、たまに重要な決め事があると40%に届くかと言った具合だ。
「俺、本当に首相なんてやってていいのかな……」
ダールはその少ない投票率の中で70%ほどを獲得した政党の党首だ。つまり、国民全体で見ると30%の内の70%なのでざっくり20%くらいの人からしか支持されていないのだ。こんなんで国のトップと胸を張れるのか、ダールは深いため息をついた。
「あーあ、俺も円熟期バチバチの選挙で華々しく首相になりたかったなあ……」
もう一度民主主義が花開けば、そう願いながら彼はいつものルーティーンに従い、特産の蒸留酒を一口飲み眠りについた。
ダールは昔から生真面目な男だった。論理的にも倫理的にも真っ当であることを目指し続け、公共のために官僚となり、そして国政へと打って出た男だ。
彼のキャリアは地方の農家の次男から始まる。中流家庭で生まれ育った。民主主義が円熟を過ぎ衰退に至るようになっても地方における長子継承は強く、そのような状況で次男が大学に行くのは辛く、周りの目が剣山のようだったと彼は語る。
その過程で家父長制やジェンダーの問題、また中流家庭とはいえ、奴隷制が残る他国からの安価な農作物に押されがちな現状、未だに都市部では当たり前になっている下水道の不足など実生活に基づく苦しさを覚えて、そしてそれをなんとかするために彼は国1番の大学へ行き、官僚になった。
さらに彼は5年官僚として務めたあと、政策を作る側にならなければ何も変わらないと感じ、乾坤一擲の選挙に打って出た。
その結果彼は一院制の国家で議員を3期12年務め、食料自給率と地方のインフラ、そして家に縛られる現状を改善することに心血を注いだまさに世のため人のためを体現した後、彼は与党の中から誰が首相に相応しいかを決める国民投票で首位となり、満を辞して首相となった。
当然議員の中には彼の一度たりとも賄賂をもらわない清廉潔白さを嫌い、足を引っ張られたりもしたが持ち前の人格により周りにフォローされ、やっとのことで首相になったのだ。
しかし、彼は投票率を見て打ちのめされた。あれだけ彼が熱心に各地へ遊説を行い、より良い未来を熱弁したのにも関わらず、大半の国民は彼に、というよりは政治そのものに興味を持たなかった。彼は空回ったのである。
それでもめげずにただ国民のためを思って必死で農林水産業と都市整備に予算を割き、野党の野次を正論で叩きのめし、また議員として恥ずかしい行いをする者があれば与党だろうと糾弾した。
だが、そんな彼でも流石に虚しさを覚える。国民のために粉骨砕身頑張ってきたはずが、その国民はほぼ彼のことを無視しているのだ。彼は既に折れかかっていた。こんな国民の監視が緩い状態では政治家はそれはもう私服を肥やし放題だろう。俺も例に倣って大人しく老後のために税金をポケットに捩じ込むべきだろうか。そんな葛藤を生まれ持った善性でどうにかねじ伏せ、日に日に酒量と喫煙量が増える善き首相にして善き納税者、それがこの国の首相、ダール・ハルクライトである。
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