訓練(挿絵あり)
(ダン!)
轟音と共に響き渡る銃声はコックピットの中でさえ鼓膜が破れるのではないかと思う程だ。伝わる振動は凄まじく、機体全体が震えている。
思わず耳を塞ぎたくなるが、今はそんな事をしている余裕はない。
「くっ!」
ホログラムに映る人型戦闘兵器アルマティスがジグザグに動きながらこちらに接近するのが見えた。
機体右腕に構えたライフルで続け様に発砲するも、相手の機体には掠りもしない。
こちらに急接近しながら武器を構えるアルマティスの姿に背中がゾッとする様な恐怖を感じる。
その機体に搭乗しているのが本当に自分の妹なのかと疑いたくなる程に。
「っ!!」
『兄さん覚悟』
通信機から妹スレアの声が聞こえて来る。
冷静である事を思わせつつも、内にはどこか冷酷な感情を持っているかの様な印象を受けてしまう。
その声色は俺の闘争心を惑わすには十分な攻撃力を秘めていた。
「ちっ!」
しかしそんな思考もすぐに打ち消す。
これは訓練であって本物の戦いではない。そう自分に言い聞かせて再びライフル銃を構えた。
(ダン!ダン!ダン!)
轟音と激しい振動が機体を通して全身に伝わってくる。それを不快に感じながらも、決して集中力だけは切らさない。
照準を合わせ、トリガーを引く。
幾度となく繰り返してきた動作だが、スレアの機体に攻撃を当てる事は未だに出来ていない。
「くそっ!」
俺が放った弾丸は空を斬るように後方へと流れていった。
(カチッ!)弾倉が尽き、弾切れを知らせる音が耳に届く。
「クッ弾切れか、やるなスレア!」
モニター越しに見えるスレアのアルマティスの動きは無駄がない。
まるで弾道でも読んでいるかの様に銃弾を避けるスレアの操縦する機体を見て俺は思わず感心してしまう。
『当然』
俺の褒め言葉に妹は素っ気なく返す。
しかし気を良くしたのだろうか?スレアの操る機体は更に加速して接近してくる。
その動きは機体と一体化しているかの様に滑らかで、どこまでも洗礼されたものだった。
この動きを実現しているのは間違いなく彼女の才能だろう。
そう思っている間にも彼女は一気に距離を詰めて俺に近接攻撃を仕掛けてきた。
すかさずブレードを引き抜き迎え撃つ体制を取る。
ブレードの鋭利な切っ先を振り向けるアルマティスの姿が画面目一杯に映し出された。
『貰った!!』
「っ!!」
思わずモニターから目を逸らしそうになる程の迫力に一瞬たじろぐが何とか踏み止まる。
どんなに訓練を積んだとしても、生命危機に対する本能の警鐘には抗えない。
でもその恐怖を乗り越えなければ戦場では生き残れないだろう。操縦官を握る手のひらに汗が滲むのを感じつつも、そう自分に言い聞かせ、思いっ切り操縦桿を前へ押し倒しブレードを振るった。
(ガキィン!)
金属同士がぶつかり合う音が鳴り響き、眩しい火花が飛び散る。
そのまま鍔迫り合いの形になるも、此方は機体片手で対応しているのに対しスレアの機体は両手でブレードを握っている。こちらが力負けするのは明白だった。
「ぐっ!」
歯を食い縛り必死に操縦官を握りしめるも、徐々に押し込まれ切っ先が機体装甲の寸前へと迫る。これが実戦用のエネルギーブレードであればその刃が放つ高熱によって装甲を溶かされ今頃致命傷を負っていたであろう。
『兄さん、これで終わり』
スレアの静かな声が聞こえる。その声色は勝利を確信しているのか、とても晴れやかなものだった。
「それはどうかな?」
俺はもう片方の手に持っていた弾倉の尽きたライフルを構える。
「弾は尽きたはず!」
勿論弾は尽きている。
しかし銃を向けられれば反射的に身構えてしまうものだ。それが例え弾倉が空の銃だとしても。
そして隙になる。
一瞬だけブレードに込める力が弱まり注意が逸れたのを俺は見逃さなかった。
機体背後に装備されているジェットスラスターを全力で吹かしエンジンが唸りを上げる。
そのまま一気にブレードを押し込みスレアのアルマティスはバランスを崩し後方へ仰け反った。
「はぁぁっ!!!」
ガラ空きになった機体腹部にブレードを叩き込む。
(ゴン!)
鈍い音と共に確かな手応えを感じた。
「くっ!」
スレアのアルマティスは大きく吹き飛び地面へと転がった。
『そこまで!勝者アレス・レグフォーツ』
俺とスレアの模擬戦を見ていた 教官が通信を通してそう告げる。それを聞いた俺はホッと胸を撫で下ろした。
緊張の糸が切れ、全身から力が抜けていく。大きく息を吐き呼吸を整える。額に流れる汗を手の甲で拭い取りながらコックピットの外へ出た。
それと同時にスレアの事が心配になり地面に転がる妹の機体の元へ駆け寄った。
「大丈夫か?スレア」
スレアのアルマティスは仰向けに倒れており、ブレードが直撃した機体腹部には大きなへこみが出来ていた。
俺は妹を助け起こす為にハッチを開きコックピットへ手を伸ばすと、その手をスレアが掴む。
そのまま手を引っ張り引き出した。
「ありがとう兄さん」
素直に礼を言うもスレアの表情は何処か不満げだ。しかしそれも仕方ない事なのかもしれない。彼女にとって今回の結果は納得いかない結果なのだろう。
「騙し撃ちなんて卑怯……」
そう言って俺を睨む目は鋭い。
そんな視線を感じた俺は少し気まずさを覚えながらも苦笑いをした。
「確かにそうだけど、戦いに卑怯もなにも無いと思うよ?」
「それでも嫌なものは嫌」
そう言い頬を膨らませそっぽを向くスレアの姿は歳相応の少女そのものだった。そんな彼女を見て思わず笑みが溢れてしまう。そんな俺の反応を見てスレアは少しむくれた表情で睨んでくる。
「次は負けないから」
「あぁ、望む所だよ」
そう言うと彼女は嬉しそうに微笑んだ。
どうやら機嫌を直してくれたようだ。
これで何度目のやり取りだろうか、だけどこれがずっと続けばいいと思う。
けどいつかはきっと、戦場に出て戦う日が来るのだと思うと、不安で胸が押し潰されそうになる。そんな俺の考えを見透かすようにスレアは俺の手を握った。温かい彼女の体温が手のひらを通じて伝わってくるのを感じる。それだけで何故か少しだけ安心した。
「兄さん大丈夫、何があっても私が守るから」
真っ直ぐ俺の目を見て言う彼女の瞳はとても力強く、俺はそんな彼女の姿に思わず見惚れてしまった。すると彼女の顔が少し赤くなるのが見えた気がした。多分気のせいだろうけど。
「そっか…じゃあ俺もお前の事を守るよ。約束する」
俺はスレアの小さな手を強く握り返した。そうすると彼女もまた強く手を握り返してくる。
俺達はお互いに見つめ合いながら笑い合った。
こうして俺達は訓練を終えた。