名誉の為に
──調査団が派遣された後の事。
レイリー・レグフォーツ。彼女は今、マーティナビスの司令室にて頭を抱えていた。
「はあ……」
ため息をつきホログラムを見つめた。
そこには砂嵐の様に乱れる映像が映っている。調査に向かわせたアルマティス、突然マーテェルナビス2号機へと向かい3号も率いて何処かへ行ってしまった皇帝レイニス、そのどちらとも一切連絡が取れない状況に彼女は頭を抱えていた。
そんな時だった、突如として通信が入りオペレーターが声を上げる。
「レイリー様緊急事態です!マーテェルナビスに搭載されている中型宇宙船、レイトナビスから通信です!」
本来非常時にしか使用される事の無い宇宙船からの通信にオペレーターが驚きの声をあげた。
「なんですって!?直ぐに接続しなさい!」
レイリーはオペレーターが座る席へと移動すると身を乗り出し横から画面を覗き込んで指示を出した。
「はっ、はい。『此方マーテェルナビス1号機、応答を願います』」
『やっと繋がったか』
「こ、皇帝陛下!」
オペレーターの横にいるレイリーは通信に出た人物に驚きの声を上げた。
『レイリー・レグフォーツかちょうどいい。率直に伝える、マーテェルナビス2、3号機が墜ちた』
「「えっ…………」」
皇帝から突如告げられた衝撃的な言葉に、聞いていたクルー達は皆絶句し、その場で呆然と立ち尽くした。
さらに皇帝レイニスは言葉を続ける。
『現在残った機体で応戦しつつそちらへ向かっているがこの様子ではいつまで持つかわからん。至急増援を送り、帰着の為に格納庫のバリアを解除しろ』
「わかりました、直ちに手配します。それと、敵は一体なんなのですか?」
皆が沈黙する中、レイリーが質問を投げかける。しかしその質問に対する答えは無く代わりに沈黙が訪れた。
そして少し間を空けた後、皇帝レイニスは答えた。
「人型の形状をした機械兵器の大群だ」
それだけ言い残して通信は切れてしまった。
静まり返った空間の中、オペレーターの一人が恐る恐る口を開く。
「レーダーにレイトナビス、及び友軍の位置を特定。その背後多数の敵と思われる未確認の機体反応確認!このままだと数十分後にはここへ到達するかと思われます!」
「直ぐに迎撃体制を敷きなさい!!」
レイリーはオペレーター達に向けて強い口調で指示を出しながら、両手を強く握りしめ歯噛みしていた。
「私も陛下の護衛の為に出撃するわ!」
そう言い、司令室から出ていき格納庫へと向かおうとする。それを咄嗟に一人のオペレーターが呼び止めた。
「ま、待ってください!今レイリー様まで出撃したら誰が指揮を取るんですか!」
「そ、それは……」
オペレーターの最もな言葉にレイリーは返す答えが見つからず、言葉を詰まらせた。
今この状況で司令官である彼女が出ていけば間違いなく混乱を招くだろう。
「なんだか大変な事になってるね?君がそんなに切迫詰まった姿をするなんて珍しいじゃないか」
1人の男が軽い足取りで司令室へと入ったきた。レイリーはその男の顔を見た途端、顔をしかめ不機嫌そうな態度を取る。
金髪の髪を僅かに揺らし、端正な顔立ちをした青年の姿がそこにあった。
「ノイラス・メルフィード貴方ですか。私に何か用でもあるの?今は忙しいの、無いならさっさと立ち去ってもらえると助かるのだけれど?」
「会って早々にかける言葉がそれかい?相変わらず冷たいなぁ。それよりもレイリー君、最近調子悪いみたいだけど大丈夫かい?」
「何の事かしら?」
「惚けちゃって。知ってるよ?最近仕事が上手くいってないそうじゃないかぁ〜」
「貴方には関係ないでしょう?」
レイリーの目つきはとても鋭く今にも襲い掛かろうとする野獣の様な姿であった。
「まあまあそんなに怒らないでよぉ、不運にも事が上手く運ばす、落とす事になった皇帝陛下からの信頼を取り戻したいが為に、自分の一番得意な分野で成果を上げようとしたいんだろうけど、任された仕事を放り出すのは得策じゃないと思うなぁ」
全てを見通しているような目つきをしながらノイラスと呼ばれた男は続ける。
「どうたい?ここは僕に任せて君は好きにすれば良いさ」
ノイラスの提案を聞き、レイリーは考える素振りを見せたのち口を開いた。
「貴方を今すぐこの船から叩き落として始末したい所だけど、今回はお願いしようかしら?」
「ふふっ、怖いねぇ〜。僕はただ君の事を思って提案しただけだよ?」
「…………」
無言で立ち去り格納庫へ向かうレイリーを、ノイラスは手をひらひらさせながら見送ったのだった。
ーーーーー
「ノイラス、貴方覚えておきなさいよ……」
レイリーは怒を煩わせるかの様に、コツコツと足音を立てながら早歩きで格納庫へと向かった。
「お待ちしておりました、レイリー・レグフォーツ様。ノイラス様から話は聞いております。」
レイリーの前には2人の整備士らしき服を着た人物が待っていた。
「あいつが?なら私のクリムゾンの準備は出来てるのかしら?」
堂々たる振る舞いで2人の整備士へ向け問いかけた。
「はい、整備は十分に出来ております。機体は此方でございます。」
レイリーの問いに答えつつ機体の前まで案内した。
レイリーは一機のアルマティスの前で立ち止まり、白銀の髪をさっと払い除けるとルビーの様な透き通る赤い瞳で見つめた。
その姿を2人の整備士がじっと見つめる。
彼女レイリー・レグフォーツは、まさに妖艶な女性という言葉が等しく似合うほど美しかったからだ。
「まあ、私の愛しいアルマティス、クリムゾンちゃん久しぶり!なんて美しい姿なの!」
クリムゾン。そう呼ばれたアルマティスは全身を真紅の塗装が施され、美しい女性を思わせるフォルムをした鎧を纏い、凛とした姿で静かに立ちづさんでいた。
その姿はまるで女王のような気品を感じさせる。
レイリーはうっとりしながら頬を赤らめ、両手を大きく広げると機体の脚部に思いっきり抱きついたのち装甲へ頬をすり寄せた。
固く冷ややかな金属の感触が赤く染まった頬を伝う、それを堪能するかの様に暫くの間頬ずりをした。
その様子に、後ろにいた整備士たちは苦笑を浮かべている。
直立不動で立っていた2人は、完全に自分の世界へと入り込んでしまったレイリーを見ていたが、いつまで経っても出撃準備を始めないためひとりが迷いつつも小声で声をかけた。
「あのー、レイリー様そろそろ準備を……」
「あぁこの感触が堪らないのよねぇ〜」
が、レイリーには全く届く様子はない。2人の整備士は呆れた様子で顔を見合わせアイコンタクトをとり、もう1人が口元に手を当てて大きく咳払いをした。
「ゴホン!」
大きな咳払いが静かな格納庫に響き渡る。
「えっ!?あっ、ごめんなさい、少し取り乱してしまったようね。」
ハッと我にかえったレイリーは振り向き、2人の整備士と顔を見合わせ呟くと、より一層頬を赤く染め慌てて機体から手を離す。
そして、何事もなかった様にサッと機体へと乗り込んでいった。
「おい、見たか?レイリー様のあんな表情初めてみたぞ」
「ああ、俺も」
「いつもは、クールで妖艶な雰囲気を感じさせるのにまさかあんな一面があるとはな」
「そう言えば、レイリー様は噂によると昔から、機体に話しかけたりしていたらしいよ」
「マジで!?それって結構ヤバくないか?誰か指摘する奴は居ないのか?あ、ノイラス様なら!」
「いや、やめておいた方が良いと思うぞ、レイリー様は皇帝の側近に近い方、それにマーテェルナビスと4号機の統括を任されているらしい、確かにノイラス様なら5号機の統括者で立場上同等かも知れないが……レイリー様は酷くノイラス様を嫌っている」
「確かにそうだが、なんか可哀想だよな」
「まぁ、それは否定できないが……って!そんな事を言って聞こえてらどうするつもりなんだよ!」
「じょ、冗談だって!ほら早く作業に戻るぞ!」
レイリーは、自動で開いたハッチから薄暗いコックピットの中の操縦席へと素早く腰掛けた。
操縦席にはボタンや操縦桿の様な操作系統の類いは一切ない。代わりにレイリーの目の前にはクリスタルの様に透き通る半透明の薄い板があった。そこへ両手を乗せて口を開く。
「さあ、目覚めない!私のアルマティス、クリムゾン!」
レイリーの声に応える様に薄暗かったコックピット内に薄紅色の光が灯り、両手乗せた板から湧いて出る様に光の粒子が出現し、レイリーの両手を包み込む。それと同時に空中に3つのホログラムが形成された。
左には機体の形をした緑色のホログラム、真ん中には外部映像、そして右には幾つものメーターが表示されたホログラムが光の粒子によって形成され、コックピット内には甲高いエンジン音が響き渡った。
その同時刻、整備士2人はボソッと声を落としながら話していたが、周囲の拡張された音声をレイリー専用機はばっちりと拾い上げ、レイリーにはしっかりと届いていた。
『そう言えば、レイリー様は噂によると昔から、機体に話しかけたりしていたらしいぜ』
『マジで!?それって結構ヤバくないか?』
レイリーはアルマティスの中で顔を真っ赤にして俯き、プルプルと震えていた。
そして、その怒りを発散させるかの如く大声を張り上げる。
「機体パーツの接続状態良好、機体出力安定!さあ行くわよクリムゾン!」
其々3つのホログラムを確認し、同時にクリスタルの様に透き通る操作板の上で両手を握り締め強く手前に引き寄せる。それに合わせて両手を纏う光の粒子も反応し、コックピットに響き渡る甲高いエンジン音がより一層轟音を轟かせた。
「まずいぞ!レイリー様格納庫でいきなりエンジンをフルスロットルに!今すぐクリムゾンから離れないと吹っ飛ばされる!」
整備士は慌てふためき大声を上げその場を離れようとするが時既に遅く、2人はクリムゾンに搭載されている4基のジェットスラスターから猛烈な勢いで放射された赤紫色の炎による衝撃波よって吹き飛ばされた。
「痛ったぁ」
「……うぅ」
2人は地面に叩きつけられ、苦痛の表情を浮かべるも何とか立ち上がった。
猛スピードで加速していくクリムゾンの方へひとりが目を向け口を開く。
「俺たちが近くにいるって知ってたはずだから絶対わざとだよな!」
遠ざかって行くクリムゾンを指差し、大声で怒りを露わにした。
「お、お前が余分な事言うからだろ?さっきの会話、全部聞かれてたんじゃ無いか?」
それに対し、もう一人の整備士が冷静に反論する。しかしその表情は焦っていた。
「まさか……な……」
その言葉に整備士は青ざめた表情で黙ってしまった。
まさか全て筒抜けであった事を整備士2人は知る由もなかった。
そうして、クリムゾンはアースニアの薄暗い空へと飛び立っていったのだった。