大森林の魔獣
3機のアルマティスはもう一つのサンプル回収へ向け、巨大な木々が生い茂る森林の上を低空飛行していた。
『どんどん霧が濃くなってきたな』
霧が濃くなり数十メートル先は真っ白で全く見えない状況を見て、フリックは気を引き締める。
『そうね。ここからは注意していきましょう』
『ああー、前がほとんど見えなくなってきたからこりゃあ見つかりっこないや、もう帰りたくなってきた』
セレナとリックが作り上げていた緊張感漂う空気がジークの一言によって一瞬にして壊される。
『お前は変な果実食ってただけじゃないか!』
それを聞いたフリックは怒りに満ちた声でジークに突っ込みを入れた。
『良いじゃん別に……ってん?』
平然とそう答え、よそ見をした直後、地上を覆い尽くす霧の隙間からふと何かを目線に捉えた。
『ちょっと待て、あれを見ろよ!』
ジークは高速で飛行中のアルマティスを急停止させホバリング状態にすると、機体左腕で地上の方を指差した。
『急になんなんだよ』
フリックは上空で急停止したジーク機体を見る。そして指差す方向を見るが、深い霧に覆われていて何も見えない。
『急にどうしたの?』
そう言って、セレナはジークの機体の方へと接近していった。
『ほら、あの辺に木々が薙ぎ倒された場所が一瞬だけど見えたんだよ』
『うーん、霧が濃くてよく見えないわよ?取り敢えず行ってみましょうか』
『いい?フリック』
『分かった。何も無かった覚えとけよ、ジーク』
ぶつぶつ言いながらも了承し、3人を乗せたアルマティス3機は、地上を覆う深い霧の中へと溶け込んで行った。
『あれだ!』
霧の先に見えてきたのは無惨に薙ぎ倒されて根元からへし折れた巨大な木々、その中に青色の物体を見つけた。
アルマティス3機は薙ぎ倒された木々の近くに着陸した。
『うわぁ……』
翼を撃ち抜かれ横たわっているワイバーンを見つけたが、マーテェルナビスの攻撃によって空いたであろう穴からポタポタと血液がしたたり、苦々しい光景を作り出していた。それを見てフリックは思わず目を逸らす。
『これは……私もちょっと苦手かも。ジーク、悪いけどサンプルの回収をお願い出来ないかしら?』
セレナも苦手な様で、機内から見える外部映像を数秒間見たのち、後退りしながら目を背けた。そして汚れ仕事をジークへと押し付ける。
『俺は別に構わないぞ!』
全く目の前の光景を気にする事無く了承すると、ワイバーンの直ぐ近くにアルマティスを着陸させた。
『これ、どれくらい持って帰れば良いんだ?』
『丸々とは言って無かったからほんの少しカプセルに入れて持ち帰れば良いんじゃない?』
『分かった』
アルマティスから降り、ワイバーンの死体へと近づく。
『うわ〜、生臭い。これはなかなか強烈だな』
血肉が焦げた様な生臭さはとても不快なもので、漂う匂いに鼻を押さえながらジークは呟いた。
『だから、エアーフィールドつけろよ!そしたら臭いなんか分からないじゃ無いか!』
『さっき言ったじゃん、吸える空気があれば吸っておくって』
フリックの言葉に軽く答えつつポケットから黒いナイフを取り出し、スイッチを入れる。すると刃が青く光を放つ。
「うぉー!スッゲー綺麗な色だな」
ジークはワイバーンの表面の鱗をじっと見つめ、興奮気味に声をあげた。
数十センチ程の多角形の鱗が何枚も連なっていて遠くから見ると青に見えるが、近くで見ると虹色にキラキラと光る無数の小さな鱗が散りばめられて美しく彩りを得ていた。
ワイバーンの鱗へ向け大きくナイフを振りかぶり突き立てようとするが、青色に光るナイフの刃が触れた瞬間、金属音共にオレンジの火花が飛び散る。
「いつぅ!鋼かよ!いくらなんでも固すぎだろ!」
ナイフは全く刺さらず、押し当てた部分を確認してみるも傷一つ付いていなかった。
「これは無理だな」
手首を軽く回しつつ、その場を後にし再びアルマティスへと搭乗する。
『回収できたのか?』
『いやまだだ』
『ん?……おい!何やってるんだ!』
フリックはジークの機体を見る、するとアルマティスが動き出し、エネルギーブレードを構え大きく振りかぶりワイバーンの死体へと突き刺した。
凄まじい蒸気が発生しジークの機体を覆う、それ同時に火花と血肉が辺りへ飛び散った。
「うぇ……」
目の前で起こった見るも無惨な光景にフリックは、吐き気を催し口元を抑えて、ホログラムから目を逸らした。
『ふぅ、サンプル回収おーわりっと!』
ジークは辺りに飛び散ったワイバーンの鱗の破片や肉をアルマティスに搭乗したままかき集め、機体胴回りの収納スペースへ乱雑に詰め込んだ。
『なあ!お前さ、わざわざエネルギーブレード使う必要あったか!?』
『いやー、思ったより硬くてナイフが刺さらなかったんだよ』
『ていうか、そもそもそんな固い所じゃなくてマーティルナビスの攻撃で出来た傷口から採取すればよかったんじゃ無いか?』
『あ……ほら新鮮な場所の方が良いだろ?』
おどおどしながら無理な言い訳をするジーク。
「ふっ、流石がジーク、単純極まりないところで頭が回らないバカだな。』
フリックは言い訳を鼻で笑い追い打ちをかける様にジークを貶した。
『そ、そこまで言う事ないだろ?』
『なら、もっと日頃の行いを良くするんだな!なぁ、セレナもそう思うよな?』
『え?あ、うん』
『聞いてなかったのか……』
『ごめんなさい、ちょっと空気中の物質調査をしてて気になるデータが』
『そうか』
『もう俺、先戻るから』
2人はお互い事なる理由で気を落とし、元気のない声で答えつつ、ジェットスラスターを起動すると、アルマティスを離陸体勢へと移した。
『ああっ、もう少し待ってくれない?後少しだけ……』
飛び立とうとする2人をセレナはとっさに呼び止めた。
『分かった……っ!?』
フリックが答え、セレナの方を見た。
霧が立ち込める巨大な木々の間が一瞬光った様に見えたため、目を凝らし見つめる。
その刹那、木々の隙間から3つの不気味な光がセレナのアルマティスへと迫る。
『おいセレナ!いま直ぐそこを離れろっ!!』
『え?』
突然の言葉に判断が遅れたセレナ。
「っ!!」
フリックは咄嗟に機体スラスターの出力を最大にし、風の様に地面を駆け抜けセレナの機体へとぶつかった。
(ゴン!)
重い金属同士が衝突大きな音を立て、2機のアルマティスは絡み合う様に地面を転げながら吹っ飛んだ。
『キャ!』
突然、強烈な衝撃に襲われたセレナは叫び声を上げた。
その刹那、巨大な何かが宙を舞い、セレナがいた場所へと着地したと同時に猛烈な砂埃と小石を巻き上げ、衝撃波によって2機はさらに吹っ飛ばされた。
『おい何があった!?』
後に気づいたジークのアルマティスが駆け寄る。
舞い上がった砂埃が辺りへ立ち込めるが徐々に引いていく、そこに黒い影が浮かび上がった。
そして、徐々に全貌が明らかとなっていった。
『分からない、巨大な何かが!』
ジークの問いに曖昧に答えつつフリックは操縦桿を握り締め、機体を起き上がらせる。
『ありがとう、フリック』
セレナはフリックのアルマティスに腕を引っ張ってもらい、何とか機体を立て直した。
『狼?……にしては大きすぎろ……』
ジークは己の目を疑いつつも、目の前に佇む巨大な生物をみた。
黒い牙を向け、3つの真紅の鋭い瞳で此方を見つめ、今にも襲い掛かろうとする姿に思わず息を呑んだ。
「──グルルル……」
低いうなり声を上げながらこちらの様子を伺っている。
その姿は一言で言えば狼、紫色と灰色の不気味な配色の毛に覆われ、大きさは優に8mを越えている。そのためアルマティスと並んでも大差ない。
(ピチョン!)
直後、エネルギー兵器の独特な発射音と共に巨大狼へ向け、青の閃光が放たれる。
が、巨大な図体とは裏腹に衝撃的な速さで閃光をかわした。
『ジークなにぼーとしてる!ここは一旦引くぞ!』
『分かった!』
フリックの指示に従い3機ののアルマティスは、一斉にジェットスラスターを起動し離陸を開始する。
その直後、巨大狼の全身の毛が波状に毛羽立つと、全身の毛から紫色の光が迸る。
そして、前脚で地面をドンと踏み鳴らした。
すると巨大狼を中心にして放射状に薄紫の衝撃波が放たれる。
『なんだ!?』
衝撃波触れた瞬間、3機のアルマティスは、なまりの様に重くなったかの様に地面へと垂直に落下した。
続け様に、巨大狼は大きく息を吸い込み上を見上げ、吠えた。
「「ワウォーーン!!」」
空間を震わせる様な咆哮が辺りへ鳴り響く。
『最悪だ……』
フリックは巨大な木々の間から続々と姿を表す巨大狼を見て小さく声を漏らし、張り詰める。
最初に現れた個体より一回り小さいが、それでも体長5m以上はある狼が次々と姿を現したのだった。
直後、後に現れた3匹の狼が軽々と跳び上がり、空中で前足の爪を構えた。
すると周囲から湧き出る様に白い光の粒子が前足の爪へと集結し、爪先が禍々しい紫色の光を纏う。その爪で3機のアルマティス其々に切り掛かった。
セレナとジークの機体は狼の攻撃を素早くバックステップで交わすも、フリックはエネルギー兵器を構え、空中を舞う狼へと向け照準を合わせ発砲した。
銃口から放たれたら青い閃光は、狼が構えた禍々しい紫色の光を放つ爪にあたるかと思えた瞬間、捻じ曲げられる様にあらぬ方向へと飛ん行った。
『う、嘘だろ!間に合わないっ!』』
フリックは目を見開き、慌てて回避しようとするが狼は目前へと迫っていたため、すぐさま左腕を構えバリアを展開した。
構えた左腕から、複数の多角形で構成された黄色い半透明の障壁が出現し、機体全身を覆った。
(バキン!)
直後、狼の爪がバリアへと直撃し、重い金属同士がぶつかった様な音が辺りへ響く。
『ぐっ……』
余りの衝撃にリックは苦悶の声を漏らす。
機体を覆ったいたバリアが砕け散り、辺りへ霧散した。そして、フリックの機体の下に地面に大きなクレーターが出来上がり、衝撃の強さを物語った。
巨大狼は攻撃した物体の硬さに驚いたのか一旦後ろへと飛び退き、様子を伺う様に此方を見つめる。
『フリック大丈夫か!』
『ああ‥‥なんとか』
そう答えるもフリックのアルマティスは、機体胸部の装甲が大きくへこみ、腕パーツの関節部分も軋みを上げていた。
『これはまずいわね……ここで殲滅するわ!』
今にも再び飛びかかろうと、此方を見つめる狼を見てセレナが呟いた。
『いい、ここは俺が食い止める、先に行け!』
『そんなボロボロの機体でどうするつもり?私も残るわ!』
『俺も残るよ!』
『バカ!お前は一番大事なサンプルを積んでるだろ!』
『で、でもよ!』
『ジーク、私からもお願い。必ずそのサンプルを送り届けて!それと、物質調査のデータも送っておくから後は頼むわよ!』
『くっ!分かった。必ず届けて救援を呼んでくる!』
やむお得ず、ジークはアルマティスのジェットスラスターを再び起動し、青白い炎を噴射しながら飛び立とうとする。
直後、最初に現れた巨大狼から再び全身の毛が毛羽立ち紫色の光が迸る。
『させるか!』
フリックはエネルギー兵器を構え、連続で青色の光線を放ったが、当たる直前に巨大狼は目にも止まらぬ速さで交わし、後ろの巨大な木々を貫いただけだった。
その間にジークを乗せたアルマティスは上空へと飛びたっていった。