親分と呼ばれた男
いよいよ崖っぷちに立たされたプロ野球選手への道。鹿村は頭を抱える。経済的に進学が許されない鹿村はこのままプロ野球に入る事ができなくても、社会人でも野球を続けるという選択肢を考えていなかった。社会人で安い給料で数年間野球をやって、その後は大卒の上司にアタマを下げるなんていうのはまっぴらだったからだ。一刻も早くプロ入りして母を楽にさせてあげたいというのが鹿村の考えだ。
しかし、現実はかぎりなく厳しい。
自分の気もちがドンドンと暗澹たる方向に沈んでいくのが分かった。
「鹿村!」
そのとき、清水先生が大声で鹿村を呼ぶ。
「どないしたんですか、先生」
「ええか、鹿村。喜べ! なんと南洋の鶴岡監督から返事が来たんや!」
「ど、どういうことですか?」
あまりに突拍子もない志水先生の言葉に鹿村は思考がついていかない。
「どうもこうももない。鶴岡監督に出した手紙の返事が返ってきたんや!」
詳しく話を聞くと、どうもこういう経緯のようだ。
鹿村が南洋に入団したいと漏らしたあの日、清水先生は南洋球団に「我が校にはプロに入りたがっている鹿村というたいへん評判のよい選手がいます……」という内容の手紙を書いてくれのだという。
そして、清水先生はそれを南洋だけではなく、同じ在阪球団である『関急ブレイヴス』と『阪陣ライガース』にも送ったというのだ。他の2球団には黙殺されてしまったが、唯一、南洋の鶴岡監督だけは返信を送ってきてくれたのだという。
いくら清水先生が気を利かせて、他のファンが送ってくるファンレターなどとの差別化を図るため古色蒼然とした巻紙と毛筆で推薦文を書いてくれたとはいえ、ようするに「うちの高校にはいい選手がいる。私は野球にあまりに詳しくないのだが、プロである山岡監督に見に来てほしい」という、球団側からすれば厚顔無恥な要求だ。
それにもかかわらず、わざわざ返事の手紙を直々に書いてくれた山岡監督の義理堅さに鹿村は感激するだった。
「さあ、鹿村。手紙を読んでみろ!」
「はい」
手紙の内容はこうだった。
鶴岡監督は志水先生の手紙に感銘を受けて、実際に鹿村が出場した京都府予選の1回戦の試合をわざわざ見に来てくれたというのだ。そして、それで見どころがある選手だと感じたので、秋にある南洋の入団テストを受けてみないかという誘いが書かれていた。
「先生……」
諦めかけていた道に光が再び差し込み、鹿村は感激で震える。
「でも……俺……その……大阪まで行くお金が……」
「そんなもん、分かっとる。ワシが出したるから何も気にせずにテストを受けてこい!」
清水先生はそう力強く、鹿村の背中を叩いて後押しをするのだった。