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証言

 シャルアは店へ帰ると、ちょっと散歩していたら遅くなった、とノアラに謝った。

 本当は今見て来たことを話したいのだが、ノアラは妖精消失事件について何も知らない。

 これを教えてくれたのはクノンで、クノンは役所にいる彼氏からこっそり聞いたこと。へたにこの話を広げるのは、まずいと思われる。

 少し悩んで次の日になってから、シャルアはクノンに相談することにした。

 やはりここは、事情を知っている人間に話すのが一番だ。それに、クノンならシャルアがどうすべきか、アドバイスしてくれるはず。

「クノン、聞いてほしいことがあるの」

「いいわよ。何?」

「ちょっと、こっちに……」

 食堂で話していては、誰に聞かれるかわからない。

 シャルアはクノンを人通りの少ない路地へ連れて行くと、昨日森の中で見たことを話した。

 ちょっとしたことでは動じないクノンも、シャルアの話を聞いて驚く。

「え、それって……怪しすぎじゃない。って言うか、話を聞いた限りじゃ、そいつらが犯人って以外に考えられないじゃないの」

「どうしよう。あれは絶対にセフラじゃないわ。あのおじさんはがっしりしてるけど、その覆面……って言うのかな、あれ。とにかく、その覆面男は背が高かったけど、セフラ程にはがっしりしてなかった。こもってはいたけど声も違うし、完全な別人よ」

 顔は見えていない。でも、絶対にセフラではない、と断言できる。細い人間なら衣服で体型をごまかすことはできるが、その逆は無理だ。

「それに、一緒にいたあの女の子。共犯なのかな。悪いことをしそうには見えなかったけど。ぐったりしてる妖精を見ても、興味なさそうだった。獲物みたいな感じに思ってるなら、ああいう対応もありかなって」

「なるほどね。つまり、犯人は複数だったってことか。盗賊団みたいなものかしら。魔警課も、その程度の可能性は考えているでしょうけど」

「クノン、どうしよう。あのままだと、犯人が誰であれ、妖精が危険なことは変わらない。また別の妖精が被害に遭うわよね」

「うん、ありえる。じゃ、行きましょ」

「え、行くって……どこに?」

 いきなりの展開に、シャルアはきょとんとする。

「役所よ。魔警課へ行って、シャルアが見たことを話すの。犯人はもうその場にいなくても、私達じゃわからないような証拠が何か残っているかも知れないでしょ。向こうが魔法使いなら、こっちだって魔法使いに出てもらわなきゃ、公平じゃないわ」

 公平という問題かどうかはさておき。この事件を調べている魔法使いに状況を話せば、大きな手がかりになって犯人逮捕に結びつくことだってあるはず。

 反対する理由はない。クノンに連れられ、シャルアは役所へ向かった。

 さすがにクノンも魔法警務課に用事があることなどこれまでになく、場所がわからないので最初に見た職員を掴まえて場所を聞く。

 魔警課は二階の端にあった。何となく隅に追いやられている感じがするが、そこにいた職員が三人だったので、本当に追いやられているのかも、とシャルアは思ってしまう。

 後で聞いた話では、手続き関係などは特に問題ないのだが、相談関係では込み入った話が多いらしい。そのため、人があまり通らない端に位置している、ということだった。別に追いやられている訳ではないようだ。

 ざっと見渡しても、ネルバの姿はない。別の仕事で出かけているらしい。ジェナスが戻って来れば、ここで働くことになるのだろう。

 ここがジェナスの職場かぁ。

 シャルアが一人感慨にふけっている横で、カウンターに一番近い席に座っている職員に、クノンが声をかけた。

「こんにちは。ちょっとよろしいですか」

 メガネをかけた四十代半ばくらいであろう男性は、若い娘二人が立っているのを見て立ち上がった。

 この課にいるからには、この人も魔法使いなのかな、なんてことをシャルアは考える。でも、想像とちょっと違った。

 目の前にいる職員も、あちらで座っている二人の職員も、ありふれた白いシャツと紺のベスト、ズボンを身に付けている。その姿は、あまり魔法使いっぽくない。言われなければ、他の課にいる普通の職員と同じだと思ってしまう。

 シャルアはてっきり、魔法使いというのはみんなそれらしいローブを着ているものだ、と思い込んでいたが、違うらしい。

 思い返せば、この前ネルバと会った時、彼もローブなんて着ていなかった。あれは物語の中だけの話らしい。

「はい、何でしょう」

「あの、妖精のことなんですが」

「いたずらをする妖精でも現れましたか?」

 ごく普通の対応だが、妖精と聞いても特に戸惑う様子はないところが魔警課らしい。反応のなさに、むしろこちらの方が戸惑いそうになる。

「いいえ、そうじゃないんです。妖精がいなくなってる事件があるって、聞いたんですけど」

「……どちらでそんな話を?」

 (おだ)やかな表情は変わらないが、メガネの奥の目が少し鋭くなったように思える。

「それよりも」

 クノンは自分の彼氏から聞いた、なんてことは一切言わず、職員の質問は完全にスルーして、シャルアの方へ視線を向けた。

「こちらの彼女が、妖精を捕まえてる人間を目撃したんです。話を聞いてもらえませんか」

「……わかりました。どちらで目撃されましたか?」

「えっと、ガルマックさんのお屋敷のそばにある森で」

 シャルアは昨日見た一部始終を、職員に話して聞かせた。相手はシャルアの言葉をメモしている。

「なるほど。わかりました。担当の魔法使いに伝えて、調べさせるようにします。ご協力、ありがとうございました」

 淡々と言われた。話はこれで終わり、らしい。正直、かなり拍子抜けだ。

「あの、彼女が今後危険になるってことはありませんか?」

 あまりにも事務的な運びに、クノンはちょっとむっとした表情だ。

「その犯人らしき彼らには、あなたがその場にいたとは気付かれていないんでしょう?」

「ええ、まぁ。あたしの方を見ることはなかったし、そのまま行ってしまったから気付いてない……と思います」

 位置関係で言えば、少女はシャルアの方を向いていた。でも、視線はずっと男に向けられていたはず。

 男の方は横顔がわずかに見えたが、ほとんど向こう側を向いていたのでよくわからない。目だけが見えたが、瞳の色がわかるような距離ではなかった。覆面をしていたから、髪の色や長さ、顔の輪郭すらもはっきりとは言えない。

 彼らが気付いていたならシャルアの方へやって来るだろうし、口止めするために動くはずだ。放っておくとは思えない。

 そういったことをしなかったのだから、気付いていない可能性は高いだろう。

「だったら、問題ないでしょう。ただ、念のために現場へはもう近付かないでください。犯人は現場に戻る、と言いますから。それは魔法使いでも同じです。だからと言って、そこへ行って自分で捕まえてやろう、なんて思わないでくださいね。魔法使いは味方であれば心強いですが、敵になれば厄介で恐ろしい相手です。我々がそばにいれば何とかなるかも知れませんが、いなければこちらとしても助けようがありませんから」

「は、はい……」

 厄介で恐ろしい、とは彼らにも当てはまるはずだが、淡々と脅されてシャルアはちょっと腰が引けた。

「では」

 軽く頭を下げられたので、つられて同じように下げる。どうやらそれは「帰れ」という意思表示らしいので、二人はその場を離れた。

「あの人、シャルアの話を信用してるのかしら」

 役所を出てから、クノンが不服そうにつぶやいた。

「まさかあたしが作り話をしてる、なんて思われてないわよね?」

 職員の態度に、シャルアはいらだちより不安の方が強くなる。

 あれこれ設定を作ってご苦労なことだ、などと思われたのだろうか。若い娘は夢見がちだな、なんてことを思われていたりしたら。

 あれだけ話したのに、このまま放っておかれたりしたら……妖精の犠牲者がもっと増えてしまうじゃない。あの男の手にいた妖精は、今頃どうしているのかしら。他にはいない、みたいな話をしていたみたいだけど、別の場所で捕まるかも知れないし……。

 昨日も思ったが、自分でどうにもできないのがもどかしい。こうして証言しても、信用されず、ちゃんと捜査してもらえなければ意味がない。

「一応、ちゃんとメモは取っていたしね。頭から信用してないって顔じゃなかったから、格好だけでも調べるとは思うけど」

 こればかりは、別の課にいるクノンの彼氏には聞けない。いくら情報入手に()けていても、各課の抱える問題や事件についてあれこれ聞き出すのはさすがに無理だろう。

 調査状況や結果を聞きたいが、シャルアがそんなことを頼んでも絶対に教えてもらえない気がする。

 しかし、目撃者であり、情報提供者であるシャルアには何らかの報告がほしいところだ。

「仕方ないわね。後はまかせるしかないわ。私達に動けるのはここまでよ」

「うん……」

 クノンの言う通り、どんなに思い悩んだところでシャルアにできるのはここまでなのだ。あとは専門家がやること。……やってもらえればいいが。

「そうそう、さっきの人も言ってたけど。シャルア、もう森の中へ入っちゃダメよ。その犯人のことがなくても、あの森はガルマックさんの私有地になっていて、普段は立入禁止なんだから」

「え? そうなの?」

 それは知らなかった。森が誰かのもの、なんて考えたこともない。そんな看板もなかったし、誰もそんなことは一言も言わなかったのでふらふら入ってしまったのだ。

「わかった。これから気を付けるわ」

 職員の対応は気になるところだが、あとは魔法使いが何とかしてくれるのを待つしかない。

 あの妖精が早く助けてもらえますように。

 シャルアはそう願うのが精一杯だ。

☆☆☆

 妖精の事件が気になりつつも、シャルアには何もできない。もし、ジェナスが戻って来たら、この話を相談できるのに。

 しかし、ジェナスはまだ戻って来ない。

 シャルアがマラカの街へ来てからもう十日以上が過ぎているのに、それ程大変な仕事をしているのだろうか。機密文書とやらを運ぶために、うんと遠くの街まで行っているのかも知れない。

 それなら、何日も戻らないのもわかる気はするが、たまに「早く帰って来てよっ」とかんしゃくを起こしたくなる。

 だが、それもせいぜい枕をベッドに投げつけるのが関の山だ。

 森で見たことを、シャルアが役所に話してから今日で三日。

 またガルマックの所へ配達する仕事が来た。この前はまだ入荷してなかった注文の品が来たので持って行っておくれ、とノアラに頼まれたのだ。

 シャルアは注文品を持って、少し緊張しながらガルマックの屋敷へ向かう。

「現場」へ行くな、と言われたが、現場ではないし、行くつもりはない。

 でも、現場は目と鼻の先だ。どうしたって身体がこわばる。

 セフラの畑のそばを通るが、今日は妖精の姿がどこにもなかった。あの森からそんなに離れていない場所だから、妖精も警戒して近付いていないのか。

 それとも、今日はたまたまここへ来ていないだけなのか。もしくは、シャルアに見えていないだけなのか。いつも見えている、とは限らないから。

 小さなことがひどく気になる。妖精が何かを察して遠のいているなら、今はそうであってほしい。

 屋敷に着くと、この前のように通用口へ回り、商品を届けた。泥棒に入られた、という話も聞かないので、あの二人組があの後で屋敷へ忍び込んだ、ということはないようだ。

 彼らが用があるのは妖精だけ、ということか。事情がどうあれ、ここの人達に害がなかったのは、不幸中の幸いだ。

 挨拶をして帰ろうとした時、厨房の向こうに知らない顔を見付ける。ここへは二度来ているが、シャルアがこれまでに見たことのない人だった。

 料理長に何やら指示しているようだ。ということは、偉い人だろうか。

「あの人は?」

 近くにいる料理人に尋ねてみた。

「レヴィゼだよ。二ヶ月くらい前に来て、ガルマックさんの身の回りを世話したりしてるんだ。執事みたいなものかな」

 二十代半ばくらいであろう男性。肩より少し下まで伸びたストレートのプラチナブロンド。それを束ねている白いリボンはシルクだろうか、高そうに見える。

 少し離れて見る分には、女性と思ってしまいそうに線が細い。背は高いが、勝手なイメージで身体が弱そうに思えた。

 屋敷の主の秘書をしている人にはそう関わることもないだろう、と普段であればそのまま帰るところだ。

 しかし、この前森で見たことを屋敷の主、もしくは主に近い人に知らせておいた方がいいのではないか、と思えた。

 先日の様子では、魔警課の職員が屋敷の関係者にあの怪しい男達の話を伝えるかは怪しい。妖精のことは関係ないにしても、悪い人が屋敷のそばでうろうろしているのに、何も知らずにいるのは問題がありそうだ。どんな危険が及ぶかもわからない。

 今までは被害がなくても、これからもそうとは限らないのだ。

「あ、あの、すみません」

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