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幼なじみ

 ジェナスの他にもう一人、シャルアにはこの街で会いたい人がいた。

 幼い頃、シャルアはこのマラカの街で暮らしていたが、その時の幼なじみクノンだ。

 彼女はシャルアより二つ年上で、シャルアの家が近所だったこともあり、二人はよく一緒に遊んでいた。シャルアがウットの村へ行くことになり、離ればなれとなってしまったが、それから今までずっと手紙でやりとりしていたのだ。

 その手紙のおかげで、しっかりと勉強できない田舎の村にいながらも、シャルアは読み書きだけはちゃんとできるようになった。

 田舎であるウットの村ではこれという刺激もなく、シャルアが書く手紙と言えばジェナスのことがほとんど。たまに村祭りなどのイベントが話題になる程度だ。

 一方、クノンは街のことをあれこれと書いてくれた。たまにスケッチなどもそえてくれて。実際に目で見るのとは違うとわかっているが、彼女のおかげで街についてだいたいのことは知っているつもりになれたのだ。

 十一年ぶりにマラカの街へ戻ると、覚えのない店が通りに並んでいた。だが、クノンが今まで知らせてくれていたおかげで「これが手紙にあった店なんだな」というのが何となくでもわかる。

「わぁ、懐かしい」

 周囲の景色は記憶の街とは変わっていたが、クノンの家である食堂「満月亭」は変わらずあった。店の外装を少し変えた、と数年前の手紙に書かれていたので、確かに覚えているものとは多少違う。が、看板は昔のまま残っていた。

「こんにちは」

「いらっしゃい!」

 中へ入ると、若い女性の元気な声が飛んできた。今は食事の時間帯とずれているので、客は少ない。

 その中に、赤毛をポニーテイルにした女性がいた。

「クノン?」

 やや波打った赤い髪と、少し勝ち気そうな青い目が印象的な少女。

 記憶の中で笑っている少女が大人に成長し、そこに立っている。

「シャルア? シャルアじゃない!」

 誰が来たかすぐに気付いたクノンは、こちらへ駆け寄って来るとシャルアを思い切り抱き締めた。

「お帰り、シャルア」

 ジェナスの手紙と一緒に、クノンにもマラカの街へ来ることは知らせてあった。クノンは入れ違いになってはいけないと思い、返事を出していなかったが、シャルアが来ることをずっと楽しみに待っていたのだ。

「シャルア、変わってないわ。村へ行った時のまま、大きくなったって感じ」

「えー。それじゃ、身長以外に変化がないみたいじゃない」

 ネルバにも、さっき似たようなことを言われた。やはり変わってないんだな、と思う。この分だと、ジェナスからも同じことを言われてしまいそうだ。

「ふふ、そんなことないわ。ちゃんと大人っぽくなってるわよ」

 そう言って笑うクノンは、シャルアの想像よりずっと美人になっていた。

 元々、彼女は目鼻立ちがはっきりしていたが、今はそこに大人の色気みたいなものが加わっている。変わらない、と言われてばかりのシャルアにはうらやましい限りだ。

 店の奥からクノンの両親も出て来て、再会を果たした。懐かしく思う反面、自分の両親も生きていればこんな感じになったのかな、と少し淋しさも覚える。

 クノンは空いたテーブルにシャルアをつかせ、自分も当たり前のようにその隣に座った。営業中ではあるが客はもう少なくなっているし、久々の再会だからと両親も大目に見てくれているのだ。

 クノンと別れて十年以上会ってないが、少し話すだけで一気に時間を取り戻せた気になる。

「あらら。それじゃ、結局彼とは会えなかったの?」

「うん……」

 街へ着いて食堂へ来るまでのことを話し、クノンはいつもシャルアが手紙に書いていたジェナスに会えなかったことを知った。

「魔法を使うって手紙にも書いてたわよね。ってことは、魔警課でしょ」

「マケイカ?」

 聞き慣れない言葉に、シャルアはきょとんとなる。

「あぁ、これは略称ね。本当は魔法警務課って言うの。魔法関連の事務手続きだとか、魔法が関わっている事件の捜査なんかをするらしいわ」

「笑顔屋」の主人ワーグは、話を聞いて警備課の名前を出していたが、また違う部署名が出て来た。シャルアが知らないだけで、たくさんの部署があるらしい。

 クノンによると、魔物が現れた時などに活躍を期待される部署、ということのようだ。

「事件の捜査? ジェナスは偉い人の警護だとか、機密文書を運ぶ仕事をするために街へ来たはずなんだけど」

 さっき会ったネルバは、五年前にそう言っていたはずだ。確かに魔法の訓練もするような話はしていたが、事件がどうのとは言ってなかった。子どもだったシャルアが聞いていなかったか、覚えていないのだろうか。

「それじゃあ、訓練するうちに変わったんじゃない? 役所内じゃ、人事異動なんてよくあることだもの。こっちの部署よりあっちの方が向いてるから、とか何とかで。どっちにしろ、魔法が使えるならそこだと思うわよ。魔警課にいるなら、あれもこれもってさせられるんじゃないかしら。他の部署からも助けてほしいって、よく言われるらしいわよ。魔法ができるってことは、他の人よりできることが多いってことになるからね」

 ネルバも「あれこれ任されがちになる」と話していた。本当は簡単な仕事で済んだのに、能力があるがために難しい仕事も振られているのかも知れない。

 そのために、シャルアがこうして街に来ても仕事でいない、なんてことになるのだ。

 仕事がない、と嘆くよりはいいのだろうが、ありすぎても困る。本当にちゃんと休めているのか、また疑わしくなってきた。ネルバが嘘をついても、シャルアには確かめる(すべ)がないのだ。

 ふと思ったが、シャルアはさっきネルバに「ジェナスが何の仕事をしているのか」と尋ね、答えてもらえなかった。あれは「現在調査している事件について」は答えられない、という意味だったのだろうか。

 それなら、どこから情報が流れるかわからないから、と言われるのも納得できる。シャルアにすれば、単にどこの部署にいて、主にどんな仕事をしているのかをだいたい聞ければそれでよかったのに。ちょっと言葉足らずだったようだ。

 たぶんネルバは「シャルアはジェナスの所属がどこかくらいは知っている」と思っているのだろう。これではジェナスだけでなく、ネルバとの意思疎通もすれ違いだ。

 これまでは手紙をくれるだけでいいと思っていたが、今は情報量の少なさに困らされている。もう少し突っ込んで聞いておくべきだった。……遅すぎるが。

「当分戻らないって言われたの? そりゃ、来た早々へこむわよね」

 クノンは慰めるように、シャルアの肩を軽く叩く。

「じゃ、当分は私が街を案内してあげるわ。大まかでも、ある程度の地理は必要でしょ」

「え、でも……」

「もちろん、私も食堂の手伝いがあるし、シャルアだってこれから仕事をする訳だから、長い時間は無理だけど。お互いの仕事の合間にね。早く街に慣れた方がいいでしょ? ノアラだって、その辺りはわかってくれるわ。彼女、話がわかる人だから。で、ジェナスが戻って来たら、改めてゆっくり案内してもらえばいいじゃない。なーんにも知らないって顔でいれば、別に問題はないでしょ」

 私が案内するのは、生活に必要不可欠な部分だけ。

 クノンにそう言われ、シャルアは街の案内を頼むことにした。

 さっきまではただ「ジェナスに会えなかった」というショックばかりが心を占めていたが、クノンが言うようにある程度は街の様子をわかっていなければ、簡単なお使いさえもできないのだ。

 昔いた時とは様子がずいぶん変わっているし、そもそもそんなにしっかり覚えている訳でもない。子どもの行動範囲なんて、たかが知れている。場所は覚えていても、そこへ至るまでの道はわからない、という所もあるのだ。すぐ迷子になりかねない。

 だから、クノンの申し出はとてもありがたかった。

 昼時は忙しいが、それさえ過ぎれば抜けられると言われ、あとはシャルアがノアラ達と相談して時間を合わせようということで話がまとまる。

 ジェナスに会えなかったのは、とにかく哀しいし残念だ。

 しかし、それ以外ではマラカの街の一日目は、それなりに順調に終わった。

☆☆☆

 仕事については、店番をして常連客の顔を覚えたり、扱う商品の名前を覚えることから始まる。見たことのない香辛料など、村にはなかった物もたくさんあり、頭に入れなければならない量が多くて大変だ。

 そんな仕事の合間に一、二時間くらい、シャルアはクノンと一緒に街を回った。近所のことが何となくでもわかれば、注文されていた商品が入荷した時に配達もできるようになる。

 重い物や量が多い時はワーグが配達するが、女性でも負担にならない程度の荷物ならシャルアが行けるようになった。

 ノアラは、いざとなれば簡単な地図でも描いて、配達を頼むつもりでいたらしい。だが、シャルアが思っていたより早くだいたいの道を覚えたので、案内役のクノンにはとても感謝している。シャルアとしても、早く役に立てるようになれて嬉しい。

「今日はセフラの所と、ガルマックさんの所へ行くね」

 クノンはノアラにそう告げ、シャルアを連れ出した。

「わかったよ。気を付けて行っておいで」

 ノアラは手を振って、二人を見送った。

「配達先って本当にたくさんあるのねぇ」

 調味料や調理器具などを扱う店なので、一般家庭からも注文が来る。店にない時は入荷してからそれを配達するため、商品だけでなく覚える場所が多くて大変だ。

「あ、セフラは配達先じゃなくて、仕入れ先よ。細かい話は後でするとして、今日は先に別の場所へ寄るから」

「別の場所?」

 いぶかしげな顔のシャルアをクノンが連れて行ったのは、一軒の店。そこは衣料品店だった。

「あの……クノン?」

 ここはすでに案内してもらった場所だ。ここの奥さんが調味料をよく買いに来てくれる、ということで、挨拶は済ませてある。

 品切れだった物を配達するならともかく、今は手ぶら。わざわざ二度も来る必要はないはずだ。

 案内のためではなく、クノン自身が何か用事があるのだろうか。

「いいから、入って」

 クノンに背中を押され、シャルアは店の中へ入った。

「いらっしゃい、クノン、シャルア」

 入って来た二人を見て、奥さんがにこやかに出迎えてくれる。

「はい。じゃあ、これね」

 言われて差し出されるままに、奥さんから包みを受け取ったシャルア。服を頼んだ覚えはない。まだ(ふところ)に余裕はないのだから。

「あの……」

「ほら、開けてみて」

 クノンに言われ、紙の包みを開けると優しいピンク色のブラウスが出てきた。

「わ、かわいい」

 色もきれいだし、襟の部分がフリルになっていてとてもかわいい。

「私からのプレゼントよ」

 その言葉に、シャルアはクノンの顔を見た。

「プレゼントって、クノン……」

「お帰りなさい、マラカの街へっていうのと、新しい生活の船出にね。あと、ジェナスが帰って来た時に、少しでもかわいい格好をしておきたいでしょ。五年も会ってないんだから、うんときれいになったシャルアを見てもらいなさい」

「クノン……ありがとう」

 たまらず、シャルアはクノンに抱きついた。こんなサプライズプレゼントは初めてだ。びっくりしたけれど、とても嬉しい。

「ね、シャルア、着てみて。背は私の方が高いけど頭一つも違うって訳じゃないし、体型は似たようなものでしょ。丈と袖が少し長くなるくらいだろうからって、同じサイズにしてもらったの。あまりおかしいと直してもらわないとね」

 そう言われ、シャルアは店の一角にある試着室で、もらったばかりのブラウスに袖を通した。絹ではないが、さわり心地がとてもいい。

「まあ、かわいい。似合ってるわ」

 着替えたシャルアを見て、奥さんが笑う。クノンも満足そうだ。もちろん、着ているシャルア自身も。

「うんうん、いいわよ。思ったより丈も袖も気にならないし、いい感じね。これでジェナスがいつ帰って来ても大丈夫よ」

「そ、そうかな」

 あまりほめられると、恥ずかしい。新しい服なんて何年ぶりだろう。

 村では背が伸びて服が小さくなれば、村のお姉さん達がお古をくれた。まだきれいだけどサイズが合わなくなれば、今度はシャルアから年下の子達にお下がりとして渡して。

 シャルアはあまり背が伸びなかったので、もらったお古をずっと着ていたような気がする。

「準備ができる余裕があれば、髪型も少し変えたいわね。シャルアの髪はさらさらだから、今みたいにそのままでいてもいいけど」

 奥さんが気を利かせ、店の隅に置かれていた踏み台用のイスと、奥からブラシを持って来てくれた。クノンはイスにシャルアを座らせ、髪をとき始める。

「こめかみ辺りから少しすくい上げるだけでも、雰囲気が変わるでしょ。シャルアの髪は素直だから、いくらでもアレンジは可能よ。かわいくしたり、大人っぽくしたりなんて、結い方で自由に変えられるわ」

「そ、そう?」

 ウットの村にいた時は、作業の邪魔になるからざっくりと一つに束ねたり、三つ編みにしていた。今はとにかく子どもっぽく見られないようにしたいと思っているが、どうすればいいのかわからない。

 結局、どこも結ってない状態にしているだけ。悪く言えば、ブラシでといただけの状態である。

 最初からするつもりだったのか、クノンはポケットからブラウスとよく似た色のリボンを取り出した。左右のこめかみから少し髪をすくい、後ろでささっとリボンで結ぶ。

「クノン、手早いわねぇ。頼まれれば髪結いの仕事もできそうじゃない?」

 横で見ていた奥さんが感心している。それはシャルアも同じだ。

「ふふ、そう? じゃあ、副業にしちゃおうかしら」

 ほんの少し髪をリボンで結わえただけなのに、ちょっと角度を変えればいつもと違う自分が鏡の中にいる。顔は見慣れたものなのに、何となくかわいく見えてしまうから、不思議だ。

「あとは、これね」

 再びクノンがポケットから出したのは、口紅だった。

「ええっ、クノン、それはちょっと」

 化粧なんてしたことがないシャルア。いつかは、なんて思っていたが、こうもいきなりだと心の準備ができない。

「ほら、動かないで。おでこに付いちゃったら格好悪いでしょ」

 立ち上がりかけたシャルアを座らせ、クノンはそのくちびるに紅をひく。

「ふふ、かーわいい」

 シャルアの仕上がりに、クノンの方が満足しているみたいだ。

 再びシャルアが鏡を見ると、服の色に合わせた淡いピンクがくちびるを(いろど)っていた。

「肌がきれいだし、そこにわざわざおしろいを塗るのも考えものよねって思ったから、今回はこれだけね」

「ええ、その方がいいわ。若いんだもの、あれこれお化粧するよりもその方がずっといいわよ」

 横で奥さんもうなずいている。

「今日はせっかくだから、このままでいればどう? うまくいけば、ジェナスが帰って来たところに会えるかも知れないじゃない?」

「う、うん……」

 ジェナスがいつ帰って来るのか、シャルアは知らない。でも、せっかくだからこの格好の時に会えたら……。

 そんなことを考えると、急にどきどきしてきた。

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