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紺碧の瞳  作者: 碧衣 奈美


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20/21

氷解していく疑問

 森の中で魔物に襲われているシャルアを見付けたのは、偶然だ。この点は、今回の事件で一番幸運だった。

 もしジェナスが別の所を調べていれば、間違いなくシャルアは命を落としていただろう。

 その際に倒れてしまい、彼女に顔を見られたのはジェナスの失敗だが、もしそれを役所に通報されても支障はない。

 魔警課は「誰が何という名前で動いているか」をちゃんと把握しているからだ。

 魔物を放つくらいだから、いよいよレヴィゼはたかるハエを本気でたたき落とそうと決めたか、と考えた矢先。

 シャルアがレヴィゼの手に落ちた、と聞かされる。あれだけ血の気が引いたのは、生きてきた中で初めてだ。

 シャルアが連れて行かれたとわかったのは、クノンが魔警課へ飛び込んで来たおかげだった。シャルアの読み通り、クノンはシャルアの言葉の意味を理解していたのだ。

「ジェナスはっ? ジェナスはまだ戻らないの? 緊急事態なのに!」

 半ば怒鳴り込むようにして現れたクノンに、ちょうどその場にいたネルバが対応した。

「養女にするにしたって、いきなりすぎるわ。会えなくなるかも、なんていうのも異常でしょ。単にこの話を伝えるだけなら、幼なじみの名前をささやく必要なんてないはずだわ。あの森で妖精を捕まえていた人をシャルアは見てるし、それがあの人かその手下だとしたら、シャルアは口封じのために連れて行かれたのよ。そうじゃなかったとしても、こんな状態は普通じゃないわ。急いで調べて!」

 あまりの勢いに、噛みつかれるかと思った、とはネルバの感想である。

 この話を伝え聞いて、ジェナスは急いでシャルアの居場所を探った。これまでにレヴィゼを調べていて、思いつく場所は片っ端からあたってみたのだが、彼女の姿はどこにも見当たらない。

 ジェナスが焦る中で、シャルアを見付けたのはリエルだった。

 リエルは仕事をする上でジェナスの大切な相棒であり、その正体は黒ねこの魔獣だ。時と気分によっては、ティートという少年の姿にもなる。

 シャルアが見た少年とリエルが兄妹に見えると言ったが、同一の存在なのだ。

 魔獣は人間よりも魔力が高く、人間の姿になる時も魔法使いのように瞳と身長が不可変という制約を受けない。何度も変身していれば多少パターン化してくるが、全てのパーツを変えられるのだ。

 そのリエルは、森へ入り、レヴィゼと出て来るシャルアを見ていた。そのことを知らせようとジェナスを捜しているうちに二人が屋敷へ戻ったので、その後はシャルアが連れて行かれた場所をずっと探っていたのだ。

 軟禁された部屋からシャルアが見た黒ねこは、リエルの本当の姿である。

 シャルアがいた部屋は、結界が張られていた。もちろん、妖精が逃げないように、というのが一番の目的だが、外から妖精の姿が見えないように、という役目もある。

 そのため、いくらジェナス達が調査してもわからなかったのだ。

 しかし、うまくしたもので、人間の姿は見えるようになっている。部屋の中が全然見えないようしていると、誰かが気付いた時に怪しまれるからだ。レヴィゼはその辺りの細かい部分には注意を払っていた。

 今回はそのおかげでシャルアの姿がわかり、リエルも見付けることができたのでああして侵入できた訳だ。

 自分が街へ来てから、そんな流れがあった。

 役所の仮眠室で話を聞いたシャルアは、あまりに色々ありすぎてしばらく何も考えられなかった。

 あんな近くにジェナスがいたのに気付かなかったと知り、シャルアはまずそこで落ち込んでしまう。あれだけ会いたいと言いながら、姿が変わっただけで好きな人がそこにいてもわからない、なんて情けない。

 だが、わかったらそれは「ジェナスの術が失敗」ということになるから、わからない方がいいんだ、と言われた。物語では姿が変わってもわかる設定だが、現実にそうなることは滅多にない、と。

 そうかも知れないけど……と、シャルアはちょっと微妙な気持ちだ。瞳の色が同じだ、ということはわかったのに。

 リエルおよびティートについては、ケイレディンと同じく妖精誘拐犯の一味とシャルアは思っていた。それだけに、彼女(本性はメスである)が味方と知った時は、言葉もなかった。

 しかし、シャルアが彼女と会話していたシーンを何度思い返してみても、どうがんばったって「味方かも」と思えるところはない。

 レヴィゼが放つ火の魔法からは助けてもらったが、あの時は何か別の意図がありそうな雰囲気だった。やっぱり、味方に思えない。

 森の中でティートに「どうすればいいか、わかってるよな」と言われた時、シャルアはてっきり「黙ってないと殺す」という脅し文句だと思い込んでいた。後で聞くと「危ないことはやめておとなしくしてろ」という意味だったらしい。

 それならそうと言ってくれ、とシャルアは心の中でグチる。あの状況でそう考えるなんて、まず無理だ。

 あの時点では、ティートはシャルアとジェナスの関係を知らず、ジェナスは危ないことに巻き込まれかけた一般人を助けた、と考えていたのだ。

 俺は守ってやらない、と言ったのは、ティートにとって「自分の仕事」ではないから。あくまでも、レヴィゼのしっぽを掴むことが今回の仕事だからだ。

 もっとも、また魔物が現れていれば、助けることになっただろう。ジェナスの相棒をする限り、弱い人間を放っておかないことを約束しているからだ。

 ジェナスがダメージから復活し、シャルアのことを聞いて、彼が単に弱い人間を守った訳ではないと知った。

 逃げて来た妖精に気を取られていたとは言え、シャルアに自分達の姿を見られたとわかってからは、近いうちに何か起きるだろうという予感もしていた。女の勘である。

 そして、実際に「何か」が起きた。

 レヴィゼにシャルアが捕まった、と知った時のジェナス。そこにいるのは、リエルが見たことのない男だった。

 顔にこそ出していなかったが、焦りと苛立ちでぴりぴりしているのがいやでも感じられる。シャルアが軟禁された部屋へ突入するまでそれが続き、リエルは正直なところ辟易(へきえき)していたくらいだ。

 一足先に結界を裂き、部屋へ入ったリエル。

 シャルアがケイレディンのことを誤解したままだとわかってはいたが、自分達がしていることをお前は知っているんだろう、とわざと言った。シャルアは怖がるだろうが、からかってやりたかったのだ。

 あの冷静な魔法使いを焦らせてしまう少女を。

 魔力でつくったナイフをシャルアの真横をかすめるように飛ばしたのは、少しだけ怖がらせてやりたい、というちょっぴり意地悪な気持ちからだ。とは言っても、本気で傷付ける気はない。

 二人が妖精界から戻り、ゆっくりとその姿を現した時。

 ほっとしたと同時に少しいらっとして、近くにある鳥かごを蹴っ飛ばした。シャルアはもちろん、ジェナスもそのことには気付いていない。

 とにかく、森でレヴィゼに捕まってから助けられるまでが、短時間ではあるが目まぐるしく、ジェナスから話を聞いたシャルアは事態を整理するのに長い時間がかかってしまった。

 正直、あれから数日が経った今でも、まだ混乱している部分はある。

 事件が解決することで、シャルアはまたノアラとワーグの店「笑顔屋」へ戻ることができた。自分の意思で出て行ったのではないから、再び受け入れてもらえるのはありがたい。

「おかしいと思ったんだよ」

 そう言いながら、ノアラはシャルアを抱き締めて迎えてくれた。シャルアが店へ戻る前に魔警課から事件についての説明がなされていたので、ノアラとワーグはずっと待ちわびていたのだ。

「あまりにも突然すぎるしさ。ワーグなんて、どうして主人の俺に何の挨拶もなしに連れて行くんだって、すっごく怒ってねぇ」

 金があったら何でもありかっ、と相当頭にきていたらしい。

「こういうことは、ちゃんと筋を通さないとな。それに、ジラムから預かった責任があるんだ。勝手に連れて行かれたら、合わせる顔がない」

 二人が怒ったり笑ったりするのを見て、本当に戻って来たんだ、とシャルアはしみじみと、そして嬉しく感じたのだった。

 ちゃんと言いたいことをわかってくれたクノンには一生頭が上がらないな、なんてことも思う。彼女が魔警課へ行ってくれたおかげで緊迫感は半端なく上がり、事件は解決できたのだから。

「だって、シャルアってば無理してるのがバレバレな顔してるんだもの。完全に追い詰められてるのに、強がって何でもないって顔をしようとしてる感じ。逆に、よくレヴィゼにばれなかったわよね。あいつ、絶対に人の表情を読むのが下手なのよ」

 精神的に追い詰められていたのは確かだが、そんなに言われてしまうくらい顔に現れていたのだろうか。

 レヴィゼの手前、何でもないような顔をする必要はあったが、笑いながらそう言われるとちょっと考えてしまう。

 クノンからは、嘘がつけないタイプなのよ、と言われた。

「起きてる?」

 ぽふっと頭を叩かれ、シャルアは振り返った。

 そこには、ケイレディンの姿ではないジェナスがいる。事件が解決したので、もうあの姿は必要ないのだ。

「もう少しで眠ってたかも」

 シャルアは笑う。

 店が休みの今日、シャルアはこの川べりでジェナスと会う約束をしていた。

 何とか顔を見られる日もあったが、後の処理が残っているとかで今日までの数日間、ゆっくり会える日がなかったのだ。

 また会えないのかと淋しく思ったが、お互いの存在はもう認識できている。これまでと違い、穏やかな気持ちで待つことができた。

「寮を出る時、管理人のおじさんに何か言われたりしないの?」

「ないよ。あの人は俺達の行動を管理してる訳じゃないんだから」

 言いながら、ジェナスはシャルアの隣に座る。

「あの寮って、エリートだけが入れるって聞いたわ。ってことは、ジェナスもエリートってこと?」

「さぁ。面と向かって誰かに、お前はエリートだ、なんて言われたことがないからな。でも、そんな噂が流れてるんだ」

 ジェナスが苦笑する。その笑い方は、昔と変わっていない。

「そう聞いたわ。入りたくても入れてもらえないらしいって」

「あそこ、魔警課の独身寮みたいなものだからな。今回の俺みたいに、長期間部屋へ帰れないって仕事の多い奴が入ってるんだ。自分達のことを探られて困る奴は、留守中に家捜ししようとするんだよな。そんな大事な情報、自分の部屋へ持ち帰る奴なんかいないのにさ。だけど、向こうも必死だからお構いなし。で、ついでだか何だか知らないけど、空き巣まがいのこともしていく。普通の下宿でそういうことが何度も起きると、迷惑がかかるだろ。そのうち、借りられない奴が出て来るかも知れない。そういうことが起きないように、魔警課の奴はひとまとめにしてしまえってことで、あの寮ができたんだ。普通のアパートだと見張れないけど、寮なら管理って形で見張っていたって誰も文句は言わないし」

 部屋に余裕があれば、訓練中の者も入れる。ジェナスの時はうまい具合に部屋が空いていたので、最初から入ることができたのだ。

「昔、泥棒が入ったからとか何とかって、管理人のおじさんは話してたけど」

「一応の建前だよ、それは。あの管理人のおじさん、現役はもう引退したけど腕のいい魔法使いなんだ。変な奴が来ても、まず入れないな」

 管理人のおじさんが魔法使いというのは、初めて知った。だが、魔法が使えなくてもあの淡々とした対応なら、どこへ行っても通用しそうな気がする。

 普段は玄関に一番近い部屋にいて、入って来る人間をチェックするらしい。シャルアが初めて会った時に外にいたのは、たまたまいい天気だったからのようだ。

 ついでに、周囲にあった壁も結界のようなものだと聞かされた。何とも微妙な高さの壁だと思っていたが、結構重要な役割があるようだ。

「あ、この話は内緒、な。魔法使いが見張ってる寮なんて、実は危険じゃないのかって言い出す人が出て来るかも知れないしさ」

「ん、わかった」

 いくらでもごまかしようはあったはず。そんなに大きな秘密ではないかも知れないが、シャルアを信じてジェナスが話してくれたのが嬉しい。

「ジェナス、どうして魔警課にいること、教えてくれなかったの?」

「え? 言ってなかったっけ?」

 その顔は、とぼけているようには見えない。

「聞いてないわよ。手紙には全然書いてくれないし、こういうのって聞いてもいいのかわかんないし」

「そうか。ごめん。俺、自分では知らせたつもりになってたんだな。魔法の練習を始める時に、ネルバから言われたんだ。魔法ができるようになれば、魔警課に即決定だって。同じように訓練しても魔法は向き不向きがあるし、俺ができなかったら警備課だろうって話で」

 その辺りの会話を、シャルアはもちろん知らない。だが、ジェナスの中では、自分が魔法を使えるようになってきたので魔警課だな、と納得していたのだ。魔法の練習を始めたことについては手紙に書いていたので、つながっていると勝手に思っていたのである。

 手紙を書く頻度が少なかった上、前回書いたことをいちいち覚えていないから、なおさら言うべきことが抜けやすかったのだ。

 そんなことさえも教えてもらえないのか、と淋しく思っていたシャルアだが、そうではないと知ってすっきりした。

「ねぇ、ガルマックさんはどうなるの?」

 結局、シャルアはあの屋敷の主に一度も会っていない。別に会いたいとも思わないから構わないのだが、今回の事件の黒幕みたいなもの。今後のことが少しばかり気になる。

「違法とわかっていて、妖精を売買しようとしたからな。それなりの刑になる。結構重くなるだろうってことは聞いた。あと、シャルアを軟禁したことをレヴィゼから聞いていたのに、それを黙認した。これについては誘拐になるのか軟禁罪になるのか俺にはわからないけど、とにかくそういった罪も加わる。これだけやってるんだから、貴族の称号は剥奪だな、たぶん。稼ぐために働くのはいいけど、法に触れるのはよくないよな」

 レヴィゼもガルマックと同罪ではあるが、妖精の捕獲やシャルアを軟禁した実行犯である分、さらに罪が重くなるようだ。相当な年月、魔法を封印した上での刑務所暮らしとなるだろう。

 ちなみに、今は自分が呼び出した魔物にぶつかられてケガをしたので、療養中だ。その後で長い服役が待っている。

 ガルマックが妖精を売り渡した先の貴族も、すぐに捜査の手が入った。他から妖精を入手していた貴族達は、大慌てで妖精を解放しているだろう。

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