鉢合わせ
クノンはやっぱりわかってなかったのかな。それとも、相手が貴族だから役所は手を出しにくくて手間取ってる、とか。
ガルマックさん……にはまだ会ってないけど、レヴィゼにこんな仕事をさせるくらいだから、いい人とは言えないわよね。お金持ちだから、魔法使い達が調べようとしてもお金で解決させてたりして。貴族にお金を渡して黙らせるくらいだもんね。そうなれば、彼が悪いことをしてるってわかっても、この事件そのものがうやむやにされちゃう、なんてことが……あるのかしら。
怖い想像をして、シャルアはぞっとする。
そんなことになったら、シャルアは一生ここで軟禁生活だ。その一生だって、へたすると短いものになる可能性がある。
貴族達の間で妖精ブームがすたれてしまえば、妖精を捕まえる必要はなくなる。つまり、妖精の世話をするシャルアは用済みになるのだ。
そうなったら解放してもらえるか、と言えば……普通に考えて、まずそれはありえない。
やだ。こんな部屋の中で死ぬなんて、絶対にいや。それに、あたしはまだジェナスに会ってない。五年も会えなくてつらくて、やっと会えるはずだったのに。このまま会えずに死ぬなんて、あたしはいや。
ジェナスのことを考えると、涙が浮かんできた。できるものなら、ここで思い切り泣きたい。感情を発散させないと、今にも不安と恐怖で押しつぶされそうだ。窓に映った顔はほとんど泣き顔。
しかし、ここで泣けば妖精達が心配するだろうし、また不安にかられてしまう。
シャルアはぐっと気持ちをこらえ、服の袖で浮かんだ涙を拭こうとした。
その手が止まる。
窓に映った自分が、全く別の動きをしたのだ。びっくりして目が丸くなる。
だが、すぐに違うとわかった。自分が映った窓ガラスの向こうに、別の誰かがいるのだ。
ただ、いるとわかるだけで、顔は全くわからない。
でも、ここって二階でしょ。いくらバルコニーがあると言っても、どうやってここまで来たの。明るい時に見たけど、このバルコニーって隣の部屋とはつながってなかったはずでしょ。そこから来ることはできないはずで……。もしかして、のぼって来たとか? 階段やはしごなんてなかったと思ったけど。あ、はしごをかければ済む話ね。
「え……」
シャルアがびっくりしている間に、窓の外にいるその誰かは片腕を振り上げていた。その腕を一気に振り下ろす。銀色のきらめきが同時に見え、持ってもいない剣を振り下ろしたかのようだった。
その途端、空気が変わった気がする。景色は何も変わってないはずだが、シャボン玉が弾けたような感覚で、見えない膜が消えたような。
鍵のかかっていない窓ガラスが開けられ、シャルアが呆然としている間に、外にいたその誰かが入って来た。
「あなたは……」
現れたのは、森で最初にケイレディンを見た時、一緒にいた少女だ。
黒い服に黒髪だから白い顔だけがぼんやりと浮かんで見え、だからシャルアには窓に映った自分の姿とだぶって見えたのだった。
この前は距離があってわからなかったが、金色の瞳をしている。珍しい色だが、街にはこんな瞳の人がいるのだろうか。
「やーっと見付けた。ここにいたのね。前から怪しいとは思っていたけど、こんなにいたんだ」
小さな赤い舌がちろりとのぞいた。その言葉に、シャルアははっとする。
彼女も妖精を手に入れようとしていたのだ。彼女にとって、この部屋はまさに宝の山。
「ダ、ダメ。お願い、妖精には手を出さないで」
シャルアは両手を広げ、少女と妖精達の間に立ちはだかった。妙な気配に、妖精達はシャルアの後方で一カ所に集まる。
「あーらら、そうはいかないわ。ずっと捜してたんだから」
動物なら、ねこ。
間近で見ていて、そう思った。金色の瞳が余計にそう思わせる。
瞳も髪の色も違うが、やはり昨日の少年とどこか似ている気がした。
あの少年は魔法を使えると言っていたが、それなら同じ一味である彼女もきっと使えるだろう。たとえ魔法は使わないとしても、大きな声で人に言えないようなことをしているなら、何かしらの武術はできるはず。
「昨日、あいつが森を出るように言ったんでしょ。あなた、もしかして意味をわかってなかったの? つまり、首を突っ込むなってこと。それを聞かずにいるから、こんな目に遭うのよ。あいつがやったこと、無駄になるじゃない。もう少し自分の危機管理をしっかりするべきね」
「ご、ごめんなさい」
見た目のイメージ通りにぽんぽん言う少女。相手が悪人の仲間でも、それを言われるとつらい。
だが、たすけてという声を、シャルアはどうしても放っておけなかった。
「あなた達は妖精をどうするつもりなの」
「ここから連れ出すのよ、もちろん。あなた、私達がしていること、知っていると思っていたけど?」
「し、知ってるわ……」
隠しようもないので、シャルアはうなずく。少女は意味深な笑みを浮かべた。
「ふぅん、一体どこまで知ってるのかしら」
そう言われても、シャルアに答えられるはずがない。答えた途端、何をされるやら。
「あなた、あの男の子と兄妹なの?」
「男の子? きょーだい?」
シャルアは強引に話題を変えたが、その中身に少女はきょとんとしている。
「あーあ、ティートのことね。あは、兄妹に見えたんだ。ふぅん、そういう設定も面白いわ」
「設定って……違うってこと?」
どこか似ている気がしたのだが、そうではないらしい。
「当たらずとも遠からずって奴かしらね」
見た目だけで判断するならシャルアと近い年齢だろうに、少女は艶っぽく笑う。
何かあれば、この笑みを武器にしたりしているのだろうか。シャルアには絶対にできない芸当だ。
「彼は……大丈夫なの?」
こちらが知っている、ということは、少女にばれていると思われる。それでも、ケイレディンの名前をはっきり口に出すのはためらわれた。
そんなシャルアの気持ちがわかるのか、少女はまたわずかに笑みを浮かべる。
「人の心配より、自分の心配すれば?」
少女が何か投げた。銀色にひらめくそれは、シャルアの顔のすぐ横を通り過ぎて真後ろの位置にあった扉に突き刺さる。
思わず振り返って見ると、ナイフだ。
もう一度少女の方に向き直ると、彼女はあちこちの壁にナイフを投げている。切っ先が壁に突き刺さるカッという音が、何度も聞こえた。今日何度目かの悪寒が背筋を走る。
最初のナイフはぎりぎりに思えたが、どうやら少女はシャルアを狙った訳ではないらしい。が、それにしたって彼女の行動の目的がわからなかった。
「な、何してるの」
「結界を切り裂いてるのよ。ご丁寧に何重にもかけてくれちゃって。破るために力を使うのももったいないし、この方が早いわ」
少女がそう言って投げたナイフが、再び扉に刺さる。その途端、また見えない膜が破れたような感覚を受けた。
同時に、妖精達の間で歓声が上がる。
「結界が消えたわ」
妖精達は嬉しそうに騒いでいる。シャルアにはわからないが、妖精が言うのだから、たぶんそうなのだろう。
しかし、誰もまだ逃げようとしない。恐らく、もしこれが罠だったら、と思っているのだ。
それでも、ひとりの妖精が勇気を出して、窓の方へと飛んだ。逃げられるかどうか、確認しようとしたのだ。
しかし、すぐに悲鳴をあげ、文字通り飛んで戻って来る。
「リエル、横着なことをするな」
言いながらバルコニーから入って来た人物を見て、シャルアはどきりとする。
現れたのは、ケイレディンだ。昨日と同じ黒い服だが、今は覆面をしていないので顔がはっきりわかる。
妖精はいきなり男が現れたため、驚いて戻って来たようだ。
「だって、この方が早いわよ」
「万が一、シャルアや妖精に当たったらどうする」
「そんなヘマしないわよ。ね?」
さっきは真横を飛んだのがナイフとわかって、血の気が引いたのだが……にっこり笑って同意を求められ、つられるようにしてうなずいてしまった。
ふと気付けば、彼女が投げたはずのナイフが全て消えている。確かに何本も壁に突き刺さっていたのに。
レヴィゼの結界は魔法で張られたものだから、あれが単なるナイフで破られるはずがない。さっきナイフと思った物も、きっと魔法がかけられた物だったのだろう。
だから結界と一緒に消えたのだろうが……本当に当たっていたりしたら、どうなっていたのか。考えるのが怖い。
「森を出ろと言ったのに、この状態はほめられないな」
シャルアの顔を見たケイレディンが、渋い表情になる。シャルアがここにいる事情が、彼にはわかっているようだ。
「……ごめんなさい」
ケイレディンがリエルと呼んだ少女にも言われたし、シャルアは素直に謝った。
同時に、初対面の時はあんなに仏頂面だったのに、他の表情もできるんじゃない、なんてことを思ったりする。にこやかな表情ではない、という点は同じだが。
こうして見る限り、普通に歩き、話している。あの少年も言っていたが、ケイレディンはもう大丈夫のようだ。
それがわかって、シャルアはほっとする。
「言っただろ、あいつはたらしだって。俺の言うことを聞かないから、こんなことになるんだ」
「あたし、別にレヴィゼにたぶらかされた訳じゃ……」
むっとしたシャルアが反論しようとした時。
突然、ばたんっと大きな音がして、扉が開いた。その音に驚いたシャルアは身体を震わせ、妖精達は悲鳴を上げる。
「これは一体……今まで周りをうろついていたのはお前達か」
部屋へ入って来たのは、レヴィゼだ。シャルアが叫んだ訳でもなく、この二人が入って来た時にも大きな音はしていないはずだが、様子がおかしいと気付いて飛び込んで来たらしい。
彼の懸念通り、部屋には妖精とシャルア以外の人間がいる。
「やっと見付けたぜ。森に隠してると思ったら、堂々と屋敷の中で作業してるとはな。まったく……もう少し建設的な部屋の使い方をしろよ」
「お前は庭師見習いの……。では、ソブも仲間なのか」
あ……そういうのもあり、だったんだわ。
レヴィゼの言葉を聞いて、シャルアは非常に遅ればせながらソブがケイレディンと仲間であるかも、という可能性に気付いた。
ケイレディンのことばかりに気を取られ、ソブも関係者かも知れない、という点に全く気付かずにいたのだ。
最初の挨拶以来、ソブには会っていないが、もし彼が仲間であれば顔を合わせた時に何かされていたかも知れないのに。……ケイレディンの仲間なら、見逃してくれる可能性もありだろうか。
とにかく、その点についての考えが全く至らなかった自分が情けなくて、そんな場合ではないが、落ち込みそうになる。
「いや、あの人にはちょっと無理を言って、仕事をさせてもらっただけだ。でも、俺は庭師に向いてないらしいんで、明日辞めるって話をするよ」
ケイレディンの言葉でソブは無関係だとわかり、とりあえずシャルアはほっとした。
「結界を消したのか」
自分が念入りに張ったはずの結界は、全て消えている。
そのことに気付いたレヴィゼは、ケイレディンを睨み付けた。今はその瞳が氷ではなく、青白い炎を思わせる。怒りのオーラが、全身から発せられていた。
そうでなくても、その形相は今までとまるで別人だと思わせる程に歪んでいる。
「お前のようなこそ泥に、横取りはさせんぞっ」
睨むレヴィゼとは対照的に、ケイレディンは不敵な笑みを浮かべる。
「残念だったな。根こそぎもらっていく。じきに俺の仲間達もここへ来るぜ」
シャルアはケイレディンの言葉に、さっきリエルがティートと呼んだ少年が来るのかと思った。思い浮かぶのは、彼くらい。
しかし、彼は「仲間達」と言った。あの少年以外にも仲間がいたということだ。一体、彼らはどれだけの大きさのグループなのだろう。
「ふざけるなっ」
怒鳴り声と同時に、大きな火の球がケイレディンを襲う。
火の球の軌道の近くではないが、遠くでもない位置に立っているシャルアは、いきなり現れたその火を見ているだけしかできない。
火の大きさからして、そこにいれば間違いなく巻き添えを食うのに、驚きと恐怖で動けなかった。
火が来ると思った直後、シャルアは目の前が真っ暗になった。目を焼かれて黒焦げになったのかと思ったが、違う。
リエルに床へ押し倒され、二人してシャルア用に持ち込まれていた毛布をかぶって火から逃れていたのだ。
「だから、危機管理をしっかりしなさいってば。本当に世話の焼ける子ねぇ」
「あ……ありがとう」
助けてもらったようなので、シャルアは何とかお礼の言葉を口にした。
「よ、妖精は?」
リエルが毛布をめくる。そこにいるのは、ケイレディンと彼を睨むレヴィゼだけ。部屋に妖精の姿はない。
「ま、まさか……」
がらんとなった部屋を見て、シャルアは青ざめた。
「あなたと違って、さっさと逃げたわよ。あいつが火の球を出したと同時にね」
「そう……なの」
それを聞いて、心底安堵する。
人間を飲み込めそうなまでの火に、シャルアは妖精が焼き殺されたのではないかと思った。
あんな小さな身体では、完全に黒焦げか跡形も残らないまでに焼き尽くされそうだ。わずかにかするような状態でも、大やけどになるかも知れない。
あんなに大勢いたのに誰もいなくなっているのを見た時は、全員が焼き尽くされたのかと思ってしまったが、そうじゃなかったのだ。





