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紺碧の瞳  作者: 碧衣 奈美


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16/21

表に出る本性

 突然声をかけられ、シャルアはうつむきかけていた顔を上げた。

 一番手前の鳥かごに入れられた、銀の髪の妖精が話しかけてきたようだ。

「ええ、そうよ。シャルアっていうの」

 妖精との会話に、多少興奮しながらシャルアは答えた。これまでに姿を見ることは何度もあったが、ちゃんとした会話は初めてだ。

「どうしてあなたまで、私達と同じように閉じ込められてるの? 閉じ込められてる、のよね?」

 シャルアにとっては、この部屋そのものが鳥かごのようなものだ。

「あ……えっと、さっきの人が妖精を捕まえるところを見ちゃって。それと、あたしにはあなた達の姿が見えるから、世話をしろって言われたの。殺さない代わりに働けってことね」

 ひとまず、命が助かったことは喜ぶべきだろう。生きていれば、ここから解放される日が来るという希望も持てる。……持っていいのだろうか。

「あの魔法使いは、私達をどうしたいのかしら。あなた、知ってる?」

 別の妖精が尋ねた。妖精達は捕まってここへ連れて来られたものの、その後どうなるかがわからないようなのだ。

 なぜ捕まえられたのか。理由も、これからのこともわからない。不安になって当然だ。

 レヴィゼなら「商品」に今後の説明など、しなさそうに思える。一般人にも見えるように細工がなされたら、注文した貴族の元へレヴィゼが妖精を持って行くのだろう。

 知るのも怖いが、先のことを知らないで閉じ込められたままなのは、もっと怖くてつらいはず。

 シャルアはレヴィゼがしていることを話した。妖精達の間で、小さなどよめきが起きる。

「だから、今以上にひどいことをされる訳じゃないわ。……見えるようにする細工っていうのがどんなものか知らないけど」

 シャルアが目の前で見た魔法は、ケイレディンが使った攻撃の魔法だけ。解毒も使ったようだが、気付かなかった。防御でも治癒でもない魔法なんて、シャルアにはさっぱりだ。

「でもね、貴族の所へ連れて行く時に、妖精がぐったりしていたら文句を言われると思うの。だから、ケガしたり、苦しくなったりすることはないはずよ」

 それが真実かどうかシャルアには判断できなくても、これ以上妖精達が不安にならないように言葉を選んだ。

 もっとも、瓶か何かに閉じ込められて一生を終えるかも知れない。現在の不安が消えたとしても、結局妖精達の未来は明るいとは言えないのだ。

「早く見付けてもらえたらいいんだけど」

 言いながら、シャルアは窓の方へ歩いた。さっき入って来た門は、そこからでは見えない。あちらが表なら、この部屋は裏庭が見える位置にあるようだ。

 ソブやケイレディンの姿を捜したが、庭にそれらしい影は見当たらない。見えたとしても、助けを求めることはかなわないだろう。

 ケイレディンは魔法を使うから助ける力はあるだろうが、彼がここからシャルアを助ける義理はない。同じことが二度もあるとは思えなかった。

「あら?」

 バルコニーの所で何か動いた。よく見ると、黒ねこだ。

「このお屋敷にねこがいたの? 知らなかった」

 数回の配達の時も、ねこの姿は見なかった。とは言うものの、シャルアがこの屋敷で行く場所は限定されているし、広い空間に小さなねこでは見掛けなくても不思議ではない。

 艶やかな黒の毛並みに金色の瞳をした、どこにでもいそうな黒ねこだ。ここの飼いねこではなく、よそから入って来たのかも知れない。

 黒ねこはシャルアをじっと見ていたが、ふっと視線を外すとどこかへ行ってしまった。

 いいなぁ、自由にどこへでも行けて。

 まだこの部屋に閉じ込められてから、一時間も経っていない。しかし、自由に動けないことはこんなにも追い詰められるものなのだ、と思い知る。

 まだ部屋が明るいだけ、話相手がそばにいるだけましなのだろうが、部屋を自由に出入りすることさえできないのは何て苦痛なのだろう。

 ジェナス、まだ戻ってないのかな。今どこにいるの? 戻って来て。早く来て……。

 お願い、ジェナス。助けて!

☆☆☆

 レヴィゼは、シャルアには本当に毛布だけを持って来た。大切な妖精の世話係だと言うならもう少し丁重に扱え、と言ってやりたい。

 さっきは鳥かごにばかり気を取られて何もないと見落としていたが、部屋の隅に小さなソファがある。床に寝ることだけはどうにか避けられそうだ。

 あとはさっき森に置いて来た鳥かごと、妖精の「食事」となるものも一緒に。ミルクやはちみつなどの他に、シャルアにはよくわからないものも入っている。

 人間で言うところのパンだ、と言われたが、レヴィゼの表情を見ていたら本当かしら、と疑いたくなる。

 妖精達が逃げたり暴れたりしないよう、何かおかしな薬でも入っていそうな気がした。

 しかし、それを鳥かごの中へ入れるのがシャルアの仕事だ。これが生かされる条件だが、こういうことをしているとレヴィゼの共犯になったみたいで……心が重い。

「妖精達にも言ってあるが、この部屋は結界で囲まれている。結界はわかるか? 見えない壁で囲まれているようなものだ。結界が消えない限り、窓からも扉からも出られない。人間のお前は出られるが、出入りしていいのは用を足す時だけだ。一部を除いて、使用人はこの部屋の近くへは来ない。主のプライベートルームということになっているからな。見かけた奴に助けを求めようと思っても、全て無駄だと教えておいてやる」

「それはご親切に」

 いちいちかちんとくる言い方をしてくる。

 結界のことはよく知らないにしても、シャルアだってバカじゃないから、使用人の誰かに「助けてくれ」と言う気なんてさらさらない。

 ソブは庭師だから屋敷へ入ることはないだろうが、そうでなくても屋敷内にいる人のどれだけが共犯か、わかったものじゃない。助けを求めたら、レヴィゼに筒抜けだった、なんてことも十分にありえるだろう。

 逆に、この屋敷で一番信用できるのは、ケイレディンだけかも知れない。

 そう思うと、皮肉だ。

 あなたが賊だと思ってる人がちゃっかり屋敷内で働いているけど……ケイレディンのことは絶対に教えてあげないから。

 レヴィゼに話した時、まだ「森で見た男」が誰かわからなかった。今ならはっきり名前を伝えられるが、そんな気は毛頭ない。シャルアにできる、わずかな抵抗だ。

「ねぇ、あたし達、玄関から堂々と入ったけど、よかったの?」

 屋敷へ入ったのにいない、となれば、この悪事を知らない使用人が怪しいと思うはずだ。どれだけの人が見ていたか、シャルアには知るよしもないが。

「ああ、構わないさ」

 レヴィゼは平気な顔だ。

「店でああいう話をしたからな。それをどこで誰が聞いてるか、わからない。それなのに、主の娘に似ているということで引き取られたはずのお前が通用口から入ったりしたら、そちらの方がおかしいと思われる」

「あー、確かに」

 言われて納得してしまった。

 玉の輿にも似たラッキーで屋敷へ来たはずなのに、裏口から入れば当然怪しまれる。

 誘拐したのではない、本人の意思でここへ来た。

 そう思わせるため、街の中でもレヴィゼは堂々としたものだった。

 店へ向かう時、どうしてシャルアまで一緒に馬車に乗せられたのかと思っていたが、そういったことで怪しまれないようにするため。

「だけど、お屋敷内に姿が見えないと、それはそれでおかしいって思われない?」

「別荘に移った、と言えば話は済む」

「……あっさりね」

 もう話すのもいやになってきた。用意周到、という訳だ。

 以前から計画していたならともかく、今日見付かってこの流れになるのだから、悪知恵も実に迷惑である。

「結界があって、妖精は逃げられないって言ったわよね。だったら、妖精達をこの鳥かごから出してあげてもいいじゃない。少しでも広い場所にいる方が、妖精の気持ちにもいい影響を与えてあげられるでしょ」

「細工をする時に、いちいちまた捕まえるのが面倒だ」

「広い森の中で捕まえるのとは違うじゃない。大きな部屋と言っても、こんな限られた空間よ。しかも、こんなにたくさんいるのに、ひとりの妖精も捕まえられないの? そこまで面倒がらなくてもいいでしょ」

 そう言ったシャルアのあごを、レヴィゼがいきなり掴んだ。

「もう少し口の利き方を覚えた方がいいな、お嬢さん。舌を抜いてやってもいいんだぞ。世話をするのに、口はいらないからな」

 突然のことに、シャルアは言葉を失った。

 最初に会った時より、レヴィゼはどんどん性格が冷酷になってきている。いや、本性が現れた、ということか。

 前の主にくびにされたのも、戦闘意欲を失った人間相手に攻撃を続けたから、なんて話をしていた。彼は誰かを傷付けることに、何のためらいも持たない人間なのだ。

 全身に冷や汗が流れながらも、シャルアはお腹に力を込めた。ここで氷の目に凍てつくばかりでは、悔しすぎる。

「商品として妖精を連れて行くんでしょ。少しでも状態がいい方が、貴族のお客も喜ぶんじゃないの? 寸前まででも開放感を与えておけば、妖精の表情だってわずかでも明るくなるはずだわ。そうすれば、価値も上がるんじゃないの?」

「……」

 言い返しながらも、レヴィゼの視線にシャルアは生きた心地がしない。

 やがて、ふっと手の力が(ゆる)み、シャルアのあごは解放された。でも、痛い。内出血していないだろうか。女の子の顔を何だと思っているのだ。

「なるほど。そう言えなくもないか。いいだろう。解放してやれ」

 高値で売れれば主が喜ぶし、自分の懐も温かくなる、と判断したようだ。

 それだけ言って、レヴィゼは部屋を出て行った。その時、鳥かごを一つ持って行く。どこか別の部屋で「作業」をするのだろう。

 残されたシャルアはその場に座り込み、長いため息をつく。

 殺されるかと、いや、殺されるよりひどい目に遭わされるかと思った。よくあんな簡単に舌を抜く、なんて言えるものだ。

 そして、レヴィゼは本当にあっさりやってしまうに違いない。

「シャルア、大丈夫?」

 妖精達が鳥かごの中から心配そうにこちらを見ている。シャルアは無理に笑って見せ、何とか立ち上がった。

「うん、ちょっとびっくりしたけど、大丈夫よ。うまくいったわ。これで、みんなをこんな狭い場所から出してあげられるもん」

 手近な鳥かごから扉を開き、中の妖精を解放する。きらきらと妖精の粉をまきながら、次々に妖精達が外へ出て来た。

 完全な解放ではないにしろ、牢屋にも等しい鳥かごの中よりはずっといい。妖精達の顔も、さっきまでよりは少し明るく思える。

 鳥かごから出て来るスピードが、この鳥かごから少しでも離れたい、という妖精の気持ちを表しているようだ。

 邪魔になるので、空になった鳥かごは部屋の端に並べておいた。ずいぶん部屋が広くなって、シャルア自身も解放感を味わえる。少しのことで、ずいぶん気持ちが変わるものだ。

「ねぇ、みんなにはこの結界っていうの、壊せない?」

 この、とは言うものの、シャルアには結界の存在が全くわからない。これはレヴィゼの魔法だから、妖精が見えるのとは別の力が必要、ということなのだろう。

「魔法使いの力が強くて、私達には無理よ」

「みんなで力を合わせても?」

 妖精達は首を横に振る。

「魔法使いの魔法は、私達が使うものとは違う。魔法の種類にもよるけれど、この魔法を解くことは、私達にはできないの」

「そっかぁ。せめて窓から抜けられれば、みんなが逃げられるのに」

 大きな窓から妖精達が一斉に逃げ出せば、レヴィゼが気付いて何かする前に遠くへ行けるはず。

 さっき「この部屋に」と話していたから、結界はこの部屋限定。まさか屋敷の敷地内全部に結界を張ってはいないだろう。ここさえ何とかできれば助かるのに。

 貴族の元へ持って行く時に逃げられないのかしらと思ったが、こんな大きな部屋に結界を張れるくらいだから、鳥かごサイズの結界なんてレヴィゼには大した労力にもならないのだろう。

 一度あの魔法使いに捕まれば、どういう状況になっても妖精に逃げる(すべ)はなくなるのだ。

「結界がなくなったとしても、シャルアは逃げられないんじゃないの? 羽がないもの」

「そうよ。人間はこんな高さから飛ぶと、ケガをしたりするんでしょ」

「んー、あのカーテンを伝って逃げられるんじゃないかしら。端をどこかに結んで、下へ垂らして……。あたし、こう見えてお転婆なのよ。二階くらいの高さなら、何とかなるわ……って、言ってもねぇ」

 シャルアが逃げればノアラ達が何をされるかわからないから、結界があってもなくてもシャルアがここから離れることはできない。ある意味、最強で最凶の結界だ。

「あーあ、夜になっちゃったな」

 窓際に立って外を見れば、もう真っ暗だ。今は何時頃なのだろうか。

 何てめまぐるしい一日だったろう。

 ここへ配達に来て声に気付いてまた森へ入り、そこでレヴィゼが真犯人と知った。脅されて店を辞めさせられ、ここへ連れて来られて妖精の世話。

 今夜の食事はまだだが、抜きだろうか。妖精の食事はあるのに。本当に毛布を持って来るだけで終わるつもり……だとしたら、つらい。

 仮にも貴族を名乗る男の「娘代わり」で来たのに、あたしの食事はなし。小さなソファのベッドには毛布が一枚だけで、枕もなし。ソファはさすがにぼろぼろじゃないけど、ずいぶんなご令嬢よね、まったく。この状態だと、入浴なんてとんでもない。着替えすら一切させてもらえないかも。世話係に身だしなみなんて必要ない、とか言われて……。

 すっかり暗くなった外を見ても、反射して窓ガラスには自分の顔が映るだけ。

 助けはまだ来ない。

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