強制退職
突然、店に現れたレヴィゼ。ノアラはぽかんとなって、その顔を見ていた。
いつも来る常連のお客と言えば、自分と似たような年代の女性か、その夫がほとんど。
ガルマックの屋敷の者だという、若くていい男の部類に入るレヴィゼが来て、驚くやら見とれるやら。
しかも、シャルアと一緒に馬車で来たのだから、なおさらびっくりだ。
ダメよ、ノアラ。騙されないで。その人、すっごく悪い人なんだから。
心の中で思っても、すぐそこにいるノアラには通じない。通じたところで、彼女には何の抵抗する術もない。
「突然、申し訳ありません。本日はシャルアを引き取らせていただきたい、というお願いに参りました」
「はぁ……へ? シャルアを引き取る?」
ぽやーとしていたノアラだが、その言葉で少し正気に戻った。
「表には出ていないのですが、実は主には愛した人との間に一人の娘がいました。その令嬢は急な病で三ヶ月前に亡くなったのですが、シャルアがその令嬢にそっくりなのです。主はシャルアを見て、ぜひ引き取りたいと」
「まぁ、シャルアが?」
よどみなく話すレヴィゼにノアラはびっくりしていたが、シャルアも目を丸くする。
何てくだらない作り話するのよっ。あたし、まだガルマックさんとは一度だって顔を合わせたこともないのに。ちらっとでも見たことないわよ。それが令嬢なんて、めちゃくちゃだわ。
「もちろん、失礼ながら相応の御礼はさせていただきます。それで店には別の方を雇っていただき、シャルアを引き取らせていただきたいのです」
「はぁ……だけど、シャルア本人は……」
ノアラがシャルアを見る。シャルアはノアラを見ると泣いてしまいそうで、顔を上げられない。
「自分はまだこちらへお世話になるようになって日が浅く、主の申し出はありがたいが自分の意思だけで返事はできない、と。こちらの方が快く見送ってくだされば、彼女も心置きなく主の元へ行けます」
「日の長い短いは問題じゃないよ。あたし達は親じゃないけど、この子は娘みたいなもんだ。幸せになってほしいよ。お屋敷へ行ってシャルアが幸せになってくれるなら、あたし達は喜んで見送るさ」
娘のように思っているから、幸せを願う。
ノアラの気持ちはとても嬉しい。こんな場合だが、そんな風に思ってもらえていると知って、シャルアは本当に嬉しかった。
しかし、その気持ちをレヴィゼは利用している。
仮にノアラがここまでシャルアのことを大切に思っていなかったとしても、住み込みの一従業員がいなくなるだけの話。この店にとって支障はない。
むしろ、レヴィゼの言う「御礼」をもらう方がありがたい、と思うだろう。
「ありがとうございます。主がシャルアと話をしたいと望んでいますので、今は共に屋敷へ戻ります。彼女の荷物の引き取りと御礼については、また後日改めて」
「え、もう行っちゃうのかい?」
さすがに今すぐ連れて行かれるとは思っていなかったノアラは、思わず語気を強める。しかし、レヴィゼはまるでひるむことなく言い連ねた。
「申し訳ございません。もし彼女を引き取るお許しをいただけなかったら直談判する、と騒ぐ主を抑えて参りましたもので、早くシャルアを主の元へ連れて差し上げたいのです。無礼なこととは承知しておりますが、お許しください」
そう言われたら仕方ないか、と思わせてしまう言葉。ちょっといい男、と思っている相手に頭を下げられては、ノアラもそれ以上強く引き留められない。
こうしてレヴィゼは、シャルアをこの店から連れ出すことにまんまと成功したのだ。
「シャルア、元気でね」
ノアラがシャルアを抱き締める。怪しまれないためか、レヴィゼは二人を引き離そうとはしなかった。シャルアが何かするともできるとも思ってないのだろう。
レヴィゼにとって不利なことを言おうものなら、ノアラをここで消す、と来る前に脅しておいたから。
「ありがとうございました」
シャルアは店を出る前に、深々と頭を下げた。それだけしか、できなかった。
本当にこれが最後なら、もっとたくさんのお礼を言いたい。しかし、何も言葉が出て来なかった。
レヴィゼに促されて馬車に乗り、シャルアは再びガルマックの屋敷へと向かう。その途中で、クノンの姿を見付けた。
「あの、友達にお別れしてきていいでしょ」
「……いいだろう。手短にな」
目で「わかっているだろうな」と言ってるようで、震えそうになる。
そのレヴィゼから視線を外し、シャルアは馬車を降りてクノンのそばへ行く。
シャルアが何かしでかさないようにか、レヴィゼも馬車から降りた。
「シャルア、お出かけ? あの人、見かけない顔ね」
わずかに距離はあるものの、シャルアの真後ろにいるレヴィゼ。背中に彼の視線が突き刺さっているような気がする。
「ガルマックさんの所にいるレヴィゼよ。あの……クノン、あたし……ガルマックさんのお屋敷へ行くことになったの」
「行くことにって……配達じゃなくて?」
シャルアは小さくうなずいた。
「詳しいことはノアラに聞いて。その……クノンとも会えなくなるかも知れない」
「え、じゃあ、これでお別れなの? だって、ガルマックさんの屋敷にいるんでしょ」
いきなりそんなことを言われ、さすがにクノンも戸惑っている。同じ街にいて会えなくなる、とはどういうことなのか。
「そうだけど、これからのことはまだよくわからないから。今までありがとう」
そう言って、シャルアはクノンに抱きついた。
危険だろうか。でも、クノン以外に託す人がいない。
「ジェナスに伝えて」
クノンにだけ聞こえるよう、シャルアはそうささやいた。
ここでジェナスの名前が出ることが何を意味するのか、頭のいいクノンならきっとわかるはず。
彼女がジェナスに知らせ、ジェナスや他の魔法使い達が助けに来てくれるのを待つ以外、もうシャルアに道はなかった。クノンが意味を理解してくれなければ、シャルアはあの鳥かごにいた妖精達と同じ運命だ。
「うん。シャルアなら、どこにいても、大丈夫よ。ね?」
端で聞いていれば、見送る時の励ましの言葉。
しかし、シャルアはクノンが理解してくれたのだと確信した。
シャルアがどこにいても、必ず見付け出すから大丈夫よ。
事情がわからなくても、クノンはシャルアに緊急事態が起きたことを悟ったのだ。そして、そばにいるレヴィゼにわからないよう、聞かれても怪しまれないようにシャルアを元気づけてくれた。
おかげで、シャルアは少なくとも一人じゃないと思え、少し元気が出る。
レヴィゼに連れられ、再び屋敷へ戻って来た時も、しばらくがまんしていれば何とかなるはず、とシャルアは思えたのだった。
☆☆☆
門から玄関までが遠いことは何となくでもわかっていたが、現実に進んでみると思った以上に遠い。屋敷全体が、そびえたつ山のように思えて来た。
クノンが話していたが、この門から入る人が玄関まで馬車で行くのもわかる。
これまで通用口から厨房付近までしか知らなかったが、ガルマックの屋敷はシャルアが思っている以上に広かった。
中へ入れば、自分がどこにいるのかよくわからない。方向オンチではないつもりだったが、階段をちょっと上って廊下を歩いただけでシャルアは方角を見失った。
逃げればノアラ達がどんな目に遭うかわからないからそんなつもりはないが、これじゃチャンスがあっても一人で逃げられないな、と思う。
物語に登場するお城とやらは、もっと大きいのだろうか。それなら、自分は一生「お姫様」にはなれないな、なんてことまで考えた。
本当のお姫様ならお付きの人間がいるので、本人が内部構造を覚える必要などないのだが、それはともかく。
シャルアは二階の端にある、広い部屋へ連れて行かれた。笑顔屋より面積がありそうだ。窓が大きく、その向こうにはバルコニーがある。部屋全体に光が差して、とても明るい。
それなのに、部屋の中は異様だった。
森の中で見たような鳥かごが、床にいくつもあるのだ。きっと三十はくだらない。その中には、ひとりかふたりの妖精が入れられている。ざっと見ただけでも五十はいるだろう。
これだけの鳥かごを一つの場所に置くためか、この部屋は調度品が何もない。
扉の開く音と人間の気配に、妖精達は誰もがびくっと身体を震わせる。こちらに向けられるその目は、恐怖に満ちていた。森で見た妖精と同じだ。
ここに空のかごはないようなので、今のところシャルアには全部の妖精が見えているということだろう。
「今日からここがお前の部屋だ。後で毛布くらいは持って来てやる」
ここで妖精の世話をしろ、ということだ。しかも、一日中。
「あの、ここで何をすればいいの?」
森の中では妖精の世話をしろと言われたが、もちろんシャルアは妖精の世話なんてしたことがない。何をすればいいのか、見当もつかなかった。
「後で指示する。俺は主に経過を報告して来るから、待っていろ。ああ、さっきの鳥かごも取って来ないとな。わかってるだろうが」
「逃げません」
腹が立つので、先回りして言ってやった。
何度脅せば気が済むのだろう。
シャルアが逃げたら、大切な人達が傷付く。
二度も三度も同じことを聞けば、いやでも身体に染み込みそうだ。
「扉や窓の鍵があいてたって、ここから逃げたりしないわ」
「お利口だ」
そう言って、レヴィゼは部屋を出て行く。
扉が閉まってシャルアがほうっと息をつく前に、あちこちで小さなため息が聞こえた。鳥かごにいる妖精達がみんな、ため息をついていたのだ。
「かわいそうに。あなた達も怖い思いをしてるのね」
何とか慰めたいが、自分も同じ囚われの身だ。助けに来たのなら妖精も喜ぶが、どう見ても頼りなさそうで同じ立場の女の子一人では、期待もできない。
「あのね、妖精が消えてるって気付いている魔法使い達がいて、どういうことなのか今調べているところなの。その人達がここのことを探し出せば、みんな助かるわ。だから、元気出してね」
言いながら、クノンは本当に理解してくれただろうか、と不意に不安になった。
シャルアがあの場でジェナスの名前を出したのは、彼が魔警課の魔法使いだということをクノンが知っているから。こっそり言ったのは、そのためだ。
単に幼なじみに知らせてほしいなら「ジェナスにも伝えておいてね」と普通に言う。
レヴィゼはジェナスの名前が聞こえてなかったのか、何も言わなかった。知人に誰一人知らせないままだと騒がれる、という可能性を考えたのだろうか。
レヴィゼは、シャルアのことについて少し調べた、と森の中で話していたが、彼がどこまで調べたかわからない。わざわざウットの村まで出向き、身辺調査をしたとは思わないが、ある程度の交友関係は調べているだろう。
その中で、ジェナスのことも知っただろうか。魔警課の魔法使いである、ということを。
今の場合は幸いと言おうか、まだマラカの街ではジェナスに会えていない。寮に行ったのは初日とその後一回だけだから、そこからシャルアとジェナスがつながることはあまりなさそうに思える。
それに、寮と言えども役所の人間がいる所だから、レヴィゼにとってはあまり近付きたくない場所のはず。
それでも、ジェナスの名前をクノンに言うことでレヴィゼにシャルアの思惑を気付かれてはいけないと思い、聞かれない程度にささやいた。
魔警課の魔法使いの名前が出るということは、何か事件に関わっているのでは、と考えられる。それに、妖精消失事件のことを教えてくれたのは、他でもないクノンだ。ノアラには言えなくて、クノンに言えたのはそのことがあったから。
しかし、その点に気付いてなければ。そんな意図が隠れているなど、全く思いもよらなければ。
クノンが「うん」と言ったのは、シャルアが単に「幼なじみのジェナス」に伝えてと言い、その点について「わかった」という意味だったかも知れない。
どこにいても大丈夫と言ったのも、幼い時にマラカの街からウットの村へ行き、成長してまた村から街へ来ても何とかすごしているシャルアを知っているから。あなたならどこでもすぐに順応できるわよ、という意味で言ったのでは。
今となっては、そう思える。
あの時は焦っていたし、わかってもらえたと自分の都合のいいように考えたが、クノンがそこまで深く悟ってくれただろうか。
シャルアはジェナスの名前を出すので精一杯だったが、クノンは「やっぱりここで出るのはジェナスなのねー」くらいに思っていたら。
それ以前に、シャルアがささやいた言葉を聞き取っていたかも怪しく思えてきた。
言われた通りにクノンが詳しいことをノアラに聞いても、それだけではシャルアが体よく連れ去られたことに気付きにくい。クノンがガルマックのことをどれだけ知っていたとしても、隠し子がいるかどうかなんてことまではさすがに知らないだろう。
ああ、そうなんだ、お金持ちに引き取ってもらえたなら幸せね、なんてことを思われたりしたら……。
一応、事件については魔法使い達が調べているはず。しかし、捜査はどこまで進展しているのか。
シャルアが目撃情報を提供したが、あれをどこまで有効活用しているのか、シャルアには知りようもない。信じてもらえているのかどうかも、かなり怪しい。
それに、まさか事件の犯人が別々に二組いるなんて、考えていないだろう。
ケイレディンは……今頃どうしているのかしら。
レヴィゼは妖精を横取りしようとしている賊、みたいな言い方をしていた。ケイレディン側は、横取りしようとしている相手がレヴィゼだとわかってやっているのだろうか。
やっている人間が誰であれ、妖精さえ手に入れればどうでもいいと思っているのかも知れない。必要なのは妖精であって、妖精を捕まえている人間ではないから。顔さえ合わせなければどうとでもなる、なんて考えているのだろうか。
もしそういう考えなら、レヴィゼと同じだ。あくまでも「商品の取り合い」でしかないということ。
ケイレディンとレヴィゼでは、どっちが強いのかな。
ふとそんなことを考える。あのいたちもどきの魔物は、レヴィゼが放った。シャルアがいたために負傷したものの、ケイレディンは全てを消滅させた。操る力と消す力。これだけを見るなら、五分かケイレディンの方が優勢、か。
こちらの魔法使いはレヴィゼだけらしいが、あちらはケイレディンと少年と少女の三人。これは完全にケイレディン達の方が有利だ。
助けてもらった手前、シャルアの心情としてはケイレディンの方に傾く。
「ねぇ、あなたは人間でしょう?」





