レヴィゼの仕事
子どもの時のガルマックは、家が貧しかった。
そんな彼にわずかな硬貨を投げてよこし、ありがたくそのほどこしを受け取れと言わんばかりに、薄ら笑いを浮かべていた貴族の子ども。
それを見て、彼は涙をにじませながら絶対に見返してやる、と心に誓う。そのために、寝る間も惜しんで働いた。
成長したガルマックは、自分で色々と商売を始める。うまくいけば手を広げ、失敗すればすぐに次を始めた。手が後ろに回りかねないこともやったが、いちいちそんなことに構ってはいられない。
そうやって事業をどんどん拡張し、やがて街の一角に大きな屋敷を持つまでになった。今の財産は、彼一代で築き上げたものだ。
さらに自分の財産を元にして別の事業を立ち上げるなどし、やがて財力は近隣の街にいるどの貴族よりも大きなものになった。
ガルマックはその富で、貴族の称号を買う。
貴族という称号は世襲制だの、上流階級のものだのと理由をつけ、成金が金で買えるものではない、と反対の声が多数上がった。
しかし、ガルマックは金で彼らを黙らせる。自分が硬貨を放られた時のように、札束を投げてよこしたのだ。
やり方がどうであれ、それで彼は「貴族」の仲間入りを果たした。形さえあれば、中身がなくてもいいのだ。
ガルマックは貴族になりたかったのではない。同じ位置に立ち、自分を見下した奴らを今度は見下すのが目的だったのだ。
奴らは所詮、金づる。ちょっとプライドを刺激してやれば、すぐに金を吐き出す。賄賂として渡した金など、回収するのはすぐだ。
偉そうにしていても、所詮は世間知らずの無能な子どものなれの果て。
数多の職業を経験してきたガルマックにとっては、奴らを手の平で転がすくらい、楽勝だった。
その彼が、ある貴族のパーティに出席した時のこと。
貴族達の間で、密かにブームになりつつある「生き物」の話を聞いた。
それが「妖精」だったのだ。
普通の人には、妖精の姿が見えない。しかし、魔法使いが細工すると見えるようになる。そういう細工をしておいて、きれいな瓶やかごの中で飼って観賞する、ということが流行っているという。
静かに、ではなく、密かに。
つまり、大っぴらにできない、という意味だ。
本来、妖精は飼えない。魔に属する生き物は、妖精であれ魔獣であれ、飼うことが禁止されている。
魔法使いが契約する、もしくは妖精や魔獣が自らの意思でその人間と共にいることを望んだ場合を除き、一般人が手元に置くことは禁止されているのだ。
たとえどんなに魔力の低い魔物や魔獣であっても、それを餌にする強力な魔物が現れたり、その仲間が取り返すために大挙して襲って来る恐れがある。
そうなった時に本人だけでなく、周囲にも危害が及ぶことが考えられるため「魔法使いしか扱ってはいけない」とどの国の法律でも決められているのだ。
つまり、たとえ観賞用であれ妖精を飼うということは、法に違反していることになる。見付かれば捕まり、多額の罰金を払う、もしくは悪質であれば牢獄行きだ。
それでも、一部の貴族達は美しい姿の妖精をとどめたいと願い、こっそりと自分の手元に置いている。さらには、役人に見付からないようにする、というスリルもブームを盛り上げていた。
妖精を飼うことは、暇を持て余す貴族達の遊びなのだ。
それを聞いたガルマックが、こんな金になりそうな話を素通りするはずはない。
これより少し前、ガルマックは金脈を持つ山を買ったばかりだった。しかし、相手の業者が魔法使いを紛れさせ、現地を訪れたガルマックに目くらましをかけ、単なる普通の山を売りつけたのだ。
山の価値はないに等しい。当然、ガルマックは大損した。たとえ財産全体から見れば大した額の損失ではないにしても、こんな形での損失は受け入れられなかった。
そんな事情も絡み、金儲けの臭いがぷんぷんするこの話を、彼は素通りする訳にはいかなかったのだ。
魔法使いには煮え湯を飲まされた形だが、今度は自分が使ってやる。
切り替えの早いガルマックは、すぐに自分の元で働く魔法使いを探した。しかし、ただ魔法が使える、というのでは問題がある。
妙な正義感や優しさを持っている者だと、妖精を呼び出す目的を知った時に反対するだろう。下手すれば、役所に駆け込まれることも考えられる。
まだ実際にやってはいないから捕まらないとは言え、こんな計画をしていると通報されて目を付けられれば、仕事がやりにくくなってしまう。与えられた仕事は仕事と割り切って、淡々と作業してくれる者が望ましい。
妖精を呼び出して捕まえ、普通の人間にも見えるように細工ができる、腕のいい魔法使いが。
そうして探し出したのが、レヴィゼだ。
彼はガルマックの元へ来るまでは、別の街のとある富豪に雇われていた。
レヴィゼは繊細そうな見かけの割に、ひどく冷酷な性格をしている。当時の主である富豪を襲った暴漢を捕縛したまではいいのだが、その後で必要以上に制裁を加えたのだ。
その光景を見て恐ろしく思った主は、それなりな理由をつけて彼を解雇した。
いつどんなきっかけで、レヴィゼの矛先が自分へ向けられるかと思うと、恐ろしかったのだ。主従の関係が逆になりかねない。
それをガルマックの手の者が見付け、レヴィゼは彼の元へ来た。表向きは彼の秘書、ということで。
新しい主の希望を聞き、レヴィゼは妖精を捕まえる準備を始める。
別に良心は痛まなかった。魔法使いであっても生きていく以上、それなりの金がいる。食いぶちを得るための方法であり、これが彼の仕事だ。
もちろん、魔法関連の法律はわかっている。しかし、レヴィゼにそれらを守るつもりなどない。
そんな気持ちがあるなら、前の仕事の時、魔法で暴漢に制裁を加えたりしなかった。
攻撃をしかけてくる魔法使いや武器を持った人間が相手であればともかく、一般の人間に魔法で攻撃することは禁じられているのだ。
しかし、レヴィゼは戦闘意欲を失った暴漢に対して、執拗に攻撃を続けた。
命を落とさなかったのは、相手が頑丈だったおかげ。レヴィゼが役所に突き出されなかったのは、当時の主が後ろめたい仕事をしていたので、役所の手が入るのをいやがったからにすぎない。
レヴィゼは暴漢を完全に消せば、と言ったが、さすがに主はそれをいやがった。
暴漢に治療費を出してやり、代わりに自分がしたこと、されたことを黙っているようにと脅したのだ。余計なことを言えば、次はない、と。
レヴィゼがガルマックの元で仕事を始めてすぐ、妖精は手に入った。幸か不幸か、ガルマック邸のそばの森には、妖精が多くいたのだ。
しかし、一般の人間に見えるように細工するのは、少々時間がかかる。
一瞬だけ見えればいいのであれば、それは簡単。しかし、ガルマックの要望は、妖精が生きている限り見ることができるように細工すること、だ。
それは腕のいい魔法使いであっても、高い技術と時間を要する。
だが、手間がかかった分、高く売りさばけたとガルマックは大喜びだ。当然、レヴィゼの給料も悪くない。
レヴィゼが自分だけでこの仕事をすれば、純粋な利益が懐に入るだろう。今よりずっと儲かる。しかし、レヴィゼは別に金持ちになりたいとは思わない。
それに、自分だけで販売ルートを獲得するのは大変だろう、ということがわかっている。なにせ、表立って売り出すことのできない「商品」だ。うまくやらなければ、すぐに捜査の手が伸びる。
面倒なことが嫌いなレヴィゼは、この状態が一番だと気に入っているのだ。
そう、邪魔さえ入らなければ。
☆☆☆
「悪くない金額をもらえるよ。普段は見ることができない妖精をすぐ目の前で見られるんだから、貴族連中は大喜びさ。この流行が終わるまで、こちらも儲けさせてもらわないとね」
「妖精はおもちゃじゃないわっ」
話を聞いて、レヴィゼやこの件に関わる貴族達に強い怒りを覚える。
シャルアは妖精に対して何か義理がある、というのではない。だが、あまりに勝手な人間のせいで被害に遭っている妖精に同情するし、同じ人間として申し訳なく、そして恥ずかしい。
「そう、おもちゃじゃない。大事な金のなる木だよ。さて、行こうか、お嬢さん」
レヴィゼに手首を掴まれ、怒りに震えていたシャルアは一気に青ざめた。
「あたしを殺すつもりなの」
事件の真犯人を知ってしまった。ケイレディンは何を思ったか見逃してくれたが、レヴィゼがそんなことをしてくれるとは、シャルアの両親が生き返るよりもありえないように思える。
「ここへ来てからいなくなったってわかれば、絶対にあなた達が疑われるから。セフラもあたしがここへ来るのを見てるし、お店に戻ってないってことになったらここが怪しいってことになるんだから」
シャルアは手首を引っ込めようとするが、線は細くてもやはり相手は男。ほとんど動かない。シャルアを殺すことで、逆に相手が危険になることを並べるのが精一杯だ。
「何を言ってるんだ? 殺すつもりなんてない」
「え?」
ケイレディンといい、レヴィゼといい、どうして自分達の悪事を見てしまったシャルアを生かそうとするのだろう。
命が助かったようで少し安心したものの、別の不安が頭をもたげる。彼らの目的は何なのか。
「お前には、この屋敷で働いてもらう」
「この屋敷でって……どういうこと? あたしはワーグとノアラの店で……笑顔屋で働いてるのよ。いきなりそんなことを言われたって、できるはずないじゃない」
もしかすると殺すのではなく、軟禁状態にする、という意味だろうか。もしくは、奴隷のように働かせるつもりなのでは。それはそれで、背筋が寒くなる。
「お前は妖精が見える。実に都合がいい。俺が細工をする間、捕まえてある妖精の世話をしてもらう。俺はそっちまで手が回らないから、こうしてかごに入れただけにしてあるが、時間が経つにつれてどうしても妖精が弱ってくるからな。かと言って、それを訴えたところで俺以外の魔法使いを雇うつもりは……主になさそうだ」
魔法使いだと、多少なりとも賃金が普通の使用人より高くなる。しかし、シャルアは魔法使いじゃないから、一人くらい使用人が増えたところでどうということはない。
もっとも、まともな使用人扱いなどしないだろうから、賃金の話などどうでもいいことだ。
要は自分の支配下に置きやすい人間が手に入ったから、しっかりこき使ってやろう、ということである。
「あたし、妖精が見えると言ったって、時々だし……」
「そこにいるとわかっていれば、たとえ見えなくてもある程度の世話はできる。それとも、やっぱりここで死にたいか? 別の場所で襲われて死んだことにするくらい、簡単だ。帰る道中、とち狂った魔物と遭遇して、とかな」
「……」
怖いことをあっさり言ってのけるレヴィゼ。薄い青の瞳が、本当に氷に見えてくる。
「つまらない言い訳はやめておけ。賊の話を聞いてから、お前のことは調べた。ウットの村を出て、あの店へ来たそうだな。住み込みなんだろう? だったら、住む場所と働く場所が少し変わるだけだ」
時間が経つにつれ、レヴィゼの口調は最初に会った頃とは全く変わってしまった。あのソフトな対応は、どこへいったのだろう。
「でも、来てまだ一ヶ月も経ってないのに。店をやめて屋敷で働きます、なんて言ったって、おかしいって思われるわよ」
村長のつてで来た職場。雇い主と何も問題がないのにやめる、出て行くと言っても、なぜだと突っ込まれるに違いない。いい人達だから、何が気に入らないのか言ってくれ、と止めてくれるだろう。
「心配するな。俺が話をつけてやる」
「話をって……」
何を言う気なのだろう。もしも暴力沙汰になったりしたら……。レヴィゼが関わるとわかれば、心配するなと言われても心配しかない。
「俺が行こうと言ったのは、お前が働いている店だ。いきなり使いの者だけが店に行って、これからシャルアは屋敷で働く、と告げても向こうだって納得しないだろう。へたすれば、誘拐されたなどと騒がれて面倒だ。だから、平和的に解決するのさ」
どこが平和的なのよっ。
何をどう言うつもりか知らないが、シャルアが否定できない状態にしておいて、店から堂々と連れ出す気なのだ。そして、屋敷に軟禁して妖精の世話をさせる。
なぜ悪党に限って、こうも悪知恵が働くのだろう。
「わかっているだろうが、余計なことは言うなよ。お前の余計な一言が、店の夫婦の寿命を決める。もちろん、近所の奴らもだ」
シャルアが助けを求めたことがわかれば、周囲の人達が傷付く。レヴィゼがどれだけの腕を持っているか知らないが、近所にいる人達は魔法も武術も何もできないからされるまま。
もしシャルアが周りの人達に助けを求め、レヴィゼが彼らを魔法で攻撃することになったとしても、彼はまったく心を痛めることはないのだろう。
あの目を見ていると、そう思う。
「そいつらの命は全て、今からお前が握った。それを握りつぶすかどうかは、お前次第だ。好きにしろ」
言いながら、レヴィゼはシャルアを引っ張って歩き出す。
シャルアは周囲を見回したが、ジェナスはもちろん、ケイレディンの姿もそこにはなかった。





