捕らわれた妖精
シャルアはどうにかいつものように配達を済ませ、とどこおりなく通用口を出た。
ソブの姿はどこにもないようなので、あえて捜さない。ソブを捜せば、その近くに助手のケイレディンもいる可能性が高いからだ。
顔を合わせた時に、どうしたらいいかわからない。このままさっさと帰ってしまうに限る。
だが……シャルアのためにケガをしたケイレディン。彼はもう元気になったのだろうか。それが気になる。
シャルアは、自分がいっそ非情な性格だったらよかった、とつくづく思う。それなら、助かったことだけを喜んでいられるのに。
もしくは、倒れた覆面男の正体を見ることなく、あの場を立ち去っていれば。少なくともケイレディンはもう大丈夫だろうか、と心配せずに済んだのに。
いつまでこんな状態が続くのかしら。……うー、もう考えるのはなし。ジェナスが戻って来るまでは誰にも言わないし、考えない。
たすけて たすけて
激しく首を振り、心を決めて帰ろうとしたシャルアの足が止まる。
今、確かに救いを求める声がした。しかも、聞き間違いでなければ複数。
この前と似たような声で、それが複数聞こえたのだ。響いて何重にも聞こえたのとは違う。明らかに、声は重なっていた。別々の声だ。
この前はひとりだけだったけど、今回はたくさん捕まえられたってこと?
気が付くと、シャルアはまた森の中を歩いていた。向かって自分に何ができるというのではないのに、そのまま放って帰ることができなかったのだ。
そんなシャルアを見ている小さな黒ねこがいることにも、全く気付かなかった。
これまでにも来たことのある、あの細い川まで来た。例の目印を頼りに来ているから、昨日魔物に襲われた場所の周辺だとわかる。
しかし、妖精の姿もケイレディンの姿もない。
だれかたすけて
また声が聞こえた。川上から聞こえた……ような気がする。正直なところ、普通の声ではないから、その方向でいいのかはかなり疑問だ。
しかし、シャルアは自分の勘を信じることにする。行ったことのない所にまで足を踏み入れることになるので、所々に今までと同じような目印を置いた。
木々の陰に隠れて進みながら、とんでもないことをしてるのかも知れない、という思いが頭をかすめる。もしかしたら罠なのでは、とも考えた。
しかし……一度見逃してくれたケイレディンが、今更シャルアをおびき寄せるための罠を張るだろうか。いや、彼の気持ちか周囲の事情が変わり、やはりこのままシャルアを放っておけないとなった、なんてことだってありうる。
しかし、もう引き返せなかった。
ケイレディンには早く森を出ろ、と言われたのに、また入って来ている。彼に見付かれば、きっと怒るだろう。言い訳のしようもない。捕まえようとしているのがケイレディンなら、まんまと罠に……となる。
ケイレディン達の罠でなかったとしても、またあの魔物が現れたら。
ここでジェナスが来てくれることは、ほぼありえない。あの時のように都合よくケイレディンが来てくれなければ、今度こそ命を落とすだろう。
そうとわかっていても、シャルアの足は止まらない。夢の中と同じだ。
何かしら、あれ。
しばらく歩いて、シャルアは木の枝から何かぶら下がっているのを見付けた。よく見ると鳥かごだ。
「ひどい……」
太い針金のような物で作られた円柱形の鳥かごの中に、妖精が閉じ込められていた。中を見ると、ふたりいるようだ。
どちらも見かけはシャルアより幼い少女で背中に透明な羽が二対あり、身体は小鳥サイズ。きれいな金の長い髪に、すらりとした手足。ひらひらした薄い衣をまとい、本当ならそれをひらめかせながら飛ぶのだろう。
そんな妖精達が、肩を寄せ合ってぽろぽろと涙をこぼしている。
「待ってて。今、降ろしてあげるわ」
周囲に人がいないことを確認し、シャルアは鳥かごの下へ走った。
長い針金のフックが枝にかけられ、下側のフックが鳥かごの天頂部分についた輪っかに引っかけられている。幸い、背の高くないシャルアにも届く高さで、少し鳥かごを持ち上げてフックから外した。
中の妖精達は、心配そうにシャルアを見ている。
「取れた。もう大丈夫よ」
泣き止んだものの、妖精達はまだうかない顔だ。まだ鳥かごから出られてないからか、それともシャルアが人間だからだろうか。
人間に捕まったのなら、人間全てが怖いと思うのも仕方ない。
「おや、こんな場所で会うとは奇遇だね、シャルア」
鳥かごの扉を開けようとしたところへふいに声をかけられ、シャルアはびくっと肩を揺らす。
だが、現れた人影がレヴィゼと知って、ほっとした。
「こ、こんにちは、レヴィゼ」
「こんな森の中でどうしたんだい?」
「配達に来て、帰ろうとしたらたすけてって声がして……。ここに来たら、鳥かごの中に妖精が捕まってたんです。あ、この中に妖精がふたりいるんです。うそじゃありません」
魔法使い以外の人間には、シャルアのような特殊な場合を除いて妖精は見えない。時々そのことを忘れそうになるが、シャルアは懸命に訴える。
前は話だけだったから彼も適当にうなずいて済ませていたかも知れないが、今は実際に妖精がいる……が、どこまで信じてもらえるだろう。
妖精が入った鳥かごを差し出しても、見えない人には単なる空っぽの鳥かごでしかない。
「ああ、うそじゃないことはわかるよ」
思いがけない言葉に、シャルアは驚いた。
「え? あ、もしかして、レヴィゼにも見えるとか?」
妖精が見える特殊な人間は、シャルアだけではないだろう。しかし、こんな近くで同じような人と会うとは、思ってもみなかった。
意外な展開に戸惑っていたシャルアだったが、ふと鳥かごの中の妖精達がずっと震えていることに気付いた。
シャルアを見た時とは違い、明らかに怯えた様子だ。また今にも泣きそうな表情になって。
何? すごくよくない状態のような……。どうしてこんなに妖精達は怯えているの?
「そう、見えるよ。この前は話してなかったけれど……実は俺は魔法使いでね」
最初に会った日は涼やかだと思ったアイスブルーの瞳が、今は氷のように見えた。自分の身体の中で、シャルアは血がすっと引いていくのをはっきりと感じる。
「まさか……あなたが妖精を……?」
無意識のうちに聞いていた。聞けば危うくなるかも、とわかっているはずなのに。
「まぁね」
さわやかなはずの笑顔が、冷たく見える。線の細さが、今はナイフの鋭さに思えた。
「ど、どういうこと?」
妖精をさらっていた犯人は、ケイレディンではなかったのか。それとも、共犯か。
レヴィゼは二ヶ月くらい前に入ったばかりと聞いた。時期は詳しく知らないが、ケイレディンもつい最近入ったらしい。
だとすれば、実は複数でガルマックの屋敷へ入り込んでいたのかも知れない。怪しまれないよう、時間差で。
「どういうも何も、これは俺が指示された仕事だからさ」
この前話した時、レヴィゼは自分のことを「私」と言ってなかっただろうか。
「仕事って……こうして妖精を捕まえることが?」
「そう」
レヴィゼが鳥かごの中に視線を移すと、妖精達がさらに震える。
「それじゃあ、この前あたしが森に怪しい人がいますって話した時も、心の中では笑ってたの? 自分がやってることなのに、わざわざ伝えに来るなんてバカな娘だって」
真面目に聞いてくれていたと思っていたのに。妖精なんて、と否定せずにいてくれて嬉しかったのに。
「いや、あれはちゃんと役に立ったよ。この周辺に賊がいる、ということが間違いなくわかったからね」
「え?」
レヴィゼの言うことがよくわからない。シャルアはすぐに理解できなかった。
「どうやら、俺の獲物を横取りしようと狙ってる奴がいる。最初は気のせいかと思っていたが、きみが教えてくれたおかげではっきりとわかった。だから、予防線を張ることができたよ」
「別の犯人ってこと……?」
つまり、妖精消失事件の犯人は二組だった、ということだ。
シャルアが見たケイレディン達が一組目で、もう一組がレヴィゼ。シャルアは片方の情報を、いわばライバルへ伝えた形になるのだ。
「どうやら賊は、昨日も来たらしい。俺が放っておいた魔物達が全滅していたからね。だが、魔物を全滅させるだけで、それ以上深入りすることは断念したようだ。他はどこも探られた形跡がなかったからね。きみのおかげだよ」
昨日の魔物達。あれはレヴィゼが意図的に放っていたものだった。そんな中へ、シャルアはのこのこと入って行ったことになる。
ケイレディンが何をするためにあの近くへ来ていたかはともかく、彼がいてくれたからシャルアは助かったのだ。
レヴィゼはシャルアについて何も言わないので、昨日ここへ来たことに気付いていないらしい。魔物に攻撃できる賊のみを意識しているようだ。
実際のところ、シャルアは何もしていない。悲鳴をあげたり、ケイレディンに言われてしゃがんだりしていただけ。そんな一般人の存在など、レヴィゼにとっては取るに足らないものだ。
やはりケイレディンがちゃんと元気になったかどうか、遠くからでも見ておくべきだった、と今更ながらに後悔する。
「その鳥かごは、いわばネズミ捕りだ。普通の人間にはわからないだろうけどね。中へ入るまでは、妖精にとって心地いい空間に見えるよう、細工してある」
何も知らない妖精は、自分からこの鳥かごへと入る。入れば入口は閉じられ、妖精の力ではどうやっても出られない。悪趣味な罠だ。
一度入りかけて入口が閉じたものの、かろうじて逃げた妖精がいるらしい。入口の扉に当たれば妖精にとってダメージになるので、近くにいるはずだと探したが、どうしても見付からなかった。
シャルアの話を聞いて、恐らくその賊が逃げた妖精を横取りしたのだろう、とレヴィゼは判断していた。少し前から周りで動きがあることは察していたが、これで決定的になる。
じゃあ、ケイレディンがこの前連れて行った妖精は、レヴィゼが捕まえ損ねた妖精だったってことかしら。逃げたのがひとりだけだったから、他には見付からなかったって話をあの少女としていたってこと?
あの妖精がぐったりとしていたのは、この鳥かごの罠に触れたため、ということらしい。だとすれば、あの時のケイレディンは妖精を介抱していた……のだろうか。
真相がどうであれ、シャルアにはどうしてもこの二組の妖精誘拐犯についてわからないことがある。
「どうして……どうしてこんなことをしてるの……」
妖精をこんな鳥かごに閉じ込めて、一体何をしようというのだろう。
「さっきも言ったろう。指示された仕事だからだよ」
気が付けば、レヴィゼはすぐそばまで来ていて、シャルアの手から実に自然に鳥かごを取った。それに抵抗する気力もなく、枝にかけた針金に再び鳥かごがレヴィゼの手によって吊されるのを、シャルアはただ見るしかできない。
レヴィゼが何か呪文を唱えると、鳥かごが消える。目隠しの魔法をかけたか何かをしたのだろう。
「指示って……何のために? 怖がる妖精を捕まえて、何をするつもりなの」
「貴族にはね、酔狂な輩がたくさんいるんだよ。きみには想像できないだろうけどね」
「まさか、ガルマックさんが……?」
「彼は妖精になど、興味はない。俺の主が興味を持っているのは、妖精がもたらしてくれる金だよ」
妖精が人間のお金を持っているのだろうか。それとも、どういう形でかお金を与えてくれるのだろうか。
シャルアの理解できてない表情を見て、レヴィゼは薄く笑う。
その目を見て、周囲の温度がさらに下がったような気がした。





