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紺碧の瞳  作者: 碧衣 奈美


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12/21

シャルアの葛藤

 シャルアは森の中を歩いていた。

 見たことがあるような、ないような。村の近くにあった森だろうか。でも、少し雰囲気が違うような気もする。それなら、ここは初めて来た場所なのだろうか。

 でも、いつの間に?

 どういう経緯があってここへ来たのか、まるで覚えていない。どこへ向かっているのだろう。

 とにかくここから早く出なくては、と思っているのだが、それができない。自分の意思とは逆に、足は森の奥へと向かっている。

 ダメよ、そっちへ行ったら何か怖いことが起きるから。きっと起きるから。止まって。お願い。

 なぜ起きると知っているのか、自分でもわからない。と言うより、それを知っていることを不思議に思っていない。

 足はどんどん前へと進む。止まることを知らないみたいだ。普段よりずっと早足なのに、まるで疲れない。息も切れない。

 いきなり目の前が開け、そこにはたくさんの魔物に囲まれた男が一人、立っていた。

 襲いかかる魔物を剣で斬り付けるが、男はわずかに見せてしまった隙を突かれ、それをきっかけに魔物の爪で次々に傷付けられ、ついに倒れてしまう。

 その光景に、シャルアは悲鳴さえ出せない。早鐘のように打つ鼓動だけが、自分の恐怖を感じさせる。

 シャルアは男のそばへと駆け寄った。魔物はいつの間にか消えて、もうどこにもいない。

 男の横に座ったシャルアだが、男は覆面をしているので顔がわからない。そうでなくても、なぜか視界がぼやけて男の顔がはっきりしなかった。

 いやな予感がする。

 ふいにそんなことを思ったシャルアは、男の方に手を伸ばしてその覆面を取った。

 シャルアのものとよく似た、明るい茶色の髪が現れる。まぶたは閉じられていて、瞳の色は見えない。だが、その顔は……。

「ジェナス!」

 身体がびくっと震え、シャルアは目を覚ました。一瞬、自分のいる場所がわからず、強い恐怖を覚える。

 暗い。でも、森の中ではない。暗闇の中で、ぼんやりと見えてくる何かの輪郭。

 ああ、そうか。ここは……。

 目だけで周囲を確認するうちにシャルアは落ち着きを取り戻し、ここはあてがわれた自分の部屋だと思い出した。

 ワーグの店「笑顔屋」の二階で、ウットの村にいた時よりも狭い部屋だが、不自由はしていない。シャルアがここへ来ることが決まり、ノアラが掃除しておいてくれたおかげできれいなものだ。

 シャルアが来てからもていねいに部屋を使っているので、そのこぎれいさも保たれている。荷物は、本当に必要な物があるだけ。

 部屋はまだ暗く、カーテンの隙間からもれる光はない。夜明けまでにはまだしばらく時間がありそうだ。部屋はとても静かで……いつもと変わらない。

「夢……」

 シャルアはため息をつき、目を閉じた。

 夢を見て、叫んだ自分の声で起きてしまったようだ。胸がどきどきして、すぐには寝付けそうにない。これでは当分眠れないな、とすぐにあきらめた。

 せっかくジェナスが出て来る夢だったのに、なんて内容の夢なのかしら。夢なら、もっと楽しいものを見せてもらいたいわ。

 現実に起きたことに近い夢だったが、よりによって負傷したのが大好きなジェナスなんて、とんでもない悪夢だ。

 今の夢で見た、目を閉じたジェナスの顔。

 それはシャルアの記憶の中にいる、十六歳のジェナスだった。シャルアがマラカの街へ来てからまだ会えていないから、夢でもジェナスはウットの村で別れた時のままの姿なのだ。

 昔の年齢だろうと今の年齢だろうと、それがジェナスであればいい。現実で会えないなら、夢で会いたいと心の底から思う。

 だが、苦しそうなジェナスの顔なんて、見るのはつらい。現実のジェナスも、別の場所で似たような目に遭っていないだろうか。余計な心配までわき起こる。

 あの瞳がいけないのよ。あの濃い青が。

 シャルアの中で、責任転嫁にも似た気持ちがわき上がる。

 ケイレディンの瞳がジェナスと同じ色だから、こんな夢になってしまうのだ。ケイレディンとジェナスとでは、瞳の色以外、似ても似つかないというのに。あの瞳の色が、シャルアにとって強い印象を残したから、同一人物みたいになってしまうのだ。

 シャルアは目を閉じたまま、何度目かの深いため息をつく。完全に頭の中が混乱していた。

 こうして無事に自分の部屋へ戻って来られたことについては、素直に嬉しい。魔物に襲われ、でも助かってこうして生きている。ケガもしていない。

 夕食をとり、服を着替えてベッドに入り、いつものように眠りについた。いつもと同じ夜を迎えられたのだ。

 しかし、それが事件の犯人のおかげとなれば、気持ちは複雑だ。

 妖精の事件の犯人は、あの目撃状況からしてケイレディンだ。この前見た男とケイレディンが同一人物だと、ほぼ断定できる。

 あの時一緒にいた少女と、今回現れた少年も一味と考えていいだろう。あれで無関係なはずがない。

 シャルアがあの現場を見ていたことを気付かれていたかは、今も微妙なところ。しかし、あの時は気付かなくても後になって何らかの方法で知った、ということもある。

 彼らは魔法使いだから、シャルアのように一般の人間には思いも付かないようなことをするのだろう。それができる力がある。

 仮に気付いていたとして。

 なぜ、ケイレディンはシャルアを助けたのだろう。彼に付き添っている時もずっと考えていたが、今も納得できる理由が全く思いつかない。

 気付いていなかったのなら、魔物に囲まれたシャルアの状況を見るに見かねて、という解釈も強引ながらできるのだが。

 彼らの様子から、ケイレディンとあの少年は別行動をしていたのだろう。少年の話し方では、明らかにケイレディン個人の意思でシャルアを助けたようだった。

 しかし、少年はあの状況について非難めいたことは言わず、仕方ない、という言葉で終わらせて。

 そこの点を考えても、シャルアの頭は爆発しそうになる。

 団体行動をする時、一人が勝手な行動をすれば仲間に迷惑がかかる、というのは想像できそうなものだ。

 まして、後ろめたいことをしている彼らなら、一つのミスが命取りになりかねないはず。森の中では脅しがきいても、シャルアが街の中へ戻って役所へ駆け込めば、追われる身になるのに。

 それとも、すでに追われているのを知っているから、目撃したと告げられても今更なのか。役所など、役人など怖くない、と。

 助けてもらって何だが、なぜ助けたのか。少年と行動を共にしていても、ケイレディンはやはりシャルアを助けたのか。

 教えてもらいたい、聞かせてほしいと思っても……実際には絶対に無理だ。

 彼らにこの話をしようものなら、周囲に人がいなければその場でシャルアは今度こそ殺されかねない。

 それが容易に想像できるから、余計にもどかしい。かゆい所にまったく手が届かない。

 そうだ、お屋敷の近くにあんな魔物がいるって、危険じゃないのかしら。

 シャルアはあえて違う方向に思考を向けた。

 この前はいなかったが、今回は小さいながらも次々に魔物がたくさん現れた。かなり凶暴だったし、しかも毒がある。これは危険極まりないのではないか。

 使用人達やソブがあの森に用事があるとは思えないが、シャルアのように休み時間に気分転換でちょっと散歩でも、なんて思って入ったら大変なことになってしまう。

 ちゃんと聞いていないが、森の恵みを求めて調理人が森へ入る、なんてことだって十分にありえる話だ。

 しかし、あの森に毒を持った魔物が……という話をしたら。なぜそんなことを知っているのか、と聞かれるだろう。

 森へ入ったことについては、謝ればいいとして。魔物に出遭ってどうやって無事に済んだのかと問われても、答えられない。

 石を投げたり棒で叩いた、というくらいでは、あまり信用を得られない気がする。実際の魔物が、その程度のことで襲うのをあきらめるだろうか。

 追い払ったことを信用してもらえても、どうやって毒があるとわかったのか、と言われたら……。見ただけで毒の有無なんてわからないし、どうにもごまかしようがない。

 そもそも、魔法使いではないシャルアが言っても、魔物だと信じてもらえるかも怪しいだろう。

 見た目はいたちに近かったし、別の生き物を見間違えたんじゃないのか、と言われることだってある。あれは間違いなく魔物だと知っているが、魔物だと伝えようにも、ちゃんと話せないことの方が多い。

 シャルアの頭では、それ以上考えることは困難だった。どの点を考えようとしても、ジレンマだらけだ。

 犯人を知っているけれど、人に話せば仮にも命の恩人を役所へ突き出すことになってしまう。かと言って、彼らを放っておけば妖精達がまたひどい目に遭う。

 屋敷にいる人達に、森には魔物がいると教えてあげたいが、教えれば話せないことまで話さなくてはならなくなる。

 完全に行き詰まってしまった。

 こんなことになるなら、森へ行かなければよかった……と反省してももう遅い。

 問題が大きすぎて、誰にも相談できそうになかった。ワーグやノアラに話せば、シャルア以上に混乱しそうだし、クノンだってこんな話をされたらさすがに困るだろう。

 もしくは、助けてもらっても、それはそれ。犯人は犯人よ、と割り切って、役所へ行くことを勧めるのだろうか。

 しかし、今となっては諸手(もろて)を挙げて賛成できないシャルア。

 ジェナスが戻って来てくれれば。

 シャルアの気持ちの()り所は、未だに会えないジェナスだけだ。

 魔法も使えるようになったというジェナスなら、こんな問題も解決してくれるに違いない。

 彼に相談する時点で、ケイレディンを役所へ突き出す形になるような気もする。だが、こういうことをしている以上、シャルアが黙っていてもいずれ魔法使い達によって捕らえられるだろう。

 ジェナスさえ戻って来てくれれば。

 彼が一日でも早く戻れば、シャルアの問題は解決される。

 そう考えることで、シャルアは何とか心の平安を得ようと、必死にもがいたのだった。

☆☆☆

 ケイレディンには、どんな顔をして会えばいいかわからない。

 屋敷の使用人達が森へ入らないことを、ただ祈るだけ。

 ジェナスが戻るまで、ガルマックの屋敷へは行きたくない。

 そんなことを思ってる時に限って、シャルアはまたガルマック邸へ配達を頼まれてしまった。よりによって、昨日の今日だ。

 しかし、シャルアがこの店で仕事をするために来た以上、やりたくないとは言えなかった。いっそのこと仮病でも使おうかと思ったが、変に心配させてもいけない。

 シャルアはノアラから配達の商品を受け取ると、内心びくびくしながらガルマックの屋敷へ向かった。

 すぐには行きたくなくて、あえてセフラの畑の横を通る遠回りルートで向かった。自分でも無駄な抵抗をしていると思う。

 今日も畑には妖精の姿がない。最初の日に見たのは、たまたまだったのだろうか。

 妖精は人間のように、一つの場所で仕事をしている訳ではない。余程そこが気に入ったのならともかく、同じ場所にずっといることはないのだろう。

 妖精が見えても、その生態に詳しい訳ではないシャルアは、そう思うしかない。

「おや、シャルア。配達かい?」

 畑で作業していたセフラが、近くを歩くシャルアに気付いた。

「あ、こんにちは、セフラ。ガルマックさんの所へ配達に行くところなの。ハーブの成長はどう?」

「ここのところ、いい天気が続いているから順調だよ。近いうちに店へ納入できそうだから、ワーグにも言っておいてくれるかい」

「わかったわ」

 手を振りながら、その場を離れる。

 セフラは妖精消失事件に関わっていると疑われていた、とクノンが話していた。しかし、彼が無関係であることを、シャルアはよーく知っている。

 魔警課では、セフラがまだ疑われていたりするのだろうか。疑われているのなら違う、と証言できるのに……とシャルアは今考えなくていいことを考えてしまった。

 少しでもケイレディンや妖精のことを意識から追い出したくても、ガルマックの屋敷という場所柄、考えないでいることは無理だ。

 そうでなくても、シャルアは切り替えることが少し苦手だった。

 しかし、暗い顔をして、誰かに何か聞かれたりしても困る。そんなことになったら、うまくごまかせる自信はない。一度話し始めたら、止まらなくなりそうだ。

 もしシャルアが何かしゃべってしまったら。ケイレディンは見逃しても、彼の一味であるあの少年は、許してくれなさそうな気がする。話したことはないが、前に見たあの少女もきっと。

 治癒魔法ができると話していたが、あの少年も魔法を使えるということ。もちろん、攻撃をするための魔法だって使えるだろう。自分の傷を治すための魔法だけしか使えない、なんて考えられない。

 魔物が出てもシャルアを守る気はないとはっきり言ったし、彼はケイレディンとは違う。少年の真意はともかく、自分達に不利な人間を野放しにしない、という方が普通だ。

 あの少年の考え方はある意味、正しい。

 とにかく、今は何でもない顔をして仕事をするだけ。これまでと同じように。

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