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紺碧の瞳  作者: 碧衣 奈美


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10/21

森の魔物

 一応、ちゃんと名前と住所は告げておいたはずだが、三日以上経っても魔警課から事件の進展についてシャルアには何も連絡はない。

 想像はしていたが、放ったらかしにされた感は否めなかった。かなり事務的な対応の仕方をされていたから、もしかして格好だけ聞いていて、実は調べる気なんてなかったのではないか、とさえ思える。ありえそう、と思うから余計に気分がよくない。

 シャルアに限らず、情報提供者にいちいち報告などしないのだろうが、何か動きが欲しいと思ってしまう。

 魔法使いには妖精が見えるが、一般の人間には見えない、というのが普通だ。魔法使いではないシャルアが「妖精が見える」と訴えたところで「本当かどうか怪しい」なんて思われているのかも知れない。

 見えると思われてないなら、シャルアはそれでも構わなかった。見えたところで別に何かの役に立つのではないし、人がどう思おうと勝手である。妖精の可視についてだけなら。

 シャルアが気になるのは、あの覆面男と少女に連れて行かれた妖精のことだ。

 ちゃんとあの男達を探し出し、妖精を救い出す気持ちと言おうか意欲が魔警課にはあるのだろうか。その辺りをちゃんと聞きたいものだ。

 もっとも、尋ねれば平然と「ある」なんて答えるのだろう。たとえ本当はその気がなかったとしても、ないと言ったら職務放棄になってしまうから。

 あの森のことが、どうしようもなく気になる。気になりすぎてついぼんやりしてしまい、ノアラに「どこか具合が悪いのかい」と聞かれた程だ。

 ちょっと見に行ってみようかな。

 様子を見にあの森へ入ったところで、シャルアに何ができるでもない。連れて行かれた妖精があの場にいるはずもないだろうし、むしろあの男達がいたりすれば、今度こそ危険だ。

 しかし、同じ場所にいるものだろうか、なんてことも考えたりする。

 犯人は現場に戻って来る、なんてことを言われた。本当だろうか。

 同じ場所へ来たら捜査する人間に見付かる可能性が高くなって、犯人にとっては危険と言えるはず。わざわざ自分から危険な場所へ来るものだろうか。

 そう考えれば、自分が行っても安全ではないのか、と素人(しろうと)考えで思ったりもする。

 今日の「笑顔屋」は休みだ。ちょっと散歩に行ってきまーす、なんてことを言って、シャルアはガルマックの屋敷がある方へと向かった。

 気になるならいっそ現場へ向かい、やっぱり自分では何も見付けられない、とはっきりしっかり納得すれば、多少は気持ちも収まるというもの。あきらめがつく。

 クノンには立入禁止だと言われたが、屋敷の関係者に見付かった時は謝ればいいや、と軽く考える。

 屋敷にいる人間からは誰からもそういう話を聞いていないのだし「知りませんでした」と言えば通るはずだ。多少は怒られるかも知れないが、何も取っていなければ許してもらえるだろう。

 レヴィゼに森で怪しい男を見たという話をした時も、立入禁止の話は出ていない。どうしてそんな所にいたんだ、と叱責(しっせき)されることもなかった。

 もう入らないでくれ、と言われなかったのは単に忘れられただけかも知れないが、だとすればそれはあちらのミスだ。

 ここは強気に「聞いてません」で通すことにした。実際、聞いてない。

 通用口がある付近から、森の中へと入って行く。しばらく歩くと、この前シャルアが置いた小枝と小石で作った目印がまだ残っていた。

 ルートをちゃんと覚えている訳ではなかったが、同じ道をたどれているようだ。これは戻るための道しるべだったが、今は向かうための道しるべとなっている。

 やがて、あの細い川がある所まで来た。

「やっぱり……何もない、わよね」

 そう頻繁に何かが起きるはずもない。シャルアが来た時に限って起きるなんて、タイミングがよすぎる。あの時はたまたまだったのだろう。森は静かなものだ。

 ……静か?

 自分で考えて、背筋が寒くなった。また鳥のさえずりが聞こえない。

 あの日、男と少女がいなくなり、その後で鳥がさえずりだした。やはりここにもちゃんと鳥達はいるが「何かある時」は鳴き声も気配もひそめていたのだ。

 何かある時……今が「その時」かも知れない。

 絶対うそよね。そんな都合よく、あたしが来た時に限って何かが起きるなんてこと、あるはずが……。

 そう思いたかったが、現実はシャルアが考えるようにはいかない。

「ええっ、何?」

 がさがさと音がした……と思った時には、見たことのない獣に周囲を取り囲まれていた。

 薄汚れた灰色の毛に覆われ、ネズミを細長くしたような身体。手足はそんなに長くなく、形だけならいたちに近かった。ただ、その目は異様に光り、牙も爪も必要以上に鋭い気がする。

 とにかく、そんな獣が軽く二十匹はいた。どれもがシャルアに敵意をむき出しにしている。

 目が普通じゃない。も、もしかして、これって魔物? どうしてこんな場所にいるのっ。

 心の中で文句を言うが、実際はこんなものだ。自然が多い場所では、普通の獣と普通じゃない獣が混在する。

 そして、人間を敵視するものも。

 仮に魔物でなくても、あの爪と牙を見れば肉食だと思われる。しかも、昆虫のような小さい獲物ではなく、うさぎなどを捕食しそうだ。群れで行動するなら、もっと大きい獲物も対象になるに違いない。

 シャルアには悪いことをした覚えなどないが、この周辺が彼らのテリトリーなら、相手が誰であろうと問答無用だ。

 どうしよう……。逃げたいけど囲まれてるし、逃げようとしたら絶対に追い掛けて来るわよね。ガルマックさんのお屋敷まではちょっと距離があるし、人間より脚は速いだろうから、着くまでに追い付かれちゃうわ。

 牙をむき出すいたちもどきに囲まれ、シャルアはどんどん青ざめる。犯人と鉢合わせするのも危険だが、今の状況もかなり危険だ。

 そして、シャルアには立ち向かう(すべ)がない。武器になる物も持っていない。逃げ切るだけの力がない。

 怖くて、涙が浮かんできた。

 ジェナス、助けて!

 心の中で叫ぶと同時に、一匹がシャルアに飛びかかった。頭を抱えて身を縮め、シャルアは思わず目をつぶる。それしかできなかった。

 しかし、何の衝撃もなく、すぐそばで獣の悲鳴が聞こえた。その声に思わず肩が大きく揺れ、それから恐る恐る目を開けると、地面にいたちもどきが転がっている。

 他の獣達の視線は、シャルアから外れて別方向へ向けられていた。よくわからないが、とりあえず助かったらしい。

 襲われずに済んでほっとしたのも束の間、シャルアの心臓が大きく跳ねる。

 すぐそこに、あの日見た覆面の男がいたのだ。

 うそぉ、本当に現場に戻って来てる!

 腰に剣を差しているが、今はまだ抜かれていない。殴る蹴るをするには、少しばかり距離がある。どうやら、男は魔法でシャルアに飛びかかった獣を攻撃したようだ。

 獣達が男を睨む。今は男対獣になっているが、ここでどっちが勝ったにしてもシャルアのピンチは変わらない。

 男が勝ったとして、こんな所をうろついているシャルアを見てどう思うのか、想像するのも怖かった。

 獣達はその場から走り出す。魔法を使える人間相手ではまずい、と判断して逃げるのかと思ったが、違った。

 いたちもどきは男とシャルアを同時に囲むために、輪を広げたのだ。魔物は男だけでなく、シャルアの存在も忘れておらず、どちらも逃がすつもりはないらしい。

「どうしても囲みたいらしいな」

 聞き覚えのある声に、また心臓が跳ねる。その低い声は、やはりケイレディンのものに似ていた。

 この前よりずっと近くに立っているため、男の目が見える。……濃い青色だ。シャルアが無意識に注目してしまう色の瞳。

 これでは、ケイレディンと違う要素を見付ける方が大変だ。

 もうシャルアは生きた心地がしない。手を伸ばせばすぐに届く距離に、彼はいるのだ。

 獣は次々にシャルア達の方へと飛びかかってくるが、男は抜いた剣で弾き返した。男に弾き飛ばされた獣達は、地面に転がって少しすると跡形もなく消えてしまう。男が火の魔法を使っている、という訳ではなさそうだ。

 やっぱりこれって魔物なのっ?

 昔話の絵本で、魔物は殺されると煙になった。あれが作り話であれ何であれ、普通の獣が死んで煙になるはずがない。

 まさかとは思ったが、ここに現れたのは本当に魔物だったのだ。シャルアが知らないだけで、実はこの辺りに普通にいる普通の獣と思いたかったのに。

 男に剣で飛ばされ、消える魔物を見てシャルアは改めてぞっとなる。囲まれているからどちらへ動いても逃げられないのだが、無意識に後ずさりした。

 その時、シャルアの足の下に小石が潜り込む。普段なら少しよろける程度のものだったが、この状況で足が震えていたために体勢は簡単に崩れた。

 シャルアは自分の身体が傾いてゆくことに血の気が引き、悲鳴さえも出なかった。わずかに息を飲む音だけ。

 魔物達はそれを見逃さない。

 転びそうになるシャルアに向かって、魔物達は地面を蹴る。視界の端で、その光景が映った。

 いやっ。

 まともに声も出ず、心の中で叫ぶしかできない。それと同時にすぐ近くで、布の切れる……と言うより、裂けるような音がした。

 それを聞いて、全身から血の気がなくなった気がする。今の音で無事にいられるとは思えなかった。

 一瞬、意識が飛んだかも知れない。正気に戻ったシャルアの鼻に、ほんのわずかな血の臭いがかすめた。それなのに、痛くない。

 不思議に思ったシャルアが振り返ると、転びそうになった彼女の腕を取った男が自分の方に引き寄せ、そのために左の二の腕付近が魔物の爪に傷付けられていたのだ。

 え……どうして?

 助けられた嬉しさより、疑問の方が先に浮かんだ。なぜ彼がシャルアを助けるのだろう。

 しかし、それを口にする余裕はない。

「キリがない」

 男はそうつぶやいた。確かにさっきから剣で弾き飛ばしたり、斬ったりしているはずなのに、魔物の数はあまり減ってないように思える。

 よく見ると、どこからともなく新手が現れているのだ。

「しゃがんで耳をふさいでいろ」

 いきなりそんなことを言われたが、なぜかと問うてる時間の余裕はない。

 男に腕を解放されたシャルアは、とにかく言われるままにその場でしゃがむと、ひざに顔を埋めるようにして耳をふさいだ。

 すぐそばで、男が何か言っている。魔法の呪文だろうが、シャルアにはわからない。

 強い風が下から吹き上げた。砂埃や小石が宙を舞う。悲鳴をあげたいが、それらが口に入ってくるので、シャルアは悲鳴をこらえてきつく口を結んだ。

 細く目を開けると、男を中心にして竜巻ができている。自分達が中心なので巻き込まれることはないが、彼らを囲んでいた魔物達はその風に身体を簡単に持って行かれ、巻き上げられていた。

 その途中で風の力をぶつけられているのか、次々と魔物は煙になる。その煙も風に飛ばされ、全てが消えるのはあっという間だった。

 やがて風がやむと、周囲には男とシャルア以外に誰も、何もいなくなっている。魔物は全て、風に消されてしまったのだ。

 すごい……。これが魔法の力なんだ。

 目の前で魔法を見たのが初めてのシャルアは、その力に圧倒された。あまりの迫力に、言葉が出ない。

 物語で読んだものとは、当然ながらスケールが違いすぎる。自分には支障なく、相手にだけダメージを与える力をこんな簡単に操れるものなのだ。こんな力を使う人が、魔法使いというものなのか。

 しかし、呆然としている場合じゃない。

 魔物が片付けば、次は自分の番だ。あんな力を向けられたら、ひとたまりもない。

 魔警課の役人も言っていた。魔法使いは味方であれば心強いが、敵になれば厄介な相手だ、と。

 今なら魔法を使うまでもなく、剣で簡単に……。しゃがんだままですぐに動けないシャルアをどうこうするなど、男にとっては一回の呼吸をする時間も必要ないだろう。

 自分のすぐ横でまた何か呪文らしき言葉をつぶやかれ、シャルアはもう何も考えられなくなる。

 だが、呪文が終わっても、シャルアの身に何かが起きる気配はなかった。痛くも苦しくもない。

 そっと男の方を見てみると、覆面のせいで彼の目だけしか見えないが、その目が苦しそうな表情を浮かべている。かすれたつぶやきが、男からもれた。

「……遅かったか」

「え?」

 この状況で何が遅れたのかわからず、シャルアはしゃがんだまま男を見上げるしかできない。

 男はまた何か呪文らしき言葉を唱えたが、声が途切れる。それと同時に、男のひざが折れた。

「え? あ、あの……どうしたの?」

 さっき魔物につけられた腕の傷を押さえて座り込んだ男は、肩で息をしている。顔に巻き付けている覆面の黒い布も、所々が濡れていた。

 魔物と戦ったための汗もあるだろうが、その表情からして冷や汗も出ていると思われる。とにかく、絶対に具合が悪い。

 なりゆきか訳ありかはともかく、魔物から助けてもらった。男がすぐに手を下す様子はなさそうだ。

「傷、ひどいの?」

 そんな人の具合が悪そうな様子に、シャルアも放っておけない。

「シャルア、早く……森を出ろ」

 かすれた声で言うと、男はそのまま地面に倒れてしまった。

「あぁ、ちょっ、ちょっと。ねぇ、しっかりして」

 シャルアは驚いて、男の無事な方の右肩を掴んで揺らす。しかし、男は目を開けない。完全に意識を失っていた。

 変だ。いくらケガをしたと言っても、あれだけの腕と力を持つ人なら、魔物のあの程度の攻撃で意識を失うとは思えない。

 シャルアなら痛い痛いと泣くかも知れないが、それでも失神するまではいかないだろう。

 あたしが想像する以上に、魔物にやられるってことは身体に負担がかかるのかしら。

 男の意識はないが、荒い息は続いている。その覆面があるせいで、余計に呼吸が苦しそうだ。腕の血もまだ止まっていない。

 本当なら、あたしはここから急いで逃げるべきよね。また魔物が現れるかも知れないし、この人と一緒にいていいことなんてあるとは思えないもの。だからって、こんな状態の人を置いて行くなんて……できない。事情がどうであれ、助けてもらったんだし。

 ほんのわずか考え、シャルアは男の覆面に手をかけた。

 長い布で巻かれているから、腕に巻く包帯代わりになるだろう。何より、見ていて息が苦しそうだ。

 もちろん、彼の正体を知りたいというのもない訳じゃないが、とにかくこのままにしておけなかった。

 初めは布の端がわからなかったが、見付けると後は簡単だ。頭を動かすことで傷の負担にならないよう、素早く布を取り外してゆく。

 そうしている間も、男が目を覚ます様子はない。

 ……やっぱり。

 布の下から現れた顔は、予想通りにケイレディンだった。

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