第三十二話 魔の聖女 リストレイア=リスカロン
リストレイアは魔帝グレイア=リスカロンとリース=リスカロンの間に生まれた一人目の子だった。
吸血鬼真祖としての血を引き継いだ彼女であったが、その本質は聖なるもの、聖女としての力だった。
とはいえ、体は吸血鬼の素質を多く受け継ぐため、聖なる力とは反発していた。
しかし彼女が『魔の聖女』としての証を手に入れたその日、神託の間にて出逢ってしまった、見初められてしまったのだ。
『魔神』という存在に。
「……興味深い」
その一言のみ。
魔神が興味を示した、それだけでリストレイアは魔に見初められ、魔の聖女となった。
その現象は彼女にとっては、魔と聖のバランスが取れるきっかけとなり、結果的には良い方向へと働いた。
ーーだがそこから彼女の人生の歯車が壊れ始めた。
「リストレイア。お前にはこの部屋で過ごしてもらう」
それは魔帝城の中に作られた秘密の部屋。
質素な作りであるその部屋は、最低限の家具が揃ってるだけで娯楽などは何もない。
これを告げられたその時、リストレイアは父の様子の異変に気づいた。それは魔の聖女だからこそ気づける残り香。
魔帝には『神の残り香』があったのだ。そして、優しかった父は完全に様子が一変していた。いや、父だけではなく家族全員。そして魔帝国の上層部も。
「どうして私が……」
姫として、国民に対し姿を見せる公務の時以外は基本的に部屋に監禁されていた。
今までも友人がいたとは言い切れないが、人との関係は切れたことはなかった。
孤独。
それがリストレイアの心を蝕んでいた。
「ねえ、ステン」
「いかが致しましたか、リストレイア様」
「外の世界って広いのかな」
「それはもう、この国の外は広大でございます。私も昔、違う国へ訪れたことがありますが、人種も違えば考え方も違う。それ故に多様性に溢れていましたね」
唯一の話し相手であるステン。
彼女だけがリストレイアの心の支えだった。
監禁生活が続いたある日のこと。
「私は真祖としてこの国の加護を受けてる。そのお陰で外の様子が何となくだけど分かる、ようになってきた」
「それは成長致しましたね」
魔の聖女としての力は成長するにつれ、強くなり、書籍で勉強を続け、ある程度の魔法は使いこなせるようになった。
洗脳された魔帝の部下である近衛兵たち同伴ではたるが、国民の為に聖女としての公務をしたことがある。その際に逃げ出そうとした為、一回だけに留まってしまったが。
「この国は狂い始めているわ。お父様を含め、上層部、そして政策の影響を受けた国民も徐々に」
「奴隷市場も拡大してるようですね」
「……止めないと。お父様を止めなければ、この国は……滅びる」
「どのようにして止めるのでしょうか。リストレイア様は監禁状態、国の規律を正す近衛兵達も上層部の息がかかった者ばかりです」
「ステン、貴方って偽装の魔法得意よね?」
一度見せてもらった事があるが、そのクオリティは非常に高く、高位の魔眼持ちでないと見破れない程だった。
「それで私に成り済まして頂戴。公務のスケジュールはここのところ一定だから、その間の期間、私は外に出て協力してくれる人を探す」
「成り済ましに関しては問題ありませんが、協力者の目星はついているのですか」
「元近衛兵達なら話を聞いてもらえると思う」
監禁生活が始まった後、お父様と会った回数は少ないが、洗脳状態に近いことはわかった。弟であるイースもだ。ただ、それは主に国の中枢を担ってる者が対象になっていて、数は多くない。
洗脳には人数制限のようなものがあるのだろう。
「……かしこまりました」
こうしてリストレイア達は、国を解放し、正すために活動を始めた。元近衛兵達を見つけるのは簡単であったが、協力を得るのに時間がかかった。
リスカロン魔帝が魔神に洗脳されているという証拠物が何も無いからだ。
だが姫である自身の立場を利用し、なんとか信用を得た。しかし、それまでには様々な惨状を確認しなければならなかった。国を正そうとする動きは以前からあったが、それらは全て帝国の上層部から封殺、粛清される者もいた。
リストレイア達とて例外ではない。
元近衛兵達が数人、自分を庇って死んだ事もある。正体を明かす事ができないリストレイアを庇い、替え玉として命を捧げた者もいる。その少女は奴隷市場から助けた女の子だった。姫様への恩義を返せるのは今しかないと、止めるリストレイアを押し切って替え玉として粛清された。
血が、死が、自分にはずっと付いて回った。
追手を殺さなければならなかった事もある。
同じ、帝国民であり、自身が庇護するべき民。彼らを手にかけた時はしばらく食事が取れなかった。
「……リストレイア様、少し根を詰め過ぎでは。帰ってくる度に顔色がどんどん悪く」
「私の顔色なんてどうでも良いのよ。この国の民が苦しんでいる、それを悪しき魔神の手から解放する為には、私という存在を殺してでも何とかしないと」
「先日の国境線への進行は運良く食い止められたようですが、このままでは時間の問題です。計画も最終段階……大丈夫ですか」
「ええ。イースの洗脳も解く事ができたし戦力は十分。あとは魔神とのコンタクトを取って、世界への干渉をやめさせる」
「干渉、といいますと、既にそのあてはあると?」
「……それは貴女にも明かせないわ。でも計画の最後には手伝ってもらう。その時に分かると思う」
そして、リストレイア達は紆余曲折を得て、レイボルト達に協力を仰ぎ、計画の最終段階へと入る事ができた。
ーー
パタタッ、と鮮血が舞い散る。
それは薄明かりのなかでも鈍く光る大きな刃。死神の持つような生命を刈り取る鎌が、二人の元近衛兵の首を切り落としていた。
その持ち主は。
「全く、これだから箱入りは……無駄に優秀な協力を得たせいで中々手が出せなかったじゃないですか」
「…ス、テン?」
メイド服に身を包んだ女性は、彼女の使用人。
子どものころから自分に仕え、最も信頼できる人物だと疑わなかった者。
もう一人の家族だと思っていた……
「どうして……」
ステン=ゴーンであった。