第二十八話 計画始動
ーー
「り、リストレイアのやつが動き出したみたいだな」
「はい。洗脳が効かない上に、魔帝の反発もあり今までは見逃していましたが、今回ばかりは」
ここは神託の間。
神聖なる場所であるが、この魔帝国では【神聖】ではない。進行している神の名は魔神。魔神の降臨する場であり、暗い雰囲気と呪われたアーティファクトが取り揃えられている。
その誰も座っていない玉座に向かい、跪く女性が一人。
「では、近衛兵を動かします。魔帝には指示を?」
「ま、魔帝のやつにはすでに指示を飛ばしてある。し、失態は許されない……あとは、あの、あの御方の動き待ち……」
「ですが予定では前回の進攻時に計画完了だったのでは?」
「ぐぞ!奴らが邪魔ざえしなければ!」
響く声が荒げられ、女は顔をあげる。
その女の頭にはツノが生えており、浮世離れした美貌を持っていた。
「落ち着いてください。奴らに関しては他の同志が対応中です。我々は次の進攻の為に急ぎ準備を整える必要がございます」
「……あ、ああ。と、取り乱した。り、リストレイアの対応は任せたぞ。こ、これ以上の会話は魔力供給に負担が多い」
「かしこまりました。それでは失礼致します」
神託の間に広がる声が完全に消え去った。
「………」
女が浮かべる笑みは、リストレイアを手にかけることができる喜びの笑みなのか、それともーーー
ーー
首都リスカロンの宿にて。
「よし、計画開始だ。アーノン、レオナ、頼むぞ」
「ええ。レイも気をつけてね」
「大丈夫と思うけど無理はするなよ?単独行動だし、きつくなったら……」
「大丈夫だって、アーノンも相手は弱ってるとはいえ気をつけろ」
「おうよ!」
そうして計画はスタートした。
計画は3チームに分かれる。
奴隷が大勢働かされているという地下工房への強襲部隊。俺が担当するのはこの部隊。元近衛兵たちが奴隷を解放している間に、地下工房の主要施設を破壊する。
魔帝城に潜入し、魔帝を食い止める部隊。魔帝と近衛兵達を相手取る。アーノンとレオナがこの部隊に加わる。
そして、要の魔神と直接対峙する部隊。皇帝の間に隣接する神託の間で魔神と対峙。この世界の干渉を食い止める。これにはアイリスが重要な役割として担当する。アーノン達の部隊が護衛しつつ城に潜入だ。
「じゃあ行くか」
『私の出番は?』
「………」
『え、ないの?ないのかのう!?』
俺は気配遮断を発動し、地下工房へと向かう。
場所は地下研究所のあった郊外から繋がっており、既に先行部隊が襲撃を始めているはず。
元近衛兵のロイズがすべき役割だったのはその指揮と目的の施設破壊。俺が交代したので、指揮は他の人がとる。俺の目的は施設内の破壊だ。
「……思ったよりも酷い場所だ」
『人間の業というのは深いもんじゃのう』
奴隷が働かされているとは聞いていたが、ここまでの人数とは。
「奴隷にされていた子供たちを優先的に外へ!」
「しかし警護の奴らが!」
「そちらに一人回す!戦える奴隷達は一緒に手伝ってくれ!これより奴隷制度の撤廃および奴隷解放をおこなう!」
「あ…う……う」
「逃げるよ!」
襲撃した近衛兵の数は少ないが、それでも解放した奴隷で動ける者を味方につけ、解放していく。
腕や足に拘束具がつけられており、それを破壊するための魔道具も揃っている。なかなかの手際だ。
ここで俺にできることは少ない。解放は任せて目的の施設へ急ごう。
解放作業や警備を倒すのに加われば状況は良くなるだろうが、今は目的の方が優先だ。この計画は奴隷解放だけが目標じゃない。
気配遮断をした状態で阿鼻叫喚の地を抜けていく。
すれ違い様に警備員は何人か気絶させておいたが、それでもまだまだ数は残っている。
最初のエリアは工房で何かの素材を作っていたようで、おそらく見た目と聞いた話を合わせると、あれが禁止薬物だろう。働かされている奴隷の人も、薬物の影響で体がボロボロになっている。
「こんな世界でまでクソみたいな光景を見ることになるとは」
『主人の国は比較的平和だったからの。こういったのは不慣れかのう』
「慣れるもんじゃないさ。どんな事情があろうとも人道は外れるべきではない」
近衛兵が襲撃していた最前線を通り抜け、施設の中心部へとたどり着く。
地下工房は全体として禁止薬物の製造や魔道具を使った実験、魔獣の作成などを行なっており、特に魔獣に関しては解き放たれると無差別に襲いかかってくるためあまり刺激を与えるのは良くない。
俺がたどり着いた中心部には大きな祭壇のような場所があり、そこには3つ、カプセルのようなものが設置されていた。
そしてその中にはーー
「人……か。それも全員子ども」
そう、子どもが中に閉じ込められていた。
気を失っているようだが、その様子はかなり異常。
「かなりまずいな、衰弱し切ってる」
龍眼で様子を確かめ、中の子どもたちの魔力の動きがおかしいことに気づく。生命力が弱まると魔力の循環な流れが乱れていき、最終的にはストップする。
この機械は魔力を吸い上げているようで、おそらくその影響で衰弱しているのだろう。
「……まさか」
『なんということじゃ……これほどの数とは』
そう、暗くて気付かなかったのだが、この部屋の壁には同じようなカプセルが無数に設置され、全ての中に子どもが入れられていた。
「全部を破壊していくのは時間がかかる。制御装置がどこかにあるはず」
アイリスから聞かされたのは、魔神がこの世界に干渉する為に必要な魔力、それを供給するための施設が地下にあり、とあるアーティファクトがその中枢を担っているという。
「……これか。こんな小さなものが制御装置?」
『このアーティファクトは……私の時代の少し後のものじゃな。龍神国では見たことがない』
祭壇の奥にあった箱を開けると中には小さな水晶のようなものが。一瞬だけ何かの紋様が光った気がするが、知らない紋様だった。
『今の紋様……どこかで見た覚えがあるんじゃが』
俺がその水晶を取り外し、カプセルの様子を見に行こうとしたその時。
「アア?先客がいるとは聞いてねぇぞ」
見知らぬ男が一人の少女を伴って祭壇の下から見上げていた。