第二十四話 魔の聖水『先に錬成するのじゃ!』
アイリスから計画の説明を受けた俺達は、計画実行日に向けて準備を始めた。
レオナとアーノンは装備の調整、アーノンの大剣の調子を確認する為に二人で軽めの討伐依頼へと出かけた。
俺はアイリスと計画の詳細を詰める為、再び廃棄された研究所へときていた。元近衛兵ロイズはアイリスの他の部下に看病を任せている。命に別状は無さそうだったが、計画には間に合わないとのこと。
そして研究所へ来た目的の一つに、龍神刀の錬成がある。
正直、魔神の話やクーデターの計画で忘れていたが、龍神刀の錬成の為に巻き込まれたようなものである。クリカラーンがうるさかったのも理由の一つである。『タイトルのようにの!』
「それでは魔の聖水を作っていきたいと思います。ですが……その為にはレイボルト様にも手伝っていただく必要があります」
「ん?材料か?言ってくれれば買ってくるが」
「いえ、材料は小瓶があれば問題ないのですが……」
なかなか話を切り出そうとしないアイリス。
『焦ったいのう〜魔力じゃろ?魔力が足りないのじゃろ?魔の聖水は普通のと違い、膨大な魔力が必要らしいからの』
「そうなのか?」
「ええ……なので、私の魔力を増大する必要があります」
魔力の増大か。魔力の限界値は個人差があるが、それは特訓などで何とかなる。俺の場合はレベルにも比例してそうだが、アイリスはどうかは分からないしな。
たしか魔力増強剤とかいう薬品が売ってたような……
「なので、その、レイボルト様の血を頂けないかと……」
「血?そんなので魔力増強剤とか作れるのか?」
「いえ……血を吸うのです」
『主人は鈍感じゃのう、ほらこの娘は吸血鬼の一族なのじゃぞ?血を吸えば魔力を高めることができるのであろう』
そういえばアイリスの父であるリスカロン魔帝は、真祖と呼ばれる純粋な吸血鬼の一族だったか。その娘であるアイリスも同じく吸血鬼であるのは当然である。
「はい、ですが私も真祖で、基本的に血を吸う必要もなく太陽に弱いわけでもありません。なので血を吸った経験もないので……」
「なるほど、暴走しないか監視しろと」
「……はい。お恥ずかしい話ですが」
「分かった、任せておけ。最悪の場合は氷漬けにして拘束しとくから」
「頼もしいですね。では、その椅子にお掛けください」
そういえば俺の血を吸うのか。龍人だけど大丈夫なのかな?純粋な人族の血じゃないとダメとかないの……いてっ!
「では……失礼しますっ!」
がぶりっ、と俺の首筋にアイリスは噛みつき血を吸い始めた。
ーーー
真祖は基本的に血を吸うことはない。それは吸血鬼化した者とは根本的に力の使い方が違うからだ。吸血鬼化した者は、吸血鬼の力を使うにはエネルギーとして蓄えた血を使うが、真祖は血がなくても力を使う事ができる。
ただし、魔力の限度や出力をブーストさせるために血を吸う事がある。主に最終手段として使うのだが、それはレイボルトには伝えていない。
この吸血では相手を吸血鬼化させることはできない。それには儀式が必要であり、吸血しただけでは吸血鬼を増やすことにはならないのである。
その為、この世界では吸血鬼の一族は絶対数が少ない。その中でも真祖となるとリスカロン家以外では二つしか存在しないのである。
(これが……龍人の血ですか)
アイリス……リストレイアの母は吸血鬼化した魔人であり、父と結婚した際に吸血鬼として生きることを決めたという。何故ならば子どもに真祖の血を継ぐにはそれしかないからだ。
しかしそれが原因で体を壊し、リストレイアが物心つく前に亡くなってしまった。元近衛兵のロイズから聞く話だと、その頃からリスカロン魔帝は心を弱めており、ある日を境に様子が一変したのだという。
(必ず、私がお助けします。お父様……!)
その為にはこの龍人達の力はかならず必要である。悪魔を一撃で沈め、パーティメンバーも強大な力を誇る竜人と珍しい獅子系獣人。彼らの力を借りる事ができれば、魔神を倒しこの国を平和な世界へと戻す事ができる。
ドクンッ……
龍人の血がリストレイアの体を駆け巡る。
世にも希少な血が、洗練された魔力がリストレイアの魂を、真祖の遺伝子を強烈に刺激していく。
それはまるで渇いていた彼女の魂を癒し、満たし、溢れさせてゆく。
「なんですか……これは……っ!」
「お、おい、大丈夫か!?」
力が抜けた様に床に倒れ込むリストレイア。
苦しそうに胸を押さえて、息遣いを荒くし何かに耐える様に目を閉じている。
「何か回復魔法でも……くそ、大したのは使えねえ!」
「だ、大丈夫です。少し魔力が増えすぎてびっくりしただけで……息を整えればなんとか……」
はぁ…っと艶っぽく息をついたリストレイアは、顔を赤らめながらも何とか立ち上がる。
近くの机に置いてある小瓶に手を向けると、魔法発動の姿勢へと入る。
彼女に変化があったのはそのときだ。
ーー白く、薄く銀の混じった白銀に彼女の髪が染まった。
眼は紅く、妖艶にあやしく。
赤らんだ顔は陶磁のような白に。
唇は赤く、蠱惑的な色に。
『真祖の血じゃ。だがここまで変化するのは初めて見るのう……魔の聖女としての力が影響しておるのか?』
「体に問題はないのか?」
「大丈夫です。……むしろ調子が良すぎるくらい」
軽く笑みをこぼしたリストレイアはレイボルトを一瞥すると、黒と白を明滅させた光を作り出し、ゆっくりと小瓶の中へと収めていく。
小瓶に収まった光にさらに彼女が指から垂らした血を注ぐと、光は点滅を繰り返したのちに漆黒の黒へと変化。小瓶の中にはいつのまにか液体が溜まっていた。
「……これで完成です。どうでしたか?私の力」
「純粋に凄い。これほどまでの魔力の高まりはあまり見た事がない」
「あまりっていうと、他に見たことがあるみたいな言い方ですね?」
小瓶に蓋をしたリストレイアはゆっくりとレイボルトの元へと近づいていく。
ふわりと白銀の髪を揺らしながら歩く彼女はさながら幻想的で、真祖という存在は本来次元が異なる存在なのかと思いそうになる。
「一度、本気を見せてもらった時にな。あの時と似たような雰囲気だ。この世ならざるものというのか」
『まあ吸血鬼の真祖は私たち龍神の時代から……ってのおっ?アイリスや、何をしておるのじゃっ』
クリカラーンがうんちく話をし始めたとき、レイボルトに小瓶を握らせたリストレイアは、そのまま彼に抱きついた。
魔力を使い、疲れてしまったのか。
それとも気分が悪いのか。
いや、そうではない。
「もっと……血を……ください」
吸血鬼の真祖、神話時代から生きるその遺伝子が暴走を始めたのだ。