第二十三話 裏で操る者
俺がアイリスから聞いた計画というのは、簡単に言えばクーデターである。
「この国の上層部は狂っています。それも、我が父である魔帝でさえも」
アイリス……リストレイア=リスカロンの父、リスカロン魔帝は十代目の皇帝であり、偉大な為政者として知られていた。だがそれはアイリスが物心つくまでの話だった。
「私の父は気が狂った、呪われている、と噂する臣下さえいます。帝民は皇帝を信仰している人が多いので疑問に思わなかったみたいで表面化はしていませんが、既に政治はもう腐敗しきっています」
明らかに国力を削ぐような人事、禁止薬物の解禁、無茶な魔獣実験……極め付けは、
「奴隷制度の制限付きでの認可。国からの監視の下、という注釈がつきますが、奴隷売買の組織の相手は国上層部や他国の重鎮。これは明らかに人身売買を基盤としたビジネスを後押しするものです」
奴隷制度については俺も認知していた。
アイリスをつけていたとき、路地裏でそのようなやり取りをしている人を見かけたのだ。明らかに怪しそうな売人と奴隷、そして買い手であろう男。凡庸そうな一般人にみえるがおそらくその先に富裕層がいるのだろう。
「……ですがこれは全てある企みによって為されたものなのです。この国をジワジワと腐敗させていく毒のような」
「たしかに、これ程の大国がそこまで腐敗しているとは何かしらの作為を感じるな。言っちゃあなんだが、為政者の頭がおかし過ぎる」
伝統的に奴隷制度が残っていたり、薬物が認可されていたり、だったらまだ分からなくもない。俺の感覚だとこの世界は、転生前の日本現代と比べてかなり遅れている。中世くらいのイメージかな。
「禁止されていた制度を復活する時点でな。ロイズって男が近衛兵を辞めた理由っていうのも、国力を低下させるためだろ」
「そうです。国力を低下させるため、明らかに近衛師団の兵士を多く辞めさせました。……ですが父は気高き吸血鬼の真祖の血を継ぐ者。本来はそのような政策を取る人ではありません」
そして、ここからがアイリスの語る真実である。
「我が父、リスカロン魔帝は魔神によって操られているのです」
そう、それがアイリスの言う真実。
彼女が物心つく前から父は魔神という存在に洗脳され、操られているのだという。
「そんなことって……リスカロン家が吸血鬼の血を引いてるのは有名だけど、魔神なんて……神はこの世界にはいるはずないわよ!?」
「さすがの俺でも知ってるぞ、世界七大不思議でもあるけど、とりあえずこの世界に干渉できる神なんて存在しない」
レオナとアーノンが驚きの声を上げる。
神はこの世界には存在しない、実在しない。
これが世界における常識なのだ。
『私もそれはあり得ぬと思ったのじゃがの……だが、聖女の言うことじゃ、おそらく魔神もしくはそれに近しいものが存在するのじゃ』
「そんな……」
龍神クリカラーンの存在は俺とアーノンしか知らないが、このクリカラーンですら龍神刀に限られた能力と意識を載せるだけで、本人が意思を持って洗脳や行動を起こす事はできない。
「はい、私は聖女として神との交信が可能……それ故、魔神が父を操っていることに気が付きました。そして、魔神も私が気が付いたことを知り、城の中に監禁するように父に言いつけたのです」
これで話が色々と繋がってくる。
国の腐敗、国力の低下……でも疑問は残る。
「仮に存在するとして、魔神の狙いは何なんだ?この国を内部崩壊させることなのか?」
「そこまでは分かっていません。ですが、父を傀儡に、この国を操っているのは事実です。例えば、国を弱らせ、父を大罪人として吊し上げる、そして魔神が降臨すれば国を完全に乗っ取ることができるでしょう」
「乗っ取り計画ね。たしかこの国では以前テロが起きたと聞くわ。もしかしてそれって、上層部の腐敗や国力低下を知った他国からの工作部隊の仕業じゃないのかしら」
「おそらくその通りです。魔神はあえてその情報を流したのかもしれません。他国が付け入る隙を作ることで、魔帝の権威を失墜させる……確かにその策は上手くいき、責任を取って数々の正統派の上層部大臣が辞めさせられました」
魔神により、国のトップであるリスカロン魔帝の洗脳、おなじく上層部も似たような状態かつ腐敗。国力の低下および治安悪化……ひどいものだ。
「ですから私は魔神を止めます。魔の聖女として、どんな犠牲を払おうともこの国を守ってみせます。それが……私に与えられた唯一の使命ですから」
覚悟はとっくの昔にできている、一目魔神の姿を見たあの時から。
「計画名は『神との離別』。神話の再現です」