第十九話 魔の聖女
黒が似合う女だ、一目見てそう思った。
黒髪黒目に、真っ黒なローブを羽織った女性だ。
店に入ったときに先客がいるのは分かっていたが、おそらくこのローブには認識阻害が若干かけられている。
近くで話したからこそ、龍眼は彼女の本質を見抜いた。いや、見抜いてしまった。
「リストレイア=リスカロンか?」
「ちょ……ごほん、どうして私をその人と?私はアイリスという名前が……」
「いや、多分だけど、あんた『魔の聖女』じゃないか?」
「……何故そう思うのでしょう?魔の聖女は矛盾した存在。名前すら知ってる人が少ないというのに、こんな所で遭遇するのでしょうか」
非常に整った顔だが、動揺したからかあらぬ方向に目線をやったりとかなり行動が不振だ。
「俺の眼は魔力をある程度見る事ができる。あんたは魔人だが、魔力には聖の魔力が多く混ざっているように見える。これは魔の聖女の特徴と一致する」
「……理解しました。貴方、竜人……いや、もしかするとその眼……加護で隠蔽されていますが、滅びたと言われる龍人ではないでしょうか」
これは驚いた。
俺と竜人の違いといえば、鱗が少ないところとか竜化できないとかくらいなものだ。それをまさか加護の隠蔽も通り越して見通すとは。
「俺がその龍人とかいう種族かどうかはどうでも良い。あんたがもし、魔の聖女っていうのなら作って欲しい素材があるんだ」
「いいえ、龍人は絶滅したといわれていますし、その生き残りがいるのなら大発見です」
絶滅天然記念物扱いすんなっての。
「もしかして龍人というのは龍神国アルロスの滅亡から人知れず生き残っていたのですね!これは世紀の大発見ですね」
「世界七大不思議ってやつか」
「ええ、私の趣味の一つで……はっ、いけません。では私はこれで失礼します。スケジュールが詰まっていますので」
「お、おい!頼むよ、魔の聖水が必要なんだ!報酬や金なら何とかする、お願いだ!」
正直、クリカラーンを進化させるためにこうやって頼み込むのは癪だが仕方ない。
それにこの女はどう考えても魔帝国の姫だ。隠しているようだが、所作やちらりと覗く装飾品からただの民間人ではないことは確実。
魔帝国の姫が魔の聖女の可能性がある情報と、この魔力の感じを合わせるとこのアイリスとかいう女性は、おそらくリストレイア=リスカロン本人に間違いない。
「では、魔の聖水など手に入れてどうするのです?あれは天使や聖獣といった空想上の存在にしか効果がないと言われているのですが」
「……刀のサビ落としに使う」
「はい?」
「いやだから、俺が使ってるこの刀のサビ落としに必要なんだよ」
「そんなの聞いたことありません。だいたい、錆びた刀は研いだり鍛冶屋に持っていって打ち直すとかじゃないんですか」
「なんか呪われてるんだよ、察してくれよ」
「呪われ……はっ、すいません!ちょっと失礼します!」
何やら店の外に目線をやったアイリスは慌てた様子で、急いで外へと飛び出して行った。
くそ、ここで逃すのは勿体ない!
同じく急いで後を追いかける。
彼女は何やら騎士の様な格好をした男の後ろをつけているようで、路地裏へと入っていく。
俺は光魔法、闇魔法、風魔法を駆使して気配遮断を施し、路地裏へと消えて行った。